研究
研究
vol. 9
大学院理工学研究科 土木工学専攻 教授
鼎信次郎(Shinjiro Kanae)
我々の住む地球は、しばしば「水の惑星」と表現される。NASAが地球外生命を探すときに必ず水の存在を確認するように、ヒトを含む生命体にとって、水はなくてはならないものである。この「水」にまつわる地球の危機の数々を、あなたは耳にしたことがあるだろうか。土木工学の分野で教鞭をとりながら研究に携わる鼎(かなえ)は、主要な研究テーマとして、この「水」、とくに我々の生活に必須である淡水を扱っている。もともとの専門は「河川工学」、つまり川の水である。土木で川と言うと、堤防の造営や補強、さらにはダムの工事など建設的なイメージが真っ先に頭に浮かぶが、そればかりではない。
「川の水のもとは雨だったり雪だったりします。近年、タイやイギリスなど海外での未曾有の大洪水や、日本での記録的な大雪など、地球温暖化のせいかもしれない自然災害が世界各地で多発していますが、そういったことにかかわる研究も行っています。」
鼎の研究の中心的ツールの一つは、現地調査と人工衛星からの情報をベースとした大規模シミュレーションだ。例えば、世界中の河川の氾濫リスクを導き出すとしよう。まず、シミュレーションに使用する河川流域の情報を100 ㎞から数100 ㎞の規模で設定したとする。ここに約1 km単位の地理情報をメッシュで区切って落とし込んでいく。世界中の河川の氾濫を計算する場合でも、このレベルの詳細な地理情報が必須となるのだ。2013年6月、鼎は、東京大学や英国ブリストル大学の研究者らとの共同研究により、今世紀末までの自然と人間社会の両方の変化を考慮し、地球温暖化による世界の洪水リスク変化に関する論文を発表、Nature Climate Change誌に掲載された。
前述の論文をはじめ、「川の専門家」としての印象が色濃い鼎だが、研究対象は川に限らず、食糧や再生エネルギーなどさまざまなものに及ぶ。しかしながら、鼎のルーツを辿っていくと、そこには「土木」の2文字がある。そもそも、鼎はどのような経緯を辿って今に至っているのか。
最初のきっかけは、高校のときに書店の店頭で地球環境に関する本を手にとったことだったと鼎は振り返る。
「ちょうど地球環境の問題がクローズアップされ始めた時期でした。何冊か手にとっているうちに「これは大変なことになっているぞ!」と衝撃を受けたんです。今は中学や高校でも環境問題について授業で取り上げますが、当時は大学にも「環境」と名の付く学部や学科はありませんでした。」
とはいえ、灘高等学校から東京大学理科一類に進学した頃には、環境に対しても土木に対しても、専攻対象としての関心は皆無に等しかった。しかし、環境関連の書物を手にとり読むうちに、「面白そうだな」と徐々に興味が膨らんでいく。そして、専門課程に進む際に、3つの選択肢に悩むことになる。
「土木に進むか、地球物理(地球惑星科学)、もう1つは理科一類からはあまり行かないのですが、農学部の林学と言って、森林の研究をするところに進もうかと迷ったんです。最後は、案内パンフレットにあった勝どき橋の写真が決め手となり、土木工学科を選択しました。結局のところ、橋の下を流れる川の研究者になってしまいましたが(笑)」と照れながら笑みを見せる鼎。勝どき橋は隅田川に架かる国内最大級の「跳開橋」として知られる。あの丸みを帯びた橋の形状を目にした鼎は、「こんな美しいモノを創れる人たちに悪い人はいない!」と直感が走り、土木工学科への進学を決めた。
実は、これには後日談がある。「現在、日々電子メールでコンタクトをとる先には、土木のほかに、数多くの地球物理や農学の関係者の方々がいます。つまりは、結局のところどこに進んでも、たどり着く先はほとんど同じだったということでしょう。」
東京大学で大学院に進んだ鼎は、修士課程のときから当時六本木にあった生産技術研究所を学び舎とし、博士課程(社会基盤工学専攻)修了後、生産技術研究所の助手に抜擢され、“就職”を果たす。2003年末には京都にある総合地球環境学研究所の第5プロジェクトのリーダーとして着任、約3年半の間、京都と東京の往復に明け暮れる。
「ひどい時は、東京—京都間を新幹線で週3往復しました(笑)」今でも、昔からの土木計画・施設が街の主役となっている京都は好きで、花見の時期などは日帰りで通うこともあるとか。「京都の街を見ると、土木は1,000年先までの時間と空間をデザインする仕事だと気づかされます。」
赴任期間を終了して京都から生産技術研究所に戻った鼎は、2009年1月より東工大の情報理工学研究科に准教授として着任、2013年より現職に就いている。現在は、引っ越したばかりの研究室で、次なる“ホームラン”を狙うべく、テーマを画策している。
環境という側面では、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)による最新の報告書(第2作業部会報告書=Vol.2)が、2014年3月に横浜で開催されたIPCC第38回総会で承認された。このVol.2のChapter3が、鼎らの専門分野である「水」の章である。その中の論文引用において、鼎の論文が多数引用されていることも、少なからず自身のモチベーションとなっている。
一方で、昨年秋に発生した伊豆大島の土砂災害の現地調査団に加わったりと、困難を抱えている国内外の現場とのかかわりも重視している。
大学時代から、これまで土木一筋の道を貫いてきた鼎。しかしながら、その分野の主体は、少しずつ変化を遂げていると言う。
「土木という言葉にとらわれると、昔はダムを造っていたり、一見地味な印象を受けるかもしれませんが、実は世界を舞台に活躍する人で、土木出身者の割合は非常に高いと言えます。途上国の発展や環境保全への技術的な協力はもちろん、技術だけにとどまらない社会全体のプランニングにも貢献します。一方、先進国の自然再生や老朽化したインフラの再整備も含め、きわめて国際的に最先端で活躍できる分野といえます。専門知識を身につけ、将来世界で活躍したい人にはうってつけといえるでしょう。」
もう1つ、最後にどうしても学生たちに伝えたいことがあるという。
「東工大工学部では入学試験で、通常の入試の他にAO入試(アドミッションズ・オフィス入試)がありますよね。ぜひ、高校まで文科系で学んできた学生の人たちにも来てほしいなと思っています。」
「社会基盤を整備する際には、計算式を解いたりする人も必要です。でも、そういうことだけではなくて、地域の総合的な計画や人間行動の分析など、文系的な部分がすごくあります。もともと土木の仕事というのは、文系と理系の中間くらいに位置しているんですね。これからの社会では、文系・理系という枠組みでは括れない世界がまだまだ生まれてくるかもしれません。ぜひ、AO入試を活用して多様な関心をもつ学生に土木の門を叩いてほしいと思っています。」
鼎信次郎(Shinjiro Kanae)
大学院理工学研究科 土木工学専攻 教授
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2014年5月掲載