研究
研究
経済や行政など社会機能の中枢が集まる大都市には超高層建築が建ち並んでおり、住宅の高層化も進んでいる。このような大都市を巨大地震などの自然災害が襲った場合、建物自体の倒壊は免れたとしても、超高層建築の機能が停止すると 、社会機能が長期間にわたり麻痺することになる。それにより、日本全体や世界にも大きな損失や影響が及ぶ。
そこで、2017年秋、超高層建築など社会機能の中枢となっている大規模都市建築を対象に、大きな自然災害が発生しても社会活動が維持できるような技術の創出を目指し、「社会活動継続技術共創コンソーシアム(SOFTech)」が発足した。これは、科学技術振興機構(JST)の研究成果展開事業「産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)」の採択によるもので、東京工業大学、東北大学、東京大学の3大学、そして、これら3大学と共同研究を進めている複数の企業が参画している。
SOFTechの活動内容について、代表を務める東京工業大学 科学技術創成研究院の山田哲教授に話を聞いた。
—まず、SOFTechの構想を聞かせてください。
山田:社会機能の中枢であり、超高層建築が建ち並ぶ大都市を巨大地震などの自然災害が襲ったとしても、安心して社会活動が続けられるような技術開発を目指し、次の5つの研究開発課題を立てました。
—今回、SOFTechの代表を東工大が務めている理由、東工大の強みをもう少し詳しく聞かせて下さい。
山田:現在、私が属している科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の都市防災研究コアという研究組織は、元々関東大震災の経験をもとに、防災研究を始めたグループに端を発しています。また、文部科学省のCOEプログラム、グローバルCOEプログラム(GCOE)では、東工大の旧・都市地震工学センターを核に、世界的に増大する大規模災害の低減に関する研究に取り組んできました。都市地震工学と謳っているのは、繰り返しになりますが、社会機能の中枢である都市部が自然災害に見舞われた場合、その影響は計り知れないからです。日本は地震大国でありながら、首都圏に社会機能が集中しており、他の国に比べて高いリスクを有しています。そこで、SOFTechにおいては、都市地震工学に関する研究者が豊富で、研究実績もある東工大が中心となって、東北大や東大に呼びかけ、OPERAへの応募を進めたのです。
中でも今回、SOFTechの副代表であり、研究開発課題2. 耐震部材の安全実証において、大型実験装置の開発や国際標準化に取り組む計画の未来産業技術研究所の笠井和彦特任教授は、COEやGCOEを含め、長年にわたり、超高層建築や免震・制振技術を研究してきた世界の第一人者です。SOFTechでは、笠井特任教授をはじめとする卓越した研究者とともに、大学や企業という組織の垣根を越えて、一丸となって取り組んでいく所存です。
—短期的な目標、中長期的な目標を聞かせてください。
山田:短期的な目標は、既存の耐震、制振、免震技術のさらなる向上です。また、東日本大震災以降、建築物には、人命保護に加え、機能維持、事業継続が強く求められるようになりました。都市部の超高層建築をはじめとする巨大建築は、有事の際には市民シェルターとしての役割を果たすことも求められていますので、これまで研究が手薄だった壁や天井など非構造部材や設備機器に関しても研究を進め、自然災害によるダメージがより小さく、最短で機能が回復するような技術の創出に努めます。
耐震構造
制振構造
免震構造
加えて、IoTやAIを使った建築物のモニタリングシステムの開発に関しては、センサーの製造企業にも参画していただくことで、そもそも何をセンシングすればよいのか、どれくらいの精度で何がセンシングできるのかなど基本的な検討から始め、目的に適したセンサーを共同開発します。それにより、建築物の安全性などを迅速に判断するとともに、最適な情報発信やAIを使った避難誘導を実現したいと考えています。特に超高層マンションでエレベーターが停止した場合、足腰の不自由な高齢者などが、階段を使って自力で降りることは容易なことではありませんし、マンションを離れることが最善の策とも限りません。そのとき、マンションに留まるべきか、避難すべきか、より信頼性の高い安心できる情報をいち早く発信することは大変重要です。
最終的には、SOFTechでの研究成果を標準化し、トータルパッケージとして海外に輸出したいと考えています。地震大国である日本には、防災に関して、世界で群を抜く高度な建築技術があるにもかかわらず、これまで海外で十分伝わっていませんでした。今後は、世界に向け積極的にアピールしていくことで、日本にとっても自然災害の多い国々にとってもWin-Winの関係を築くことができますし、世界規模の大きな社会貢献になると確信しています。
東工大の免震技術の歴史は古く、現在、防災学術連携体代表幹事で、日本免震構造協会会長を務める和田章・東工大名誉教授が日本の免震技術の発展と普及に尽力してきた。
そもそも免震とは、建築物と地面との間に免震装置を設置することで、地面から建築物を絶縁し、地震による揺れが建築物に直接伝わらないようにすることだ。免震装置により建築物は地震の揺れの影響を受けにくくなるため、建築物だけでなく内部の設備などの破損も低減できる。代表的な免震装置に、積層ゴムアイソレーターがある。ただし、超高層建築の場合、細長い形状となっているために、揺れに伴い端部の免震装置が浮き上がり、破損する可能性があるため、中低層建築への導入がほとんどだ。一方、東工大のすずかけ台キャンパスにあるJ2棟は20階建てにもかかわらず、免震装置が設置されている数少ない超高層建築だ。これは、和田名誉教授の指導の下、浮き上がりを許容する免震装置を設置したもので、J2棟は東工大の都市地震工学の高い実績を象徴する存在にもなっている。
制振は、建築物の振動を制御し揺れを低減させる技術だ。制振技術を導入した建築物には、制振装置が設置されている。制振装置には、建築物によって建築物に入力されるエネルギーを、鋼材などの変形により吸収する履歴型ダンパーと、オイルや粘弾性の高分子材料を媒体に熱エネルギーに変換する粘性ダンパー、粘弾性ダンパーなどがあり、最近ではほとんどの超高層建築に設置されるようになった。これらのうち、粘性ダンパーや粘弾性ダンパーは、装置の揺れの速度や媒体の温度が性能に影響を及ぼすため、速度や温度を考慮した性能評価が不可欠となる。また、周辺の部材への負荷もあるため、適切な箇所に適切に設置しなければならない。そのため、制振装置も含めた形で建築物を設計する必要がある。しかしながら、建築物は1つ1つ異なる。東工大の笠井和彦特任教授は、制振装置に関する設計のガイドラインや設計指標の整備、性能評価などに取り組んでおり、この分野の第一人者である。
超高層建築など大型建築物を構成する部材や免震装置・制振装置にはまだまだ課題がある。笠井特任教授が最も重要視しているのが、現在、高強度の構造部材や大型の装置類が実大試験検証なしで使われていることだ。高強度の構造部材や制振装置は、超高層建築にとって不可欠なものであるにも関わらず、これまで性能を評価するための実験設備では載荷能力が足りないため縮小模型しか実験できず、縮小試験の結果から実大の部材の性能を予測してきた。そのため、大型部材の実挙動には不明な点も多い。
そこで、SOFTechでは、研究開発課題2. 耐震部材の安全実証で、世界最高の試験能力をもつ「三方向動的加力装置」の開発を目指している。それに先駆けて、2017年4月には、産学連携の「実大加力実験共同研究講座」も設立されており、今後、産官学を上げて、大型加力装置を使った実大試験を実現する計画だ。
「これにより、免震装置、制振装置の性能試験と評価ができるようになるため、より高性能の装置が開発できます。それらを用い、SOFTechが目指す、社会活動の継続を可能にする次世代型の超高層建築物を実現させたいと思っています。現在のところ、まだ提案段階で、国からの支援は受けられていませんが、引き続き、提案していく予定です」(笠井特任教授)。
研究開発課題5. 社会活動維持のための安心の実現では、心理生理学を専門とするリベラルアーツ研究教育院の永岑光恵准教授が中心となり、超高層建築で働く人や生活する人など“人”を対象に、ソフト面での被害の低減を目指す。
巨大地震の際、高層階では非常に大きな揺れが生じる上、簡単には避難することができないことから、建物内にいる人は強い不安感に襲われ、被害の拡大や、こころの病などを発症する可能性も考えられる。そこでここでは、不安を低減するような施策について検討を進める。例えば、緊急情報の発信内容や方法について研究を進める。また、巨大地震発生時の超高層建築内での人の心拍数や血圧といった生理現象の変化や行動をモニタリングすることで、人が安心できる空間についても研究を進め、今後の超高層建築の開発に生かしていく。「安全と安心は異なります。SOFTechでは、安全というハードウェア、安心というソフトウェアの両面から、自然災害による被害の低減に挑む計画です。私はソフトの研究者として、ハードの研究者たちと連携して、安全・安心な都市づくりを目指します」(永岑准教授)
山田 哲
科学技術創成研究院
未来産業技術研究所 教授
領域統括・SOFTech代表
笠井 和彦
科学技術創成研究院
未来産業技術研究所 特任教授
SOFTech副代表
研究開発課題2代表者
高橋 秀実
研究・産学連携本部
知的財産部門長 特任教授
共創コンソーシアム知財戦略部門部門長
元結 正次郎
環境・社会理工学院 教授
研究開発課題3代表者
スペシャルトピックスでは本学の教育研究の取組や人物、ニュース、イベントなど旬な話題を定期的な読み物としてピックアップしています。SPECIAL TOPICS GALLERY から過去のすべての記事をご覧いただけます。
2018年3月掲載