東工大ニュース
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公開日:2023.09.20
国立研究開発法人海洋研究開発機構(以下「JAMSTEC」)海洋機能利用部門 生物地球化学センターの吉村寿紘副主任研究員と高野淑識上席研究員、国立大学法人九州大学大学院理学研究院の奈良岡浩教授らの国際共同研究グループは、国立大学法人東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の横山哲也教授と国立大学法人東京大学大学院理学系研究科、国立研究開発法人産業技術総合研究所、株式会社堀場アドバンスドテクノ、株式会社堀場テクノサービス、サーモフィッシャーサイエンティフィック ジャパングループ、国立大学法人北海道大学の研究者らとともに、小惑星リュウグウのサンプルに含まれる可溶性成分を抽出し、精密な化学分析を行い、その組成や含有量などを明らかにしました。
小惑星リュウグウは、地球が誕生する以前の太陽系全体の化学組成を保持する始原的な天体の一つです。これまではやぶさ2初期分析により、多様な性状や含有物、履歴などが明らかとなってきましたが、可溶性成分のうちイオン性成分の物質情報は、未だ不明のままでした。
そこで本研究では、小惑星リュウグウのサンプルから可溶性成分を抽出し、無機・有機分子レベルの精密な化学分析を行いました。その結果、最も溶解しやすい成分を反映する熱水抽出物は、ナトリウムイオン(Na+)に非常に富んでいることがわかりました。ナトリウムイオンは、鉱物や有機物の表面電荷を安定化させる電解質として働き、一部は、有機分子などと結合することでナトリウム塩(Salt)として析出していると考えられます。また、抽出物からは様々な有機硫黄分子も発見されました。小惑星リュウグウに存在する水に溶存して化学状態が変化することで、多種多様な有機硫黄分子群へと化学進化を遂げたと考えられます。
本成果は、初期太陽系の物質進化を紐解くものであるとともに、それらが最終的に生命誕生に繋がる化学プロセスをどのように導いたかという大きな問題に答える上で、重要な知見となります。
本成果は、2023年9月18日付(日本時間)で科学誌「Nature Communications」に掲載されました。
小惑星リュウグウに含まれる水(H2O)は、太陽系内での進化の過程で凍結/融解を繰り返し、鉱物中に含まれる塩などを溶出し、析出させたと考えられる。可溶性成分を分析することで、最初の「塩」の生成する様子を紐解くことができる。
小惑星リュウグウは、小惑星帯で最も代表的なC型(炭素を多く含む)に属する始原的な小惑星です。初期の太陽系には惑星が存在しておらず、始原的な微惑星やガスが太陽系全体に漂っていました。その後、引力によって惑星が形成されていくなかで、太陽系の内側に形成された第三惑星が「地球」であり、惑星系に取り込まれずに、小惑星帯の一部になったのが、小惑星リュウグウと考えられています。小惑星探査機「はやぶさ2」によるサンプル採取と地球帰還後、初期研究グループが先端的な分析を駆使し、これまでに様々な性状や含有物、履歴などを明らかにしてきました。しかし、リュウグウの可溶性成分の含有量や組成、化学的な性質は不明なままでした。
小惑星リュウグウの化学進化を明らかにする上で、重要なキーワードは、「水、有機物、鉱物、そしてヒストリー(熱史)」です(2023年2月24日既報:2023年5月30日既報)。私たち研究グループは、初期状態の炭素(C)、水素(H)、窒素(N)、酸素(O)、イオウ(S)などの有機物を構成する軽元素組成に物理・化学的な作用が加わった場合、初生的な有機物や分子進化の姿(2023年3月22日既報:2022年4月27日既報)、水質変成[用語1]による「始原的な塩(Salt)」(本報告)を観測できると予測していました(2020年11月27日既報)。
本研究では、リュウグウサンプル(図1)の可溶性成分を熱水、有機溶媒、弱酸(ギ酸)、強酸(塩酸)の各溶媒を使って段階的に抽出し、得られた成分をイオンクロマトグラフィーと超高分解能質量分析法により、陽イオン、陰イオン、イオン性有機物について精密な解析を行いました。その結果、最も溶解しやすい成分の化学組成を反映する熱水抽出物は、ナトリウムイオンに富むことが判明しました(図2)。ナトリウムイオンは、鉱物や有機物の表面電荷を安定化させる電解質として働き、また一部は、揮発性の低分子有機物など(2023年2月24日既報)とイオン結合を介したナトリウム塩を形成していると考えられます。
さらに、分析によって検出された硫黄の分子種は、幅広い価数をもつイオン種(図3)や析出する無機塩と共存していることが判明しました。小惑星リュウグウには元々、還元的な鉄やニッケルの硫化物が存在しますが、水質変成を受けることで化学状態が変化し(図4)、親水性や両親媒性をもつ様々な硫黄を含む有機分子へと化学進化を遂げたと考えられます。また難溶性の硫黄同素体へ変化する準安定な親水性硫黄分子群(図5)も新たに発見され、多様な化学反応の痕跡が記録されていました。
今回の成果は、地球が誕生する以前の太陽系において、初生的な物質はどのように存在していたのか、また、それが初期太陽系でどのように進化してきたのかを紐解くものであるとともに、地球や海、そして地球上の生命を構成する物質の化学進化の道筋を探求する上でも、重要な知見となり得ると考えられます。これらは、地球外物質を大気暴露することなく回収した、はやぶさ2プロジェクト(2022年2月11日既報)による“新鮮な小惑星サンプル”がもたらした特筆すべき研究成果です。
本成果の鍵の一つは、極微量スケールかつ分子レベルかつ元素レベルで高精度に評価するという先鋭的な分析技術です。このような技術基盤は、学術的研究への波及効果に限らず、例えば、性状未知サンプルの品質検定等の社会的な要請、革新的な研究開発を生み出す知識基盤の醸成に貢献すると考えられます。
はやぶさ2プロジェクトの共同機関であったNASAでは、現在、米国主導の小惑星サンプルリターン計画「OSIRIS-REx」[用語2]が進行中です。一方、日本のJAXAが主導する火星衛星サンプルリターン計画「MMX」[用語3]を含め、新たな地球外サンプルリターンプロジェクトが進行しています。今後、地球が誕生する前の太陽系物質科学として、「塩」を含めた可溶性成分の組成や新しく発見された有機硫黄分子群の性状を含め、分子進化の統合的な理解(図6)を深めることが期待されます。
用語説明
[用語1] リュウグウの水質変成 : リュウグウは形成以来太陽系全体の化学組成を保持した最も始原的な天体の一つです。そこでは、「水質変成」と呼ばれる水―鉱物―有機物の相互作用などによって初期物質が溶解し、多様で二次的な生成物・析出物が形成されます。本報告では、水質変成の履歴を復元するために、可溶性成分の組成、化学的な性状を分子レベルで詳しく解析しました。
[用語2]
小惑星サンプルリターン計画「OSIRIS-REx」 : 米国NASAが主導する国際共同ミッション。
OSIRIS-REx:Origins, Spectral Interpretation, Resource Identification, Security, Regolith Explorerの略称。
To Bennu and Back: Journey's End|youtube
[用語3]
火星衛星サンプルリターン計画「MMX」 : 日本JAXAが主導する国際共同ミッション。
MMX:Martian Moons eXploration missionの略称。
MMX - Martian Moons eXploration mission movie|youtube
[用語4] 「水、有機物、鉱物、そしてヒストリー(熱史)」相互作用 : 水—有機物—鉱物相互作用および太陽系の有機宇宙化学的展望(用語1,2,3)は、はやぶさ2可溶性有機チームによる文献(2023年2月24日既報:2023年5月30日既報)に詳しく述べています。
論文情報
掲載誌 : |
Nature Communications |
論文タイトル : |
Chemical evolution of primordial salts and organic sulfur molecules in the asteroid 162173 Ryugu |
著者 : |
吉村寿紘1*、高野淑識1*、奈良岡浩2、古賀俊貴1、荒岡大輔3、小川奈々子1、フィリップ・シュミットコップリン4,5、ノルベルト・ハートコーン4、大場康弘6、ジェイソン・ドワーキン7、 ホセ・アポンテ7、 吉川 剛明8、 田中悟9、大河内直彦1、橋口未奈子10、ハンナ・マクレーン7、 エリック・パーカー7、 坂井三郎1、 山口美保子11、鈴木隆弘11、横山哲也12、圦本尚義13、中村智樹14、野口高明15、 岡崎隆司2、 薮田ひかる16、 坂本佳奈子17、 矢田達17、 西村征洋17、 中藤亜衣子17、 宮﨑明子17、 与賀田佳澄17、 安部正真17、 岡田達明17、 臼井寛裕17、 吉川真17、 佐伯孝尚17、 田中智17、 照井冬人18、 中澤暁17、 渡邊誠一郎10、 津田雄一17、 橘省吾17,19、 はやぶさ2可溶性有機物初期分析チーム
1国立研究開発法人海洋研究開発機構
2国立大学法人九州大学 大学院理学研究院 3国立研究開発法人産業技術総合研究所 4Helmholtz Zentrum München, Analytical BioGeoChemistry,ドイツ 5Technische Universität München, Analytische Lebensmittel Chemie,ドイツ 6国立大学法人北海道大学 低温科学研究所 7Solar System Exploration Division, NASA Goddard Space Flight Center, アメリカ 8株式会社堀場アドバンスドテクノ 9株式会社堀場テクノサービス 10国立大学法人名古屋大学 大学院環境学研究科 11サーモフィッシャーサイエンティフィック ジャパングループ 12国立大学法人東京工業大学 理学院 13国立大学法人北海道大学 大学院理学研究院 14国立大学法人東北大学 大学院理学研究科 15国立大学法人京都大学 大学院理学研究科 16国立大学法人広島大学 大学院先進理工系科学研究科 17国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 18神奈川工科大学 19国立大学法人東京大学 大学院理学系研究科附属宇宙惑星科学機構 *共同筆頭著者 |
DOI : |
お問い合わせ先
海洋研究開発機構 海洋利用機能部門
生物地球化学センター
副主任研究員 吉村寿紘
Email yoshimurat@jamstec.go.jp
Tel 045-867-9783
センター長代理・上席研究員 高野淑識
Email takano@jamstec.go.jp
Tel 045-867-9802
東京工業大学 理学院 地球惑星科学系
教授 横山哲也
Email tetsuya.yoko@eps.sci.titech.ac.jp
Tel 03-5734-3539
取材申し込み先
海洋研究開発機構 海洋科学技術戦略部 報道室
Email press@jamstec.go.jp
Tel 045-778-5690
九州大学 広報課
Email koho@jimu.kyushu-u.ac.jp
産業技術総合研究所 ブランディング・広報部報道室
Email hodo-ml@aist.go.jp
北海道大学 社会共創部広報課
Email jp-press@general.hokudai.ac.jp
サーモフィッシャーサイエンティフィック ジャパングループ 広報
Email Press.jp@thermofisher.com
株式会社堀場アドバンスドテクノ・株式会社堀場テクノサービス
株式会社堀場製作所 コーポレートコミュニケーション室
Tel 075-325-5073
東京工業大学 総務部 広報課
Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661
東京大学 大学院理学系研究科・理学部 広報室