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量子アニーリングの有効領域拡大の可能性を開く

連続変数の最適化で有効性を実証

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公開日:2023.10.04

要点

  • 量子アニーリングの適用対象として未開拓だった連続変数関数の最適化で、その高度な有効性を実証。
  • 連続変数を量子アニーリングに適した形で表し、古典コンピュータ上でシミュレート。
  • ノイズを抑えたハードウェアの実現により、広範な課題の解決の可能性が開かれる。

概要

東京工業大学 国際先駆研究機構 量子コンピューティング研究拠点の荒井俊太助教と西森秀稔特任教授は、複雑な構造を持つ連続変数関数の最適化[用語1]問題に量子アニーリング[用語2]を適用してさまざまな古典アルゴリズムと比較し、理想的な環境下における量子アニーリングの高度な有効性を実証した。

量子アニーリングは離散変数を持つ組合せ最適化問題を対象として開発されたが、その直接的な対象外である連続変数関数の最適化問題も社会には数多くあり、適用範囲の拡大が望まれていた。本研究では連続変数を近似的に離散表現する手法を適用し、D-Wave社[用語3]の量子アニーリング実デバイス、理想的な量子アニーリングの直接的なシミュレーション、連続変数や離散変数向けの各種古典アルゴリズムを比較した。その結果、理想的な量子アニーリングは実デバイスおよび古典アルゴリズムに比べて明確な優位性を持っていることが明らかになった。連続変数最適化問題で今回のような大規模かつ系統的な比較研究はこれまでに例がなく、量子アニーリングの有効な応用領域の拡大に向けて新たな展望が開かれた。実デバイスは、ノイズのために量子アニーリングの本来の特性を生かすには至っていないことも示され、今後、ハードウェアの進展に期待がかかる。

本研究は東北大学の押山広樹特任助教との共同研究として行われ、10月2日(現地時間)にアメリカ物理学会が発行する「Physical Review A」に掲載された。

量子アニーリングの実デバイスD-Wave 2000QのQPU[用語4](Media courtesy of D-Wave)

量子アニーリングの実デバイスD-Wave 2000QのQPU[用語4](Media courtesy of D-Wave)

背景

一定量の原材料から多種類の商品を生産して利益を最大化するように原材料の配分を決める問題など、変数が連続な値を取る関数を最大化あるいは最小化する最適化問題は数多く存在する。一方、変数がとびとびの値(離散値)の関数の最適化問題(組合せ最適化問題)も、最適な経路選択など多くの場面で重要な役割を担っており、古典コンピュータ(通常のコンピュータ)や量子コンピュータ上でのアルゴリズムの研究開発が盛んに行われている。中でも、組合せ最適化問題の解決に量子力学を利用する量子アニーリングの重要性の認識が広がり、その適用範囲の拡大が望まれていた。そこで、連続変数を近似的に離散変数で表す方法が開拓されていたが、それを量子アニーリングに適用したときの有効性に関する系統的な研究はなされていなかった。

研究成果

複雑な構造を持つ連続変数関数の最適化の例として、図1の関数(1次元のRastrigin関数[用語5])の最小値を求める問題に取り組んだ。この関数は原点での最小値に加えて多数の極小値を持ち、単純なやり方では極小解に陥ってしまう。

多くの極小を持つ複雑な関数

図1. 多くの極小を持つ複雑な関数

まず、連続変数関数の最適化のために開発された各種の強力な古典アルゴリズムと、量子アニーリングを実現するD-Wave社のデバイスに変数の離散化の手法を適用した結果を比較した。その結果、限られた計算時間の範囲ではD-Wave社のデバイスは古典アルゴリズムと同等程度の性能を持つが、この時間範囲を超えると、デバイス上のノイズのために古典アルゴリズムの方が優れた性能を持つことが明らかになった。つまり、量子アニーリングは連続変数の最適化にも応用できるが、実デバイスではノイズの影響が強くて本来の実力が発揮できているかどうか不明という結果になった。

そこで、ノイズの影響を排した量子アニーリングの本来の性能を調べるために、話を離散変数の最適化(組合せ最適化)に絞り、量子アニーリングを古典コンピュータで直接的にシミュレートできるTEBD[用語6]と呼ばれる手法を適用した。連続変数を近似的に離散変数で表す方法(ドメイン壁符号化[用語7])を適用して、TEBDや離散変数関数の最適化用に開発された各種の古典アルゴリズム(シミュレーテッド・アニーリングなど)とD-Waveデバイスとの比較を行った。それによると、ノイズのない理想的な量子アニーリングが他の古典アルゴリズムやD-Waveデバイスなどを大幅に上回る性能を示すことが明らかになった(図2)。

ノイズのない量子アニーリング

古典シミュレーテッド・アニーリング

図2.
ノイズのない量子アニーリング(左)と古典シミュレーテッド・アニーリング(右)で正解が得られる確率(縦軸)と計算時間(横軸)の関係。色で区別されたh0は図1の山の高さを表す。山がより高い方が困難な問題。左の量子アニーリングの方が右のシミュレーテッド・アニーリングより山の高さによらず常に高い正解率を示している。特に、量子アニーリングでは正解率が山の高さによらないが、シミュレーテッド・アニーリングは山が高くなると山を越えての探索が難しくなり、正解率が低下している。
ノイズのない量子アニーリング(上)と古典シミュレーテッド・アニーリング(下)で正解が得られる確率(縦軸)と計算時間(横軸)の関係。色で区別されたh0は図1の山の高さを表す。山がより高い方が困難な問題。左の量子アニーリングの方が右のシミュレーテッド・アニーリングより山の高さによらず常に高い正解率を示している。特に、量子アニーリングでは正解率が山の高さによらないが、シミュレーテッド・アニーリングは山が高くなると山を越えての探索が難しくなり、正解率が低下している。

今後の展開と社会的インパクト

連続変数関数の最適化においても、ノイズの影響がなければ量子アニーリングは古典アルゴリズムをしのぐ優れた性能を持つことが示唆された。D-Wave社による現状のデバイスはノイズの影響が大きく、量子アニーリングの本来の性能を発揮するに至っていないが、本量子コンピューティング研究拠点も参加した超短時間の量子シミュレーション実験では、ノイズの影響を排した理想的なデータが得られるなど、大幅な改善の兆しが見えてきている。遠くない将来に、ノイズの影響を排した運用が一般のエンドユーザーにもアクセス可能な形で実現すれば、量子アニーリングが有効に適用できる範囲が大幅に拡大し、様々な実社会の課題の解決につながるものと期待される。

付記

本研究は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援の下で行われた。

用語説明

[用語1] 連続変数関数の最適化 : 0, 1, 2, 3などのとびとびの値(離散値)を取る変数の関数の値を最小あるいは最大にする問題(組合せ最適化問題)に対して、任意の実数値を取れる連続変数の関数の値を最小あるいは最大にする問題。

[用語2] 量子アニーリング : 量子力学の効果を使って、ある種の関数の最小値を求める方法。1998年に東京工業大学の門脇正史と西森秀稔らによって提案され、2011年にD-Wave社によって商用ハードウェアとして市販された。

[用語3] D-Wave社 : 量子アニーリングを実装する装置を開発、市販しているカナダの企業。

[用語4] QPU : Quantum Processing Unitの略。量子コンピュータの中心的な素子。古典コンピュータのCPUとメモリの両方を合わせた機能を持つ。

[用語5] Rastrigin関数 : 多くの極小を持つ最適化の標準的なテスト関数の一種。2次関数に三角関数を加えた形を持つ。

[用語6] TEBD : Time-evolving block decimationの略。テンソルネットワークと呼ばれる波動関数を効率的に記述する方法を用いて、量子ダイナミクスを古典コンピュータ上でシミュレートする方法。

[用語7] ドメイン壁符号化 : 連続な値を取る変数をとびとびの離散値で近似的に表す方法。1次元の磁性体(イジング模型)で領域(ドメイン)の位置を連続変数の値に対応させる。制約付きの離散最適化問題で扱われることが多い。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review A
論文タイトル :
Effectiveness of quantum annealing for continuous-variable optimization
著者 :
Shunta Arai, Hiroki Oshiyama, and Hidetoshi Nishimori
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 国際先駆研究機構
量子コンピューティング研究拠点

助教 荒井俊太

Email arai.s.ao@m.titech.ac.jp
Tel 03-3454-8729

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661

東北大学 大学院情報科学研究科 広報室

Email koho@is.tohoku.ac.jp
Tel 022-795-4529

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