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酸化物イオンO2−伝導度が高い安定な オキシハライドを発見

中温で動作する固体酸化物形燃料電池の開発に期待

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公開日:2024.04.19

要点

  • 酸化物イオン伝導度が非常に高く、安定なオキシハライドの新物質群を発見。
  • 高い酸化物イオン伝導度を示す温度を従来材料より大幅に低くすることに成功。
  • 固体酸化物形燃料電池の動作温度の低温化とコスト削減につながると期待。

概要

東京工業大学 理学院 化学系の八島正知教授、上野那智大学院生(研究当時修士課程2年次)、矢口寛大学院生(研究当時博士課程3年次、現 理化学研究所)、藤井孝太郎助教の研究グループは、従来の材料を超える非常に高い酸化物イオン伝導度[用語1]と高い安定性を示すBi1.9Te0.1LuO4.05Clオキシクロライドなどのオキシハライド[用語2]の新物質群を発見した。

酸化物イオン伝導体は固体酸化物形燃料電池[用語3]などへの応用が期待されている。しかし現在用いられている伝導体は動作温度が高く、製造コストや安定性の問題があるため、中温(400~500℃)で高い伝導度と高い安定性を示す酸化物イオン伝導体が求められていた。

本研究で発見した新しい酸化物イオン伝導体は、燃料電池での実用化の目安とされる酸化物イオン伝導度10 mS/cm (= 0.01Ω−1cm−1)を、従来の実用材料(644℃)よりも大幅に低い温度(431℃)で示した。また10−4~10−18気圧の酸素分圧範囲で電気伝導度が一定で、発電効率を落とすような電子伝導を示さないうえに、化学的に非常に安定であるという特徴も持つ。

また本研究では、酸化物イオン伝導度が高い高温条件での結晶構造と、三重蛍石類似層[用語4]における酸化物イオンの拡散経路を解明した。さらに第一原理分子動力学シミュレーション[用語5]を行うことで、この新材料の酸化物イオン伝導機構を明らかにした。その結果、Bi1.9Te0.1LuO4.05Clの高いイオン伝導度の原因は、酸化物イオンが格子間酸素席と格子酸素席[用語6]を介して協調的に移動する、準格子間機構[用語7]による、酸化物イオンの二次元的な拡散であることが分かった。

本研究で実現した「オキシハライドの三重蛍石類似層における高酸化物イオン伝導」は、酸化物イオン伝導体の新しい設計指針となり、さまざまな新材料開発への応用が期待される。また、500℃以下の中温での高イオン伝導と高安定性の実現により、中温で動作する固体酸化物形燃料電池など、高性能電気化学デバイスの開発につながると考えられる。

本研究成果は、2024年4月9日(現地時間)に国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」電子版に掲載された。

図1. (a) 本研究で発見したBi1.9Te0.1LuO4.05Clは、高い酸化物イオン伝導度10mS/cmを従来材料YSZより213℃低い温度で示した。(b) 実験と (c) 理論計算により解明された三重蛍石類似層における酸化物イオンの準格子間拡散。これが高い酸化物イオン伝導度の原因である。©著者ら(2024)
図1.
(a) 本研究で発見したBi1.9Te0.1LuO4.05Clは、高い酸化物イオン伝導度10mS/cmを従来材料YSZより213℃低い温度で示した。(b) 実験と (c) 理論計算により解明された三重蛍石類似層における酸化物イオンの準格子間拡散。これが高い酸化物イオン伝導度の原因である。©著者ら(2024)

背景

酸化物イオン伝導体は、酸化物イオン(O2−)伝導を示す物質であり、固体酸化物形燃料電池(SOFCs)、酸素分離膜、触媒およびガスセンサーなどに幅広く応用できる材料として期待されている。現在SOFCs で使用されているイットリア安定化ジルコニア(YSZ)電解質は動作温度が高いため(700~1,000℃)、製作コストが高いうえに、高温での劣化のため長期にわたって使用できないという欠点があった。そのため、中温(400~500℃)で高い伝導度を示す酸化物イオン伝導体を探索する必要がある。

一般的に酸化物イオンは、固体の中で酸素空孔[用語8]を介して拡散することが従来の研究から分かっているが(図2a)、近年、格子間席に存在するイオンが隣接する格子席にあるイオンを押し出しながら協調的に拡散する、準格子間機構に注目が集まっている(図2b)。一方で、ビスマス(Bi)を含む材料は高い酸化物イオン伝導度を示すことが知られている。こうしたことから、Bi を含み、かつ酸化物イオンが準格子間機構で拡散する材料は高い酸化物イオン伝導度を示すことが期待されるが、そのような材料は非常にまれである。

図2 酸化物イオンの拡散機構。(a)空孔機構。(b)準格子間機構。©著者ら(2023)

図2. 酸化物イオンの拡散機構。(a)空孔機構。(b)準格子間機構。©著者ら(2023)

研究成果

酸化物イオン伝導体Bi1.9Te0.1LuO4.05Clの高い電気伝導度と安定性

本研究では、新たなオキシクロライドBi2−xTexLuO4+x/2Cl (x = 0.1, 0.2)を合成するとともに、既知物質Bi2LuO4Cl (x = 0)も合成した。また、組成Bi2−xTexLuO4+x/2Cl (x = 0, 0.1, 0.2)の酸化物イオン伝導度と結晶構造を調べた。これらの化合物には、過剰酸素が入り込む空間(図2bの格子間席の空孔)が存在するので、準格子間機構による高酸化物イオン伝導が期待できる。

Bi2−xTexLuO4+x/2Cl (x = 0, 0.1, 0.2)の中では、x=0.1の組成Bi1.9Te0.1LuO4.05Clのイオン伝導度が最も高いことが分かった。そこで、イオン伝導体Bi1.9Te0.1LuO4.05Clにおける輸送特性を検討したところ、次の結果が得られた。

1.
Bi1.9Te0.1LuO4.05Clの電気伝導度は、広い酸素分圧の領域(例えば431℃では酸素分圧が10−18~10−4気圧の領域)で一定であり、高い化学的・電気的安定性[用語9]を示した(図3a)。有意な電子伝導と電子のホール伝導は観察されず、イオン伝導が示唆された。一般的にBiを含む化合物は、低い酸素分圧下で化合物中のBiイオンが還元されて分解してしまう可能性や、電子伝導を示して伝導度が高くなる可能性があるが、多くのBiを含む化合物に比べてBi1.9Te0.1LuO4.05Clは安定であった。
2.
直流分極測定[用語10]において抵抗値が時間に依存しなかった(図3b)。
3.
プロトン(H+)伝導が湿潤雰囲気でも無視できた(図3c)。

以上の実験結果から、Bi1.9Te0.1LuO4.05Clでは、酸化物イオンが支配的なキャリア(電荷担体)であることが示唆された。

図3. Bi1.9Te0.1LuO4.05Clの (a) 直流四端子法で測定した直流電気伝導度σDCの酸素分圧依存性。電解質領域を示す。(b) 600℃における直流分極測定の結果。時間経過とともに抵抗が変化しないので、塩化物イオンと陽イオンによる電気伝導度の寄与は無視できる。(c) 乾燥窒素と湿潤窒素における直流電気伝導度σDC。両者の伝導度がほぼ同じなので、有意なプロトン伝導はないと考えられる。©著者ら (2024)
図3.
Bi1.9Te0.1LuO4.05Clの (a) 直流四端子法で測定した直流電気伝導度σDCの酸素分圧依存性。電解質領域を示す。(b) 600℃における直流分極測定の結果。時間経過とともに抵抗が変化しないので、塩化物イオンと陽イオンによる電気伝導度の寄与は無視できる。(c) 乾燥窒素と湿潤窒素における直流電気伝導度σDC。両者の伝導度がほぼ同じなので、有意なプロトン伝導はないと考えられる。©著者ら(2024)

また、このBi1.9Te0.1LuO4.05Clの酸化物イオン伝導度を他の物質と比較したところ、Bi1.9Te0.1LuO4.05Clは非常に高い酸化物イオン伝導度を示すことが分かった(図4)。燃料電池の固体電解質においては、実用化の目安となるイオン伝導度は10 mS/cm以上である。ここで注目すべき点は、10mS/cm以上のイオン伝導度を示す温度が、従来の実用材料であるイットリア安定化ジルコニア(YSZ)では644℃以上であるのに対して、Bi1.9Te0.1LuO4.05Clでは431℃以上である点である。したがって、Bi1.9Te0.1LuO4.05Clは、YSZに比べて213℃もの低温化に成功したことになる。

同時に、Bi1.9Te0.1LuO4.05Clは高い化学的安定性も示した。例えばCO2中で400℃、あるいは大気中で600℃, 400℃で100時間のアニールを実施しても、X線回折図形はアニール前と同じであり、分解や劣化は全く起こらなかった(図5)。この高い化学的安定性は、前述の高い化学的・電気的安定性と高い酸化物イオン伝導度とともに、Bi1.9Te0.1LuO4.05Clが優れた酸化物イオン伝導体であることを示している。

図4 Bi1.9Te0.1LuO4.05Clと既知の高酸化物イオン伝導体の酸化物イオン伝導度の比較 ©著者ら(2024)

図4. Bi1.9Te0.1LuO4.05Clと既知の高酸化物イオン伝導体の酸化物イオン伝導度の比較 ©著者ら(2024)

図5. (a) 作製したままの(as-prepared)Bi1.9Te0.1LuO4.05Cl試料と(b) CO2中で400℃、100時間アニールした試料、(c) 大気中で100時間、(c) 400℃と (d) 600℃でアニールした試料のX線回折図形。 ©著者ら(2024)
図5.
(a) 作製したままの(as-prepared)Bi1.9Te0.1LuO4.05Cl試料と (b) CO2中で400℃、100時間アニールした試料、(c) 大気中で100時間、(c) 400℃と (d) 600℃でアニールした試料のX線回折図形。©著者ら(2024)

高い酸化物イオン伝導度の原因の解明

Bi1.9Te0.1LuO4.05Clが高い酸化物イオン伝導度を示す原因を解明するため、25℃から700℃の温度範囲で中性子回折実験[用語11]を行い、リートベルト法[用語12]により結晶構造を解析した。その結果、Bi1.9Te0.1LuO4.05Clは三重蛍石類似層とCl 層が交互に積層した結晶構造を有しており、25℃から700℃の温度範囲ではBi1.9Te0.1LuO4.05Clは正方のSillén相[用語13]であることが分かった(図6)。格子間 O2席を持つ三重蛍石類似層は、準格子間機構によるイオンの拡散が可能であり、Bi1.9Te0.1LuO4.05Clの高い酸化物イオン伝導度にとって重要である。

Bi1.9Te0.1LuO4.05Clの酸化物イオン拡散経路を可視化するために、最大エントロピー法(MEM)[用語14]により中性子散乱長密度分布[用語15]を解析した。その結果、酸化物イオンは400℃で三重蛍石類似層中を2次元的に拡散することが示された(酸化物イオンの拡散経路:図6(c,i)の−O1−O2−)。このMEM解析により可視化された−O1−O2−の拡散経路は、Bi1.9Te0.1LuO4.05Clの酸化物イオンが準格子間機構により拡散する直接的な実験的証拠だといえる。

図6 Bi1.9Te0.1LuO4.05Clの三重蛍石類似層(triple fluorite-like layer)における酸化物イオン拡散の実験的証拠。(a,b) 400℃における結晶構造。(c) 400℃におけるc軸方向から見た三重蛍石類似層の構造と中性子散乱長密度の等値面。(d-f) Lu-O2層上の、(d) 400℃における原子配列(矢印は酸化物イオンが移動する方向を示す)、(e) 25℃と (f) 400℃における中性子散乱長密度分布。(g-i) <i>x</i>=1/2における<i>bc</i>面上の (g) 400℃における原子配列(矢印は酸化物イオンが移動する方向を示す)、(h) 25℃と (i) 400℃における中性子散乱長密度分布。©著者ら (2024)
図6.
Bi1.9Te0.1LuO4.05Clの三重蛍石類似層(triple fluorite-like layer)における酸化物イオン拡散の実験的証拠。(a,b) 400℃における結晶構造。(c) 400℃におけるc軸方向から見た三重蛍石類似層の構造と中性子散乱長密度の等値面。(d-f) Lu-O2層上の、(d) 400℃における原子配列(矢印は酸化物イオンが移動する方向を示す)、(e) 25℃と (f) 400℃における中性子散乱長密度分布。(g-i) x=1/2におけるbc面上の (g) 400℃における原子配列(矢印は酸化物イオンが移動する方向を示す)、(h) 25℃と (i) 400℃における中性子散乱長密度分布。©著者ら(2024)

次に、第一原理分子動力学(AIMD)シミュレーションにより酸化物イオンの拡散と局所的なダイナミクスを調べた。その結果、O2席の格子間酸化物イオンOB(図7赤い球)は最近接の格子O1席に存在する別の酸化物イオンOA(図7青い球)を、隣接する空の格子間O2席に向かって押し出すことが分かった。これは、OAとOBの2個の酸化物イオンが協調的に移動する、準格子間機構による拡散を明確に示している。

図7. 第一原理分子動力学(AIMD)シミュレーションにより調べた酸化物イオンの拡散と局所的なダイナミクスを示すスナップショット。経過時間: (i) 0 fs, (ii) 80 fs, (iii) 280 fs。©著者ら(2024)
図7.
第一原理分子動力学(AIMD)シミュレーションにより調べた酸化物イオンの拡散と局所的なダイナミクスを示すスナップショット。経過時間: (i) 0 fs, (ii) 80 fs, (iii) 280 fs。©著者ら(2024)

こうしたことから、Bi1.9Te0.1LuO4.05Clは極めて高い酸化物イオン伝導度、および高い化学的安定性と化学的・電気的安定性を示すことが分かった。またその高い酸化物イオン伝導度の原因は、酸化物イオンが三重蛍石類似層内を、格子間O2席と格子O1席を介した準格子間機構によって二次元的に拡散するためであることを解明した。そこで、三重蛍石類似層を持つさまざまな新規オキシハライドを合成し、乾燥窒素中で電気伝導度を測定したところ、いずれも高い電気伝導度を示した(図8)。このことは、一連の三重蛍石類似層を持つさまざまなオキシハライドが高酸化物イオン伝導体であることを示唆している。

図8 乾燥窒素中におけるさまざまなオキシハライドの直流電気伝導度σDC。©著者ら(2024)

図8. 乾燥窒素中におけるさまざまなオキシハライドの直流電気伝導度σDC。©著者ら(2024)

社会的インパクト

今回開発したBi1.9Te0.1LuO4.05Clでは、燃料電池の固体電解質を実用化するための目安とされるイオン伝導度10mS/cmを示す温度を、従来の実用材料であるイットリア安定化ジルコニア(YSZ)と比べて213℃も低温化することに成功した。したがって、Bi1.9Te0.1LuO4.05Clを電解質に用いたSOFCsを開発すれば、動作温度を大幅に低下させてコストを削減できると期待される。このことから今回開発したBi1.9Te0.1LuO4.05Cl材料は高性能燃料電池への道を切り開くことで、今後の脱炭素社会の取り組みに大きく貢献できると期待される。

今後の展開

本研究グループでは今後、創製・発見した新しいオキシハライドについて元素置換を行い、酸化物イオン伝導度と安定性をさらに向上させることを検討している。また、オキシハライドを利用したSOFCsを実用化するためには、燃料電池の作製と評価を行う必要がある。そのためには、オキシハライドに適した電極材料の開発を行うことが重要である。

付記

本研究の一部は、JSPS科学研究費助成事業基盤研究(A)「新構造型イオン伝導体の創製と構造物性」(19H00821)、JSPS科学研究費助成事業挑戦的研究(開拓)「本質的な酸素空孔層による新型プロトン・イオン伝導体の探索」(JP21K18182)、JSPS科学研究費助成事業基盤研究(C)「金属酸ハロゲン化物の新規酸化物イオン伝導体創出と構造科学」(JP23K04887)、JSPS科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「構造解析による超セラミックスの機能発現メカニズム解明」(JP23H04618)、JSPS科学研究費助成事業基盤研究(S)「Norbyギャップ内の高イオン伝導体の創製」(JP24H00041)、JST 先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)JPMJAP2308、JST研究成果展開事業研究成果最適展開支援プログラム A-STEP 産学共同(JPMJTR22TC)、JSPS研究拠点形成事業(A.先端拠点形成型)「エネルギー変換を目指した複合アニオン国際研究拠点」等の助成を受けて行われた。

用語説明

[用語1] 酸化物イオン伝導度 : 外部電場を印加したとき酸化物イオン(O2−)が伝導する物質を酸化物イオン伝導体(あるいは酸素イオン伝導体)という。この酸化物イオンが伝導することによる電気伝導度を酸化物イオン伝導度という。酸化物イオン伝導体には、純酸化物イオン伝導体や酸化物イオン-電子混合伝導体などがある。

[用語2] Bi1.9Te0.1LuO4.05Clオキシクロライドなどのオキシハライド : オキシクロライドとは酸素および塩素を含む物質。オキシハライドとは酸素およびハロゲンを含む物質。ビスマス、テルル、ルテチウム、酸素および塩素から構成されるBi1.9Te0.1LuO4.05Clは、本研究で初めて報告された新物質で、Sillénオキシクロライドの一つであり、Sillénオキシハライドの一つでもある。

[用語3] 固体酸化物形燃料電池(SOFCs; Solid Oxide Fuel Cells) : 電解質に固体を用いた燃料電池。電極や電解質を含め発電素子中に液体を使用せず、全て固体で構成される。高温で動作するため、白金などの高価な触媒が不要である。現在知られている燃料電池の形態では最も高い温度で稼働し、単独の発電装置としては最も発電効率が高い。SOFCsの固体電解質には、酸化物イオン伝導体が用いられている。

[用語4] 三重蛍石類似層 : 層状化合物の結晶構造に含まれる、3つの陽イオン層を含む蛍石類似層(蛍石型化合物に原子配列が類似した層)。図6bに示すように、Bi1.9Te0.1LuO4.05Clにおける三重蛍石類似層は3つの陽イオン層、Bi/Te層、Lu層、Bi/Te層を持つ。

[用語5] 第一原理分子動力学シミュレーション : 実験データなどの経験パラメータを用いずに、計算対象となる原子の種類と数と初期配置を用いて、量子力学に基づいて電子状態を計算することで、原子間に働く力を見積もり、物質における原子の運動や物質の性質を調べるシミュレーション。

[用語6] 格子間酸素席と格子酸素席 : イオン結晶では正規の格子位置(格子席)に存在するイオンが充填しているが、充填した格子イオンの空隙位置(席)の一部にイオンが存在する物質がある。この空隙位置を格子間席と呼ぶ。格子間席に存在する酸素原子を格子間酸素と呼ぶ。

[用語7] 準格子間機構 : イオンが格子席を経由せずに、格子間席から格子間席に直接移動して拡散する機構を格子間機構と呼ぶ。一方、格子席のイオンが格子間席に移動するのと同時に、その格子間席に存在したイオンが別の格子席に移動するという、2個のイオンの協調的な移動による拡散機構を準格子間機構と呼ぶ。格子間機構ではイオンが格子席を介さずに移動するのに対し、準格子間機構では格子間席と格子席を介してイオンが移動する。(準格子間機構はプッシュプル(push-pull)機構またはキックオフ(kick-off)機構ともいう)

[用語8] 酸素空孔 : 結晶において、酸素原子が存在すべきであるのに原子が存在しない位置。

[用語9] 化学的・電気的安定性 : ある物質の電気伝導度が酸素分圧に依存せず一定であることを化学的・電気的安定性を示すという。電子伝導と電子のホール伝導の寄与が小さく、イオン伝導の寄与が大きいことを示唆している。

[用語10] 直流分極測定 : サンプルに一定の電圧(または電流)を印加したときの電流(電圧)の時間変化を測定すること。本研究の酸化物イオン伝導体では、電気抵抗値が時間に依存しなかったので、外部から供給されない陽イオンや塩化物イオン伝導ではなく、外部から供給できる酸化物イオン伝導であると考えられる。

[用語11] 中性子回折実験 : 数~数十Åの周期で原子が規則的に配列する結晶は、X線や中性子によって回折現象を起こす。得られる回折データは結晶構造の情報を含んでおり、解析することで結晶内の原子配列などを明らかにすることができる。X線は電子により散乱されるので、重元素のコントラストが高い。一方、中性子では重元素と酸素などの軽元素の両方を含む物質における軽元素のコントラストが相対的に高いことが多いので、軽元素の原子の原子座標、占有率と原子変位パラメータを正確に決めることができる。

[用語12] リートベルト法 : 粉末回折データを用いて、結晶学パラメータ(格子定数、原子座標、占有率、原子変位パラメータ等)を求める手法。

[用語13] Sillén相 : [M2O2]などの蛍石型構造に類似した構造を有する蛍石類似層と、ハロゲン層または陽イオンMを含むハロゲン層が積層した結晶構造を持つオキシハライドをSillén相という。

[用語14] 最大エントロピー法(Maximum-Entropy Method; MEM) : MEMは情報理論の一つで、計測データの不確かさ(情報エントロピー)が統計的に尤もらしく(最大に)なるように推定する方法である。MEMを使うと、信号のノイズを低減させ、より鮮明な信号にすることができる。

[用語15] 中性子散乱長密度分布 : 中性子散乱長密度分布とは、原子核の密度分布に中性子の原子散乱能(中性子散乱長)を掛けたものである。リートベルト解析により得られた構造因子に対してMEMを適用すると、より正確な中性子散乱長密度分布が得られる。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
High Conductivity and Diffusion Mechanism of Oxide Ions in Triple Fluorite-like Layers of Oxyhalides(オキシハライドの三重蛍石類似層の酸化物イオンの高い伝導度と拡散機構)
著者 :
Nachi Ueno (上野那智)、Hiroshi Yaguchi (矢口寛)、 Kotaro Fujii (藤井孝太郎)、 Masatomo Yashima* (八島正知、*責任著者)
DOI :

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