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トポロジカル絶縁体を触媒として有機尿素類を室温で高収率合成

量子の力の触媒への展開

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公開日:2023.09.25

要点

  • 有機尿素の室温合成にBi2Se3ナノ粒子が安定で高機能な固体触媒となることを発見
  • トポロジカル絶縁体(TI)の表面のタフさと大きなスピン軌道相互作用を利用
  • エレクトライド触媒に続き、量子物質の実用触媒としての道を開く

概要

東京工業大学 元素戦略MDX研究センターの細野秀雄栄誉教授、李江特任助教、多田朋史特定教授、北野政明教授らは、トポロジカル絶縁体[用語1]であるBi2Se3を触媒として用いることで、一酸化炭素と酸素と有機アミンから、有機尿素[用語2]類を室温で高い収率で合成することに成功した。有機尿素類は、尿素と異なり水にすぐに溶解せず、土壌中の微生物によって徐々に分解され、植物が吸収できる活性窒素に変わるので、窒素肥料として広く使われている尿素の欠点を補う性質があることが知られている。

本研究グループは、トポロジカル物質のユニークな物性である表面が極めて丈夫であることと、その起源となっている構成金属元素の大きなスピン軌道相互作用[用語3]に注目した。そしてトポロジカル絶縁体としてよく知られているBi2Se3を選択し、そのナノ粒子を作製して、有機尿素類の合成反応の触媒として検討した。その結果、室温でほぼ100%という高い収率で、有機尿素類が得られることを見出した。酸素分子による酸化を伴う反応であるにもかかわらず、ナノ粒子の表面は安定で反応を繰り返し行っても活性の低下は認められなかった。この表面の丈夫さはトポロジカル物質の特性によるものだと考えられる。その反応メカニズムを検討したところ、Bi(ビスマス)とSe(セレン)の両方の元素が表面を構成する(015)面[用語4]で反応が進行し、酸素分子がBiと結合して、酸化力の強い一重項状態[用語5a]が安定化されて、酸素原子に速やかに解離し、生成した原子状酸素がSeに結合したアミン分子から水素を引き抜き、生じたイミン中間体と一酸化炭素との反応を促進することが分かった。Biのスピン軌道相互作用を考慮しない計算では、酸素分子は通常の三重項状態[用語5b]のままで、酸素分子の解離は生じなかった。スピン軌道相互作用によって生じた局所的な磁場で酸素分子のスピン状態の変化が生じることが、反応のエネルギー障壁を大きく下げたと理解される。すなわち、トポロジカル物質のユニークな特徴とBiとSeというこの反応に有利な元素選択によって得られた成果と言える。

本グループは2012年に、電子がアニオンとして働くエレクトライド(電子化物)を用いて、温和な条件下でアンモニア合成が可能なことを報告した。今回の成果もこの延長線上にあり、量子物質の化学反応への展開の更なる可能性を示唆している。

本研究成果は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業において得られたものであり、米科学誌「Science」の姉妹誌「Science Advances」に9月23日、オンライン公開された。

背景

尿素は植物の生育に必須な窒素を供給する肥料として広く使用されている。しかし、水にすぐに溶解するので、雨が降ると土壌から容易に溶出しやすいために、吸収効率が低く、環境汚染につながるという欠点も指摘されている。しかし有機尿素は、水に対する溶解度が低く、土壌中の微生物によって徐々に分解され尿素を生じるので、尿素の欠点を補う性質を有すると言える。

有機尿素の合成は、有機アミンと一酸化炭素と酸素から、触媒を使って合成される。これまで、パラジウムを担持した不均一系触媒やセレンを有機アミンの溶液に溶解した均一系触媒が報告されている。しかし、前者では高い反応温度が必要で、後者では反応後の生成物と触媒の分離が必要という課題があった。

本研究では、生成物との分離が容易な固体で、トポロジカル絶縁体(TI)として知られているBi2Se3に注目した。TIは表面が極めてタフなことが理論から示されているので、化学反応の舞台となっても、高い安定性を保つことが期待できる。数あるTI物質の中から尿素合成の均一系触媒として働くことが報告されているSeを含むBi2Se3を選択した。

研究成果

Bi2Se3はバルク形状と水熱法で合成したナノサイズの2種類の試料を用いた。比較としてSe、Biと、Se化合物だが非トポロジカル物質であるSb2Se3、CuSe、アルミナにSeを担持したもの、および類似構造を有しトポロジカル性が弱いことが分かっているBiSeも触媒としての性能を検討した。

Bi2Se3はバルク、ナノ粒子とも室温付近でほぼ100%の収率で目的とする有機尿素が得られた。また、バルクとナノ粒子で表面積あたりの活性に違いは見られなかった(図1)。アルミナにSeを担持したものも活性を示したが、いずれもアミンにSeが溶解して均一系触媒として機能したもので、反応物の分離が困難であった。Bi2Se3は反応途中で反応系から取り出すと反応が停止してしまうこと、および反応後に分析してもSeの溶出が認められなかったことから、Bi2Se3のみが固体触媒として高い活性を示すことが分かった。また、反応を繰り返してもBi2Se3の触媒活性の低下は認められなかった。

図1 有機尿素類の合成 (A)反応式、(B)室温でのBi2Se3触媒の触媒作用。反応途中で触媒を取り出すと反応は進まない。Seの溶出が生じていないことを示している。(C)いろいろなSe化物の触媒活性。Bi2Se3ではバルクとナノ粒子でTOF値に差がない。
図1.
有機尿素類の合成
(A)反応式、(B)室温でのBi2Se3触媒の触媒作用。反応途中で触媒を取り出すと反応は進まない。Seの溶出が生じていないことを示している。(C)いろいろなSe化物の触媒活性。Bi2Se3ではバルクとナノ粒子でTOF値に差がない。

反応機構を第一原理計算と実験から考察して、以下のような結論が得られた(図2)。

1.
反応の律速過程は、表面のBi上に吸着したO2分子の解離であった。通常O2の一番エネルギーの低い状態である2つの電子のスピンが同じ向きになっている三重項状態だが、スピン軌道相互作用を考慮して計算すると、Bi上に吸着したO2ではスピンが反対向きになっている一重項状態の方が安定になっていることが分かった。一重項状態のO2は酸化力が極めて大きいので酸化に有用だが、エネルギーが三重項状態よりも1 eVも高く熱的には実現できない。Biの大きなスピン軌道作用によって、局所的に大きな磁場が生じ一重項の状態が安定化されたと考えられる。
2.
一重項状態のO2は三重項状態に比べ、容易に酸素原子に解離する。解離した酸素原子がアミンから水素を引き抜き、生成したイミン中間体がCO分子と反応して有機尿素が生成される。
3.
酸化過程を伴う反応であるにもかかわらず、Bi2Se3表面の酸化は進行せず、反応を繰り返しても触媒活性は低下しなかった。これはトポロジカル物質の表面は極めて丈夫である理論と合致する。
4.
上記の機構から、この反応には最表面にはBiとSeの両方が存在し、かつバンド反転が生じる表面が必要であることが示唆された。これは(015)面が相当する(図2)。実験ではバルクでもナノ粒子でも、この表面が生成していることが明確に観測され、この機構と矛盾しないことが分かった。
図2. 反応機構。Biの大きなスピン軌道相互作用で吸着した酸素分子が、通常のスピン三重項状態から一重項に変化することで解離が促進される。解離した酸素がアミンから水素を引き抜き、COとアミンの反応が生じる。
図2.
反応機構。Biの大きなスピン軌道相互作用で吸着した酸素分子が、通常のスピン三重項状態から一重項に変化することで解離が促進される。解離した酸素がアミンから水素を引き抜き、COとアミンの反応が生じる。
図3. Bi2Se3の(015)表面。A:(001)面からのステップ、B:(015)面のテラス構造。 いずれもBiとSeが最表面に存在する。
図3.
Bi2Se3の(015)表面。A:(001)面からのステップ、B:(015)面のテラス構造。 いずれもBiとSeが最表面に存在する。

社会的インパクト

有機尿素類は、既存の尿素をはじめとする窒素肥料の欠点を補うことが期待される。本研究で開発したBi2Se3触媒は、有機尿素類を室温で高い収率で合成することが可能であり、有機尿素の肥料利用の拡大につながるものと言える。また、生成物の分離が極めて容易で再利用が可能であるとともに、表面が丈夫なので長寿命という産業利用上のメリットも持っている。

また本研究は、これまでエレクトロニクスへの応用が主であった量子物質が、触媒などの化学反応への応用にも大きなポテンシャルを有することを示した成果とも言える。本研究グループでは、2012年に発表した量子物質の1つであるエレクトライドが、温和な条件下でのアンモニアの合成触媒として優れた性能を持つことを報告している(Nature chemistry, 4(11), 934-940)。それに続く今回の成果は、トポロジカル絶縁体という量子物質を使った含窒素化合物の合成への展開であり、量子の力がCO2削減など社会の困難を解決する新しい触媒の誕生につながることを実証した成果である。

今後の展開

本研究では、トポロジカル絶縁体の性質である表面の丈夫さと、バンド構造のトポロジカル性の起源となっているBiの大きなスピン軌道相互作用を利用することで、固体触媒で有機尿素を室温で高収率に合成できることを示した。トポロジカル物質には、多様な種類があり、それぞれに対して多彩な元素から構成されている多くの物質群が存在するので、目的とする反応にあった物質を選択することで、その触媒としての応用の可能性が広がることが期待される。

本グループは2012年にエレクトライド(電子化物)という量子物質が、温和な条件下でアンモニア合成の優れた触媒になることを報告した。今回の成果は、量子物質の化学反応での応用、特に生物の生存に不可欠な窒素化合物のグリーン合成を目指したものである。量子物質はエレクトロニクスへの応用に向けた研究が進んでいるが、化学反応への展開もこれから期待される。

付記

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られた。

科学技術振興機構 未来社会創造事業 探索加速型

研究領域:「地球規模課題である低炭素社会の実現」

(運営総括:魚崎浩平 北海道大学 名誉教授/物質・材料研究機構 名誉フェロー/科学技術振興機構 研究開発戦略センター 上席フェロー)

重点公募テーマ:「ゲームチェンジングテクノロジー」による低炭素社会の実現」

研究開発課題名:「グリーンアンモニアおよび尿素とその誘導体合成のための特異電子系触媒の開発」

研究開発代表者:細野秀雄 東京工業大学 栄誉教授

研究開発期間:令和3年10月~令和8年3月

用語説明

[用語1] トポロジカル絶縁体 : 物質の内部は絶縁体でありながら、表面は電気を通すという物質。この表面状態は、物質の化学組成の変化等に起因するのではなく、純粋に電子の波動関数のトポロジカルな性質(価電子帯の波動関数のねじれ)に起因するので、外乱に対して安定であると理論的に予測されている。Bi2Se3はその代表例。

[用語2] 尿素と有機尿素 : (NH2)2COという化学式を持つのが尿素で、アンモニアと二酸化炭素から合成される。窒素肥料として用いられている。尿素の構造で水素を炭化水素で置き換えたものが有機尿素。

尿素
尿素

[用語3] スピン軌道相互作用 : 電子はスピンと電荷を有しており、電子が原子核の周りを回ることで生じる軌道角運動量とスピンとの間の生じる相互作用のこと。高エネルギー・高速な運動を行なうときに大きくなるので、原子番号が増大すると、その大きさは極めて大きくなる。

[用語4] (015)面 : 結晶の格子中における結晶面や方向を記述するためには、ミラー指数を用いる。例えば(001)面はc軸方向に垂直な面を示す。Bi2Se3の(015)面は、c軸に対して斜めに切った面の1つで、BiとSeが面内に存在する。この物質の粒子では、この面と(001)面の両方が表面に露出することがX線回折で分かっている。

[用語5a] 一重項の酸素分子 : 酸素分子はスピンが対になっていない2つの電子を有する。この2つの電子のスピンが反対向きになっている状態を一重項、同じ向きになっている状態を三重項と呼ぶ。酸素分子では後者の方が、前者よりエネルギーが圧倒的に安定(約1エレクトロンボルト)なので、通常の酸素分子は三重項状態になっている。一重項状態の酸素は、三重項状態よりも酸化する力が大きいので、光などを使って過渡的に一重項状態を実現し、酸化反応に用いられる。

[用語5b] 三重項 : 用語5aを参照。

論文情報

掲載誌 :
Science Advances
論文タイトル :
Topological Insulator as an Efficient Catalyst for Oxidative Carbonylation of Amines(アミン類の酸化的カルボニル化反応の効率的触媒としてのトポロジカル絶縁体)
著者 :
Jiang Li, Jiazhen Wu, Sang-won Park, Masato Sasase, Tian-Nan Ye, Yangfan Lu, Masayoshi Miyazaki, Toshiharu Yokoyama, Tomofumi Tada, Masaaki Kitano, and Hideo Hosono
DOI :

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同 元素戦略MDX研究センター 特命教授

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Email hosono@mces.titech.ac.jp
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