東工大ニュース
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公開日:2024.07.08
東京工業大学 理学院 化学系の八島正知教授、松崎航平大学院生(研究当時)、齊藤馨大学院生は、中低温で世界最高クラスのプロトン(H+、水素イオン)伝導度[用語1]を示す新物質Ba5Er2Al2SnO13[用語2]を創製・発見した。さらに東北大学 金属材料研究所の南部雄亮准教授、池田陽一助教と共同で中性子回折[用語3]データを測定し、結晶構造を明らかにした。また第一原理分子動力学シミュレーション[用語4]を行い、高いプロトン伝導度の原因を明らかにした。
現在実用化されている固体酸化物形燃料電池(SOFC)は動作温度が高いため、低コスト化と用途拡大のために、中温(300℃付近)で高いプロトン伝導度を示す材料が求められている。従来の候補材料であるペロブスカイト型プロトン伝導体[用語5]では、高い伝導度を実現するために化学置換[用語6]が必要である。一方、六方ペロブスカイト関連酸化物[用語7]は近年、化学置換なしで比較的高いプロトン伝導度を示す新材料として注目されている。しかし、これらの材料は、水の取り込み率[用語8]が100%ではなく、伝導度をさらに向上させる余地があった。
今回の研究では、六方ペロブスカイト関連酸化物の新物質群Ba5R2Al2SnO13 (R = Gd, Dy, Ho, Y, Er, Tm, Yb) を創製・発見した。中でも、Ba5Er2Al2SnO13は世界最高クラスのプロトン伝導度、高い安定性と完全水和(100%の水の取り込み率)を示すことが分かった。結晶構造解析やシミュレーションの結果、酸素空孔[用語9]が大量に存在するBaO層で完全水和が起こるためプロトン濃度が高いこと、[ErO6–ZrO6–ErO6] 八面体層においてプロトンが高速移動することが、高いプロトン伝導度の原因であることが分かった。
本研究成果は2024年6月25日(米国時間)に米国化学会の学術誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。
プロトン伝導体はプロトン(H+)伝導を示す物質であり、プロトン伝導性燃料電池(PCFC:プロトンセラミック燃料電池ともいう)、水素ポンプや水素センサーなど、さまざまな電気化学デバイスへの応用が可能なクリーンエネルギー材料として期待されている。イオン半径と酸化数が小さいプロトンは、拡散のエネルギー障壁が低く、酸化物イオンよりも低温で比較的高い伝導性を示す。そのため、プロトン伝導体を電解質として用いることで、酸化物イオン伝導体を固体電解質に用いた従来の固体酸化物形燃料電池(SOFC)と比べて、デバイス(PCFC)の作動温度を低くできると期待されている。
しかし、300℃付近の中温域において十分に高いプロトン伝導度と高い安定性の両方を示す材料の報告は少なく、既存材料の研究はAMO3ペロブスカイト型構造など特定の結晶構造の材料に集中している(Aは比較的大きい陽イオン、Mは比較的小さな陽イオン)。このことから、プロトン伝導体の応用範囲を広げるためには、さらなる材料開発が必要とされている。
既存のプロトン伝導体のほぼ全てが、母物質のままでは高い伝導度を示さないことが知られており、一般的に高いプロトン伝導度を実現するためには、化学置換(アクセプタドーピング)を行って、結晶構造内の酸素サイトに酸素空孔を導入する必要がある。それは、水蒸気がプロトン伝導体と反応すると、この酸素空孔に水蒸気(H2O)のOが取り込まれ、生成したプロトンが材料中を拡散することでプロトン伝導が起こるためである。しかし、化学置換は不純物相の増加や生成物の不安定化をもたらしやすいため、高い安定性を示す高純度試料の合成が困難な場合もあった。
このような背景のもと、八島教授らのグループは2020年に、六方ペロブスカイト関連酸化物の1つであるBa5Er2Al2ZrO13が、化学置換を行っていないにもかかわらず、中温で高いプロトン伝導度を示すことを発見した。Ba5Er2Al2ZrO13は本質的な酸素空孔[用語10]を有しているため、化学置換を行わなくても比較的高いプロトン伝導度を示す。しかし、最も高い伝導度を示すAMO3ペロブスカイト型プロトン伝導体と比べると、Ba5Er2Al2ZrO13のプロトン伝導度は低い。そのため、中温でさらに高いプロトン伝導度を示す新しい材料が求められていた。Ba5Er2Al2ZrO13の水の取り込み率は低いので、完全水和した六方ペロブスカイト関連酸化物を発見できれば、プロトン伝導度を向上させることができると期待された。
本研究では、化学置換なく合成でき、水和とプロトン伝導を示すと期待される、本質的な酸素空孔を持つ新物質を探索した。その結果、六方ペロブスカイト関連酸化物の新物質群Ba5R2Al2SnO13 (R = Gd, Dy, Ho, Y, Er, Tm, Yb) を創製・発見した。中でも、Ba5Er2Al2SnO13試料は、湿潤酸素中、湿潤空気中、湿潤二酸化炭素中、湿潤水素中の各条件において、600℃でアニール(熱処理)しても分解しないことから、高い化学的安定性を持つことが確認された。Ba5Er2Al2SnO13のプロトン伝導度は非常に高く、世界最高クラスであることが分かった(図1a)。例えば従来材料のBaCe0.9Y0.1O2.95よりも16倍高いプロトン伝導度を示した。この高プロトン伝導度の原因は、高いプロトン濃度と高いプロトン拡散係数が原因であると解明された。
熱重量分析と中性子回折データを用いた構造解析により、Ba5Er2Al2SnO13の水の取り込み率は100%であり、完全水和していることが分かった(図1b)。結晶構造解析の結果、取り込まれた水の酸素原子がBaO層に存在する酸素空孔を充填すること、すなわち水和がBaO層において生じることが分かった。Ba5Er2Al2SnO13の酸素空孔量は比較的高く、完全水和しているため、プロトン濃度が高いことが大きな特徴である(図1b)。また、第一原理分子動力学シミュレーションの結果、Ba5Er2Al2SnO13の [ErO6–ZrO6–ErO6] 八面体層においてプロトンが高速移動することが分かった(図1c)。そのためBa5Er2Al2SnO13の拡散係数とプロトン伝導度が高いと考察される。Ba5Er2Al2SnO13は完全水和を示す初めての六方ペロブスカイト関連酸化物であり、「完全水和による六方ペロブスカイト関連酸化物の八面体層における高プロトン伝導」という新しいプロトン伝導体のデザイン法が示された。
また、本研究で創製・発見した新物質群Ba5R2Al2SnO13 (R = Gd, Dy, Ho, Y, Er, Tm, Yb) は、湿潤雰囲気で高い電気伝導度を示すことが分かった。このことから、Ba5Er2Al2SnO13と同様に、Ba5R2Al2SnO13 (R = Gd, Dy, Ho, Y, Tm, Yb) も高プロトン伝導体であることが示唆され、プロトン伝導体の新物質群が見出されたと考えられる。
世界最高クラスのプロトン伝導度を示す新物質Ba5Er2Al2SnO13を創製・発見した。中温で高い伝導度と高い化学的安定性を示すBa5Er2Al2SnO13を電解質に用いたプロトンセラミック燃料電池を作製できれば、現在実用化されている高分子燃料電池で使われている、高価な白金が必要なくなる。また従来のセラミック固体電解質であるYSZよりも動作温度を下げることができ、耐熱材料が不要となる。こうした理由から、燃料電池の製造コストを大幅に下げることができると期待される。高プロトン伝導体であるBa5Er2Al2SnO13は、高性能燃料電池のほかにも、水素ポンプ、水素センサーなどへの応用が見込まれている。こうした点から、本研究の成果には、新しいクリーンエネルギー技術と持続可能な社会の実現に貢献し、エネルギー・環境問題を解決するという社会的インパクトがあるといえる。
本質的な酸素空孔を持つ新材料Ba5Er2Al2SnO13が、完全水和により、従来のプロトン伝導体の設計戦略である化学置換(アクセプタドーピング)を超える性能が出せることを実証したことには大きなインパクトがある。今後、Ba5Er2Al2SnO13などの本質的な酸素空孔を持つ材料の研究開発が活発になると考えられる。また、Ba5Er2Al2SnO13を用いた電気化学デバイスの開発もなされるだろう。本研究では、六方ペロブスカイト関連酸化物の新物質群Ba5R2Al2SnO13 (R = Gd, Dy, Ho, Y, Er, Tm, Yb) を創製・発見し、新規プロトン伝導体であることを示唆した。そのため、今後、Ba5R2Al2SnO13の基礎的および応用的な研究が進められるであろう。
付記
本研究の一部は、JSPS科学研究費助成事業 挑戦的研究(開拓)「本質的な酸素空孔層による新型プロトン・イオン伝導体の探索」(JP21K18182)、JSPS科学研究費助成事業 基盤研究(A)「新構造型イオン伝導体の創製と構造物性」(JP19H00821)、JSPS科学研究費助成事業 特別研究員奨励費(JP23KJ0953)、JSPS科学研究費助成事業基盤研究(C)「金属酸ハロゲン化物の新規酸化物イオン伝導体創出と構造科学」(JP23K04887)、JSPS科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「構造解析による超セラミックスの機能発現メカニズム解明」(JP23H04618)、JSPS科学研究費助成事業基盤研究(S)「Norbyギャップ内の高イオン伝導体の創製」(JP24H00041)、JST 先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)JPMJAP2308、JST研究成果展開事業研究成果最適展開支援プログラム A-STEP 産学共同(JPMJTR22TC)、JSPS研究拠点形成事業(A.先端拠点形成型)「エネルギー変換を目指した複合アニオン国際研究拠点」等の助成を受けて行われた。
用語説明
[用語1] プロトン(H+、水素イオン)伝導度 : プロトンが伝導することによる電気伝導度。
[用語2] Ba5Er2Al2SnO13 : バリウム、エルビウム、アルミニウム、スズおよび酸素から構成される酸化物。本研究で創製・発見した新物質である。六方ペロブスカイト関連酸化物と呼ばれる物質群の一つである。この物質群はプロトン伝導体あるいは酸化物イオン伝導体として注目されており、六方ペロブスカイト関連酸化物のイオン伝導は新しい研究分野である。
[用語3] 中性子回折 : 中性子による回折。重元素と、酸素などの軽元素の両方を含む物質では、軽元素の中性子散乱コントラストがX線散乱コントラストと比べて相対的に高いことが多い。そのため、X線回折ではなく中性子回折データを用いた構造解析によって、軽元素の原子の原子座標、占有率と原子変位パラメータを正確に決めることができる。
[用語4] 第一原理分子動力学シミュレーション : 実験データなど経験パラメータを用いずに、計算対象となる原子の種類と数と初期配置を用いて、量子力学に基づいて電子状態を計算することにより、原子間に働く力を見積もり、物質における原子の運動や物質の性質を調べるシミュレーション。
[用語5] プロトン伝導体 : 外部電場を印加したときにプロトンが伝導する物質。プロトン伝導体には、純プロトン伝導体やプロトン-電子混合伝導体などがある。
[用語6] 化学置換 : 化合物の原子の一部を別の元素の原子で置換すること。
[用語7] 六方ペロブスカイト関連酸化物 : 鉱物ペロブスカイトCaTiO3と同じ、あるいは類似した結晶構造を持ち、一般式ABX3で表される化合物をABX3ペロブスカイト型化合物と総称する(AはBa2+やLa3+などの比較的大きな陽イオン、Bは遷移金属イオンなどの比較的小さな陽イオン、Xは陰イオンを示す)。ABX3ペロブスカイト型化合物は立方最密充填したAX3層とBイオンから構成されるが、六方ペロブスカイト型化合物は六方最密充填したAX3層とBイオンからなる。六方ペロブスカイト関連化合物は、六方最密充填したAX3層および立方最密充填したAX3層がさまざまな比で積層した構造を持つ。六方ペロブスカイト関連化合物のうち、陰イオンとして酸化物イオンだけを含むものを六方ペロブスカイト関連酸化物という。
[用語8] 水の取り込み率 : 酸素空孔量に対する、水和した水の量の割合。
[用語9] 酸素空孔 : 結晶中の酸素が存在しうる席(サイト)で原子が欠けている所を酸素空孔と呼ぶ。
[用語10] 本質的な酸素空孔 : 化学置換を行っていない母物質に存在する酸素空孔。例えば蛍石型Bi2O3は本質的な酸素空孔□を使ってBi2O3□と書くことができる。本研究で発見したBa5Er2Al2SnO13はBa5Er2Al2SnO13□と書くことができる。
論文情報
掲載誌 : |
Journal of the American Chemical Society |
論文タイトル : |
High Proton Conduction in the Octahedral Layers of Fully Hydrated Hexagonal Perovskite-Related Oxides(完全水和した六方ペロブスカイト関連酸化物の八面体層における高プロトン伝導) |
著者 : |
Kohei Matsuzaki(松崎航平 東京工業大学・大学院生[研究当時]), Kei Saito(齊藤馨 東京工業大学・大学院生), Yoichi Ikeda(池田陽一 東北大学・助教), Yusuke Nambu(南部雄亮 東北大学・准教授), Masatomo Yashima*(八島正知 東京工業大学・教授) * Corresponding author 責任著者 |
DOI : |
お問い合わせ先
東京工業大学 理学院 化学系
教授 八島正知
Email yashima@cms.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2225 / Fax 03-5734-2225
取材申し込み先
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東北大学 金属材料研究所 情報企画室広報班
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