東工大ニュース
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公開日:2022.07.25
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の鎌田慶吾准教授と原亨和教授らは、多孔質化や微粒子化に必要な特殊な試薬を一切用いることなく、世界トップの表面積をもつトドロカイト型マンガン酸化物OMS-1[用語1]のナノ粒子[用語2]触媒の合成に成功した。このナノ粒子触媒を用い、溶媒や合成中間体として有用なカルボニル化合物[用語3]やスルホキシド[用語4]への直接酸化反応を実現した。
大きなトンネル構造をもつOMS-1は、触媒だけでなく電極材料や吸着材としても注目されている。しかし従来の合成法(水熱法[用語5])は長時間の水熱処理を必要とする多段階プロセスであるため、ナノサイズでの構造制御が困難であった。研究グループは、Mgイオンを導入した層状マンガン酸化物前駆体の固相転移反応に着目し、極めて大きな表面積をもつ多孔質OMS-1ナノ粒子を簡便かつ効率的に合成した。さらに本研究で開発した触媒が、常圧酸素を用いたアルコール[用語6]やスルフィド[用語7]の酸化反応を促進し、その活性は従来のマンガン酸化物触媒よりも高いことを実証した。
新しい手法で合成されたナノ粒子は、温和な条件でのケミカルズ合成触媒だけでなく、二次電池の電極への応用なども期待され、カーボンニュートラルな社会構築に貢献する材料となりうる。
研究成果は2022年7月20日(現地時間)に米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン速報版で公開され、同学会誌のSupplementary Coverに採択された。
マンガン酸化物は多様な結晶構造と酸化状態をもつため、触媒として使われる重要な機能性酸化物である。触媒以外でも、エネルギー貯蔵や磁性、センサーなど利用範囲は幅広い。特にナノサイズで構造制御されたマンガン酸化物は、バルクとは異なる特異的機能を発現するため、シンプルで効率的なマンガン酸化物のナノ構造制御手法の開発が切望されている。日本で初めて発見されたトドロカイト型酸化物OMS-1は、OMS-2やβ-MnO2[用語8]よりも大きな6.9×6.9 Åの一次元のトンネル構造をもつ物質であり、イオンや分子の識別に由来したさまざまな機能応用研究が注目されている(図1)。一般的なOMS-1の合成には、イオン交換と水熱条件での結晶化を組み合わせた多段階プロセスが用いられてきたが、表面積が小さいため応用研究への展開が限られていた。
このような研究背景の下、研究グループは多孔質OMS-1ナノ粒子の合成手法の開発に着手した。これまでに独自に開発した前駆体結晶化法は、低結晶性の層状前駆体から、トンネル構造をもつマンガン酸化物ナノ粒子への「折り紙を折りたたむ」ような構造変化を鍵とする合成手法である※1, ※2。
鎌田准教授と原教授の研究グループは、独自に開発したマンガン酸化物ナノ粒子の前駆体結晶化法を拡張し、層間にマグネシウムイオンを導入した後に固相転移反応を起こした(図1a)。この合成手法により、OMS-1の大きなトンネル構造が形成され、特殊な試薬を用いずに多孔質トドロカイト型マンガン酸化物OMS-1ナノ粒子を簡便に合成できることを明らかにした(図1b)。このトンネル構造をもつOMS-1ナノ粒子は、メソ孔[用語9]というナノメートル(nm)サイズの空間をもち、表面積は249 m2 g–1に達した。この表面積の値は、一般的な水熱法で合成した細孔をもたないOMS-1の表面積(35 m2 g–1)の7倍以上と大幅に向上し、従来手法の報告値(13~185 m2 g–1)と比較しても最も大きな値であった。
また、これらのOMS-1ナノ粒子触媒を用いて、分子状酸素のみを酸化剤としたアルコールやスルフィドの直接酸化反応を行ったところ、高活性なβ-MnO2などの従来のマンガン酸化物よりも穏和な条件下で高い活性を得ることに成功した(図2)。このOMS-1ナノ粒子は、反応後も触媒性能の低下がないために再利用可能であり、種々の基質(9種類)の酸化反応に適用できる固体触媒として機能した。結晶性酸化物触媒についてはこれまで、粒子サイズの減少とともに表面活性サイト数が増加するものの、結晶性が低下することで、表面積が増加すると触媒性能が低下するというトレードオフの関係が報告されている(図3b)。一方、本研究で合成したOMS-1では、表面積と触媒活性に比例関係があることが確認され(図3a)、触媒性能を低下させることなく、表面積を未踏領域まで向上させることに成功した。
こうした結果から、本研究で開発した新たな合成手法は、触媒や電極材料等の機能開拓を大きく促進する新しい合成アプローチとして有効であると考えられる。また、このようなシンプルな手法で大きな表面積をもつ多孔質OMS-1超微粒子を合成し、固体触媒として利用した例はこれまでになく、研究グループ独自の前駆体結晶化法が極めて汎用性の高い有用な手法であることを示したといえる。
本研究で得られた成果は、材料を「作る」と「使う」の2点でそれぞれ社会的な重要性があると考えている。「作る」という点では、試薬を混ぜて焼く(加熱する)だけで高性能な材料を合成でき、特別な試薬や装置を全く必要としないため、製造コスト面での優位性が大きい。一方で「使う」という点では、酸素や電子を出し入れできるというマンガン酸化物の性能を損なうことなく高表面積化できるため、カーボンニュートラルな社会構築への貢献が期待される。具体的には、石油を原料としない化学品合成のための触媒や、エネルギーの製造・貯蔵のための電極材料などへの応用が考えられる。
本研究で開発した多孔質OMS-1ナノ粒子触媒は、高付加価値な化成品(ファインケミカルズ)の合成などの液相反応や、大気汚染の原因となる揮発性有機化合物の完全酸化除去といった気相反応など、幅広い触媒反応へ適用できる可能性が高い。また、水の電気分解のための電極触媒、スーパーキャパシタ、リチウムイオン電池の電極材料など、触媒以外の広範な応用用途展開も期待される。今後も、独自の前駆体結晶化法をさまざまな構造をもつ金属酸化物合成の領域へと展開することで、構造特異的な触媒反応の開発や機能の開拓に大きく貢献することが期待される。
付記
本成果は、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費補助金 基盤研究(B)(21H01713)、公益財団法人 大倉和親記念財団、国際・産学連携インヴァースイノベーション材料創出プロジェクトの支援を受けて得られた。
用語説明
[用語1] OMS-1 : OMSはOctahedral Molecular Sieve(八面体モレキュラーシーブ)の略で、MnO6n–をユニットとしたマンガン酸化物の総称である。一次元の(3×3)のトンネル構造をもつものをOMS-1、(2×2)のトンネル構造をもつものをOMS-2(α-MnO2)といい、特にOMS-2はその安定性と合成の容易さから多くの合成・応用研究がなされている。
[用語2] ナノ粒子 : ナノメートル(100万分の1ミリメートル)の大きさを有する粒子。
[用語3] カルボニル化合物 : C(=O)−で表される官能基をもつ有機化合物。C–H結合と比べて反応性に富み、さまざまな化合物合成の中間体として有用である。
[用語4] スルホキシド : スルフィドが酸化され、硫黄原子に酸素原子が1個結合したもの。溶媒、ファインケミカル(高付加価値の化学物質)合成の中間体、錯体触媒の配位子、酸化反応の酸素源などとして使われる。
[用語5] 水熱法 : 高温高圧の熱水中で化合物を合成あるいは結晶成長する手法。
[用語6] アルコール : –C–OHで表される官能基をもつ有機化合物。カルボニル化合物と同様、C–H結合と比べて反応性に富み、さまざまな化合物合成の中間体として有用である。
[用語7] スルフィド : –2価の硫黄原子が2個の有機官能基と結合した有機化合物。
[用語8] β-MnO2 : さまざまな構造をもつMnO2の中の一種で、一次元の(1×1)のトンネル構造をもつ。酸素欠陥形成エネルギーが低いために優れた酸化触媒になることを、本研究グループが初めて報告している※1, ※2。結晶性MnO2はMnO6八面体ユニットが頂点共有あるいは稜共有することで、さまざまなトンネル構造や層状構造を形成する。
[用語9] メソ孔 : 直径2~50 nmの細孔を指す。この範囲に細孔径分布をもつ多孔性材料のことをメソ多孔体(メソポーラス材料とも)と呼ぶ。既存のミクロ多孔体では困難とされる比較的分子サイズの大きい有機化合物の選択的反応の場として期待されている。多孔性の固体材料を液相で調製する際には、規則的な微細構造を作り出すため、界面活性剤(ソフトテンプレート)あるいは微粒子やゼオライト(ハードテンプレート)などの鋳型分子が一般的に用いられる。
論文情報
掲載誌 : |
Journal of the American Chemical Society |
論文タイトル : |
Synthesis and Aerobic Oxidation Catalysis of Mesoporous Todorokite-Type Manganese Oxide Nanoparticles by Crystallization of Precursors |
著者 : |
Maki Koutani, Eri Hayashi, Keigo Kamata, Michikazu Hara |
DOI : |
お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
准教授 鎌田慶吾
Email kamata.k.ac@m.titech.ac.jp
Tel / Fax 045-924-5338
取材申し込み先
東京工業大学 総務部 広報課
Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661