東工大ニュース
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公開日:2024.07.29
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の原亨和教授らは、低温・低圧条件でアミンを選択的に合成できる、六方最密充填[用語1]構造の金属コバルト(Co)ナノ粒子触媒の開発に成功した。
Coナノ粒子は、アミン合成や水素化などさまざまな化成品製造プロセスの触媒として使われている。Coには、低温で形成される六方最密充填と、高温で生成する面心立方[用語2]格子の2つの構造がある。Coナノ粒子の合成には、Co含有化合物を高温で水素還元することが不可欠であるため、必然的に面心立方格子構造となり、触媒性能がその構造の性質に制限されるという問題があった。
本研究で原教授らは、低温の水素還元によって六方最密充填Coナノ粒子を合成することに成功した。さらにこのナノ粒子が、従来の触媒では不可能であった、低温(70℃)、低水素圧(5気圧)、添加剤無しという低環境負荷の反応条件で、医農薬・化成品の根幹原料であるアミンのみを高収率で合成する触媒となることを初めて明らかにした。このCoナノ粒子表面では副反応が起きにくい低温で反応が進むこと、また生成したプロダクトが余計な副反応にさらされることなく速やかに脱離することが確認され、これらがこの触媒の選択的なプロダクト合成を可能にしていることが予想された。
六方最密充填Coナノ粒子触媒は、アミンをこれまでにない低環境負荷の反応条件で、高収率で合成できるため、高純度のアミンを安価に提供する新たなアプローチとして期待できる。本研究成果は米国化学会のフラグシップジャーナル「Journal of the American Chemical Society(米国化学会誌)」オンライン速報版に7月18日(現地時間)に掲載された。
アミンは医農薬や化成品の根幹原料の一つであり、「ベンゼン環+炭化水素+アミン」の構造を持つ、さまざまな重要な分子が存在する(図1)。脳内・神経伝達物質として有名なドーパミンやアドレナリンがこの「ベンゼン環+炭化水素+アミン」の構造を持つことから予想されるように、この構造のアミンは脳神経系の医薬品として重要な役割を担っている。また、この構造を持つアミンは、農薬だけでなく、エンジニアプラスチック、高付加価値ポリマーの原料として現代社会に必要不可欠な化学物質である。
このような多様性に富んだアミンは、触媒の存在下でニトリル化合物[用語3]の水素還元によって製造されている(図2)。しかし、この既存の製造法にはいくつかの課題があった。まず、爆発の危険がある20~40気圧の高圧水素ガスが必要なため、製造・安全設備等の固定費や変動費が大幅に増加する。また反応温度が120℃超と高いため、有機化合物の副反応が加速し、プロダクトの収率と純度が低下する。さらに採算が取れるプロダクト収率の実現には過剰なアンモニアの添加が必須なため、設備と安全管理が複雑化し、アンモニアの購入と回収・廃棄・再利用を含めた固定費・変動費がさらに増加する。>80%というプロダクト収率は一見高く見えるが、この程度の収率ではプロダクトに多くの不純物が含まれているため、コストの大きな精製プロセスを介さなければ化成品・医農薬の原料にできない。
このような既存のアミン製造プロセスでは、原料アミンの製造コストがかなり高くなり、それにともなって最終製品、特に医薬品の製造コストが一層押し上げられ、最終的には利用者の負担となる。この課題は、数気圧の水素圧と低い反応温度で、アンモニア添加無しに、ニトリル化合物から100%に近い収率でアミンを合成できる触媒を見出せば解決できる。
このような背景の下で、原教授らは、面心立方格子のコバルト(Co)ナノ粒子が、10気圧の水素圧と100℃を下回る反応温度、アンモニア添加無しという条件で、ニトリル化合物から80%の収率でアミンを合成できる触媒であることを見出した(図3)。この触媒では、従来よりも環境負荷の低い条件でのアミン合成が可能になったが、依然としてプロダクト収率は80%程度にとどまっていた。これらの結果から、Coがアミンの低環境負荷製造に有望な金属であることは確認されたが、Co触媒作用に必要な水素圧を数気圧まで低下させ、かつアミン収率を100%に近づけるには、ナノ粒子合成プロセスの根本的見直しが必要であることが明らかになった。
そこで原教授らは今回の研究で、六方最密充填構造のCoナノ粒子に着目した。Coナノ粒子には、低温で安定な六方最密充填と、高温で生成する面心立方の2つの構造がある(図4)。どちらの構造の粒子も酸化数「0」のCoで構成されているが、表面の原子配列は全く異なっている。そのため六方最密充填Coナノ粒子は、アミンの低環境負荷製造に有望であることが確認されている面心立方Coナノ粒子よりもさらに高い触媒性能を示す可能性があると考えられた。
しかし、触媒作用を持つ六方最密充填Coナノ粒子の構築は、既存の合成技術では困難であった。Coナノ粒子が触媒作用を発揮するには、ナノ粒子内部のCoだけでなく、表面のCoも酸化数「0」の状態にしなければならないが、そのためには500℃を超える高温での水素還元が必要となる。この高温での還元では、六方最密充填構造が面心立方格子構造に変化してしまうため、内部・表面が酸化数0のCoで構成される六方最密充填Coナノ粒子を合成することはできない。
そこで原教授は今回新たに、内部・表面が酸化数0のCoで構成される六方最密充填Coナノ粒子を低温で合成する手法を見出した。この手法では、低温でCoイオンがフェニルシランで還元されることによって、六方最密充填のCoナノ粒子が速やかに生成する(図5)。合成されたCoナノ粒子の表面は、200℃程度の水素還元によって簡単に酸化数0の金属Coになる。この六方最密充填Coナノ粒子触媒でニトリルからのアミン合成を行ったところ、5気圧の水素圧、70℃の反応温度で97%のアミン収率を達成した(図6)。このような低温、低水素圧、アンモニア添加無しという低環境負荷の反応条件では、従来の触媒は選択的にアミンを合成できない。さらにこのCoナノ粒子触媒は、10回以上再利用しても性能低下は見られなかった。また、ニトリル以外の原料を用いた場合でも、96%を超える高収率でさまざまなプロダクトを製造できることが明らかになった(表1)。
さらに、さまざまな解析から、六方最密充填Coナノ粒子触媒での選択アミン合成の反応メカニズムを推定した(図7)。ニトリルは、中間体Aを経てプロダクトに変換されるが、従来の触媒では中間体Aとプロダクトの副反応によって中間体Bが生成し、そこからさまざまな副生物が生成してしまう。しかし六方最密充填Coナノ粒子では、生成したプロダクトが速やかに表面から離れるため、中間体Bが生成しないことが明らかになった。すなわち、六方最密充填Coナノ粒子ではプロダクトの表面吸着力が極端に弱いことが、アミンの選択合成に貢献していると言える。
今回開発した触媒システムは、社会に必須ではあるが高価なアミンを安価に提供する新技術となる。数気圧の水素ガスで稼働するため、製造・安全設備等の固定費だけでなく、変動費も大幅に低減する。また、アンモニア添加が不要であることから、設備と安全管理が単純であり、アンモニアの購入と回収・廃棄・再利用を含めた固定費・変動費が不要となる。さらに、反応プロセス自体で高収率を達成するため、プロダクト精製に必要なエネルギーとコストを大幅に低減できる。これらのことを考慮すると、今回開発した触媒システムはアミン製造コストを少なくとも30%以上削減できることが予測される。
以上の結果は、結晶格子の違いによってプロダクトの吸着力が変化し、その変化が副反応を抑制した選択反応に繋がることを示唆している。そしてこの新たな学理は、さまざまな有機化合物の選択的合成、つまり「ほしいものだけを無駄なくつくる」製造プロセスに有効であり、今後の同様の研究にも適用可能なものだと言える。
付記
本成果は、以下の事業・研究開発課題によって得られた。
日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A)23H00245
研究開発課題名:「13族窒化物電子供与体との複合化による鉄系低温アンモニア合成触媒の創出」
研究代表者:東京工業大学 科学技術創成研究院 原亨和
研究開発実施場所:東京工業大学
研究開発期間:2023年4月~2026年3月
用語説明
[用語1] 六方最密充填 : 六方最密充填構造は一般に正六角柱で表され、この正六角柱の上面および底面の各角および中心と、六角柱の内部で高さ1/2のところに3つの原子が存在する。底面の中心に位置する原子は、底面の角の6原子および上下の各3原子(計12原子)と接しており、最密充填構造となっている。また、原子の最稠密面をABAB…(A, Bは原子の位置の種類を示す)の順に重ねた構造と表現することもできる。
[用語2] 面心立方 : 面心立方構造は一般に立方体で表し、立方体の全ての角と面に原子が存在する。多くの金属が面心立方の構造を持つ。
[用語3] ニトリル化合物 : R−C≡N で表される構造を持つ有機化合物の総称である。手袋などの家庭用品によく使われるニトリルゴムはニトリル化合物を原料にして製造されている。
論文情報
掲載誌 : |
Journal of the American Chemical Society |
論文タイトル : |
Tuning the Selectivity of Catalytic Nitrile Hydrogenation with Phase-Controlled Co Nanoparticles Prepared by Hydrosilane-Assisted Method |
著者 : |
Jiang He, Yusuke Kita, Masashi Hattori, Keigo Kamata, Michikazu Hara |
DOI : |
お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
教授 原亨和
Email hara.m.ae@m.titech.ac.jp
Tel 045-924-5311 / Fax 045-924-5381
取材申し込み先
東京工業大学 総務部 広報課
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