東工大について
東工大について
東京工業大学附属図書館本館は、2011年7月、大岡山キャンパスの現在の場所に新しくオープンしました。環境・社会理工学院の安田幸一教授設計によるモダンなデザインは、2011年度のグッドデザイン賞を受賞し、そのユニークな形状から「チーズケーキ」の愛称で東工大生に親しまれています。蔵書数は、約63万冊(2017年度末現在)を誇ります。
この記事の文・写真撮影は、東工大生の協力によるものです。
柳瀬まずは、お二人の自己紹介と図書館との関わりについてお話しください。
山室私の専門は日本史です。1993年に助教授(当時)として着任以来、東工大で歴史学や経済史を教え、図書館の館長には2017年4月に就任しました。私自身、図書館と共に研究者人生を歩んできました。日本史という学問の性質上、図書館などに収められた様々な資料との格闘が研究の中心となるからです。研究者生活のスタートも、東京大学の史料編纂所から。日がな書庫にこもり、史料を調べ、今があります。
茂出木私は図書館情報大学を卒業後、様々な大学図書館の運営に携わってきました。最初に採用されたのは、東京大学のいわゆる小さな「ひとり図書室」。その後、東京大学総合図書館、お茶の水女子大学、東京外国語大学などを経て、山室先生の館長就任と同じタイミング、2017年4月に東工大附属図書館に着任しました。
柳瀬大学図書館の活用と運営の「プロ」のお二人が、東工大の図書館で力を入れて取り組んでいるのはどんなことでしょうか?
山室&茂出木「東工大の学生たちが主体的に図書館運営に関わる」こと、です。
山室今の大学図書館に足りないことって何だろう ——、館長就任前から時々考えていたんですね。思い至ったのが、「大学生と図書館の関係って、とっても淡白だな」ということでした。
私たち大学教員の場合、日頃の授業やゼミなどを通して、学生たちと深いコンタクトを取ることができます。けれども、大学図書館と学生たちとの関わり合いは、あくまでカウンター越しの図書の貸し出しや返却のサービスなどに限られます。
図書館に、もっと大学生たちのパワーを積極的に取り込むことはできないだろうか。館長就任に際して、考えました。大学生が図書館の運営に積極的に関わるプロジェクトを立ち上げて、大学図書館員が大学生の懐に入り、一緒に仕事をする機会を増やす。図書館を舞台にいろいろなイベントを開催し、図書館の新しい活用を促す。そんな「学生協働型」の図書館を目指そう、というわけです。
柳瀬それまで、東工大の図書館の運営に大学生が関わることはあまりなかったんですか?
山室東工大の図書館では、以前から学生たちの力を借りてきました。「図書館サポーター」という制度がそれです。学生有志が、図書館の裏方仕事を請け負う。貸し出し返却などカウンター業務から、書棚の整理、新着図書へのラベル貼り、各種の見学案内に至るまで。学生が担う図書館サポーターの存在は、東工大図書館にとってなくてはならないものです。ただし、どちらかといえば図書館運営の補助的な作業が中心。私としては、学生が主人公となって図書館を活用してくれないだろうか、と思ったんですね。
茂出木「協働」するだけではなく、図書館と学生とが「共鳴」して、新しいムーブメントを起こしてほしいな、と思っています。
柳瀬実際に、どんなプロジェクトが東工大の学生と図書館で「協働」してスタートしたのか教えてください。
山室昨年夏、東工大生の有志10数名を結集して「謎班(なぞはん)」を結成し、図書館を舞台に「謎解きゲーム」を企画・運営しました。図書館のあちこちにさまざまな「謎」を隠しておき、自分たちで考案したストーリーに沿って、その「謎」を解きながら、ゴールを目指す、いわゆる「リアル謎解き」ゲームです。
2017年10月よりスタートし、これまでに、5回の「謎解きゲーム」を実施しました。初めての試みで、どれだけお客さんが来てくださるのか心配だったのですが、フタを開けてみると、大学生はもちろん、ご近所の家族連れがぞくぞくと参加して、お父さんお母さんが謎を解くかたわらで、子どもたちが走り回って目的の本を探す、とても楽しそうな親子交流の姿があちこちに見られてうれしかったです。
今年(2018年)4月には、新入生歓迎イベントとして、「謎班」が新しいシナリオを用意して、ゲームを実施しました。「謎解きゲーム」のような体験型イベントは、大学に入りたての新入生に「場に馴染んでもらう」うえで、とてもいい機会になるんです。チームで「謎解き」をすることで友達もできるし、図書館にも馴染んでもらえる。そもそも、図書館で謎解きゲームをやろう、と発案したのも、東工大生がゲームに興じながら図書館内を歩き回り、様々な本を知るきっかけになるはず、と考えたからなんです。
茂出木図書館ってもともと自由な場ですから、時にはこうしたアクティブなイベントを開催するのもいいと私は思っています。もちろん、図書館は静かな環境を維持しないといけないときや場所が多いのは事実ですけれど、活発に議論を戦わせることができるスペースも用意されています。図書館のポテンシャルを生かしながら、今後こうした取り組みをもっと増やしたいですね。
山室つぎは図書館の「外」も舞台にしたいなと考えて、東工大の教員に図書館サポーターがインタビューする「人生を変えた1冊」という企画を今年の春から始めました。
柳瀬東工大の図書館の「魅力」について教えてください。
茂出木まず、安田教授の設計した「建物」がユニークです。大学図書館は古めかしい建物がそびえているケースが多いですよね。でも、東工大の図書館のメインフロアに向かうには、地下へと潜っていく必要がある。
大岡山キャンパスの入り口から本館前ウッドデッキに向かう広いスペースの下が図書館なんです。東工大生たちは毎日図書館の上を歩いている。
「巨人の肩の上に立つ」という言葉があります。過去の知識が蓄積された上に、新しい知識や知恵は常にある。つまり、東工大生は図書館という「巨人の肩」に物理的にも乗っかっているわけです。そして図書館を利用する、というのは巨人の肩を降りて、中に分け入って知を掴むということ。建物の設計とコンセプトが見事に呼応していると感じました。
山室今の図書館ができたとき、東工大生たちがこんなことを話していました。「今度の図書館の地下に降りていくのは、まるでダンジョンに入るようで、とてもテンションが上がる」と。先の見えない階段を降りた先に、いつモンスターが出るんだろう、というふうな感覚があるようですね。
整然と書棚が整理されている一方で、建物の中の導線が、ちょっと迷路のようになっている。まだ見ぬ本という「宝探し」ができる。階段から見下ろしても、入口の向こうが見えない。そこで階段を降りて、右に曲がって、入り口に入るとはじめて中の形が見えてくる。期待感高まる「ダンジョン」である東工大附属図書館、学生たちにもっと活用してほしいですね。
茂出木新しい建物に詰まる古くからの「知」、特徴的な「地上のチーズケーキ」と「迷路のような地下スペース」、落ち着いた環境で行うにぎやかな謎解きゲーム…東工大の図書館は、まさに相反するものがギュッと集まっているのが特徴です。
柳瀬蔵書に関してはいかがでしょうか?
山室理工系大学の図書館なので、蔵書の分野はある程度絞られていますが、自然科学や工学系の研究者にとっては、とても重要な文献がまとまって収められています。大半の学生が研究職の道を歩む東工大ならではのラインナップです。
茂出木理工系大学として必要な電子ジャーナルなども相当数揃えていますが、特に学会の会議録や、テクニカルペーパーに関しては、日本の大学図書館で収集はトップクラスです。
山室もう一つ重要なのは、こうした一級の資料が、学外の研究者にも開かれているという点です。一連の手続きを取っていただければ、東工大の卒業生はもちろん、学外の方にも、東工大の図書館が保管している資料にアクセスすることができます。
茂出木大学図書館は、通常、一般の方からすると、中に入れない「閉じた存在」です。けれども、大学が蓄積してきた「知」の基盤力は、社会に対して開かれている必要があります。東工大の図書館はその意味で「開かれて」います。
柳瀬東工大の学生にこの図書館をどんなふうに利用してもらいたいと考えていますか?
山室あくまで知的な意味で、ですが、図書館でもっと「遊んで」ほしいですね。本を見つけるのも、まだ見ぬ知にめぐり合うのも「遊び」ですし、友人たちと議論したりするのも、好きなことに没頭するのも「遊び」です。図書館は、知の「遊び」の場としては最高の設備を誇っています。いろいろな遊び方、いろいろな使い方を、学生たち自身が見つけてくれると嬉しいですね。
柳瀬知的に「遊ぶ」となると、今や若い人たちはインターネット方面に邁進してしまう傾向があると思います。インターネット全盛の時代に、図書館を積極的に使う面白さとは何でしょうか?
山室インターネットで情報を収集するのは、とても効率がいいですよね。つまり「コストパフォーマンス=コスパ」がいい。上手に検索すれば、探したい情報に一歩も歩かず最短距離で到着できる。たとえば、宿題のレポートをさっさと仕上げたい、というときなどは、図書館に足を運ばずとも、ネット上の情報だけでなんとかなったりするかもしれません。
でも、知を得る上で「コスパ」だけを求めると「楽しみ」が減ってしまう。いろいろなところを寄り道して、自分の頭で考えて、余分な知識を蓄えて、気がつくと新しい知恵がつく。コスパ志向の情報収集では望めない、そんな「知」の楽しみは、図書館でこそ得られます。
図書館は、情報収集という意味ではインターネットに比べると「コスパ」が悪い側面があるかもしれない。だからこそ、知の「宝箱」なんです。利用者が、自分なりの使い方を探ることで、図書館は自分だけの「宝箱」になる。あえて「寄り道」を楽しみながら、図書館を利用してほしいですね。
茂出木私自身、ずっと図書館で仕事をしてきて思うことがあります。それは、「もっと謙虚にならなくっちゃ」という想いです。図書館に詰まっている膨大な書籍が、私にそう感じさせるんです。「自分は、まだまだちっぽけだな」と。この感覚は、研究職や専門職の道を目指す東工大生にはぜひ持ってほしいと思います。
山室図書館にいると、自分が「ちっぽけ」だと気づかされる。大自然の中に、たった一人でいるときとおんなじです。そこも、物理的にたくさんの本がある図書館という存在の面白さだと思います。大脳だけではなく、五感で知を感じることができる。より多くの学生に、図書館を五感で体験してほしいですね。
文:環境・社会理工学院 土木・環境工学系
修士課程1年 関洸
インドネシア出身のソフィヤ・サキナです。2016年に学部3年次に福島県の高専から東京工業大学に編入しました。「図書館サポーター」の一員となって1年半が経ちました。新着図書の整理やラベル貼り、本棚の整理整頓や、図書の貸出や返却などのサポート業務をしています。本棚の整理作業は専門書や辞典など重量のある本が多いので、ヘトヘトになります。
小さい頃から本に夢中になり、アガサ・クリスティーなどミステリー小説にハマりました。高校の図書館は夢のような場所でした。あらゆる本がある上、パソコンもインターネットも使い放題。映画も自由に見られる。図書館の中で暮らしたいと思ったほどです。
ただし、通っていたインドネシアの高校には生徒の図書委員制度がありませんでした。このため、東工大には学生の「図書館サポーター」制度があるのを知り、すぐに立候補したわけです。
例えば本棚を整理していると、自分の興味の外側にある「知らない世界の新しい本」に触れるチャンスがたくさんあります。古い学会誌や、ジャーナル、会議録のページをめくると、昔からの知の体系が今の東工大に受け継がれているのを実感します。
最近ではインターネットが普及して検索して調べることができるため、本なんか読まなくてもいいという人もいます。でも、インターネットからアクセスできるのは今の自分の知識で検索できる問いに対する答えだけ。図書館で新しい本を開けば、自分の知らない世界に引きずり込まれます。
東工大の学生の皆さん、もっともっと図書館を利用してみませんか? 図書館サポーターの仕事、やってみませんか?
——謎班メンバーにいくつか質問してみました。
そんな謎班は、ただいま工大祭2018での新作「Tech-chan QuestⅡ」へ向けて、毎日がんばっています。
研究者ひとりひとりに人生のドラマがあります。
図書館サポーターの学生たちが研究室を訪問してインタビューし、そのドラマを「本」という切り口で掘り起こす新企画が、この秋スタートしました。
次は、どの研究室を訪問しましょうか。東工大生に語りたい東工大の先生、募集中。
スペシャルトピックスでは本学の教育研究の取組や人物、ニュース、イベントなど旬な話題を定期的な読み物としてピックアップしています。SPECIAL TOPICS GALLERY から過去のすべての記事をご覧いただけます。
2018年9月掲載