東工大について
東工大について
「世の中に新しいものを生み出すという気構えで本格的な研究を行うこと」。東工大元学長の末松安晴栄誉教授は、小山二三夫科学技術創成研究院長に向けて期待を込めてそう語りました。本学は2016年4月に研究体制を刷新し、約180名の専任教員から構成される科学技術創成研究院(IIR)を創設しました。小山研究院長は、2018年4月にIIR2代目のトップに就任し、東工大の研究改革を加速させています。2018年10月12日にはIIRの最前線の研究を全て紹介する「研究公開2018」が行われます。これに先立ち、末松栄誉教授と小山研究院長の対談ならびにIIRの研究ハイライトをお届けします。
IIRがこの先どのような研究を創出し、社会に何を届けていくのか。IIRの研究活動の進捗状況と将来展望について、東工大元学長の末松安晴栄誉教授と、小山二三夫科学技術創成研究院長が意見を交わしました。
末松 安晴(すえまつ やすはる)
東京工業大学栄誉教授、公益財団法人高柳記念財団理事長
1932年岐阜県生まれ。1955年東京工業大学理工学部卒業。1960年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了、工学博士。同年東京工業大学理工学部助手、1961年同助教授、1973年同教授。1986年東京工業大学工学部長、1989年より4年間、東京工業大学学長を務めた。専門は、動的単一モードレーザなど、光通信の研究。2003年IEEE James H. Mulligan, Jr. Education Medal、2014年日本国際賞、2015年文化勲章など受賞多数。
小山 二三夫(こやま ふみお)
科学技術創成研究院長、未来産業技術研究所教授
1957年東京生まれ。1980年東京工業大学理工学部卒業。1985年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了、工学博士。同年東京工業大学精密工学研究所助手、1988年同助教授、2000年同教授。2016年未来産業技術研究所長を経て、2018年から現職。専門は、動的単一モードレーザ、面発光レーザ、半導体光集積回路の研究。2007年文部大臣表彰科学技術賞、2008年IEEE/LEOS William Streifer Award、2018年大川賞など受賞多数。
小山本学では2年半前に研究体制を刷新し、それまでの附置研究所、研究センター等を再編した科学技術創成研究院を創設しました。約180名の専任教員から構成され、大学院生を含めますと、約1,000人規模におよび、生命化学、材料、原子力・エネルギー、電子情報、機械、防災などの研究に取り組んでいます。また、最先端研究を卓越したリーダーの下で機動的に推進する研究ユニットが設置され、それぞれの分野で尖った研究を推進しています。2018年7月には西森秀稔教授をリーダーとする量子コンピューティング研究ユニットがスタートしました。多様な異分野融合を進める上では、大きなチャンスであると言えます。
末松研究を主たるミッションとした研究所群をまとめてIIRができたことは良い機会なので、ぜひ本学の研究の歴史に立脚した議論を始めるべきと思います。東工大で今まで何をやったのか、世界的に影響を与えた研究が何だったのか、本学の歴史を認識し、世界の動きを睨んで、これから何を行うべきかを考えると良いと思います。社会の未来に対する認識をきちんと踏まえて、IIR内での議論をよく行うことで次の研究の方向性が見えてくる。そして、世界を変えるような新しい研究にチャレンジしていく。そのための議論ができる場を作っていくことが重要です。
小山IIRではURA※1を活用して、我々の持つ強みを分析しています。強みを明確にしながら、これからのIIRについての議論を深めています。大学は、個々の自由な発想の下、自発的な研究が基本ですが、新しい研究分野は、今まで気が付かなかった着想が必要となります。そのためには他分野との連携がその機会を与えるものと思います。産業界の支援を受けて、例えばIoT研究を推進する研究推進体を企画中ですが、どのような仕掛けで異分野融合を進めればよいでしょうか。
末松先ほどの量子コンピュータを例にとれば、本格的に量子コンピュータを実現しようと思うと、ソフトウェアとハードウェアが必要であり、また応用研究も派生してくるので、その結果として融合研究が生まれてきます。
しかし例えば人工知能の研究は、我が国では主に応用研究に軸足が置かれているように思われますが、北米や中国では、推論や学習など人工知能の基礎に関わる部分、人工知能をもっと効率よく働かせるにはどうすべきかを議論しています。本学でも応用研究だけでなく、世界に通用する人工知能の研究者を増やしていくべきと思います。
2016年、本学にこれからの社会基盤となるディジタルシステム研究を支援する基金を創設しました。21世紀の根幹を支えるのがディジタルシステムであり、その中で人工知能、高効率大容量光通信、ビッグデータなどの研究が重要です。この分野は早く手がけるほど成果が大きくなる。
小山人工知能研究の発展とともに、エッジコンピュータ※2などのハードウェアの重要性も出てきました。融合研究の方向性として重要かもしれません。
末松その場合、デバイス研究のみに留まってしまうと大変危険です。社会への影響を考えた全体システムの中で何が本当に必要なのかを、よく理解して研究を進めるべきだと思います。それが出来るのが、広い分野で議論できる様々な分野の研究者が集まったIIRなので、ぜひ頑張ってほしいと思います。
小山産学連携は、これまでの個別研究者間での共同研究から、中核研究者を筆頭とするもう少し拡がりを持たせた、組織的な連携による共同研究を模索しています。例えば研究所単位、IIR単位での組織対組織の大型連携の仕組みが必要と思います。現在、国内外の企業何社かと組織連携を進めており、共同研究講座※3という形で具体化しています。オープンイノベーションという考え方に基づき、産業界からの大学への期待も大きいと感じています。光通信の研究を長期間にわたって産学連携を進めてこられた先生からアドバイスをお願いします。
末松産業界と大学の役割分担を明確にして連携することが必要で、興味本位で行う研究というより、世の中を引っ張っていくような新しいものを生み出す、という気構えで本格的な研究を行うことが肝心です。そのために必要な人材は産業界からも連れてきて研究体制を構築するなど、柔軟な体制作りが求められます。
小山最後に若手研究者へのメッセージをお願いします。
末松若手研究者には、未来に挑戦してほしいと思います。改良型の研究では無く、世界を変えるには何をすべきかよく考えて新しい研究に取り組むことです。そのために、活発な討論を若手研究者どうしで行ってください。そして同時に、若手研究者がそのヒントをもらえるような外部の研究者を交えた討論の環境を整えていければ良いと思います。
小山本日はどうもありがとうございました。頂いたご助言を活かして、研究院の改革をさらに進めて行きたいと思います。
本学には、基礎領域から応用領域まで、自由な研究と発想を尊重する文化があります。多様性と先鋭性を重んじる本学だからこそ創出できる、最新の“尖った”研究成果を紹介します。
未来研のミッションは、未来の産業を拓く新規技術を異分野の融合研究により産み出し、社会実装につなげることです。一例として、少子高齢化社会、安全安心な社会形成への対応があげられ、現在、生体医歯工学共同研究拠点※4(東京医科歯科大、広島大、静岡大と連携)により、医歯工関連分野の融合研究と社会実装に取り組んでいます。
従来の手術ロボットは、執刀医の精密かつ微妙な動作を実現するため、精密機械要素やサーボ制御技術などが駆使された「硬いロボット」が一般的でしたが、術者が手先の感覚を感じにくいという難点がありました。そこで空気圧アクチュエータを用いた「柔らかいロボット」を開発した結果、手術部位になじむような動作が可能となり、執刀医から高評価を得ています。この成果は東工大発ベンチャー企業「リバーフィールド」として実を結び、2015年より内視鏡ホルダロボット「EMARO」として国内販売を開始し、大学病院をはじめ医療施設等に導入され始めました。
未来研では、研究を深化させ、さらに高機能なロボットを開発するため、ロボットハンドの共同研究を開始するとともに、共同研究講座の設置も進めています。
未来研には、情報、電気・電子、機械、材料、都市防災など様々な分野の研究者が在籍しており、これからも多彩な融合分野研究を進めていきます。
フロンティア研では、多様な元素から構成される無機材料を中心とし、従来とは異なる視点・アイデアから、全く新しい機能材料を開発しています。例えば、大型有機ELテレビを実現したアモルファス酸化物半導体、磁性元素である鉄を主成分とする鉄系高温超伝導体、電子が陰イオンとして働きアンモニア合成に必要な温度・圧力を劇的に下げるエレクトライド系触媒、20世紀の固体物理学にはなかったトポロジカル電子材料、温めると縮む負熱膨張材料、割れないセラミックス、などです。
従来の知識が役に立たないこのような新材料を設計、探索するには、最近では第一原理量子計算※6が強力なツールとなっています。フロンティア研では、理論計算グループを強化するとともに、合成の難しい材料にも対応できる技術を持つグループとの領域融合共同研究を推進しています。例えば、高移動度・直接遷移型バンドギャップをもつ環境親和性の高い窒化物半導体を網羅的な第一原理量子計算により探索した結果、CaZn2N2という新しい半導体材料が理論的に予測されました(図参照)。しかしながらこの材料は合成された報告がありませんでした。安定条件を理論計算した結果、高い窒素圧力で合成できるとの予測を得て、5 GPa(約5万気圧)の高圧下で合成に成功しました。また、実測のバンドギャップも理論予測に近い1.9 eV(電子ボルト)であり、図にみられるような赤色発光が確認されました。
このように、新しい物質観—材料設計コンセプト—理論計算—先端計測の専門家が協力しながら、従来は考えもしなかった新しい材料を開発しています。
化生研は、「化学」と「生命科学」を両輪として基礎から応用まで幅広く研究を展開しています。代表例として、化学と生命科学を融合することで未来医療に向けた研究を行っている西山研究室を紹介します。現在は、合成高分子※7およびその集合体に、微小環境に応答したり、標的に結合するなどのスマート機能を付与することにより、体内で必要な時に、必要な部位で、必要な機能を最小限の侵襲で達成することのできる優れたナノ診断・治療システム(ナノマシン)の開発に取り組んでいます。このようなナノマシンには、血中では異物として認識されず、病変部位に到達した後は標的細胞と積極的に相互作用するという相反する特性が求められます。そこで、血中と腫瘍内の水素イオン濃度(pH)の違いに応じて、性質が変化する新規ポリマー(ベタインポリマー)を開発しました。このベタインポリマーを用いると、現在広く利用されているポリエチレングリコール(PEG)※8修飾体と比較して、3倍以上の固形がん集積性があり、がん細胞に効率的に取り込まれます。ナノマシンの外殻の材料として極めて優れた性質を持つこの新規ポリマーを用いて、現在、固形がんのピンポイント治療に向けた研究を実施しています。
原子力研では、東日本大震災及び原子力災害によって失われた福島県浜通り地域等の新たな産業基盤の構築を目指す「イノベーションコースト(福島・国際研究産業都市)構想」の早期実現へ向けて、次の3つの研究課題を選定し、分野横断型研究を精力的に進めています。
第1の課題では亜臨界水高速イオン交換法※9により土壌中の粘土鉱物や燃焼灰に強吸着したセシウムを完全除去してガラス内に安定固化することで、地域の空間線量の大幅低減化と最終廃棄物を数万分の1まで高減容化※10することに成功しています。第2の課題では廃炉のデブリ取り出しにおけるリスク低減のための遠隔計測技術とロボット技術の開発を進めています。第3の課題は工学的確かさに基づくリスク・コミュニケーション工学手法を開発し、住民の安全・安心のリスク管理の確立を目指しています。
これらの成果を体系化し、「復興学」という新しい学問領域を実学として構築していきます。更には大学院生実習や小中学校ICT教育支援等を通して人材育成を行い、地域企業や自治体と協力して産業振興に資することで、イノベーションコースト構想の早期実現だけではなく、人類史上類をみない原子力災害からの復興に必要な技術や知恵を後世へ伝えていくことを目指します。
IIRで行われている最新の研究を広く知っていただくため、2018年10月12日(金)にすずかけ台キャンパスにて、「先端研究成果の社会実装に向けて」をテーマに講演会と研究室公開を開催します。トップクラスの研究者の講演会や、普段は立ち入ることのできない研究室の見学、最新の研究成果などに触れられる貴重な機会となっています。また、研究公開WEBサイトでは、各研究室の研究内容をポスター形式でご覧いただけます。研究分野での検索も可能ですのでご活用ください。たくさんの方々のご来場をお待ちしております。
リサーチ・アドミニストレーター(University Research Administrator)の略。大学等の研究機関において研究者を支援し、研究マネジメントの一翼を担う高度専門人材で、大学から生まれた知を様々な形で社会に実装していく橋渡し役となる。
ネットワークの末端(エッジ)ユーザーの側で処理を行うコンピュータ。
企業等から共同研究費として提供された資金のもと、大学内に設置する研究組織。従来の共同研究と違い安定した研究基盤が構築され、新たな研究展開が期待される。
2016年度から文科省の認定により開始されたネットワーク型の共同研究拠点で、東京医科歯科大学 生体材料工学研究所、東京工業大学 未来産業技術研究所、広島大学 ナノデバイス・バイオ融合領域研究所、静岡大学 電子工学研究所の4機関が連携・参加しています。研究所間の機能融合により、生体医歯工分野の先進的共同研究を推進するとともに、我が国の生体材料、医療用デバイス、医療システムなどの実用化を促進する拠点形成を目的としています。例えば、手術ロボット、乳がん診断装置、新たな歯科材料、近赤外光を用いた脳計測装置などが開発されています。
算科学、データ科学、合成・評価実験及びこれらの連携手法により膨大な数の物質の評価を行い、その結果に基づいて新物質や新機能を開拓することを目指したアプローチの総称。
量子力学の基本原理に基づき、原子配置のみから物質の性質を支配する電子の状態や高い精度の全エネルギーが得られる計算方法。結晶や分子の構造や物性を予測できる。
単量体(モノマー)の重合により人工的につくった分子量1万以上の化合物。
エチレングリコール反復単位から構成され、タンパク質が吸着しない性質を示す水溶性合成高分子であり、医薬品分野で実用化されている。
亜臨界水とは水の臨界点(374℃、22.1 MPa)よりも温度・圧力が低い領域にある高温・高圧水のことをいう。この領域の水では粘土鉱物のような狭い層間に強吸着された金属イオンを高速でイオン交換することができる。
放射性物質は安定した固体廃棄物に固定化されて処分されるが、元の汚染土壌に比べて固体廃棄物の容積を大幅に小さくすることを「高減容化」と呼ぶ。
スペシャルトピックスでは本学の教育研究の取組や人物、ニュース、イベントなど旬な話題を定期的な読み物としてピックアップしています。SPECIAL TOPICS GALLERY から過去のすべての記事をご覧いただけます。
2018年9月掲載