東工大について

100年前の学生ノート ―古いノートが伝える学びとは―

100年前の学生ノート ―古いノートが伝える学びとは―

東京工業大学には、日本の産業を興すべく設立された本学の前身である、東京高等工業学校の学生3名が寄贈した古いノートが大切に保管されています。2015年10月、東工大百年記念館で開催された特別展示『ノート考 ―古いノートに学ぶ教育の本質―』で、これらのノートは私たちの目に触れることになりました。

東京高等工業学校正門 明治36—38年
東京高等工業学校正門 明治36—38年(1903—1905)

明治期、最先端の産業・工業教育の現場では、教科書はなく板書は英語が多用され、講義を記録したノート自体が教科書の役割を果たすような環境でした。そのような中、“殖産興業”という時代の要請もあり、学生たちは「自分たちが日本の工業の発展を支える」という高い志をもって学んでいました。大学で学ぶ環境も、意味も今とはまるで異なった時代に手書きで綴られた100年前のノートを手に取り頁をめくると、当時の学生が懸命に学ぶ姿が目に浮かび、ある種の感動を覚えます。この感動の源には何があるのか、そこには現代の学びにも通ずるものがあるのではないでしょうか。それを探るために、特別展示を企画した本学博物館の遠藤康一特任講師、阿児雄之特任講師、広瀬茂久特命教授に、100年前のノートに寄せる思いを聞きました。

博物館特別展示:ノートの実物が展示された(左)。展示室の壁にもノートが映し出されている(右)。
博物館特別展示:ノートの実物が展示された(左)。展示室の壁にもノートが映し出されている(右)。

ノートは最先端技術の集約

明治44年(1911年)に機械科を卒業した仁木源吉さんのノートは、製本されていることに驚かされます。紺色の表紙に金色の文字で講義名が刻印されている様は、まるで辞書のようです。教科書がなく先生の話と板書を必死で記録した上、さらに整理・体系化。仁木さんが本学3年間で得た最先端技術や知識は、自らの学びの証に加えて日本の科学技術の発展の礎として残すべきかけがえのないものだったのです。

ノートは、関連する科目ごとに分けられ、当時の機械科長であった半田禎一教授、応用力学・発動機を担当した浅川権八教授の講義内容が詳細に書き取られています。また、機械の構造や動作手順などが丁寧に図解されており、学んだことは、一つとして漏らしてはならないという気概が感じられます。

仁木さんが本学で学んだ明治後期は、日本における機械制工業がようやく軌道に乗りはじめた時期でした。ノートには、本学で学んだ者にしか記録することのできない、世界の最先端技術が詰まっています。こうして体系化された知識を基に、仁木さんたち卒業生は、日本の工業近代化を推進する役目を果たしていったのです。

仁木源吉さんのノート
仁木源吉さんのノート

教育は、人生の旅を続けるための地図づくり

「現在の講義では、学生に伝えるべき知識の量が増え、それを補うようにコンピュータなどのデジタルデバイスやソフトウェアなどが登場し、教員・学生ともに便利に利用しています」と阿児特任講師。教育の世界でもアウトプットやインプットの方法は時代とともに変わっていき、学生もカメラで板書の記録を取るようになり、ノートをとる機会は明治期に比べて格段に減りました。

このような変化の中、100年前のノートは私たちに何を伝えているのでしょうか。

「教育機関に在学している間に学生が身につけるものを教育というのならば、それは、社会に出た時、さまざまな環境や情報に適応しながら成長していくことができる能力です。私はそれを“コンセプトマップ”(地図)と呼んでいます。各々に核となるコンセプトマップがあれば、マップの枝葉である地形や地名は社会に出てから書き込んでいけます」(広瀬特命教授)。ある学問をノートに記録し体系的にまとめていくという過程を通して1つの地図ができ、それがほかの学問や人生に応用できるのではないでしょうか。仁木さんもまさに世界に一つだけの学びのノートを制作することを通して、コンセプトマップを描いていたのかもしれません。

教員から見た100年前の学生ノート

東京高等工業学校の機械科鍛工場で学ぶ学生たち
東京高等工業学校の機械科鍛工場で学ぶ学生たち

ノートというと、とる側の学生に焦点が当たりがちですが、遠藤特任講師は「教える側も『自分の講義や実習が日本の工業の近代化を進めていくのだ』という強い覚悟と気概を抱いて講義に臨んでいたのではないでしょうか。それを学生も十分に感じていたはずです」と話します。現代は、実学だと言われる工学であっても、目的が明確であれば、将来役立つかもしれない基礎研究を推進できる時代ですが、当時は大学で学んだ工学を日本の近代化のためにすぐに役立てる指導的立場の人材を輩出することが求められた時代でした。

一方で現代は、溢れる情報の中から真に大事なものを見つけ出し、知識として体系化しなくてはならないという特徴があります。広瀬特命教授らは、100年前のノートから受け継がれているものに次のように言及しています。「学んだ技術や知識を身に付けるために、“私ならこうする”と当時のノートに相当するものを考えてみてはどうでしょうか。もしかすると、デジタルデバイスやソフトウェアなどを使い動画や音声も駆使してまとめたものが現代版の学生ノートなのかもしれませんね。学びを記録・体系化する手段や方法は異なっても、コンセプトマップを描くという作業が100年前のノートの延長線上に今でもあるのです」。

100年前のノートは、私たちに学びのあり方を問いかけてきます。本学には今でも、“学生がノートを書き写す”スピードが授業内容の理解につながるという信念をもって、板書を続けている教員もいます。100年前の先輩たちの思いに心を馳せながらノートをとってみたら、何か新しい発見があるかもしれません。

SPECIAL TOPICS

スペシャルトピックスでは本学の教育研究の取組や人物、ニュース、イベントなど旬な話題を定期的な読み物としてピックアップしています。SPECIAL TOPICS GALLERY から過去のすべての記事をご覧いただけます。

2017年12月掲載