東工大について

文理共創で創るコンバージェンス・サイエンス

(左から)梅室博行 工学院 教授、上田紀行 副学長/リベラルアーツ研究教育院 教授、黒田公美 生命理工学院 教授(左から)(左から)梅室博行 工学院 教授、上田紀行 副学長/リベラルアーツ研究教育院 教授、黒田公美 生命理工学院 教授

上田紀行

副学長(文理共創戦略担当)
リベラルアーツ研究教育院 教授

梅室博行

工学院 教授

黒田公美

生命理工学院 教授

多様な社会課題に立ち向かうために、理工学、医歯学、さらには情報学、リベラルアーツ・人文社会科学などを収斂させて獲得できる総合知に基づく「コンバージェンス・サイエンス」について、鼎談を行いました。

大学統合による学問領域の融合に期待

上田紀行 副学長(文理共創戦略担当)、リベラルアーツ研究教育院 教授
上田紀行 副学長(文理共創戦略担当)、リベラルアーツ研究教育院 教授

上田:本学と東京医科歯科大学との統合が2024年秋に迫ってきました。新しく生まれる東京科学大学では「コンバージェンス・サイエンス」を掲げ、歴史的に別領域とされてきた複数の学問領域を融合し、新しい学問領域を生み出し、社会課題を解決していくアプローチを目指します。そこで本学ですでにコンバージェンス・サイエンスを実践しているお二人からお話を伺いたいです。

梅室:私は工学院経営工学系で人の感情を扱っていますが、人とロボットの相互作用についても研究しています。そのためロボットの国際会議に行って研究者と話す機会もあるのですが、ここ何年も気になっていることがあります。例えば機械工学の専門家が同じ領域の研究者だけでチームをつくると、人間らしい振る舞いや感情について自分たちだけの見解で研究を進めてしまうのです。自分たちも人間だから、人間のことはよく知っているということだと思いますが、使われている心理学モデルが50~60年前のものだったり、心理学の研究者ならすぐ分かる誤りが実験計画に入っていたりします。私はジョージア工科大学に友人がいますが、彼らは20世紀から、心理学と機械工学と情報工学の研究者が共同で研究するといったことを当たり前に行っています。人間のためにどういう技術をつくり、それをどう評価をしたらよいか、専門家に教えを請いながら研究している。この点は本学もまだまだこれからです。人間に関係する技術を使うのであれば、人間の専門家に教えを請わないといけない。その意味で私は人間の専門家が集まる東京医科歯科大学との合併に非常に期待しています。

東工大生のボキャブラリーにない言葉

上田:それを聞いて思い当たるところがあります。私の運営する少人数ゼミは、慶應義塾大学看護医療学部の学生と合同で進めていますが、かつて慶應生から「東工大生は人間らしくない」と言われました(笑)。東工大生の議論を聞いていても、人間の話をしているのかロボットの話をしているのかが分からない、と。それを聞いた時、ものすごい衝撃でした。さらに看護医療学部生が1万回くらい使っているのに、東工大生は卒業するまで1回も使わないであろう言葉があることに気づきました。それが「寄り添う」です。私は、苦悩や痛みに寄り添う、ということを授業で話していますが、本学の学生や教職員から「寄り添う」という言葉を聞いたことはほとんどない。ボキャブラリーとして持っていないのかもしれません。今の梅室先生の話を聞いて、こうした面をコンバージェンス・サイエンスで拡大できるのではないかと感じました。

黒田:私は生命理工学院で、子育てや親子関係を脳科学の視点から研究していますが、人に寄り添うという意味では、対人援助は今後さらにニーズが高まる分野だと思います。本学には2023年4月に来たばかりですが、すでにコンバージェンス・サイエンスを非常に堪能しています。子育て支援をハイテク化すべく、情報理工学院の吉村奈津江教授と、スマホアプリやウェアラブルを使った子供の寝かしつけを支援するプロジェクトを開始しましたが、圧倒的なスピードで東工大発ベンチャー企業にアプリ開発を依頼する段階まで進みました。また、私は精神科で働いた経緯もあり、児童虐待防止にも関心がありますが、この分野は社会学や法学など文系の先生と一緒に進めないと問題の全体像が見えないことが分かってきました。本学でコンバージェンス・サイエンスが盛り上がっているのを知り、今後が楽しみです。

梅室博行 工学院 教授
梅室博行 工学院 教授

梅室:先のジョージア工科大における心理学・機械工学・情報工学の共同研究などは、すでに単なる文理共創の事例ではないかもしれません。理系と文系を統合した新しい研究体系がすでに生まれていると言えます。人間の専門家が技術の専門家と一つの課題に取り組む必要性に日本でも気づき始めている。だからぜひ上田先生には本学に人間科学院をつくってほしいと思っています。本学出身の私は学生時代から東工大のリベラルアーツ教育を非常に誇りに思っていますし、「東京科学大学で人間の科学を学びたい」という学生や研究者が集うようになるとうれしいです。

サクセスストーリーを積み重ねる時代からレジリエンスの時代へ

黒田公美 生命理工学院 教授
黒田公美 生命理工学院 教授

上田:私自身もコンバージェンス・サイエンスの取り組みとして、いじめ問題の減少軽減に向けて文理融合的な研究とその実装をテーマに、「いじめゼロ」を目指したプロジェクトを進めています。日本社会は思いやりがあると言われますが、一方で同調圧力と抑圧が強い。イノベーション阻害の大きな要因です。誰でも挫折をするし、苦しむ。そのときにどう自分を立て直すのか。これまではサクセスストーリーをただ積み重ねる時代でしたが、これからはレジリエンス(復元力)の時代へと変わりつつあります。いじめ問題に取り組むことは日本をレジリエントな社会にしていくことにつながるはずです。「いじめゼロ」について、今までは教育学者だけが研究していましたが、これからは科学技術の出番です。例えば各生徒のポケットにセンサーを入れ、個人を特定しないまま集団の様子を測定し、いじめを事前に発見する。インターネットの世界では人との出会いが広がる一方、SNSの狭いコミュニティでのいじめは後を絶ちません。コンバージェンス・サイエンスを目指すにあたって、日本的な閉鎖空間を残したままでは前に進めない。日本社会も少しずつ変えないといけないんじゃないでしょうか。

黒田:コンバージェンス・サイエンスと言っても、今は各分野がものすごい勢いで進歩しています。だからこそ専門家同士が密にディスカッションしていかないと、自分の考えていることがいつの間にか古くなっていることがある。今の若い人の見方と、私たちの世代の見方は、すでに相当違ってきています。研究者だけの閉鎖的な空間で議論するのではなく、例えばいじめに直面している人など、実際に困っている当事者を入れて話をすることが求められると思います。

コンバージェンス・サイエンスと共感・利他

梅室:こうした問題を考えるときに、「共感」や「利他」がキーワードになると思います。心理学では論文も出ていますが、それ以上のことが分からず少し限界を感じているところです。心理学的な知見とは別の視点で、共感や利他をどうお考えでしょうか。

黒田:脳科学でいうと、共感には幾つもの構成要素があって、それぞれ関係する脳部位が異なります。利他性にも種類があり、おおまかには相互に見返りを期待した互恵的利他性と、見返りを期待しない利他性がありますが、見返りを期待しない利他性は子育てから進化したと考えられています。例として、母系的な群れで暮らすジリスに天敵のヘビが近づいてくると、気づいた一匹がチチッと鳴いて仲間に警告を発することがあります。警告を発した個体は天敵に攻撃される確率が増しますが、他の個体はすぐに隠れることができるため、この警戒発声は典型的な利他行動と考えられています。次に群れの中でどの個体が一番鳴くかと調べたところ、群れ内に血縁が多い年配のメスが最もよく鳴くことが分かりました。つまり、もともとは子どもに対する世話行動であったものが、血縁である群れの仲間を助けるために拡張された習性と考えられます。

上田:文化人類学や社会学では交換論という考え方があります。交換には限定交換と一般交換の二つがあり、限定交換は2者の間での貸し借りのようなものです。一方で一般交換では、AさんがBさんにあげ、BさんがCさんにあげ、ということを繰り返し、返ってくるころには次の世代ぐらいになっている。社会としては一般交換が成り立つ方が強いと言われています。人間は一般交換のほうがより幸福感を得られると言われていますね。

黒田:人間でも、産業化以前は群れ集団内の遺伝的距離が集団間よりも近く、血縁関係が強かったことを考慮すると、一般交換は「見返りを期待しない利他性」に似ているところがありますね。

上田:では我々が一般交換的なものをシステムとしてつくっているか。実際はアプリの割引クーポンやSNSでのやりとりなど、限定交換的なものがほとんどです。科学技術も同様に、投資に対してどれだけ戻ってくるかが重視されがちで、勝ち組になって儲けるイメージを持たれているところがあります。その中で、科学技術自体がある種の一般交換的なものとなり、投資家へのリターンを超えた社会的な善のイメージを持てるものへ変化することが大切です。これからの科学技術は、いろいろな苦悩を千の手で救う、千手観音のようなものになっていくべきだと私は考えています。

梅室:コンバージェンス・サイエンスとともに、本学は自由でフラットな研究空間を提案しているんですが、それと今日の話はつながる気がします。

上田:閉じられたところで効率的に利益を追求していく空間ではなく、自由でフラットな空間で研究することでコンバージェンス・サイエンスが発展し、社会の幸福につながっていく。コンバージェンス・サイエンスと自由でフラットな研究空間は、実は地続きなのではないでしょうか。

(2023年9月取材)

統合報告書

統合報告書 未来への「飛躍」 ―東工大から科学大へ―
学長や理事・副学長、研究者による対談・鼎談や、教育・研究、社会に対する取り組み、経営戦略などをご紹介します。

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