東工大について

経営と教育・研究の連携が支える大学の未来

—プロボストと教職協働のあり方—

経営と教育・研究の連携が支える大学の未来経営と教育・研究の連携が支える大学の未来

山田純

芝浦工業大学長

松本洋一郎

東京理科大学 元学長

佐藤勲

東京工業大学 総括理事・副学長

江端新吾(司会・進行)

東京工業大学 総括理事・副学長特別補佐、戦略的経営オフィス・教授

教学と、それを支える経営が一体になって初めて大学は成り立つ

佐藤勲 東京工業大学 総括理事・副学長
佐藤勲 東京工業大学 総括理事・副学長

佐藤:大学という組織には、経営と教育・研究の2つの面があります。きょうは国立大学法人である東京工業大学と、理工系の私立大学である芝浦工業大学、東京理科大学との違いや共通する課題について話し合っていきます。

私立大学は理事会と教授会が分かれていますが、国立大学は理事会に相当する役員会つまり経営をするところと教学を担うところが一体で、明確な区分がありません。なおかつ、国立大学法人法という法律で学長が経営を含めた全ての権限を担うことになっているので、境目がとても曖昧です。そして多くの部分のお金を握っているのは文部科学省で、大学がネゴシエートする相手は文科省です。

私立大学における理事会と教授会は実際どんな関係なのでしょうか。

松本:私学は学校によって形態が違うと思います。ただ、学校教育法では、大学というのは「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させる」と定義されています。これは私学だろうと国立だろうと同じです。また、「学長は、校務をつかさどり、所属職員を統督する」とされています。

松本洋一郎 東京理科大学 元学長
松本洋一郎 東京理科大学 元学長

私立には私立学校法があって、「理事会は、学校法人の業務を決し、理事の職務の執行を監督する」となっています。教学と法人、両方の緊密な連携があって初めて社会の公器としての大学ガバナンスが達成される、ということになると思います。教授会等を含めて、自主性、自律性、多様性を尊重した教学と、それを健全に支える経営が一体になって初めて成り立つものです。大学はあくまで公益法人だと思いますので、営利企業のガバナンスとは違うと考えています。これは税制上の問題かもしれませんが、その公益性を考えたときに、大学はあくまで社会の公器、公益法人として位置付けられています。

また、大学基準協会では、「大学は、学問の自由を尊重し、高度の教育及び学術研究の中心機関として、豊かな人間性を備えた有為な人材の育成、新たな知識と技術の創造及び活用、学術文化の継承と発展等を通して、学問の進歩と社会の発展に貢献するという使命を負っている」としています。これを実現するのが教学ガバナンスだと思いますが、それをきちんと担保していくのが設置法人のガバナンスということですね。この基本構造は国立でも公立でも私立でも変わらないと思います。大学というのは、社会にとってユニバーサルな存在ということになります。

私学はかなり高額な授業料、学納金を学生側からいただいているので、大学の教育や研究を通じて最新の学術をどのように学生に伝授していくか、人材を育てていくかということが一番重要になってくると思います。言わずもがなですが、私企業だから儲ければいい、ということではない。そういう本来の大学のガバナンスをきちんと持っている必要があります。

最近、国立大学も「自分で儲けて自立しなさい」というプレッシャーをものすごく受けていると思いますが、社会全体を考えると、将来投資をして、人材を育てて、そして日本の科学技術を豊かにしていくのが大学の使命です。それによって社会全体が豊かになっていくことになります。授業料が安いヨーロッパ的な大学経営はなかなか難しくなってきていますが、本来はそうあるべきなのかなと思います。

スタンフォード大学やハーバード大学のようなアメリカ型経営を目指そう、とよく言われます。しかしそれらの大学は間接経費率が直接経費の60~70%なのです。アメリカの有力な大学のビジネスモデルは、良い研究者を迎え入れて、良い研究をやってもらって、公的研究費をたくさん取ってもらうということです。それによって、大学本体にも間接経費が入ってきますから潤い、環境整備などができるという訳です。日本に比べて公的研究費が桁違いですから、国そのものが膨大な将来投資を大学にしているわけですね。日本はそうした環境ではないのに、アメリカ型経営と言われても、と思います。

間接経費は、競争的資金を獲得した研究機関または研究者の所属する研究機関に対し、研究実施に伴う研究機関の管理等に必要な経費として、研究に直接的に必要な経費(直接経費)の一定比率で配分される経費で、その比率を間接経費率という。

芝浦工大では学長は理事長を兼務できない

山田純 芝浦工業大学長
山田純 芝浦工業大学長

山田:国立大学の学長はどちらかというと理事長に近い存在なのかなと感じました。

芝浦工業大学の寄附行為(基本規程)では、学長は理事長を兼務できないことになっています。完全に独立しているということが、学則上、寄附行為上うたわれています。東工大の話をお聞きするとプロボストに近いところが学長の役割なのかなと思いました。

芝浦工大の理事会と教授会は、私が着任した当初は妙な対立関係にありました。いま現在は、理事会と教授会の間に教学執行部、学部長、大学院の研究科長が入って、理事会と教授会が直接話すことはほとんどありません。例えば、教学部門の問題に関しては、教学執行部が理事会と調整して「こういう方向でやる」と決めたら、それを教授会に下ろして説明するという形を取っています。

佐藤:その連絡調整はどれくらいの頻度で行うのでしょうか。

山田:学長着任当初は週1~2回は理事長と直接、連絡調整していましたが、雑談してることのほうが多かったですね。現在は、公式には首脳懇談会というのがあり、学長、副学長、専務理事、理事長、事務局長、といったメンバーでいろいろなことを話します。アジェンダを特に定めず、お互いに話し合いたいことを持ち寄って2時間ぐらい集まります。「それに関連することはまた別の機会」「ここで話ができないことは、またどこかで」というように、割と緩い関係を保ちながら、コミュニケーションを密にしています。

理事会は12名で構成されています。理事長、専務理事、校友会会長の学識理事が3名。職員の理事が3名。学長を含め教学執行部の理事が3名。あとは、工学部長、研究担当、施設担当。まだ新しいメンバーになったばかりなので、教学執行部が経営陣と話をするのはそれほど多くはないですが、私自身は経営執行部と常にコミュニケーションしています。

佐藤:シカゴ大学ではプレジデントオフィスとプロボストオフィスがそれぞれあって、独立して大学の経営と教学の運営をしています。プレジデントとプロボストはどれくらいコミュニケーションをとっているのか聞いたら、週1回は必ず会っているそうです。「そうしないと大学の本来の目的を達成するための業務のベースが動かなくなるから、そこの連携はすごく密にしておかなければいけない」と執行部は言っていました。

松本:例えば、工学院大学の大橋秀雄先生は学長(1994年~2003年)をされた後に理事長(2003年~2011年)をされました。東京理科大学の初代学長(1949年~1953年)である本多光太郎は理事長(1951年~1953年)を兼務していました。早稲田の総長制、慶應義塾の塾長制、法政の総長制と同じような感じで理科大もスタートしたのだと思います。国立大学の総長、学長に近い存在だったようです。

MITの大学寄附基金は数兆円

佐藤勲 東京工業大学 総括理事・副学長

佐藤:財政的な裏付けがしっかりしている間はアカデミアが理事長をやっても動くと思いますが、本当にお金をきちんとしていかなければならない状況になってくると、理事長は(お金の)専門家でいこう、となるのですかね。非常に難しいところですが。

松本:営利企業の感覚で大学を経営し始めると、公益法人ではない行動をとってしまう可能性、いや、危険があると思います。どれだけきちんとしたガバナンスで大学が動いているか、ということが問題になると思います。

佐藤:東工大はMITとよく比較されます。名前が似ているだけという話もありますが(笑)。MITの経済状況を調べると、彼らはエンダウメント(寄附による大学基金)を数兆円持っていて、運用益だけで年間600億円ぐらい稼いでいる。それ以外に外部資金を1,000億円強稼いで、授業料で数百億円稼いで、合計すると東工大の数倍、桁が1つ上ぐらいで回っています。学生定員も教員数もほぼ変わらないのですが。それくらいの資源があれば、「稼げる人を集めて次につなげる」という循環を回せます。それを現在の日本の国立大学ができるかというと、結構、厳しいかなと思います。

松本:日本だって最初から寄附集めしていればそれくらい積み上がったかもしれません。でも、エンダウメントとか資金をなんとかしろと言われたのは、国立大学が法人化してからです。その時はもうすでにゼロ金利に近いわけですから、それで寄附金を集めて運用しろというのは無理な話ですね。

佐藤:私立大学から言わせれば「いまさら何言ってんだ」という話だと思いますが。

エンダウメントを積み増すために、国がいわゆる10兆円ファンドを考えていますよね。これに対してさまざまな議論がされています。「国がそれだけ投資をするのであれば、経営的なガバニングをきちんとしろ」「国立大学といえども役員会の上に理事会を置け。理事会の中には企業人を入れろ」という意見です。松本先生のご指摘にあるように、企業人が必ずしも公器としての大学をきちんと経営できるというわけではない気もします。難しい時代になったなというのが率直な印象ですね。

松本:企業人でも、大学や研究の重要性、ESG(環境・社会・企業統治)をきちんと理解していればできるかもしれない。例えば、日本アイ・ビー・エム社長・会長から国際基督教大学の理事長(2010年~2019年)になられた北城恪太郎さんのような方もいらっしゃいます。

理科大では法人から教学への投資をどう担保するか考えた

佐藤:大学の経営は、社会にいろいろなものを還元していく観点からすると、企業とはタイムスケール、時間の感覚が違うんだと思います。そういった「お金を回している者と教学を運営する者との感覚のずれ」を、私立大学の学長としてどう埋めてこられたのでしょうか。

松本洋一郎 東京理科大学 元学長

松本:私は、社会の公器としての事業継続性という観点で言うと、常に教育の質を担保して、研究の高度化を図ることが大学の存在意義だと思っていました。法人からの投資がきちんと回る環境をつくらずに、われわれ自身が貧しくなってしまったら、そして、現場が動けなくなったら、大学として存在できなくなる。だから、教学への投資をどういうふうに担保させるか、ということを常に考えていました。

それから教学ガバナンスの強化という意味で、透明性と社会への説明責任を担保するために、学長の下にアドバイザリー委員会をつくりました。中教審の元会長である北山禎介さん(三井住友銀行会長、三井住友ファイナンシャルグループ社長などを歴任)に委員長をお願いして、大学のあり方についてアドバイスを受ける委員会です。

当時の理科大は、世界の理科大になりたいと言っていました。そこで自らへの評価と批判を求めて活動の全容を公開し、広く世界の要請に的確に対応することで自らを変えシステムの改革を追求することにしたわけです。本委員会での議論を受けて、教学として目指すべき姿、それを実現するための目標や計画の在り方、実行にあたって求められる取組み等、今後も不断の見直しを重ね、常に点検・検証・公表を行うことが必要との結論を得て、教学としての3年の中期計画を策定し、実行しました。

佐藤:山田さんは学長着任早々ですが、構想はどうですか。

山田純 芝浦工業大学 学長

山田:教学経営に関して法人が何か口を出すということは、芝浦工大ではありません。私自身、経営陣がやることと、教学がやらなければいけないことは分けるように考えています。もちろん教学経営をする上で必要なことであれば、すぐにお願いをするということもしています。言ったら全てお金が出てくるわけではないですが。
経営陣のうち5人くらいは外部理事ですが、正直、大学のことをあまり知らないですね。逆に外部から見ると、教学の言っていることが不思議に感じられるところがあるみたいです。そういうときは、なるべくよく話し合ってお互いの理解を深めるようにしています。法人側と教学側に変な隔たりをつくらないように注力しています。

佐藤:言葉を選ばすに言うと、いいパトロン、ですか。

山田:はい。いいパトロンになってもらおうということです。

佐藤:そこはある意味うらやましいな。話し合う余地があるというのはすごく重要で、文科省はなかなか簡単には言うことを聞いてくれない。

松本:私学もそれなりに文科省から補助金をいただいていますが、私学は私学で勝手にやってというスタンスなのかもしれません。でも国民からすると教育を受ける意味では国立も私学も同じなわけで、大学を認可した責任も文科省にはあるわけです。そういうふうに大学の構成員全体が考えていかないと、本来の公益性を担保できないような気はします。

佐藤:それはおっしゃるとおりですね。だから文科省もお金を出す。国立大学は86校、私立大学は約800校ある中で、私立には私立の独自性、自主性、建学の精神があるので、立ち位置がたぶん違うのだと思いますが、大学としての機能をきちんと生かして、それを発揮してくためには、理事会も教学を担っている教職員も全員一致して同じ方向を向かなければいけないとは思います。

私もみなさんもそうですが、アカデミアの人間は好きなことをやりたい。その理由として学問の自由とすぐ言うけれども、学問の自由と、本来大学が果たすべきことは、包含関係にあっても完全には一致していないはずです。そこをどう理解してもらうかが、実はすごく難しいなと思っています。

教育現場の問題は先生の「時間の劣化」

松本洋一郎 東京理科大学 元学長

松本:理科大の初代学長・本多光太郎は理事長も兼務していたと紹介しましたが、本多は「学問のあるところに技術は育つ、技術のあるところに産業は発展する」と言っています。これは、いわゆるイノベーションのリニアモデルですよね。イノベーションエコシステムが重要だと最近よく言われていますが、本多はさらに「産業は学問の道場である」と言い切っています。私は本多のこの言葉が理科大建学の精神だと理解して、それをどう実現するかを3年間常に考えていました。

理科大の前身である東京物理学校が1915年につくられたときは、「理学の普及を以て国運発展の基礎とする」つまり、官学=エリートだけがやっていたのでは日本は発展しないから、一般の人にも理学、物理をきちんと教えようという専門学校のような教育組織でした。それを発展させて大学としての体を成させたのが本多だと私は思っています。

学問がなければ技術も育たないということは、学問の自由というか、保証された中で研究者たちが自由闊達に、結果だけではなく好奇心を優先させる環境がないとイノベーションの種は生まれてこないと思います。最先端の研究をきちんとやっていないと最先端の教育はできない。優位な大学というのはそういうことができる大学で、先ほどの10兆円ファンドもそういう大学をサポートするということなんですね。誰でも貰えるわけではない。

佐藤:そういうことですよね。

松本:日本の科学技術はかなり危機的な状況ですよね。最近「日本の科学技術危機対策議連」という超党派の議連ができましたが、もうすでに国内の科学技術は廃れ始めている。このまずい状況をわれわれは常に認識すべきだと思っています。

理科大の教育現場がどうなっているのか調査・分析をして分かったことは、日本の研究者全体の構図と同じ事が起きていて、一番の問題は現場の先生の「時間の劣化」なのです。教育負担が重いうえに、社会貢献をもっとしろ、といわれる。教員はスーパーマンじゃないんだから、という状況になっているわけです。現場の先生方に自由闊達に発想してもらおうとすると、研究者として研究する時間を確保してあげなくてはいけないし、その環境も整備しないといけない。教育も、たくさん講義すればいいというわけではなくて、学生にどうやって火をともすか、やる気を出させるかを考えなくてはいけない。座学でどんどん知識を詰め込んで能力主義の教育をすればいいというわけではありません。

建学の精神が何か、芝浦工大の先生全員が答えられる

佐藤:芝浦工大の建学の精神は?

山田純 芝浦工業大学 学長

山田:「社会に学び、社会に貢献する技術者の育成」ですね。必ずそれをベースに物事を考えるようにしています。

芝浦工大では、教学経営審議会という教学側が2日間にわたってさまざまな議論をする会議が年1回開かれるのですが、今日それがあって、私が30分程度話して、各学部長が将来ビジョンについてそれぞれ30分ずつ話して、ディスカッションをしました。

松本:そういう会議がきちんと健全に回っているというのが、本来の大学の在り方だと思います。

山田:教学経営審議会は、法人も含めて全学に「今教学はこんなことを考えている」ということをお話しする機会として、前々学長の柘植綾夫先生が経営的視点でつくられました。それとは別に、理事会でも期首と期中に2回、教学執行部と法人執行部が全員集まる会議をしています。

松本:柘植さん自身は総合科学技術会議の議員もやっておられたし、いろいろな学会にも深くコミットしておられて、「日本の科学技術を伸ばすためには産学官連携して一緒にやらないとまずい」ということをずっと考えていたんだと思います。芝浦工大の前理事長(2010年~2019年)の五十嵐久也さんともお話ししたことがあるのですが、彼もやはりそういう方向で、芝浦工大を教学的サイドから良くしていかないといけない、という思いが強かったという印象があります。

佐藤:そういう意味で、私立大学は建学の精神があって背骨がありますが、国立大学はいわゆる官製大学なので背骨がない。もちろん東工大には昔から「煙突の下に蔵前人あり」という言葉があって、実学の大学ではありますが。建学の精神のような背骨の部分を構成員がすべて理解して同じ方向に向かっていけるとすごく力が発揮できる気がしますが、国立大学はそこが難しいところですね。

山田:先ほどの教学経営審議会のような会議の中では、必ず建学の精神を繰り返し言うようにしています。入学式の式辞などでも事あるごとに持ち出すようにしています。

松本:私も式辞では何度も言いました。「こういう大学なんだからね」と。現場の先生方にも機会を捉えて申し上げました。

山田:芝浦工大の先生方は、「建学の精神は何か」と聞いたら全員すぐに答えられるくらい理解していますね。

佐藤:そこは私立大学の強みですね。慶應のようにカリスマがいる大学はもっと強いかもしれない。それがあるから綿々と資源を継いで大学を持続的に維持・発展させる経営ができる。逆に国立の弱みはそこで、それを打破していかないと、もはや国からのお金だけでは回らなくなってくる可能性も大いにある。これは経営サイドの話かもしれないけれど、経営資源がしっかりしてないと教学の経営もできないと思います。

東工大は特殊で、学長がすべての部局長を指名する

江端新吾 東京工業大学 総括理事・副学長特別補佐、戦略的経営オフィス・教授
江端新吾 東京工業大学 総括理事・副学長特別補佐、
戦略的経営オフィス・教授

江端:佐藤理事から経営サイドという表現の仕方がありましたが、どこの人までを含めて経営と言うのか、微妙な線引きがありますね。先ほど山田先生から芝浦工大では工学部長が理事をされているというお話がありました。

山田:はい。私も学部長のときに理事をしていました。

江端:大学には多種多様な部局の部局長という立ち位置の先生方がいます。その先生方は、現場の先生方に建学の精神やビジョンといった情報を伝達するうえで重要なキーパーソンです。部局長の先生方が経営戦略や構想をいかに理解し、どういった形でマネジメントできるかというところが大学を経営していく上でポイントだと考えています。

山田先生、松本先生のご経験の中で、部局長の先生方とどのようにコミュニケーションをとってきたか、どのような形で部局長の先生方をマネジメントして大学経営に生かしてきたのか、ぜひお話をいただきたい。

松本:学長としては、部局長の先生方、各部局の執行部の方々とは定例的に教学の運営について意見交換を行う場を持っていました。また、産学連携を基盤に講座を設置するなど、新たな取り組みを実現するには密な現場とのコミュニケーションが必要でした。しかし、大学経営の観点で申し上げますと、東大でのケースですが、部局長が理事会に入ってくることはありませんでした。もちろん、部局長経験者が理事・副学長に選ばれることが多いのですが、そこは役割が明確に分かれていたと思います。というのは現役の部局長が入ってくると、利益相反を起こしやすくなるという問題があります。部局長には部局のマネジメントをきちんと考えてもらわないといけないと思います。私学でも全部局長が理事会にコミットしている大学はありますが、私学法で言う理事会の構成員ではないような気はしますね。

山田:実は私の前にシステム理工学部長が理事を務めていたことがあり、やはり利益相反を起こすのではないかと批判的に見ていたことがあった。私が理事になるときに理事長とその話をしたのですが、もうかなりガバナンスがしっかりしていたこともあって「状況が違うから大丈夫じゃないか」と説得されて理事になったのを覚えています。

今回、学部長を理事に指名する時も最後まで悩んで、理事長とも何度か相談をし「多くの学部長が理事を務めている大学もあるし大丈夫だろう」ということで決めました。ただ、利益相反を起こさないためのマネジメントは確かに必要で、我田引水をするような先生は選んだつもりはありません。

佐藤:芝浦工大で学部長を理事会に入れる場合は理事長が決めるのでしょうか。

山田:理事会で指名をします。

佐藤:東工大は特殊で、すべての部局長が学長指名なのですよ。

松本:そうですよね。そうしろというふうにご指導いただきましたからね(笑)。

佐藤:理事長が全学部長を決めているようなところがあって、利益相反的なイメージがなくはない。アメリカの大学ではプロボストはプレジデントが指名しますが、部局長はプロボストが指名している。

山田:芝浦工大はそうですよ。

佐藤:利益相反に注意しながらも、経営サイドと教学サイドが緊密な連携を取れる体制をつくっていくことはとても重要ですね。

松本:それが一番重要ですね。それがなくなったら瓦解(がかい)すると思います。

江端:東工大の「学長による部局長指名」というのは国立大学法人の中では非常に特徴的で、これによってガバナンスがさらに効くような体制づくりがかなり進んだところがあると考えています。

もう1点お聞きしたいのが、部局長の先生方のエフォート管理をどうされているのかというところです。部局長ですと教育研究もまだエフォートの中心にあるかと思います。本学の場合は理事になると専任になるので教育研究エフォートはありませんが、副学長は教育研究エフォートがまだある状況です。経営層と言った場合に、層としてはまだまだ薄い、人員として少ないという印象を持っていますが、理科大や芝浦工大はいかがでしょうか。

松本:理科大は、理事は教員をやっていてもいいが副学長は禁止でした。本当は逆なのですね。私が東大にいたときは、理事・副学長は教育をやっていいが利益相反をきちんとマネジメントしないといけないという立場にありました。

国立大学には経営協議会があります。経協が最終意思決定機関なのが国立大学の立て付けだと思いますし、学長選考会議で学長を選ぶということにもなっていますから、ガバナンスの在り方が私学とは少し違っているのかなと思いました。

山田:芝浦工大の部局長のエフォート管理では、理事でも部局長でも、職務専念措置で特任の先生を1人招くことができます。もちろんその先生が部局長や理事を務めている間に限られますが、代わりに授業を持ってもらったり、研究室の指導をしてもらったりということができます。私自身、学長の立場でも同じで、たまたまドクターを終えた若い先生が研究室も含めて切り盛りしてくれているので学長業務に集中できるということはあります。もし授業を持ちたければそれも可能で、工学部長のとき理事も務めていましたが、1科目だけずっと教えてました。

佐藤:学長になっても山田研究室があるのですね。

山田:あります。今でも週1回のゼミだけは出るようにしていて、前期は3分の2ぐらい出ました。そこだけはスケジュールを開けるようにしている。

佐藤:ジョージア工科大学の前学長も研究室はまだ持っていると言っていましたが、大学によっていろいろなのかな。

江端:国立大学も経営しろと言われてはいるものの、先生方は教育研究が第一のところもあります。経営マネジメント人材をどうするか、もこれから考えていかなければと改めて思いました。

佐藤:アカデミアがマネジメントをする場合、アカデミアから教育研究、学生との一対一の指導を取り上げるとすぐに干上がるので、そこのところはつなげておかないと幸せにならないのかもしれません。

松本:大学で何もやったことがない人がいきなり来て「営利企業なんだから利益を上げればいい」とか極端なことを言われると、とんでもないことが起きるので明確な大学に対する社会的なコンセンサスが必要ですね。

佐藤:学生が幸せな顔をして喜々として研究しているのを見ているのは幸せですもんね。

松本:それが大学の存立意義ですよね。

大学や国立研究開発法人の間を研究者が行き来できる仕組みを

佐藤勲 東京工業大学 総括理事・副学長

佐藤:国立大学も財政的なバックグラウンドを自分たちで確立しなさい、となってくると、私立大学と国立大学の境目がぼやけてくる状況になってきます。そうなると「東京にある理工系の大学」というくくりで、理科大、芝浦工大、東工大は将来的に割と近い立ち位置になっていくのかなと思います。電気通信大学、東京農工大学など、理工系に比較的強い大学も幾つかある中で、お互いにライバルでありコラボレーターでもある、という状況にたぶんなっていく。そういう、少し先を見越した、特に教学の観点で、連携を図っておいたほうがいいというようなご提案があればお聞かせください。

松本:これからは社会に開かれた大学として学術を発展させて、世界のさまざまな課題の解決に資することが重要になってくると思います。

SDGsに関連して、去年から「行動の10年」つまり「2030年までの10年間、みんなでSDGs達成に向けて行動を起こしましょう」という活動を国連がスタートさせました。その中で、SDGs達成のための科学技術イノベーション(STI for SDGs)が提唱されていて、科学技術を世界的な課題の解決にどういうふうに役立てていくかという議論がされています。そういった課題の解決に資することは大学の役割なわけで、外部の意見に真摯に耳を傾けて、自由闊達な議論を行って、自らを変えていくことが必要です。本来あるべき大学の姿を思い描いて、その目標に向かってバックキャストをして、「こういうことをやるべき」、「こういう研究をやるべき」という設定を行い、社会の公器として透明性を高め、社会への説明責任を果たしていくことを、私立も国立も一緒にやっていく必要があります。

国立、私立両方の組織を知っている人材を育てていくことも大切です。その人の研究者としての立ち位置によって、国立が合っている人もいれば私学が合っている人もいるわけで、ライフステージが動いていく中できちんと評価がされて、それなりに良くなっていかないといけません。最大の問題は、私立と国立を行ったり来たりすると、その都度退職金が支給され、トータルでは目減りしてしまうことです。社会保障費、年金はなんとかなりますが、退職金の不利益をいかになくすかということをまず考えてもらわないとならない。アメリカでは研究者はそうやって動いているわけです。優秀な研究者は別に退職金はなく年俸制の下で動いていますが、年金はきちんと仕事をすれば、現役時の給与の7割は確保されている。日本ではとても考えられない姿ですが、そういうことに向けて、国立も私立も大学として一致団結して、それなりの構造をつくるべきです。

いま導入が進んでいる国立大学の新年俸制が制度設計されたときは、退職金も積み込んだ形の年俸制を考えたけれど結局、退職金付き年俸制になってしまった、という話を聞きました。

佐藤:国立大学を法人化したときに退職金引当金を国立大学法人に付けなかったんです。それが一番の問題です。

松本:これは私学の方々はピンとこないかもしれません。私学は退職金引当金をきちんと積み立てていますからね。

大学間を行き来したときに何が起きるか、というシミュレーションをきちんとやるべきじゃないですか。理研(国立研究開発法人理化学研究所)や産総研(国立研究開発法人産業技術総合研究所)といった国研(国立研究開発法人)も含めて全体に人材がきちんと流動できる仕組みを、日本としてどう担保していくか。それが、大学という組織の活性化に資すると思います。

教員と職員は対立関係ではなく「教職協働」で

山田:最近私の周りでは職員のコラボレーションが起きようとしています。

芝浦工大は香川大学と連携協定を結んでいて、今度、香川大学の職員が芝浦工大に出向してくることになっています。もともと香川大学が地域課題を解決するために東京の私学とコラボレーションする仕組みを立ち上げた先生がいて、芝浦工大の学生が香川大に行って香川の課題を解決するといった連携活動をここ数年していました。その流れで連携をより強固にしようとなり、香川大側の関心が高かったのが私学の経営ということで、大学運営を学びに来ることになりました。

私学では職員で頑張っている人、仕事のできる人は経営人材になっていきます。若い頃から、大学をどう運営していくのかを職員自身が考えています。最近の国立大学は経営の必要性を感じているように見えます。

松本:それは国立大学が法人化したときに変わりました。国立大学は、法人化前は文部科学省配下の一機関に過ぎず、国立大学の幹部職員は全国の大学を回って、事務サイドからの経営に当たっていました。法人化後は、各大学で事務職員を採用し、育てていく仕組みが出来ました。

今は国立大学職員の在籍出向という形も認められています。教員の在籍出向はないですが。

佐藤:クロスアポイントメント(クロアポ)はできるようになりました。あまりメリットはないけれど。

松本:クロアポは先生が大変なだけで、制度設計に問題があるように思います。

佐藤:50対50のクロアポをすると、給料を50:50しか払わないからですよ。70:70払って140にすればいいと思います。

松本:そういうメリット、インセンティブがないとクロアポなんかできないですよ。それぞれに100%働きなさいと言われてクロアポをするから余計大変なことになるわけです。

佐藤:芝浦工大、理科大、東工大、あるいは東大やほかの国立大学も含めて、お互いに近い関係になってくるときに、そういう議論をざっくばらんにできる場があるといいですよね。

松本:そういうのがあるといいですね。理科大にいた時に、「教職協働」、つまり教員と職員は対立関係にあるわけではなく、教育と研究を良くしていくためにみんなで一緒に働くんだ、と一生懸命言っていました。職員の中には、「私は法人側ですから」という感じの人もいましたが、「それは違う。一緒にやらないと大学は良くならないよ」と話したものです。

佐藤:芝浦工大も「教職協働」に非常に力を入れて実績を上げていますね。先日、前学長の村上雅人先生のお話を伺いましたが、意識を高めていく仕組みをつくろうとされているのがよく分かったので、東工大でもできるだけ取り入れていきたいと思っています。

東工大は規模が小さいこともあって事務局と教員側が近い関係にあることは事実ですが、もっと連携が取れて、さらに大学の枠を超えて流れるような形になるといいなと思います。

佐藤:本日は大変有意義なお話をありがとうございました。東工大、理科大、芝浦工大、他の大学も含めて、これからも連携を取って、教学や大学の役割を果たせるように努力していきたいと思います。

どうもありがとうございました。

佐藤勲 東京工業大学 総括理事・副学長、松本洋一郎 東京理科大学 元学長、江端新吾 東京工業大学 総括理事・副学長特別補佐、山田純 芝浦工業大学長

統合報告書

統合報告書 ―東工大の「高み」を社会へ、そして世界へ―
財務情報に加え、社会貢献やガバナンス、知的財産等の非財務情報を統合して、ステークホルダーの皆様にご報告します。

統合報告書|情報公開|東工大について

2021年8月取材

お問い合わせ先

東京工業大学 総務部 広報課

Email pr@jim.titech.ac.jp