東工大について

東工大スタイルの教育革新

—コロナ禍を越えて—

東工大スタイルの教育革新東工大スタイルの教育革新

水本哲弥

理事・副学長(教育担当)

屋嶋悠河

理学院化学系 修士課程2年

猪股海渡

理学院化学系 修士課程2年

矢部潮音

生命理工学院生命理工学系 学士課程4年

間中孝彰(司会・進行)

工学院・教授

水本:私は教育担当の理事・副学長をしています。理事・副学長にはそれぞれミッションがあって、教育担当は学生の支援と海外の大学との交流も所掌しています。
学部から東工大一本でかれこれ46年この大岡山にいます。専門は電気電子工学。特に光ファイバー通信のデバイス開発をずっとやってきました。

猪股:僕は理学院化学系の岩澤・鷹谷研究室に所属している修士2年です。新しい有機化学の反応を作るということを目的に、さまざまな遷移金属触媒について、自ら設計・合成・反応で試すという研究をしています。

屋嶋:僕は猪股君と同じ理学院化学系の修士2年です。岡田・福原研究室に所属して氷の研究をしています。岡田先生が定年退職されるので、来年度からは北海道大学低温科学研究所に進学して、引き続き氷の研究をしていく予定です。これまで猪股君と学修コンシェルジュ※1Jr.としても働いてきました。

矢部:私は生命理工学院生命理工学系の学士4年です。林宣宏研究室に所属してプロテオーム解析を行っています。ヤギのミルクを使って、その中にどういう成分があるのか、将来的にお母さんと赤ちゃんのつながりを知ることができればいいな、と考えています。私も先輩同様、学修コンシェルジュJr.でした。

コロナ禍でも学びを止めない

水本哲弥 理事・副学長(教育担当)
水本哲弥 理事・副学長(教育担当)

水本:コロナ禍になった後、昨年度は授業開始を4月から約1ヵ月遅らせました。その1ヵ月で、先生方にZoomを使ったオンライン講義の準備をお願いしました。5月4日から授業を開始しましたが、「さあ、夏休みはどうしますか」という話を学内で議論したことを覚えています。特に第1クォーター※2、第2クォーターにできなかった学士1年への対面授業と専門課程の実験について、どのように進めるかを議論しました。第3クォーターになって、ようやく対面の授業ができるようにはなりましたが、まだ一部の科目に限られていました。今年の第1クォーター、第2クォーターは、昨年の大変な経験をもとに、学士1年生を中心にできるだけ対面の授業を行うようにしました。

昨年の修士はどういう状況でしたか。猪股さん、屋嶋さんは修士1年で入った直後でしたよね。

猪股:修士1年のタイミングでは授業をかなりたくさん受けていましたが、今年度はほとんど授業を取っていません。昨年は週3日から4日は必ず授業があったので、授業に出て、実験に戻って、授業行って、実験に戻って、の毎日でした。

水本:実験に戻る、ということは研究室には来られていたわけですね。6月頃からかな。

猪股:そうですね。最初は週3日の登校などの管理をした上で、できるだけ密集しないようなシステムを組んで実験を行っていました。後半からは毎日登校できるようになったので、通常に近い形で実験できるようになりました。

水本:猪股さんと屋嶋さんは化学系だから、実験が必須なわけですね。

屋嶋:そうですね。理学院化学系の方針として、修士論文の準備があるので修士2年だけ優先して(研究室に)来て良い、ということでした。

水本:修士論文が1年先に迫っているのに実験もできないと精神的にも良くないから、まずはそういう学年から研究室に来てもらうようにしよう、ということにしました。

屋嶋:僕らは修士1年だったので、少し我慢して7月くらいからの登校でした。

水本:コロナ禍ではなくても、修士1年になりたての4~5月は、まず授業に慣れるということが中心で実験の回数はたぶん少ないと思っています。夏休みぐらい、第2クォーターの中頃ぐらいから実験が立ち上がるというのが私のイメージです。

屋嶋:僕らは東工大の学士から大学院に進学しており、すでに研究室に所属していたため、修士1年から実験はやっていました。外部の大学から進学してきた学生は大変だったと思います。

矢部:私は今年の4月から登校し始めました。研究室全体で登校日をきちんと管理していただき、それに従って週4~5日は登校できたので影響は少なかったと思います。ですが、外部から研究室に入った現修士2年の先輩は、修士論文への取り組みを急いでおられるように見えます。

水本:外部から来ると学士4年生までにやっていたテーマとは当然変わるでしょうし、そもそも東工大に慣れるのに時間がかかるのに研究室に来られない期間があると大変ですよね。

外部からということでは、留学生はそもそも来日できず、スタートが遅れた人もいると思いますが、みなさんの周りではどうでしたか。

猪股:僕の研究室では同期に中国人留学生が2人いますが、東工大の学士から進学しているので、出遅れるようなことはなかったです。

屋嶋:僕の研究室の留学生も、もともと東工大で研究生※3としてコロナ禍以前から研究していたので、そこまでダメージはなかったと思います。

水本:海外からだと9月入学の方が多いですからね。

屋嶋:そうです。その研究生も9月入学でした。

矢部:私の研究室では、コロナ禍以前からおられる留学生の先輩は順調に研究に取り組まれていますが、この春入学した方は来日できず今もZoomだけでのセミナー参加に留まっています。

水本:Zoomによる授業はどういった印象でしたか。

猪股海渡 理学院化学系 修士2年
猪股海渡 理学院化学系 修士2年

猪股:昨年5~6月にスタートしたタイミングでは、授業する側の先生がまだ慣れていないという印象を受けました。画面上でリアクションがないのがとても辛そうでした。

水本:そうなんです。講義室で話していれば、例えば学生が寝ているか起きているか見えるけれど、それが分からないからね。

猪股:「手を挙げるとか必ずリアクション返すように」というのはたびたび言われました。

水本:間をとるとか、学生が分かっているのか分かってないのかを推し量るとか、そういうことがうまくいかないと講義は成り立たないので、先生方もはじめは苦労したと思います。

屋嶋:8割くらいの先生は、「せめてマイクをオンにして反応してほしい」「こっちの言っていることが伝わっていたら、マークとかスタンプでリアクションしてくれたらうれしい」という感じでした。授業を受けている側としても、他の人の雰囲気や空気感がまったく見えないのは、はじめはすごく違和感がありました。今はもう慣れましたが、出席者の画面がほとんど黒で名前だけの画面だったり、好きな動物の画面だったりで、教室の空気感が感じられないのはデメリットだと思います。

メリットとしては、研究しながらでも授業を受けられることかな。

水本:研究室にいながら授業を受ける、と(笑)。

屋嶋:この対談があるということで、周りに「コロナ禍でオンライン授業になったメリットは何?」と聞いてみたのですが、全員が「どこでも授業を受けられるところ。教室に行かなくても受けられる」と言っていました。そこがかなりメリットになったのかなと思います。

猪股:僕は自宅で受けていました。有機合成をやっているので、実験するときは集中しないと怪我してしまいます。

矢部:私もほとんど自宅で受けていました。生命理工学院は学士3年の後期から研究室に仮配属されるのですが、研究室所属は今まで取った評点の合計点数(GPT:Grade Point Total)で決まります。そのため、3年の前期はできるだけ授業を詰め込む期間のような雰囲気があります。

大学に行けないことで友人との情報交換ができないのはさみしいし不便でもありました。逆に遠距離通学の友人は、むしろありがたい、助かった、と言っていました。先輩方から「(授業の詰め込みすぎで)3年前期は体調崩しがちだから気を付けてね」と言われていましたが、幸いにもそういったことはなかったです。

水本:それは良かったところですね。

矢部:Zoom講義では受講生のリアクションが少なく、先生方は学生に知識をたくさん与えようとしてくださっていましたが、その分、情報量も課題も多かったと思います。どの学年でも、こんなにつらいなんて、という悲鳴が多かったです。第2クォーターに入って、先生から「大学から課題量を調整してくださいという話があった」という案内があり、実際に課題が減りました。第2クォーター以降は私も含めて快適に受講していたと思います。

水本:クォーター制だから1科目あたり基本的に週2回の授業があるわけですが、2回ともヘビーな課題が出て、もうやっている時間がない、本当に大変だという声をたくさん聞いたので、先生方には「やりたいことは山ほどあるでしょうが、学生の状況を考慮してあげてください」ということをお願いしました。

矢部:おかげで本当に助かりました。

水本:昨年行った学習を振り返るアンケート調査によると、例えば理解度や関心は2018年に比べて平均値が上がっています。それから学習時間が18年、19年に比べて右肩上がりで増えている。これは、一生懸命課題に取り組まないといけないから学習時間が増えただけなのか、それとも関心が高まって理解ができたから勉強しようと増えたのか分かりませんが、少なくとも教育効果は下がっていないという結果が出ました。

2年前に国際会議でZoomを使ったことがありましたが、まさか講義で使えるとは思っていませんでした。先生方も学生も柔軟に対応してくれたことで、東工大の教育は止まることはありませんでした。

コロナ禍での新しい研究スタイル

水本:こうした状況になって他に良かったことはありますか。

矢部潮音 生命理工学院生命理工学系 学士4年
矢部潮音 生命理工学院生命理工学系 学士4年

矢部:コロナ禍以前に比べると、文系ゼミ※4などの科目が受けやすくなった印象があります。

私は学士1年と3年で文系ゼミを取っていました。文系ゼミでは議論が盛り上がってくると講義時間が延びがちでした。その前後に例えば必修の実験が入ったりすると、結局文系ゼミには出席しづらくなってやめてしまう知人もいました。オンラインの場合は講義時間が延びることが少なく、移動時間もほぼいらないので受講しやすくなりました。対面の時は興味のある同時刻帯の講義を仮登録期間中に覗いてみて面白そうだったら受講することができました。オンラインの場合は講義名やシラバスを見て事前に選ぶしかなかったことが不便でした。

水本:なるほど。お試しができなくなった。

矢部:そうです。受講しやすくなった科目もあれば、逆に受講しづらくなった科目もあります。

屋嶋:昨年、僕は北海道大学低温科学研究所主催のオンラインシンポジウム情報を前日にネットで見つけ、急遽参加することができました。これはオンラインだからできたことであって、例年どおり現地開催だったら不可能でした。

水本:私はコロナ禍の直前に国際会議で発表するためアメリカに行きましたが、それ以降はベルギー、パリ、北京、すべてオンライン参加でした。移動時間がないのは良いけれど、自分の部屋からの参加だとつまらない。

屋嶋:北海道大学のシンポジウムは少人数だったので、全員が対等に参加する形で楽しめました。もっと大規模なイベントでは、ネット上で仮想のポスターセッションができるアプリを使うのですが、各セッションに入るかどうかは結局タイトルテキストで判断するしかないです。歩いていたらポスターがふと目に入って(議論に)参加した、ということはできなくなりました。

水本:実際に現地に行って学会に参加するほうがずっと良いよね。いろいろな人と直接話をできるしね。猪股さんはどうですか。

猪股:有機合成は際限なく実験ができるので、コロナ禍以前は時間を気にせず実験をする人がかなりいました。コロナ禍以降は研究室が午後10時までには帰ることになったので、できるだけ少ない実験回数でいかに成果を出すか、という意識が働くようになりました。これは大きな進歩なのかなと思います。

水本:よく考えるようになったと。

猪股:はい。有機合成はとにかく手を動かせば良い、迷ったら全部やれば良い、となりがちなのです。見つかればハッピー、見つからなかったら残りの実験もやろうか、ということになってしまう。それが例えば「TSUBAME※5を使って、ある程度ロジカルに仮説を立ててから実験に移る」といった意識が、研究室全体に根付き始めているのは大きな変化だと思います。

ただ、実験ができないと成果が出ないというのは化学の宿命ではあると思います。僕の研究室は学会に出ることのできる学生が少ないですし、コロナ禍故の歯がゆさのようなものはあるのかなと思います。

屋嶋悠河 理学院化学系 修士2年
屋嶋悠河 理学院化学系 修士2年

屋嶋:昨年6~7月ぐらいまでは週1日何時間までという登校制限があったので、事前に指導教員とメールで、「明日大学に行って何をやるか」を話し合い、計画的に実験せざるを得ませんでした。しっかりとスケジューリングして実験をするようになったことはメリットかもしれないです。

水本:皆さん、効率を高める方向に思考が行っていますね。

屋嶋:僕の研究室の学生は「なんか空気が変わったな」という話をしていました。これまでは研究室でゲームするとか、「学生」という感じでしたが、それが全部なくなりました。(研究の)進め方がビジネスライクというか、「今日はここまでできたけど、次来るのは来週火曜日だからここまで進めよう」というように。その意識が根付いて今もその雰囲気が続いています、かなり実験に集中していますね。

水本:飲み会も無くなったし。

屋嶋:それはメリットとして挙げられるかもしれない(笑)。

矢部:私は四大学連合の複合領域コース※6に登録しているのですが、他大学に行かなくても良いのですごく受講しやすくなりました。行くのに大岡山から往復2時間となると授業時刻設定も違うため前後2コマ以上空けないといけないのです。

水本:どこのコースですか。

矢部:一橋大学と東工大の文理総合コースです。

水本:それは他大学の先生も言っていましたね。一方で、これまであえてオンラインを取り入れてこなかったのは、実際に他大学に行くという経験を積んでほしいという思いがありました。ただ、こういった状況下では、オンラインでも良いところがあるということで、拡大する方向でも話が進んでいます。

屋嶋:僕の研究室では朝からZoomで研究報告会を行っています。登校の制限がなくなった今(2021年7月現在)でも、引き続きオンラインが続いているので、それはメリットだと思います。

水本:そうだね。確かにオンラインだと、起きてすぐに参加できる。

屋嶋:おそらく、みんな起きてすぐだと思います(笑)。

水本:移動の時間を使わなくて良いというのは確かにあるかもしれないですね。あとは、研究室だとお互い気心知れているから、声を聞けば相手の調子がどうか分かるというのもあるよね。先生も安心できると思います。

教育改革を振り返って

水本哲弥 理事・副学長

水本:今の修士2年生で、東工大の学士課程から進学した人は教育改革の1期生にあたるわけですが、学士から修士に入るまでを振り返ると、どうでしたか。

猪股:講義の数が半期で絞られているということが良かったと思います。以前は、例えば物理化学、有機化学、無機化学、固体化学、それぞれの授業が並行で1週間に1回ずつだったと思います。それが半期に有機化学、物理化学だけというのは、授業を受ける身としてはとても心地良かったです。

また、半期にわたって行うような実験に関しては第1クォーターと第2クォーターを通じて成績を付けるような工夫もされていたので、授業の設計が学びやすく柔軟なものにアレンジされていたのは良かったと思います。

水本:クォーター制の一番大きな狙いは、2ヵ月の短期間で科目数を以前の半分にして集中して勉強するということです。

矢部:私の周りでも短期集中型の設計はとても評判が良いです。

屋嶋:大学院でリベラルアーツの必修科目がありますよね。

水本:修士ではリベラルアーツ科目3単位とキャリア科目2単位で5単位分。博士でもリベラルアーツ科目2単位とキャリア科目が4単位。いずれも教育改革前は履修する必要はありませんでした。専門科目だけ勉強していれば良かったわけです。

ではなぜ変えたのか。研究者になるためには、社会との関わり、自分の研究や自分の考えていることが社会の中でどのように関係していくのかということに意識を持ってほしい。リベラルアーツの専門家になる人は少ないかもしれませんが、自分と社会との関わりを常に考えておいてほしいというのが1つです。

それからもっと直接的な効果を狙っているのがコミュニケーション力です。博士になるとどうしても研究室の中に閉じこもって、自分の研究の世界だけになってしまうけれども、それでは人間としては半分しか成長できていない。背景、文化、国が違う人たちと意見を交わして自分の主張をしっかりと伝える、相手の主張をしっかりと聞く、そういう意味でのコミュニケーション能力を身に付けてほしいというのが一番の狙いです。

屋嶋:選択科目ではなく必修科目でないと駄目なのでしょうか。

水本:言葉を選ばずに言うと、強制的に全員に学んでもらいたい。東工大の博士を出たからには、みんなこういう力を身に付けている、少なくともそういう機会は十分にあった、という仕組みにしたかったのです。

屋嶋:ただ、研究室の博士や修士で文句を言っている人は多い。今、水本先生に伺った大学の狙いが伝わっていないのかもしれません。

水本:教育改革をデザインしたときの大学の考え方、ポリシーが正確に伝わってないのかもしれませんね。必修科目として履修したのは2016年入学の博士からだから、社会に出ているのはまだ教育改革後の3世代。4世代目の人がいま博士3年。本当の真価が出るのは、そういう人たちが社会の中で活躍し始めたときだと思っています。そこではじめてこの教育がしっかりと実を結んでいるということを示せる。学生時代は「自分の研究時間がスクーリングのために奪われてしまっている」という、ネガティブに思っている人のほうが多いとは思うけれど。

屋嶋:先生のその教育への思いは、どういった形で発信されていますか。

水本:学士は入学直後にオリエンテーションがあって、東工大の教育の考え方をお話しする機会がありますが、修士以上は全員を集めてという機会がなかなかありませんでした。今だったらZoomのウェビナーがありますから、説明する機会をぜひつくりたいと思います。

教育改革で変わったことのひとつに学院制があります。みなさんは入学した時からそのスタイルだから違和感がないと思いますが、以前は学部と大学院がありました。理学部や生命理工学部は学部と大学院がほぼ1対1で対応していましたが、例えば工学部はすずかけ台に学部を持たない総合理工学研究科への進学もあり、そういったところには弊害もあるということで大きな組織変更を行いました。

学院制をとる大きな意味は、学士から大学院までの教育カリキュラムがしっかりと系統だてて設計されているということです。東工大生は平均85%、多いときには約90%の学士課程学生が修士に進学します。学士で卒業してはいけないということはないですが、多くの学生にとっては大学院までしっかりとカリキュラムが連続して考えられているということが自然なわけです。もちろん大学院に進学するときに、学士からの専門を変えるという選択肢もあります。実際、複合系コースというのは、学士でさまざまな分野で学んできた人たちが、交ざり合って構成されてはじめて成り立つような学問領域で、例えばエネルギーとかエンジニアリングデザインはいろいろな要素が必要なので、そういったコースは必要です。そうではない、いわゆるディシプリンで構成されるコースは学士から修士あるいは博士まで一貫した設計がされているというのが一番大きなところかと思います。

屋嶋悠河

屋嶋:「B2D※7 フォーラム」というのは、教育改革の一環ですか。

水本:教育改革のときにアイデアはあったものの、その時にスタートしたわけではありません。学士の2年から博士を目指そうという人たちを集めて、いわゆる特別コースを設置しました。もちろんその学生は系にそのまま所属しているけれども、早くから研究室に所属することができ「ああ、研究室ってこういうことをやるのか」ということを経験してもらうことが目的です。年に2回、春と秋にそういう学生を集めてB2Dフォーラムを行っています。

屋嶋:その仕組みを聞いて僕が良いと思ったのは、仮に博士に行かなかったとしても、研究をやりながら受ける授業は楽しかっただろうなというところです。研究の中でどう生かされていくのかを感じながら授業を受けたら、たぶんアウトプットの方向性や質がだいぶ変わってくると思います。

水本:「B2Dスキーム」自体は、博士までをきちんと見据えて自分で励んでほしいという思想で設計しました。

学士4年で学士特定課題研究(卒業研究)を経験してはじめて、今まで学んできたことがどういうふうに生きるのかを実感したという声が多いのも事実です。

猪股:僕はもともと博士志望でそれを諦めて修士で就職することにしているのですが、途中でドロップアウトしてしまう場合はどうなるのでしょうか。

水本:問題ありません。途中で自分には博士は向いていないと思ったら通常の修士に戻ってもらっても良いですし、学士で始めたけれど少し考えが甘かったというのであれば通常の学士に戻る、といった自由度があります。

猪股:それはすごく面白い。自分のときにその制度があったら手を挙げていたかもしれないです。

水本:そういう人が増えてほしいですね。昨年は17人スタートしました。

多様な学生サポート ~博士への経済支援~

水本:矢部さんは博士への進学はまだ考えていないですか。

矢部潮音

矢部:祖父も父も博士の学位をとりましたが、一方でいろいろ苦労した話も聞いているので…。

水本:苦労というのは、研究がなかなかうまくいかなくてということですか。

矢部:そういう面もあったかもしれませんが、奨学金に代表されるような金銭面の課題については知れば知るほど驚くような問題が山積みなんだなあ、と知りました。

水本:大学もそこは考えていて、博士への経済支援は結構充実してきたと思います。少なくとも授業料に相当するつばめ博士奨学金は、みなさん希望すれば支援されます。それ以外にも、高度人材育成博士フェローシップや次世代研究者挑戦的研究プログラムという新しい支援制度も始まっています。これを獲得したことで、相当な数の博士の学生を相当な額で支援できることになります。100%とまではいかないけれど、設計上はかなりの割合の学生が支援を受けられる予定です。

猪股卓越大学院プログラム※8などもありますよね。

水本:大学としても博士の学生をしっかりと教育したいという思いがあって、学生数も増やしたいけれど同時に質も高めたい。生活するために時間をとられて研究や教育に時間を割くことができない、というのは本末転倒ということで、東工大はその部分にかなり力を入れています。

屋嶋:僕はもうすぐ北海道に行ってしまいますが、自分のことを振り返って考えると、東工大はつばめ奨学金をはじめとした支援制度がかなり恵まれているなと思います。

水本:経済的支援は大学が本気でやろうと思えばできます。あとは博士に進もうとしている本人の力ですね。博士論文を仕上げることができるかどうかはその人の研究能力に依存するわけで、こればかりは先生が手助けしてあげることはできません。最後は本人の頑張りだと思います。だから気安く「君は博士に行っても大丈夫だよ」とは言えない。世の中で誰もやったことがないことをやるのが研究ですから、当然苦しいわけです。修士でも、学士の課題研究でも、レベルは違うけれど、他の人がやったことのないことをやるという意味での苦しさは一緒です。ただ、博士は特にそれが強い。大学が環境を整えてあげることはできますが、能力は自分でないと磨けませんから、そこが苦しいのはどうしようもないですね。

屋嶋:金銭的に厳しい博士が多いとは聞いています。博士の約8割が日本学生支援機構(JASSO)の奨学金を利用していて、支援としてはその免除内定制度だけというところもあると聞きます。それと比較すると東工大は本当に恵まれているなと思います。僕も日本学術振興会の特別研究員(DC1)はもちろん申請していますが、採択されなかったとしてもリサーチアシスタント(RA)※9で支援していただけるということで進学ができます。そういった支援がないと進学への障壁は高いかなと思います。

水本:多くの学生は修士で就職して経済的に自立した生活ができるのに、博士に進むと奨学金が獲得できればまだしも、獲得できなければ生活費すら稼げないとなるととても厳しいですよね。

屋嶋:最後はそれも含めて自分の力で研究論文を書き上げるしかない。

水本:私の学生時代はあんまり考えていませんでした。なんとかなるだろうと思って。私は博士だけ奨学金を利用しましたが、9年間で返せばいいのか、と割と気楽に考えていました。

屋嶋:そういった先生は多くて、「何も考えていなかった」とよく言われます。

水本:当時は大学や公的な研究所に就職して9年間在籍すれば奨学金の貸与免除でした。あの仕組みはなぜなくしたのかな。

東工大の先生方には、外部研究費をとってきたらその何分の1かは必ずRA、ティーチングアシスタント(TA)として学生を雇用してくださいとお願いしています。

屋嶋:そういった面でも東工大はかなり恵まれていると思います。地方の大学だと研究室にお金がなかったら共同研究をするしかない。修士や博士の学生をTA、RAとして雇用する余裕もない、というところも多いようです。

水本:東工大の先生は研究費をたくさん獲得してきますから、学生にRAとして研究をしてもらうことで、研究費の一部を還元してもらうようにしています。

屋嶋:東工大が日本の大学を引っ張ってくれたらなって思っています。

水本:モデル校になると良いよね。

学生自らが使い方を決めていくTaki Plaza

水本:今日集まってもらったこの場所Taki Plazaに、普段皆さんが来るチャンスはありますか。

屋嶋:僕はここで今働いているので、週1日程度来ています。Taki Plaza発で東工大の情報発信を行う未来人材応援プロジェクトのようなことをしています。

猪股海渡

猪股:僕は今日で2回目です。普段はほとんど研究室にしかいないので。

屋嶋:学士3年のときに、翌年Taki Plazaができるということで、使い方を学生目線で考えようという活動である「東工大グランプリ」を、猪股くんと僕で企画しました。

水本:あの時の仕掛け人が君たちだったのですね。おかげさまで後輩たちが「Taki Plaza Gardener」という立派なグループになって、いまやメンバーが100名近くになっています。

Taki Plazaはぐるなびの創業者である滝久雄さんのご寄附で建てられました。「とにかく学生に活動の場を提供したい。それから留学生を大事にしてほしい。留学生と日本人学生が和気あいあいと、良い意味で遊べる、活動できる場をつくってほしい」というのが滝さんの思いでした。そのとおりに今のTaki Plaza Gardenerはいろいろなことを考えてくれています。こういうことは同世代の学生が「こうやろう、ああやろう」と仕掛けてくれないとうまくいかない。支援される側ではなく自分たちでなんとかしたいと学生が思ってくれる、そういう姿勢が大事だと思います。

屋嶋:普段あまり関わらない教職員の方たちとか、さまざまなバックグラウンドの人たちの意見を聞きながら、例えば「Taki Plazaで使う什器はどういったものがいいか」などと考えていく経験も積むことができました。

水本:そういう意味でも、学生が活動しやすいようにサポートするのは、周囲の年長者たちの重要な役割ですね。

2年に一度「学勢調査」という学生へのアンケートを実施していますが、これも学生が主体的にやる仕組みで、大学が何かの意見を吸い上げようという意図があってやっているわけではありません。「自分たちの意見を大学に対してきちんと表明したい」ということで学生が自ら始めたことです。こういったものは他大学にはない。東工大ならではの先進的な取組だと思います。

みなさんは、以前は学生アシスタントと呼ばれていた学修コンシェルジュJr.でしたよね。新入生に東工大の教育の仕組みなどをレクチャーする役割だったのかな。

猪股:そういう役割もありましたが、もっとオールラウンダー的な役割で、担当の先生からのミッションをいろいろとやってみたり、学生側から意見を言ってみたりと、何かにフォーカスして行う仕事ではなかったという印象があります。スタートアップのタイミングだったということもありますが。

水本:学生の支援を学生がやるということも教育改革で始まったことです。学修コンシェルジュJr.という仕組みをつくったときに、担当の先生に「学生を巻き込んでください」とお願いをしました。そこでみなさんのような人たちがたぐり寄せられたというわけですね。

猪股:僕は学士1年の時に、「EPATS」という海外に行って研究発表をする活動をしていました。そのEPATSが参加した学生応援フォーラムでポスター発表をしていた時に、学修コンシェルジュJr.を担当されている先生が僕に話し掛けてきたのです。先生の口車にうまく乗せられて(笑)、困っていることなど洗いざらい全部吐かされました。その後「学修コンシェルジュJr.っていうのがあるからやってみない?」とお声掛けいただいて、同期の屋嶋くんも誘って2人でスタートしました。

学修コンシェルジュJr.として雇ってもらえるきっかけになった学生応援フォーラムのように、学生の活動や頑張りをアウトプットする場所を設けてもらえるというのは、その後のきっかけも含め僕自身うれしいことでしたし、東工大の良いところかなと思います。

水本:多くの学生はそういった活動の場、それをみんなに知ってもらう場を求めているよね。

猪股:そうですね。先ほどB2D フォーラムのプログラムで「アウトプットを見据えた勉強をすると良い」という話がありました。自分の活動をアウトプットする場が用意されていると、モチベーションが上がる、やらなければならないことがどんどん見えてくる、と思います。EPATSの活動でも、「お金をもらって行くのだからより良いものにしなくちゃいけない」という良い意味でのプレッシャーがありました。動機を無理やり引きずり出してくれるような場所があったのはすごく良かったと思います。

水本:そういう意味ではこのTaki Plazaにはそういうチャンスがたくさん転がっていますから、ぜひ有効に使ってほしいです。

本日はありがとうございました。

座談会の様子

※1 学修コンシェルジュ

学生支援センター所属の教職員と東工大同窓会(蔵前工業会)メンバーからなるスタッフで、東工大の学生が学修活動をスムーズに進められるように、学修相談や新入生ガイダンスの実施などさまざまな学生支援を行っている。

※2 クォーター

クォーター制は1年間を4つの期に分けて学修する制度。限られた科目を短い期間で集中的に学ぶことで学修効果を高められる、履修計画を柔軟に組むことができ留学やインターンシップが実施しやすくなる、といった利点がある。

※3 研究生

研究を目的として東工大教員の指導を希望する者を受け入れる制度。

※4 文系ゼミ

文系の各学問をより深く知りたい学生のため文系選択科目。少人数での議論や論文の講読、フィールドワークなどを行う。

※5 TSUBAME

東工大に導入されているクラスタ型スーパーコンピュータ。現在、東工大内のみに限らず学外の研究機関・民間企業の方などにも幅広く使われている。

※6 複合領域コース

東京医科歯科大学、一橋大学、東京外国語大学、東京工業大学で締結された四大学連合憲章の下に設置されたコース。東工大で専門的な知識と技術を身につけながら四大学連合の協定大学で新たな専門分野を学ぶことができる。

※7 B2D

学士(Bachelor)2年次から博士(Doctor)取得/進学を目指す学生のための東工大独自の用語。B2Dスキームの特別選抜に選ばれた学生(B2D学生)は、学士課程2年次から研究を開始することができる。

※8 卓越大学院プログラム

国内外の大学・研究機関・民間企業等と組織的な連携を行いながら、卓越した博士人材を育成するプログラム。2021年7月現在、東工大では、3つのプログラムが実施されている。

※9 リサーチアシスタント(RA)

研究にかかわる支援業務(RA)や教育にかかわる支援業務(TA)を行う学生アシスタント。労働の対価として給与が支払われている。

お問い合わせ先

東京工業大学 総務部 広報課

Email pr@jim.titech.ac.jp