モントリオール理工科大学リサーチ・インターンシップ・プログラム(ウィンター)2022年2月23日~2022年6月21日

モントリオール理工科大学リサーチ・インターンシップ・プログラム(ウィンター)2022年2月23日~2022年6月21日

留学時の学年:
B4
東工大での所属:
生命理工学院生命理工学系
留学先国:
カナダ
留学先大学:
モントリオール理工科大学
留学期間:
2022年2月23日~2022年6月21日

プログラム概要

カナダ東部のモントリオール理工科大学 (Polytechnique Montréal、以下POLY)で行われる4ヶ月の研究インターンシッププログラム (Winter Research Internship Program 2022 at POLY)。その中でも”Self-Healing Electronic Materials”というプロジェクトに属し、Fabio Cicoira教授の指導の元、研究業務に従事しました。

日程

2022年2月23日~2022年6月21日の約4ヶ月です。ビザステータスは”Short-term (120-day) work permit exemption for researchers”で期間中、賃金をもらえました。”Work Permit”でも”Study Permit”でもないマイナービザのため、手続きとビザ条件の確認は慎重に行ってください。唯一のステータス証明書となる”Visitor Records”を空港での入国審査のときに発行するようお願いする必要があります。現地審査官が制度を理解していない可能性があり、発行されずに空港を出ると後々トラブルとなります。派遣先大学からもこれに関して警告メールが来るため、見逃さないようにしてください。金額は月1000ドルの計4000ドル (40万円)が銀行口座に振り込まれます。現地で口座開設するのが標準手続きとなります。賃金形式は”Scholarship”(非課税)となるため、奨学金をすでに日本で利用している学生は違約状態にならないか条件を確認してください。別の日本人学生が同じプログラムで来ましたが、ダブル受給となったため賃金形式を”Salary”に変更してもらい、20%の課税がされたあとの賃金が支払われていました。

活動の内容

① 研究テーマ
多くの導電性ポリマーが開発され、中でもポリチオフェン系は高い導電性を持つ素材として社会への応用が期待されています。ポリ3,4-エチレンジオキシチオフェン-ポリスチレンスルホナート(PEDOT:PSS)は導電性に加え安定性、透明性、成膜性に優れています[1]。そのPEDOT:PSSに、”Self-Healing ability”(自己修復能)があることが最近明らかになりました[2]。ただその詳しいメカニズムについては、不明な点が多く構造解析手法の導入が求められています。そこで高湿度環境下で自己修復する過程が遅くなるようコントロールし、その間赤外分光法や走査型電子顕微鏡、NMRなどを使って解析する方法を検討する必要があります。
② 研究プロジェクト内容
1つ目は高湿度環境下でPEDOT:PSSが自己修復する様子をモニタリングできるよう実験プロトコールを構築しました。まず高湿度環境の実現のため、環境試験槽の基本的なセットアップを行いました。大学技術者と協力して接続したパソコンへ自動的に記録できるようソフトウェアの開発を行いました。ソフトウェア経由で記録だけでなく自由な温湿度の設定が可能となり、条件がバラバラだった試験槽のパフォーマンスを集約することができました。その結果、自分だけでなく他メンバーも活用できる利用幅が大きい機器へと改修ができました。2つ目は産学連携の一環として、PEDOT:PSSのタバコ紙への印刷を行いました。インクジェットプリンターを使い、様々な組成のPEDOT:PSSを企業から供与されたタバコ紙上で印刷を繰り返しました。途中ノズルが詰まって、印刷できなくなったトラブルに見舞われましたが、ノズルを変えて洗浄する等して、トラブルの回数を減らすことができました。
2つのプロジェクト共に意識して気をつけたことは、なるべく丁寧な引き継ぎを行ったことです。インターンにとって論文データに貢献できる期間はわずかなので、自分ができることの限界を認識する必要がありました。そこでデータやプロトコールの整理、予期せぬエラーや注意点の覚書や自分が担当する機器のマニュアル作成などを行いました。またプロジェクトメンバーと頻繁に議論して、フィードバックをもらい、メンバーなら一目瞭然となるよう4ヶ月間に判明したことをパワポにまとめました。所属ラボは論文提出の頻度が高く、いつどのような形で自分のデータが貢献するかわからないので、他メンバーにとっても自分にとっても必要な作業だったと感じています。
③ 研究外業務
・POLYへ入学を希望する日本人への評価補助
もしも自分が審査する立場なら日本人候補者をどのように評価するか、日本人として提言をとりまとめることを依頼されました。個人情報に関わる同意をした上で、CV及び志望理由書の内容への意見書を提出しました。
・研究室メンバーによる修論、博論発表会への聴衆としての出席
所属ラボで修論1名、博論1名が発表予定とのことで運良く出席することができました。POLYのDep. Chemical Engineeringは修論、博論共に質疑応答時間が東工大生命理工の倍かかります。これは審査委員との質疑応答が2ラウンド制となっているため、質問数が通常より多いからです。博論の場合はこれに加え、外部の研究者が審査委員会に少なくとも1名以上参加し、発表後の審査にも関与します。博論発表では学生はもちろん、外部審査委員にも分かるような簡明かつ正確な説明が求められるレベルの高い水準でした。
④ 振り返り
今回、特に必要だと確信したスキルは教授や学生相手に議論を続けられる力でした。各自研究の進捗状況をミーティングで報告しますが、教授からの意見だけでなく学生からのフィードバックも日本に比べ活発です。別視点からの指摘はそれだけで貴重ですが、そこからさらなる新しい知見とコメントを得るには議論を加速させ、周りを巻き込む必要があります。論理的に相手の指摘の誤りや参考にするところを指摘し返し、さらなるフィードバックを周りに対して求める姿勢こそが研究を進める原動力になっていると感じました。修論、博論発表会でも、発表学生に浴びせられた質問に自分だったらどう答えるか、意識するようになっていました。これらレスポンスに必要な語学力と実験結果に対する深い洞察力が自分のスキルとしてまだ足りていないと身をもって知ることができたため、今後これらスキルを高められるような授業を修士課程で積極的に取りたいと考えています。

参考文献
[1] Groenendaal, L et al. Synth. Met. 2003, 135-136, 115-117.
[2] Zhang, S., Cicoira, F. Adv. Mater. 2017, 29, 1703098.

生活、環境

① 学生を取り巻くPOLYの環境
 POLYはモントリオール大学(Université de Montréal: UdeM)の傘下ではあるものの、独立した高等教育機関です。モントリオールの大学はフランス語圏と英語圏の2つに分かれており、UdeM及びPOLYはフランス語圏に属します。POLYの学部の授業はすべてフランス語となってしまいますが、研究主体の修士博士課程はすべて英語で修了することができます。PIは基本的に英語でのコミュニケーションが可能ですが、フランス語話者の学生のみラボに受け入れるといったPIも一定数存在します。学内ではケベック州からの支援により非フランス語話者に対してフランス語講座が開かれており、無料どころか授業への参加だけで月額300ドルが学生に支給されます。州政府による財政支援が他州に比べ潤沢な点、フランス語保護のための施策が多い点がPOLYの特徴です。
② Fabioラボ
欧米系だけでなくアジア系学生も含む多種多様なメンバーが集まっており、女性比率が高いラボでした。みな学位授与後は、カナダまたは本国で高給与ポジションに就くことを考えており自身のスキル向上に集中しています。そのため学生の士気は高く、外部研究グループとのコラボも盛んです。また他大学からの人材がひっきりなしに出入りしています。コロナによりインターン募集が停止し人的交流が途絶えましたが、コロナ明け久しぶりの冬インターン生が自分となりました。所属後もインターンとして学生が5人新たに入ってきました。インターン中はカナダ人修士と韓国人PhDの二人の協力を得ながら、仕事をさせてもらえました。優秀な彼らとは研究にかかわる事柄だけでなくそれぞれの文化やカナダでの生活について情報を共有しあい、非常に有意義な時間を過ごすことができました。
③ モントリオールでの生活
 (気候)2~6月は季節が大きく変化する時期となります。2月末まで最高でも氷点下5-10 ℃の冬が続き、3~4月になると日照時間が長くなって気温が上がりますが、それでも氷雪は街のあちこちで溶けずに残っています。豪雪が不定期に発生するので花は咲かず、歩行に冬用装備が再び必要となることがあります。5月をすぎると気温は急上昇し、道路から氷が完全に溶けていよいよ活動しやすくなります。通勤通学に便利なシェア自転車のBIXIはこの月から利用可能です。6月から最高気温が25 ℃になり、F1グランプリやツールドモントリオールなど本格的なスポーツイベントが集中します。一日の気温差は夏で10 ℃、冬で15-20 ℃となるので体調管理には気をつけたほうがいいです。冬インターン生は夏冬両衣服を準備して、極地専用のスノーブーツが必須です。現地でも装備は買えますが、サイズや店員の対応が日本と違うので、慣れた日本ですべて揃えるほうが安全です。夏シーズンでもPOLYがインターンを募集しているため、夏に渡航するのもありです。他大のインターン生も生活しやすい夏に集中しているので、冬インターン生はマイナーな存在です。
 (言語と市民)ケベック州はカナダで唯一の公用語がフランス語のみの特殊な地域ですがモントリオールに限り、市民は英仏のバイリンガルが多いので、会話に支障はありません。自分が英語しか喋れないことを理解するとすぐに英語に切り替えてもらえます。役所手続きも英語を使って口頭で依頼すれば問題なく処理できます。フランス語話者でないことに不快感を示す市民に遭遇したことはなく、アジア人として差別にあったこともありません。フランス語やフランスの文化に高い誇りがあるもののそれを他人に押し付ける場面には出くわしたことがない、というのが正直な感想です。市民は外国移民や非フランス語系住民に慣れていて、多様性を許容している魅力的な都市であると感じます。ただ郊外はフランス語しか通じないと聞くので、モントリオールに限定した事情と再度強調しておきます。
しかし文書やサインなどになると法律によって英語はほとんど見かけることはできません。地元スーパーやコンビニなどの小売店での商品名はフランス語のみで、英語書籍よりも仏語書籍の部数が豊富です。地下鉄内のアナウンスもフランス語で交通標識、広告も同様です。大学からの重要なメールが全文フランス語ということもあります。フランス語に関して読み聞きができればモントリオール滞在はより安全で充実したものにすることができます。ただ自分のようにフランス語に疎くてもネットで簡単に文書を翻訳でき、ウェブに英語で情報が多く記載されている今日、情報収集に関して問題は少ないように感じます。何回もまちなかで見れば単語は理解できますし、本当に必要な情報が初めてのフランス語でも抜き取れるようになります。ヨーロッパを除いてフランス語が日常的に使われている地域は珍しいので、フランス語を学習するいい機会にもなると思います。
(食住)モントリオールは十分成熟した都市のため、各国料理店が多種多様に集積しており、日本料理も含めて食事に困ったことはないです。コロナの影響で安くテイクアウト (To go) 可能な店舗が増えており、自炊に飽きたときの選択肢として豊富なバラエティを楽しめます。生活必需品の価格が日本より高いですが、モントリオールはカナダ国内でも家賃相場は安い方です。トロントやバンクーバーは月最低約1000ドルからの相場ですが、モントリオールでは300 - 500ドルからでも住めます。地下鉄を使えば基本的に1時間以内の通勤通学が可能で、ダウンタウンなど中心地を選ばなければ高額にはなりません。今回は事前に日本人オーナーを見つけ出し、月500ドルで居住できました。”Le Plateau Mont-Royal”と呼ばれる古くからの高級住宅の一室を借りることができ、カナダ人1名と日本人2名とオーナー夫妻の計5名とのシェアハウス生活でした。治安はよく、夜も静かで徒歩圏内に地下鉄駅とスーパーがあったことで、快適かつ健康的な生活をおくることができました。各地区 (Neighborhood) によって住環境は大きく変わるため、何を優先するかは個人次第ですが、治安が最もいいエリアの中から最安値を探すことをおすすめしたいです。また渡航前に住居を見つければ、予算を立てやすくなり家賃分をあらかじめ日本で用意することが可能です。住居探しの手間がなくなるのに加え、収入をほとんど生活費や交際費に当てられるメリットもあります。よってインターン選考合格後ビザ申請とともに家も見つけるのがいいと思います。
(最後に)モントリオールは歴史的に英仏文化の間を目まぐるしく歩んできた経緯からカナダの他都市と比べ異質で、生活順応への壁は高いように感じます。しかし渡航前に聞く噂と実態は大きく異なっていることを強調したいです。モントリオールがカナダ第二の都市として維持できている背景には、フランス語保護だけでなく移民を多く受け入れるために環境を整備してきたことがあります。結果的にその移民がフランス語を習得すれば結果的にフランス語文化振興に寄与するという考えがあるからです。その考えのもと市民の異文化許容度は高い傾向にあります。前述したフランス文化、フランス語に確固たる信念を持ちつつも他文化を受容する態度が市の独自の発展を支え続けています。その恩恵にあやかりつつも変わらず他者理解の精神で、モントリオールだと思って気張らずに気軽にPOLYのインターンプログラムに参加してほしいです。