社会連携
社会連携
企業や大学が持つ既存の技術領域内での専門性を個々に深化させているだけでは、もはや競争力の高いビジネス創出や、インパクトのある研究の創出が難しくなった。こうした時代の要請に応えるため設立されたのが、新たな産学連携を実践する東京工業大学の「オープンイノベーション(OI)機構」である。日本の産業界と東工大が協働し、従来の大学に求められている“知の深化”に留まらない“知の探索”に取り組む。これから生まれ出るイノベーションを社会に実装し、目指すのは「大学城下町※」だ。
「大学城下町」とは、ビジネス領域や経営規模が様々な企業と、自由闊達に創造性を発揮している東工大が集い、多種多様な技術と知恵を結集して、挑戦的な試みを行い発展させていく場を思い描いた造語です。
国際シンポジウム:知の探索について議論する場(2021年2月8日開催)
東工大のOI機構(機構長:渡辺 治 理事・副学長)では、企業と東工大が、組織対組織の契約に基づいて新技術の研究開発や、新事業の創出をコミットする新たな産学連携に取り組んでいる。プロフェッショナル人材による集中的なマネジメント体制を敷き、東工大の研究リソースを投入し、技術の種の発掘から社会実装までを大学内に協働研究拠点を設けている企業とともに新ビジネスの事業化を実施していく。
しかし、OI機構を率いる大嶋洋一副機構長・統括クリエイティブ・マネージャーは、企業と大学による事業開発をゴールとしていない。敢えてビジネス領域が大きく異なり、経営規模も多種多様な企業同士を巻き込み、多様性の産み出す創造性を活かして、社会を発展させるイノベーションを起こすことを目指している。イノベーション型の創造性を発揮しやすい大学が率先して新しい社会への変革の一翼を担い、東工大はその水先案内人として“知の深化”を超え“知の探索”を推し進めるプラットフォームを提供する。社会実装のエコシステム構築を目指しているのだ。
今までの産学連携では、企業が求める技術的知見を、特定の研究者から個別に借りる形式が多かった。ところが、特定技術領域を対象にした個別案件での“知の深化”だけの産学連携だけでは太刀打ちできない、構造的大変革があらゆる産業分野で起きつつある。
自動車、情報処理、エレクトロニクス、機械、素材、バイオ——。あらゆる産業分野で、業界の枠組みを超えた技術開発・ビジネス創出の必要性が増している。例えば、日本の基幹である自動車産業では、動力源の“電動化”、自律走行の“自動化”、ビジネスモデルの“サービス化”といった技術とビジネス両面での大変革が起きている。もはや機械技術の強みを深めてもビジネス競争力を維持することさえままならない。人工知能(AI)などの情報処理や半導体、パワーエレクトロニクス、またテクノロジーと、さらには、モノと人との関わりや倫理的な課題など、多様な知見を集約・融合させた“知の探索”を基礎とした技術革新とビジネス創出が求められるようになった。
自動車産業に限らず、様々な産業において、国際的な競争力を保持し産業をリードしていくイノベーションを生み出すためには、企業や大学が所有する専門技術に加え、従来の枠組みや組織、障壁を超え、より多くの人が新しい価値の創造に携わり、かつ、ビジネスを展開しやすい環境整備などの社会改革に挑む必要がある。従来の “知の深化”に加え、“知の探索”という方向性の異なる知的取り組みが欠かせないのだ。 “知の探索”の実践は、新たな知を追い求める自由闊達な大学が向いている。東工大が中心となって、技術革新の創出を求める様々な企業が集う「大学城下町」を構想している。そして、“知の深化”と“知の探索”のそれぞれを推し進め、日本の産業界の継続的成長を支えていく。
「大学城下町」の存在は、大学自身の研究に価値を持たせるためにも重要だ。世界には米国のスタンフォード大学周辺のシリコンバレーなど、大学と産業の集積地が一対となった「大学城下町」の例が数多くある。そして、活気ある産業界が挑む課題や掲げるビジョンは、大学が優れた研究業績を生み出す糧となっている。
OI機構のマネジメントで初めての協働研究拠点が開設されてから1年半が経過。そして、2020年11月17日には、定例会である「第1回東京工業大学協働研究拠点交流会」と「第3回東工大OIスクール」が開催された。
OIスクールの基調講演「研究者に贈るエール」の中で、東工大OI機構のアドバイザーであるカーネギーメロン大学の金出武雄教授は、自らの研究生活を振り返りながら次のような言葉を繰り返し語った。「良い研究とは、世の中にインパクトを与える、言いかえれば解けて役立つ問題を設定して解くことなのです。そういう洗練された問題を設定できれば、その研究は成功したも同然」。今までの大学の研究者は、“知の深化”に傾注することが多かったが、その重要性はこれからも変わらない。ただし、“知の探索”にはより大きな伸び代が残っている。東工大は、課題を抱える産業界の研究者や学外有識者が集まる場を提供することで、東工大の研究者が解くに値する問題に出会い、“知の探索”を加速させようとしているのだ。
また、東工大内に協働研究拠点を構える企業は、2019年の3社から、2020年は6社へと倍増。交流会とOIスクールに集まった6社からは、日本企業を取り巻くビジネス環境の変化や抱える課題、さらには東工大に期待する産学連携の形について多くの意見が聞かれた。
日本企業は海外企業に比べ、人材の流動性が高いとはいえない。このため、市場や技術開発のトレンドが大きく変化しても、開発の刷新を伴うイノベーションの創出には踏み切れない傾向がある。今、大学の力に対する日本の産業界の期待はかつてないほど高まっている。大変革の真っ只中にある自動車業界から参画し、「デンソーモビリティ協働研究拠点」を設置した(株)デンソーの東京支社 支社長 光行恵司氏は、「自動車産業の大変革に対応した新たな技術を手に入れなければなりません。東工大に設置した協働研究拠点では、電子、半導体、電機、機械、通信など幅広い分野の研究者と共に、多面的な技術研究と社会実装に取り組んでいきます」と語っている。
違った理由からビジネス改革を迫られているのが、国内の石油・燃料業界をリードする出光興産(株)である。日本の石油需要は、クルマの電動化や石油火力発電の老朽化などによって1990年代半ばをピークに減少傾向にある。「出光興産次世代材料創成協働研究拠点」を設置した同社は、「石油燃料に代わる高分子複合材料など機能材料ビジネスへのシフトを目指しています。その実現に向けて、研究テーマの発案から研究の実施まで、幅広い技術分野の先生の協力を仰げる大学をパートナーとして求めていました。その条件に合致したのが東工大だったのです」と同社 次世代技術研究所 研究戦略室 所長付の秋葉巌氏は語る。
大手ガラスメーカーであるAGC(株)も事業領域の拡大を目指して、「AGCマテリアル協働研究拠点」を設置した。同社の技術本部 企画部 協創推進グループ シニアマネージャーである伊勢村次秀氏は、「ガラスにとどまらず、新しい価値を持つ素材を開発・提供できるメーカーへ、業態を変えつつあります。素材は、テーマ発掘から研究開発、製品化、社会実装まで時間が掛かります。長期にわたり取り組むためには大学の力が欠かせません」と大学との協働研究の重要性を強調している。
さらに全く違った経緯から、多面的な研究の実践を求められているのが東京電力ホールディングス(株)だ。同社は、福島第一原子力発電所での廃炉作業を的確かつ迅速に進める方法を探るため、「TEPCO廃炉フロンティア技術創成協働研究拠点」を設置。「現場に残された燃料デブリは、それが何か、どのような状態であるのかさえ不明です。未知の物質の除去作業は、技術的知見だけでは対処できません。東工大は、原子力領域で豊富な研究成果を挙げ、しかも理工学全般の高レベルな知見を集約できる大学です。私たちには東工大と協力する必然性がありました」同社 福島第一廃炉推進カンパニー プロジェクトマネジメント室 地域パートナーシップ推進グループ マネージャー 佐藤学氏は語る。
また、扱う技術の高度化によって、企業の技術開発だけでは対応できないケースも多い。「コマツ革新技術共創研究所」を設置した建機メーカーのコマツ(株式会社 小松製作所)の例は、まさにその典型例だ。同社は、建設機械などの高性能化に欠かせないトライボロジー(潤滑、摩擦、摩耗、焼付きなど摺動に伴う現象)を共同研究している。同社の中核事業に関わる技術であり、単に機械技術を突き詰めるだけでは性能向上が難しくなった領域だ。「機械、材料、化学などの研究者と共に研究を進めることで、油圧ポンプの寿命延長など当社の技術力を底上げする知見が得られました」とコマツ革新技術共創研究所の西澤泉氏は話す。
社会実装を加速する際にも東工大が推し進める新たな産学連携の枠組みは効果を発揮する。東工大発ベンチャーでスタートアップのaiwell(アイウェル)(株)は、「aiwell AIプロテオミクス協働研究拠点」を設立。人体を構成するタンパク質をAIで解析し、生活の質の向上などに役立つ技術を社会実装するビジネスを立ち上げた。同社 代表取締役の馬渕浩幸氏は「大学や研究所で開発された優れた技術が企業の目に止まる機会は意外と少なく、社会実装が進みにくい状況です。私たちは、東工大の看板を背負うことで、企業への技術の紹介や事業モデルの提案などを通じ、社会への実装を加速させます」と語る。
産業構造の大改革、各企業のビジネスの刷新を推し進めるためには、“知の深化”だけでなく、“知の探索”に取り組み、新たな発想で研究やビジネス創出に挑む人材が欠かせない。協働研究拠点には、人材育成の場としての活用にも期待が集まっている。
東京電力ホールディングスの佐藤氏は、OIスクールでの金出教授の講演内容に触れ、「解くべき問題を整理することの重要性は、当社のエンジニアが肝に命じるべき話でした。私たちは、大きな問題を前にして、取り組むべき小さな問題へと分解できないまま立ちすくんでいるケースもあります。金出教授の言葉で、そのことに気づかされました。こうした機会は、当社の若いエンジニアにも与えたいと強く感じました」と語った。デンソーの東京支社 東京企画室長 宮田学氏も、「OIスクールや協働研究拠点が、社内では教えられない異分野の知見や価値観、手法を学ぶ、リカレント教育の機会になれば」としている。
さらに出光興産の秋葉氏は、拠点交流会について、「若い研究者を参加させて、他社の若手や東工大の研究者、ベンチャー企業の方々と交流し、社内では得られない刺激を受ける場になることを期待しています」と語った。もちろん、研究開発のベテランが新たな発想に触れ、“知の探索”に取り組む契機を得る場も貴重である。しかし、各企業の研究開発テーマやカルチャーを刷新するためには、新鮮な刺激を素直に吸収する若い研究者を参加させることこそが重要になることだろう。
イノベーションを創出する体制の巧拙が、企業競争力、ひいては国の競争力に直結する時代。だからこそ産業界の企業と東工大が手を取り合い、“知の深化”を牽引すると同時に、技術領域を超えた“知の探索”を組み合わせて、イノベーションを連続的に生み出す日本の「大学城下町」として新たな時代を切り開いていく。
東工大は、2021年2月8日(月)に、「2nd Tokyo Tech International Open Innovation Symposium 2021(第2回 東京工業大学国際オープンイノベーションシンポジウム2021)」を開催する。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で、実際のモノや人の活発な移動などの社会経済活動は非常に難しかった。その中で、オンラインによるコミュニケーションを支える情報通信技術(ICT)の重要性が再認識された。その技術を支えたZoom、Slack、Boxなどのプラットフォーマー経営陣を招き(オンライン)、COVID-19の収束後のニューノーマル時代のICTサービスのビジョンを語ってもらう。また、東工大のセキュリティ体制、東工大の脱コロナ禍プロジェクトなどを取り上げる。経済活動が停滞している状況下で、オープンイノベーションをどのように起こしていくかを登壇者、参加者ともに課題を共有し、意見交換を行う。イノベーションに興味があれば、誰もが無料で参加できる。
開催日時 |
2021年2月8日(月)13:00 - 18:40 バーチャル展示は、2021年2月1日 13:00 より先行公開 |
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場所 |
オンライン開催(事前登録制) |
入場料 |
無料 |
参加方法 |
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2021年1月掲載