社会連携

世界で活躍する同窓生 シンガポール工科・デザイン大学副学長 チョン トウチョン

シンガポールの電子工学分野の研究者であり、また教育者でもあるチョン トウチョン教授は本学出身。シンガポール政府より任命を受け、2010年に新設された第4の国立大学となるシンガポール工科・デザイン大学(SUTD)の副学長(プロボスト)に就任しました。東京工業大学(東工大)での経験、そして構想から携わった新大学創設とそのビジョンを中心にお話をお聞きました。

東工大の講義室で、そして外で

東工大に留学した経緯をお聞かせください。

末松研究室のメンバーと(後列右端がチョン先生)末松研究室のメンバーと(後列右端がチョン先生)

シンガポールに生まれ、日本がアジアの技術立国として、最新技術を次から次へと生み出していくのを見て育ちました。子供の頃から科学やテクノロジーが好きで、学校に入ってからはさらにその興味が増し、最先端のテクノロジーについて学びたい、その最前線で活躍したいと考えるようになり、最終的に電子工学を専門分野に選びました。したがって、留学先に日本を選んだことは自然の成り行きでした。日本政府の奨学金の受給資格を獲得できたことも日本への留学を決断するうえで大きな要因となりました。日本には大学がたくさんありますが、その中から東工大を選んだ理由は、やはり理工系大学であることに加えて、私が学びたかったテクノロジーに強い大学だったからです。他の大学と異なり、東工大では入学した最初の年から電気工学の専門科目を学べるカリキュラムが導入されていたことにも大きな魅力を感じて、1974年に東工大に入学しました。

東工大での経験についてお聞かせください。

チョン トウチョン氏01

言うまでもありませんが、師事した先生方のお話なくして私の東工大での経験は語ることはできません。先生方からは専門的な知識も含め、本当に多くのことを学びました。まず思い出されるのは指導教員の末松安晴先生です。人々の暮らしをよくするための技術研究の大切さ、そして人間としてより向上するための基本を末松先生から学びました。先生は、通信速度を気にすることなく世界の反対側に住んでいる人に電話をかけることができたら、我々の生活がどれだけ改善されるかを説いておられました。それが現在の光ファイバー通信技術だったわけですが、私は当時の最先端通信技術の研究に大きく影響を受けました。

卒業研究発表を終えて(左から2番目がチョン先生)卒業研究発表を終えて(左から2番目がチョン先生)

学位記を手に(右から2番目がチョン先生)学位記を手に(右から2番目がチョン先生)

内藤喜之先生も私が非常に影響を受けた先生です。「電磁気」というのは複雑な現象で理解するのが大変難しいのですが、内藤先生は学生が別の角度から見て理解できるよう導き、その複雑かつ難解な現象を大変興味深いものにしてくれました。さらに、学生に投げかける質問は常に深く考えさせる示唆に富んだもので、それにより「電磁気」の様々な現象を根本から理解できただけなく、その現象をどのように応用し実用化できるか、というところまで我々の興味を高めてくれました。もうお一人、実際に師事することはありませんでしたが、川上正光先生からも専門分野を超えた学問の全般知識を幅広く学びました。

学位記授与式後、研究室のメンバーと(後列右端がチョン先生)

学位記授与式後、研究室のメンバーと(後列右端がチョン先生)

教室の外でも多くのことを学びました。いわゆる「青春時代」のほとんどを東工大で過ごし、その頃はとにかく全てが新鮮でした。入学当初から日本語はかなりできたと思いますが、それでも外国人留学生として日本人学生の輪に入るには少し時間がかかりました。ようやく一年程経った頃から、一緒にハイキングやキャンプに行ったり、キャンパスの外でも多くの時間を友達と過ごすようになりましたが、その時の経験から言葉だけでは本当のコミュニケーションはできないことを学びました。本当に大切なのは、日本の文化や日本人の心を理解することなのだと。おかげで、友達と過ごした時間が東工大の一番の思い出となりました。

21世紀の大学のかたち:新しい概念と革新的なアプローチ

SUTDキャンパス01(協力:Hufton+Crow)

SUTDキャンパス(協力:Hufton+Crow)

SUTDの設立構想についてお聞かせください。

シンガポールで4番目の国立大学となるシンガポール工科・デザイン大学(SUTD)の設立構想は2009年にスタートし、2010年に法案が議会を通過しました。私自身は2010年の初めからSUTDにかかわっています。当時政府が目指していたのは、「既存の3校とは全く異なる特徴をもった新しい大学」という大変明確なものでしたから、我々の目の前にはまったく白紙の企画書が置かれた状態でした。

新設大学を設計するうえでの焦点は、シンガポールという国の「将来」を見据えてのカリキュラム作りを追求することでした。既存の理工系大学で学生が学ぶ知識や技術は卒業間もなく古くなり、また新しい知識や技術を学び直さなければならないのが現実です。ならば、我々は学生達が卒業後も自分たち自身で学び続けられる力を養う大学教育を目指すべきだと考え、MIT(米国/マサチューセッツ工科大学)と提携し新大学設立に向け動き出しました。

SUTDのカリキュラムの本質とはどのようなものでしょうか。

SUTDキャンパス02(協力:Hufton+Crow)

SUTDキャンパス(協力:Hufton+Crow)

チョン トウチョン氏03

現代社会において、携帯電話やジェットエンジンなどの製品は日常生活の中で今や必需品ですから、まず製品を作り出す能力が必要です。また、大変複雑化した社会環境では交通制度や医療制度といったシステムも必要不可欠です。一方で、この社会というシステム自体が地球温暖化現象や高齢化社会といった問題も生み出しています。我々は常に新しい問題に直面し、それを解決するには、これまでとは異なるアプローチや発想をもった新しい世代の技術者や設計者が必要だと思います。さらに、世界中どこにいても誰とでもコミュニケーションができる現代の情報通信技術の利便性を活かしたサービスも必要です。新技術の開発を成功させるには、その根底にある基盤構造や基本設計を十分に理解することが重要です。だからこそ、SUTDでは技術とデザインの両方に重きをおいて、様々な分野を横断するような学際的アプローチをとることにしました。

SUTDのカリキュラムには、学んだ理論を実際に応用するためのデザインプロジェクトを数多く取り入れています。我々が最終的に目指しているのは、カリキュラムの指針に則り、既存の概念にとらわれない創造力を育成することです。この教育理念を実践する一環として、SUTDでは学生達が自由な思考や創造性を培う時間が必要であると考え、週2日、午後の授業を行わないことにしました。こういった独自のアプローチがSUTDを特徴づけていると思います。創造的に物事を考える力、さらに、健全な解決策を見出す問題解決能力を養成できる環境を大学側は提供すべきです。SUTDはまだ新しい大学ですから、効果が現れるまでにはあと数年かかると思いますが、この教育モデルが21世紀に相応しいアプローチであると教職員一同信じています。

世界を舞台に活躍するために

海外経験の重要性についてどう思われますか。

私は学部、修士、博士の学位をそれぞれ別の国の別の大学で取得しました。その経験からいっても、世界で活躍するには、大学在学中のできるだけ早い時期、できれば学部生のうちに留学等で海外経験をして国際的視野を養うことは大切だと思います。また、大学側が交換留学プログラムやインターンシップ制度などを提供して、学生達が海外に行きやすくすることも必要だとも考えています。海外経験を通して、別の角度から自分の生まれ育った国を見ることができるだけでなく、新たな思考や見方を身に付けることができ、結果的にそれが自国の継続的な発展に貢献することにもつながると思います。私自身の日本への留学経験も、日本企業と連携してシンガポールの科学技術発展を促進するうえで大いに役立ちました。

グローバルリーダーに必要な資質とはなんでしょうか。

チョン トウチョン氏04

最も大事なことは、学ぶことに謙虚であることです。そして、異文化を理解し、物事を多角的に見ることができる柔軟性です。日本には「初心忘るべからず」という諺がありますが、まさにこの諺が意味する姿勢が大事だと思います。柔軟な見方と謙虚に学ぶ姿勢を身に付けることができれば、グローバルに活躍する機会は自ずと開かれていくはずです。国境や文化の違いを越えた活動は今後ますます活発になっていくことは必至です。海外で様々な刺激を受け、視野を広げることは、学生たちが将来世界という舞台で活躍するうえで、競争力を高める糧となると信じています。

SUTDキャンパス03(協力:Hufton+Crow)

SUTDキャンパス(協力:Hufton+Crow)

チョン トウチョン氏05

チョン トウチョン (Chong Tow Chong/張道昌)
シンガポール工科・デザイン大学 副学長(プロボスト)

  • 1978東京工業大学工学部電気電子工学科 卒業
  • 1983シンガポール国立大学理工学研究科修士課程 修了
  • 1988マサチューセッツ工科大学博士課程 修了
  • 1993-1995シンガポール国立大学工学部 副学部長
  • 1995-1996マグネティクステクノロジーセンター 技術部長
  • 1997-2001シンガポール国立大学電気・計算工学科 准教授
  • 1997-1998データストレージ研究所 副所長
  • 1998-2010データストレージ研究所 所長
  • 2001-2010シンガポール国立大学電気・計算工学科 教授
  • 2003-2010シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)科学工学研究会議 議長
  • 2010-シンガポール工科・デザイン大学 副学長(プロボスト)

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2015年2月取材当時

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東京工業大学 総務部 広報課

Email pr@jim.titech.ac.jp