社会連携
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未来社会DESIGN機構(DLab)の未来シナリオ22番では、「人類が地球全体の生態系や自然現象を把握し、地球軸での共生が進む」社会が描かれている。そうした未来と実現への行程を念頭に置きながら、異なる分野で活動する4人の専門家が、「創りたい未来」「ありたい人間像」「迷ったときの対処法」などをトピックとして「未来への迷い方」について語り合った。
未来放談
DLabではこれまでの活動を通して、「ありたい未来」の姿を具体的に描いた24の「未来シナリオ」を作成しました。動画シリーズ企画「未来放談」では、毎回、この「未来シナリオ」から1点を選び、「シナリオの実現に向け、科学技術をどう発展させていくか。また、社会や制度、人々のあり方はどうなっていくか」「シナリオが実現したことで、社会はどう変化していくか」などを、本学の第一線の研究者や社会で活躍する有識者が自由に語り合っていきます。
駒田:今回の「未来放談」では、地球軸での共生が進む社会を描いたDLab「未来シナリオ」の22番を取り上げて、「創りたい未来」「ありたい人間像」「迷った時の対処法」について考えていきたいと思います。最初に「創りたい未来」について、中野先生はどうお考えですか。
中野:すべての人が自分の可能性を花開かせ、互いにそれをサポートできる社会になったらいいなと思っています。
宇宙の約138億年、地球で約46億年ともいわれる歴史のなかで、私たちがいま、こうして生きていられるのは奇跡です。しかし、日本では周りを気にして、自分の本当にやりたいことを我慢して終わってしまうことも多い。この世界にいる人すべてが宇宙の歴史の最前線を生きているわけですから、一人一人がのびのびと生きることが、私たちを生んでくれた宇宙や地球への孝行にもつながるのではないかと思っています。
神話学者のジョーゼフ・キャンベルは、著書『神話の力』の中で、若者に“Follow your bliss”、つまり「自分の至福を追求しなさい」と語りかけました。これは、個人的な欲望を満足させるというよりは、「身体や心、魂が震えるようなことを追いかける」ということだと思います。そのように誰もが自分の命が輝くようなことを見つけ、自らの可能性を存分に探究し、それをお互いが助け合えるような未来が望ましいと感じますね。
志村:私は「未来」を創るためには、「いまを感じる力」が必要なのではないかと考えています。意識が「いま、ここ」から離れたまま未来を見過ぎてしまうことが、かえってその実現の妨げになってしまう場合もあると感じるからです。
遠い先の未来の話だとしても、いまから創り始めなければ、その未来にはつながっていきません。「自分がいま何をしているか」、また「周囲の人はいま何に興味を持って、何をしているか」を見て、考え、行動する中から未来が見えてくる。「いま、ここ」にいる自分の存在が、ありたい未来につながっていることを感じ取って、そうした未来の実現を目指していくような形が良いのではないかと感じます。
駒田:志村さんが運営に携わっている、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の「視覚障害者の方の案内により、漆黒の暗闇の中で、視覚以外の感覚の豊かさやコミュニケーションを楽しむ」という活動も、まさに「いま、この一瞬に集中する」ことにつながっていると感じます。
志村:真っ暗闇の中では、自分がそのことに集中していないと、ただ歩くのも、水を飲むのも難しい。そこで、「あ、『飲む』ってこういう行動だったんだ」と改めて気づくことがあります。
駒田:私たちはつい先のことばかりに意識を向けがちですが、今の自分や環境にももう少し注意を向ける必要があるのかもしれませんね。
駒田:塚本先生はどうお感じになりますか。
塚本:建築や都市を研究する中で、「長くそこに存在するもの」に関心が向くようになったせいか、「過去をいい形で連れていける未来を創りたい」と考えています。実は人間という存在も、自分が属する社会、文化といった「過去」に貫かれている。その「過去」が否定されるような未来は嫌だと感じますね。
私は2019年から、千葉県鴨川市で里山再生プロジェクトに取り組んでいます。里山では古くから「自分たちで周囲の自然環境をメンテナンスし、そこから暮らしに必要な食料、材料、エネルギーを得る」という生活が送られてきました。家屋も水田の土をワラと混ぜた土壁や、ススキなどの植物で葺いた茅葺き屋根で造られている。都会のように「農業」「林業」「建設業」が産業として別々に行われるのではなく、「農」「林」「建築」という営みが一体化して行われ、材料の行き来も自由になっています。
茅葺き屋根の葺き替えにしても、ちょうど葺き替えが必要なタイミングで必要な量の茅が育ち、集落の共同労働体によって、順番に回り持ちで葺き替え作業ができるようになっています。そして、葺き替えられた後の茅は農地に撒いて肥料にする。生物の再生能力、建物のあり方、社会組織の作り方など、上手くバランスの取れた素晴らしい仕組みで、循環型の建築としても本当に優れたものだと感じます。
ただ、法律によって市街地の屋根には不燃材を使用する必要があるという規定があるため、現在、新築で茅葺き屋根の建物を造りたくても実現は難しい。こうした活動をしていると、私たちがいかに不自由な制度に囲まれているかを実感します。やはり身近な資源に人がもっと自由にアクセスして、自分の生活を自分でまかなえる未来のほうがいい。特に日本のように地上資源が豊かな国は、率先してそれを実現し、その方法を世界に伝えていくといいと思います。
中野:そうした場所では自然と共存した暮らしの中で、「エコロジー」という言葉が生まれる前から、茅葺き屋根の葺き替えの仕組みなど見事な知恵を生み出してきました。そうした知恵を今の視点で分析しながら、もう一度再構築していく必要がありますよね。
駒田:次は「ご自身が一人の人として、社会の中でどう生きていきたいか」という、「ありたい人間像」について伺いたいと思います。
中野:私は、人生の前半と後半ではイメージが異なると考えています。前半は多様なことを探求、獲得して、自己を確立していく時期。後半はそうして得たものを手放して、自由な「空の存在」に近づいていく時期かなと思っています。
東洋のイメージの一つに、「中空の竹となって宇宙の調べを奏でる」というものがあります。楽器の笛は中空で、中に何かが詰まっていたら音は出ない。私も65歳になったので、そんなイメージでいろいろなものを手放しながら自分を空にして、そこに「宇宙の流れ」が通ることによって宇宙の調べを奏でられるような存在になれたら素敵だと感じます。
また、⼤学で教えるようになる前は広告会社で30年働いていたのですが、歌を歌うようになって忙しかった頃をふりかえり、⽇々を内側から美しく強く⽣きるには3つのポイントがあると気づいて、それをモチーフにした曲が生まれました。
駒田:ぜひお聞かせください。
中野:ポイントは「比べない」「がんばらない」「ゆっくり丁寧に」の3点で、リフレインの歌詞にもなっています。この「がんばらない」は、「努力をしない」ということではなく、「外から与えられたことを無理にがんばり続けるより、内発的に夢中になれるものを見つけよう」という思いを込めています。
駒田:志村さんはいかがですか。
志村:電車での出来事を例にお話したいと思います。私が子育てをしていた頃は、電車内でも今より人と人とのコミュニケーションが多く、乳児が泣きやまずに「困ったな」と思っていると、知らない方が席を譲ってくれ、「うちの子もそうだった」とフォローしてくれることが少なからずありました。
偶然電車に乗り合わせた周囲の方が、さまざまに気を遣って関わろうとしてくれたので、ワンオペに近い状態での育児でしたが、不思議と孤独感はありませんでした。私も、そうした存在でありたいと常々考えてきましたし、また、そういう「仲間」を増やしたいなとも思っています。
この「仲間」というのは、魔法の言葉だと感じます。私が通勤に使う電車は本当に混んでいていつもなかなか乗れないのですが、そんな時「私も仲間に入れてください」と言うと、周囲の方が少しずつ場所を空けてくれて、数人乗れるようになる。そこでお礼を言うと「仲間ですから」って返してくれる人がいて、何とも言えない良い雰囲気が生まれるんです。
今は電車の中でも静かな人が多いですが、私もある程度の年齢になったので、今度は自分が「おせっかいおばあちゃん」になりたい。なるべくセンスの良い「おせっかい」を焼きながら、見知らぬ方にも関わっていけたらと感じています。
駒田:ありがとうございます。ありたい人間像が連鎖していきそうですね。
志村:そうだったらいいですね。
塚本:私は数年前、「人的資源」という言葉をひっくり返した「資源的人」という概念を考えついて、以来、少しでもそれに近づきたいと考えています。
「人的資源」という言葉は第二次世界大戦前の挙国一致体制のもとで登場した言葉とされていて、今はそのニュアンスは薄れているものの、基本的にはマネジャー目線で人を見たときの表現です。私も、非常に面白いと思っていた学生が就職を控えて「人的資源」の型に自分をはめ込もうとする様子を何度も目撃して、「それは少し違うんじゃないかな」と感じていました。
そして、そうせざるを得なくなってしまう根本的な理由は、暮らしに必要なエネルギーや食べ物を、すべて外部のサービスに依存しているからだと感じたんです。一方、例えば私が出会った漁師の方は、必要とする食料などの資源に直接アクセスして獲得できる、いわば「資源的人」ですから、「人的資源」の型に自分をはめ込む必要はありません。
そう考えるようになって、私も身近にある太陽光や食用植物などの資源を活用しようといろいろ試すようになりました。特に、研究で関わっている里山などは自然の資源にあふれているので、労力をかければそれだけ自分のためのものが手に入る。すると、「道具を使う」スキルも身についていくんです。
中野:確かに、田舎へ行くと納屋があって、中にはさまざまな道具がありますよね。自然の中で暮らすと自分ですべきことは多いですが、資源が豊かだからそれほど経済に依存しなくても生きていける。
塚本:一方、都市はサービスを提供する「施設」は溢れていますが、「道具」はほとんど使いません。このことが田舎と都市の暮らしの違い、人間像の違いを的確に反映している。今後は都市も、人間がもっと道具を使うような作りになっていったらいいと感じます。
最近、ヨーロッパでは「ものを直す権利」という権利が生まれてきていて、建築の世界でも「ツールシェッド(=道具小屋)型」という新しい概念が出てきています。そうした動きの中で、例えばアーティストと一緒にものを創るラーニングプログラムのある美術館、つまり道具を持ったツールシェッド型の美術館などが登場しています。東工大も、もともとはツールシェッド型の大学だったと思うのですが、今は少し頭でっかちな傾向があるように感じられるので、もう一度、今の時代のツールシェッドを作ったらいいかと思っています。
これからは田舎で得た認識や知見を、いかに都市へフィードバックしていくかが重要になるでしょう。近年、話題になっている「脱資本主義」を実践する環境として、都市と農村の垣根を下げて行き来したりするというのも、新しい生活像になり得ると思います。
中野:私がもう一つの拠点を置いている屋久島では、子育てのために移住してきた若い人が、農業、山のガイド、動画発信などさまざまな活動をしながら、大地を再生するような工法で建てた家で暮らしています。そこで人が生活することで環境に負荷をかけるのではなく、むしろ環境が良くなるような暮らし方を本気で目指しているのを見て感心させられます。
駒田:では最後のトピックとして、困難な時、迷った時にどう行動すべきかということについて、若い方へのメッセージをお願いします。
中野:逆説的ですが、私はそうした時は、まず「しっかり迷い、悩む」ことが大切だと考えています。実は私も大学入学当初、いろいろ迷いや悩みが多く、夏にはもう休学して、そのことを見つめ直す旅に出ていました。そして結果として、大学時代、いろいろ旅をする中で非常に多くのことを学びました。
人は試練を経て成長するので、順風満帆の時は、実はあまり成長がないように思います。大変なことや困ったことにいかに向き合い、試練を越えていくかが大切で、それができれば後で振り返った時、「あのおかげで今がある」と思えるようになる。ですから迷った時、困った時は、安易な解決策を求めるのではなく、しっかり迷い、悩んだほうがいいと思います。
また、失敗を恐れず、何にでも挑戦することも重要だと感じます。誰でも失敗は嫌ですが、「そこから何を学べるか」っていう気持ちでいれば、その経験が次につながる糧になる。こうに考えれば、実は「失敗」というものはないんです。今は失敗を恐れて一歩を踏み出さない人が非常に多い気がしますが、何でも挑戦して、思いきり失敗して、そこから学んでいけば怖いものはないと思います。
塚本:私は「結果として、こうしたら迷ったときも上手くいった」という方法についてお話したいと思います。それは、何事も小さいところからスタートして、少しずつ前進していく形で進めるということです。昔話の「わらしべ長者」では、自分が持っていた「わら」を次々と交換していって最後は大金持ちになりました。そんなイメージで、順を踏んでステップアップしていくといいと思います。
最初からあまり大きな目標を立てて、なかなか上手くいかないと、絶望して諦めてしまいがちです。そこで、小さな成功を積み重ねながら、目標値を少しだけ上げていくようにする。私自身、「今やっていることを続けていけば、将来が全体に良くなっていくようなやり方をしよう」と考えながら活動を続けてきました。
中野:結果として、膨大な数の作品や著作を発表されていますよね。
塚本:常にいくつかの活動に取り組むことになるのですが、ある活動で迷うことがあっても、別の活動を進めることができます。やがてそのうち、しばらく置いたままの迷っていた事柄についても良い考えが生まれたりする。ですから同時にいろいろな活動をできるようにしておくというのも一つの手かもしれませんね。
志村:今でも迷うこと、困ることは多いので難しいのですが、以前、山に登った時、友人から「道に迷ったと思う時は、前に進むより、一度立ちどまったり、もとに戻ったりしてごらん。そうすると、また道が見つかるよ」と言われて、「それはいい方法だな」と感じました。
私が取り組んでいる「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の活動は、世界約50ヵ国で行われています。政府の援助で進めている国が大半で、日本のように民間で進めているケースはほとんどありません。ですから本当に大変で、やめてしまおうかと思う時が何度もありました。ただ、そこで「自分はなぜ、この活動を始めようと思ったんだろう」と考えてみると、「これは絶対に大切なことだと考えたからだ」と当時の思いが呼び起こされる。そうして原点に戻って考えてみると、対応法が見えてきやすいと感じています。
それでも自分だけでよい方法が見つからなければ、時には周囲の人に助けを求めてみてもいいかもしれません。私も実際、そうしています。もちろん、自分でできる限り努力はするのですが、本当に困ったときは、信頼している人や知恵ある人に「どうしたらいいと思うか、教えてほしい」と尋ねてみて、学びを得るのは大切なことだと思いますね。
塚本:「一度、もとに戻ってみることが大切だ」という志村さんのお考えに賛同します。例えば、いまこの時を日本で生きる人は全体として似たような迷いを抱えていると感じます。その時に「もとはどうだったのか」「いまの状況はどこから来たのか」を考えるために歴史に立ち返ってみると、興味深い学びがありますね。
駒田:予期しないことが次々と起こるいま、過去や歴史を振り返ることが、未来をどう創るかということにつながっていくのかもしれませんね。中野先生はいかがでしょう。
中野:志村さんのお話を聞きながら、「初心を思い出す」ことの重要性を改めて感じました。何かを始めて長く経つと、つい初心を忘れがちですが、そこで最初のときめきを思い出すとまた活性化できるんですよね。
先ほど、ジョーゼフ・キャンベルの“Follow your bliss”=「自分の至福を追求しなさい」という言葉を引いて、若い方には自分がこれと思ったことを追求してほしいとお話ししました。そんな願いを込めてつくった曲がありますので、最後にメッセージとして1曲演奏させていただきます。
駒田:中野先生、ありがとうございました。個性的な3人のお話の中で、印象に残る言葉がたくさんありました。東工大ではこれからも「未来社会DESIGN機構」を中心として、リベラルアーツも含めたさまざまな専門分野の視点から、社会の皆さんと一緒に、過去・現在・未来を見つめていきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。
DLab Future Techscapers (ディーラボ フューチャー テックスケーパーズ)
未来放談を含めた、研究者が未来シナリオに基づきながら研究を語る動画シリーズ。 「Techscapers」はテクノロジーと社会のつながりを広く見渡すとしてTechnologyとLandscapeを掛け合わせ、さらに人にスポットライトを当てた造語。
人生100年時代の家族、身体、
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(2022年2月掲載)
カーボンニュートラル社会を、
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2023年2月掲載