社会連携

世界で活躍する同窓生 タイ石油公社総裁 パイリン・チューチョーターウォン

パイリン・チューチョーターウォン氏は東工大出身。2011年にタイ石油公社(PTT)(米フォーチュン誌の世界企業トップ100社にランクインする唯一のタイ企業)の総裁に就任し、世界を舞台に活躍しています。30年ぶりに訪れた母校で、ビジネスパーソンとしての経験と、教育への熱い想いを中心に、話を聞きました。

エンジニアとしての出発点

なぜ留学先に日本を選んだのですか。

かなり早い時期から、外国に行って勉強しようと奨学金を探し始めました。行き先を日本に限定していたわけではありませんでしたが、チュラロンコン大学4年の時に複数の奨学金に応募したところ、日本の文部省(現:文部科学省)から最初のオファーがあり、それを受けて1979年4月に来日しました。ちょうど桜が満開の時期でした。

東工大での学生生活はいかがでしたか。

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日本へ来たものの、日本の大学については何も知りませんでした。そこへ、当時私と同じように文部省の奨学金をもらって、東工大で化学工学を専攻していた女性から、東工大を勧める手紙をもらい、浅野先生(浅野康一・現東工大名誉教授)を紹介されました。とにかく会ってみようと東工大の浅野先生を訪ねました。その際、日本語の勉強にと勧められたのが朝日新聞の「天声人語」を書き写すことでした。言われたとおりに日々書き写すなかで、日本語だけでなく、日本語を学ぶことや日本文化についても考えました。また、浅野先生からはエンジニアとしての姿勢も学びました。「相談に来るときは、必ずペンと紙と計算機を持ってきなさい。君たちはエンジニアなんだから、常に計算してメモを取るべきだ。エンジニアの仕事は解決策を見つけることだ。問題を指摘するだけではだめだ。解決策を持ってきなさい。」と浅野先生はおっしゃいました。そして、今私も部下に同じことを言っています。

教育から始まる技術革新

自らを「教育者」だとお考えだと伺いました。

チュラロンコン大学の学部を卒業し、東工大の大学院に入学した後は、人生の目標が博士号取得に変わりました。また、その頃から誰に言われたわけでもなく、修了後はチュラロンコン大学に戻って教員になると心に決めていました。実際、帰国後、チュラロンコン大学工学部で一年間講師を勤めましたが、当時のタイの経済状況は大変厳しく、アルバイトのような待遇に生活が困窮してしまい、他に職を求めざるを得なくなりPTTに転職しました。しかし、一度教員になったら、一生教員だとよく言われますが、私もそのひとりです。業界も職業も違いますが、私は教育者です。

日本とタイは歴史的に見て共通点が多いですが、現在の両国の姿は大きく違います。個人的な興味からいろいろ調べましたが、それを説明できるのは「教育」しかありませんでした。両国は同時期に西洋技術を取り入れるために開国しましたが、取り入れた技術を社会に適応させるための教育システムが日本にはあり、タイにはありませんでした。このことからもわかるように、技術革新のために一番大切なものは「教育」なのです。

企業が果たす社会的役割

世界展開するビジネスを牽引する難しさとはどんなものでしょうか。

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PTTに限らず、企業の多くは地域社会と取引しています。PTTは各大陸、約20か国でビジネスを展開していますが、我々のビジネスは、誰かの土地を掘り返さないことには始まりません。さらに厄介なことに、その掘り出した化石燃料は燃やされて地球温暖化につながる二酸化炭素を排出します。地域社会からすれば、決して歓迎すべき性質のビジネスではないことは明らかです。

現在PTTは大規模なビジネスをミャンマーで展開していますが、ビジネスを始める際、ミャンマーのテイン・セイン大統領から受けた最初の質問は、「PTTにもペトロナスのように自分の大学があるのか?」というものでした。大統領の思いもよらない質問に、私はとっさに「これから作る予定だ」と答えました。我々のビジネスには、第一に地域社会からの許可が必要です。我々が地域社会の役に立つことができれば、地域社会から信頼が得られ、信頼が得られればそのお返しに許可が得られる。いわゆる、CSR(企業の社会的責任)、もしくはCSV(企業と社会が共有できる価値の創造)と呼ばれるものです。PTTがその責任を果たすために出した答えは大学の設立でした。社会全体が恩恵にあずかれる大学を作ること、これは私自身のキャリアの集大成でもありました。

マレーシアの石油及びガスの供給を行う国営企業

起業できる人材を育てる

PTTが目指す大学についてお聞かせください。

PTTが出資する新設大学(Vidyasirimedhi Institute of Science and Technology(VISTEC))について、我々は議論に議論を重ねました。その結果、教育的観点ではなく、市場の観点から見た関心分野の研究に、機敏な動きで対応できる小規模な理工系大学を目指すことにしました。この大学の目的は、理工系に強い学生を輩出することですが、もうひとつ強化したい点として多くの意見の一致をみたのはリーダーシップでした。あらゆるところから違うアイデアを引っ張ってくることのできる、自らが立ち上がって大きなうねりを作ることができる、若い起業家を育てることがこの大学の目的です。そのためにリーダーシップが不可欠な要素であることは明白でした。我々はリーダーシップを科目として扱い、学生のうちからリーダーシップを教えることにしました。

VISTECの研究施設

最後に東工大へのメッセージをお願いします。

東工大はとてもいい大学です。長い歴史と伝統もあります。そして、その伝統は守られるべきだと思います。しかし、遺産で生き延びることはできません。東工大がこれからも尊敬すべき大学であり続けるためには、将来を見据えて努力する必要があります。そのために、学生たち自身にも果たすべき義務があります。東工大に来て、勉学にいそしみ、学生生活を楽しむ権利があると同様に、東工大を進化させる義務があります。同窓生として東工大には、歴史的に受け継がれてきた精神と伝統を守りつつ、大企業で働くための優秀な人材の育成ではなく、起業できる人材、世界を変えられる人材を多く輩出して欲しいと思っています。

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パイリン・チューチョーターウォン(Pailin Chuchottaworn)

タイ石油公社(PTT)社長兼CEO

  • 1979チュラロンコン大学(タイ)化学工学部 卒業
  • 1982東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程 修了
  • 1985東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻博士後期課程 修了
  • 2006~2008PTT石油化学&精製事業ユニット取締役副社長
    PTT旭ケミカル株式会社社長
  • 2008~2009PTT石油化学&精製事業ユニット上級取締役副社長
    PTTポリマーマーケティング社社長
    PTT旭ケミカル株式会社社長
  • 2009~2011PTT上級取締役副社長
    IRPC社長
  • 2011~PTT社長 兼 最高経営責任者(CEO)

2015年3月取材当時

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東京工業大学 総務部 広報課

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