社会連携

世界で活躍する同窓生 高輝度光科学研究センター 理事長 土肥義治

大型放射光施設「SPring-8」とX線自由電子レーザー施設SACLA※1。世界レベルの先端研究施設の供用事業を推進する高輝度光科学研究センターJASRI(Japan Synchrotron Radiation Research Institute)について、センターの理事長である東工大OBの土肥義治氏に話を聞きました。

世界最高性能の放射光でナノレベルの研究に貢献

高輝度光科学研究センター(JASRI)の概要についてお話しください。

兵庫県の播磨科学公園都市の広大な敷地にある研究施設SPring-8は、国費1千億円以上の投資を受けて建設された世界最大の放射光施設です。高輝度光科学研究センター(以下、JASRI)は、世界でも屈指の性能を誇るこの施設の共用を促進することで科学技術の発展や産業振興に寄与することを目的に、1990年に設立されました。

SPring-8やSACLAの両施設は、国立研究開発法人理化学研究所の所有であり、その共用のための施設運営をJASRI が行っています。2013年に理事長に就任し、“焦らず、弛まず、諦めず”を信条にして運営を行っています。

JASRIの主な役割は大きく2点あります。1つは、施設を利用する研究者を公正に選定するとともに、利用者への効果的な技術支援と情報支援を実施すること、もう1つは、先端施設の高度化・維持管理・運転業務を担うことです。これらの業務を通して、産学官の幅広い利用者の方々の研究成果を最大化して、学術の進歩と日本の経済社会の発展に資します。

SPring-8とSACLA(右上)の全景 SPring-8とSACLA(右上)の全景

SPring-8とはどのような施設ですか。また、どのように活用されていますか。

放射光の発生原理 放射光の発生原理

「SPring-8」(スプリングエイト、Super Photonring-8 GeV)は、電子加速器という装置を使って光速近くまで加速した電子ビームから「放射光※2」を発生させ、原子・分子レベルで物質の構造や機能を分析・調査するための研究施設です。SPring-8は、世界一強力なX線をつくり出し、そのX線で原子・分子レベルの微視的な世界を観測することができる「巨大な顕微鏡」といえます。ちなみに、SPring-8の「8」は、電子の最大加速エネルギーである8GeV(80億電子ボルト)に起因して付けられました。

科学の研究はもちろん、産業での幅広い活用も世界最先端施設としての使命と捉えています。身近なところではヘアケア製品や長寿命人工関節、次世代リチウムイオン電池の長寿命化、自動車タイヤの低燃費化、触媒の高性能化などの開発に役立てられています。

SPring-8利用者の所属機関は実に広汎で、産学官に幅広く門戸を開放しており、年間延べ約16,000人の利用者の約2割が企業研究者です。また、利用者の発表論文数は2013年には年間800本(日本の年間発表論文数の約1%相当)を超えており、その利用者の多くが著名な学術賞を受賞しています。東工大の利用者数は、2013年からの3年間で延べ880人に上ります。細野秀雄教授(元素戦略研究センター長)のIGZO(透明酸化物半導体)薄膜トランジスタの特性や、廣瀬敬教授(地球生命研究所長)の地球深部の地核構造解明などにSPring-8が大きな貢献を果たしていることは、OBとして非常に嬉しく思っています。

勘で行われてきた技術にサイエンスの光をあてる

最先端施設の社会に対する貢献度について、どのように感じていますか?

産学を問わず多くの研究・実験が行われている中でも特に感慨深いのは、大学で「絶滅危惧種」になりつつあった学問分野が復活してきたことで、一例としてはゴムの研究分野です。自動車タイヤは、天然ゴムと合成ゴムの混合物に、ゴム架橋のための添加物のほか強化剤を加えた複雑な混合物組成の製品です。SPring-8による構造分析技術の進歩によってエコタイヤ製品の開発がこの数年間で急速に進展しました。タイヤの摩擦熱が半分になり、年間数千億円のガソリン代の節約になっているそうです。いわゆる分子設計から材料設計に移行した成果の賜物で、今や日本はゴム産業において世界一に昇りつめています。これまで技術の分野では勘で行われていたことが、SPring-8によって原子・分子レベルでの解析と設計ができるようになり、科学的なアプローチによってタイヤ産業にイノベーションを起こすことができました。同様の革新的な科学と技術の進展は、蓄電池や燃料電池あるいは触媒の分野でも起こっています。

SPring-8の内部
SPring-8の内部

SACLAのアンジュレータ(増幅装置)
SACLAのアンジュレータ(増幅装置)

選択と集中を超えて多様な研究を推進

今後の大学の研究はどうあるべきだとお考えですか?

公益財団法人高輝度光科学研究センター 理事長 土肥義治

学術研究という側面で言えば、「多様性」が大学の最大の武器であり、その維持が最も重要な戦略であると考えています。経営上で選択と集中は必要ですが、光が当たる部分だけに集中せず、光が当たらないところを保つだけの余裕も必要です。光が当たっている分野は、10年もすれば新しい研究分野に取って代わられてしまうことが多いですね。多種多様な分野で独創的研究を着実に進めていくことが大学の使命であり、未来の社会の発展のために必要と考えます。一方で、30代の若手研究者が長期的な展望をもって研究できる環境を整備して、傑出した研究者を育てていくことが重要であると強く感じています。この二つ、ある意味で光と影のような逆のことですが、どちらも真実であり、根源的に重視すべきことと考えます。少なくとも、大学のような教育機関では、「選択と集中」のみに集約せず、常に多様であってほしいと願っています。

後輩となる学生に対して、何を伝えたいですか?

最終的に伸びる研究者に共通して言えることは、何かしら「余裕がある」ということです。専門分野のみで勝負していると、力尽きてしまうこともあります。そういう意味では、途中で道草してでも、専門以外の分野に触れているほうが伸びていくし、どんな時代になっても柔軟な思考で、ものごとにうまく順応していけるということを学生に伝えたいですね。そうした意味において、東工大で今年度より実施されている「教育・研究改革」も、多様な学生を育て、多様な研究を促進するためには非常に有用だろうと期待しています。

※1 SACLA(さくら、SPring-8 Angstrom Compact Free Electron Laser)

日本初のX線自由電子レーザー(XFEL)施設で、SPring-8に隣接し、実験設備の一部をSPring-8と共用する。太陽の100億倍の明るさであるSPring-8の光の、更に10億倍の明るさのX線のレーザーを発生させて、それを使って物質の極めて速い動きや変化の仕組みを原子レベルで解明する研究施設。

※2 放射光

電子ビームを磁石によって進行方向を曲げた時に発生する強力な電磁波。

公益財団法人高輝度光科学研究センター 理事長 土肥義治

土肥義治(Yoshiharu Doi)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 理事長

  • 1947年富山県高岡市生まれ
  • 1969年東京工業大学理工学部応用化学科卒業
  • 1971年同大学大学院理工学研究科修士課程修了
  • 1972年東京工業大学工学部化学工学科 助手
  • 1975年工学博士(東京工業大学)
  • 1984年同大学資源化学研究所 助教授
  • 1992年理化学研究所高分子化学研究室 主任研究員
  • 2001年東京工業大学大学院総合理工学研究科 教授
  • 2004年同大学名誉教授
  • 2004年独立行政法人理化学研究所 理事
  • 2011年同研究所 社会知創成事業本部長
  • 2013年公益財団法人高輝度光科学研究センター 理事長

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2016年8月掲載

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東京工業大学 総務部 広報課

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