教育

データサイエンス・AI教育を全ての大学院生向けに開始

企業と連携、先端ITと専門分野をけん引するトップ人材を育成

データサイエンス・AI教育を全ての大学院生向けに開始データサイエンス・AI教育を全ての大学院生向けに開始

冬寒の12月2日、対話型授業やアクションラーニングを促進するための最先端施設「レクチャーシアター」に学生が続々と集り、会場は熱気に溢れていた。学生が待ち望んでいたのはこの日から始まるデータサイエンス(DS)・AIのトライアル授業だ。これは、全学の大学院生を対象に、専門分野の境界を越えて、DS・AIを高度に展開できる知識・スキルを身につけるための新たな教育プログラムである。

東工大データサイエンス・AI教育の内容と特長

全ての大学院生を対象

講義風景

近年のデータサイエンス(DS)やAIの飛躍的な発展に伴い、あらゆる研究や産業において、DS・AIを導入する動きが活発化している。もはやDS・AIは、すべての分野において必須の知識・スキルとなりつつある。しかし、現在、日本では、これらを使いこなせる人材が大幅に不足しており、人材育成が急務となっている。

このような状況を踏まえ、東工大は、2020年4月より、「データサイエンス・AI特別専門学修プログラム」を開設する。これは、多様な専門分野を持つ大学院生が高度なDS・AIを学ぶことにより、分野を超えて連携し、課題解決を図ったり、新産業を生み出すことを狙いとしている。全ての大学院生が履修可能で、学士課程4年生も指導教員の許可を得て一部の科目を履修できる。

この背景には、2019年6月15日、日本政府が統合イノベーション戦略推進会議「AI戦略2019」outerにおいて掲げたAI時代に対応した人材の育成がある。同AI戦略では、2025年を目途に、毎年約100万人の高校卒業生と毎年約50万人の大学・高等専門学校卒業生に、AIの基礎的な素養・知識を習得させることなどが目標として掲げられている。

現在、本学では、学士課程の学生向けに「情報リテラシouter」と「コンピュータ・サイエンスouter」という科目を既に開講している。今回のプログラムは、その先を見据えたもので、プログラムの主査である三宅美博教授(情報理工学院教育担当副学院長)は、以下の点を強調する。「東工大ならではの特長として、受講対象者を、専門分野を有する大学院生に設定している点にあります。多様な専門分野とDS・AI分野を高度に融合させることで、社会的課題を解決したり、新産業を創造できるトップ人材の育成を目指します。」

「基盤系科目」と「応用系科目」の組み合わせ

同プログラムは、「基盤系科目」と「応用系科目」の2つに大別される。修了時には、学長名の修了証が授与される。

本プログラム主査 情報理工学院 三宅美博教授
本プログラム主査 情報理工学院 三宅美博教授

基盤系科目は、DS・AIに関する理論やその背景の理解を目的とし、「基盤データサイエンス」「基盤データサイエンス演習」「基盤人工知能」「基盤人工知能演習」を設置。毎回、講義と演習が対となったカリキュラムになっている点が特長だ。「DS・AIは単に知識を習得しただけでは意味がありません。演習を通して、実践力を身につけてもらうことを主眼に置いています」と三宅教授は説明する。

これらの科目に関しては、初めのうちは、DS・AIを専門とする情報理工学院の教員が中心となって教え、他の学院の教員も参画する。これまで東工大の各学院では、教員がそれぞれ必要に応じて、既存のDS・AI関連ツールを導入し利用していた。それに対し、このプログラムを通じて、全学共通のDS・AIに関するカリキュラムが提供され、共通の知識・スキルを習得できるようになる。それにより、専門分野間の壁が下がり、異分野の連携や共創がさらに進むことが期待される。加えて、DS・AI分野の教員の不足も課題になっていることから、同プログラムを通じて、教員となる人材の輩出も狙う。

グローバル企業の講師陣による応用教育

一方、応用系科目は、産業界から講師を招き、社会的課題の解決に向けたDS・AIの活用について学ぶ。「IT業や金融業、製造業など幅広い産業分野の方に教育していただくことで、現在、企業の現場で、実際にDS・AIがどのように活用され、社会的課題の解決に役立てられているかを、具体的な事例を基に学べます。それにより、応用力や実践力を習得し、新たな技術や価値が創造されることを期待しています」(三宅教授)

講師陣にはYahoo! JAPANをはじめ、グローバルに活躍する企業が参画する予定だ。

このように、東工大では、本学の特長を生かして、社会的課題を解決するとともに、新たな技術や価値を創造し豊かで明るい未来をけん引する人材の育成に、全学を挙げて取り組んでいく。

※2019年度はトライアルとして以下科目を開講している。

学生の声 — DS・AIの学びから自身の専門分野へ活かしたいこと

トライアル授業に参加した受講生に、DS・AIを使って専門分野でどのようなことができるか、どのようなことをしたいかをアンケートで聞いた。大量のデータ処理を効率よく行いたい、就職に役立つ実践的なスキルを身に付けたいという希望が多く共通している。また、DS・AIの専門知識が現段階では「ほとんどない」などと答えた受講生でも、自身の専門分野に結び付く可能性を期待する声が寄せられた。その一部を紹介する。

  • 音の特徴量から声や楽器、リズム等の同定および自動採譜システムの構築、自動音楽生成。(工学院 システム制御系)
  • 計算化学で分子のデータベースを作成し、新しい分子の性質・物性を予想する。(物質理工学院 応用化学系)
  • 機械学習を用いた火星の地形判別。その数は数千におよび、識別する地形は乱雑帯で明確な基準がなく、人の目ではその識別は困難。人力で難しいこの点において機械学習の利用は有益。(理学院 地球惑星科学系)
  • 為替市場の時系列データを大衆心理のチャートパターンに基づいて予想をする研究や実践。そのパターンモデルの構築は人間が行い、モデリングした後のパラメータ調整、リアルトレード時の自動パターン認識を機械学習に頼る。(情報理工学院 数理・計算科学系)
  • 脳のfMRIデータから新しい議論を行う。(fMRIはMRIを利用して、脳の血流動態反応を視覚化する方法)(生命理工学院 生命理工学系)
  • 経験工学といわれ、生産性が停滞している土木分野にDS・AIが導入されることで、より効率的な生産過程を確立する。(環境・社会理工学院 融合理工学系)

真に社会的課題を解決できるトップ人材の育成を目指す
~情報理工学院長 横田治夫教授に聞く~

情報理工学院長 横田治夫教授

— 本プログラムを開設した目的を聞かせてください。

横田一口に、DS・AIといっても幅広く、学士課程の学生を対象に、「既存のAIツールを使いこなすこと」が主眼になっているケースも少なくありません。しかし、本学は理工系総合大学として、科学技術におけるトップレベルの人材の輩出を使命としています。そのため、すでに専門分野をもっているすべての大学院生を対象に、「高度なDS・AIの知識・スキルを、いかに専門分野に活かすことができるか」を主眼に、同プログラムを設計しました。

— 本プログラムで育成を目指す人材像は?

横田真に解決すべき社会的課題を理解し、それを解決するための専門分野の知識や経験に加えて、DS・AIの核となる素養や知識を身に付けた人材の育成を目指しています。同プログラムを通じて、専門分野におけるDS・AIのトップ人材として、各分野をけん引する人材に育ってほしいと願っています。

— どの程度の受講を見込んでいますか。

横田あらゆる専門分野において、ITが欠かせない中、米マサチューセッツ工科大学(MIT)では、大学院の修了生の約4割がIT系の科目を副専門として修得outerしていると聞いています。その点で、このプログラムも、最終的には、本学の大学院生の約4割に修得してもらうことを目指しています。

— 社会人に対するリカレント(生涯)教育や、一橋大学、お茶の水女子大学など他大学との連携も計画していると聞きました。

情報理工学院長 横田治夫教授
情報理工学院長 横田治夫教授

横田産業界においては、DS・AIが不可欠なものとなってきていることから、社員の再教育を実施する企業が増えています。このような中、今後、同プログラムを、企業向けや一般社会人向けのリカレント教育にも積極的に導入していこうと考えています。社会人は既に専門を持っていますので、このプログラムの考え方がまさにあてはまると思います。

また、本プログラムをベースに一橋大学やお茶の水女子大学など他大学の大学院生がDS・AIを学べるように協力していく予定です。

初年度となる2020年度はスモールスタートですが、今後も情報理工学院の教員と他学院の教員、企業と連携しながら、各専門分野や時代のニーズに合致したDS・AI教育を実施していく予定です。

実社会の課題を教育に生かす
Yahoo! JAPAN研究所 田島玲所長

Yahoo! JAPAN研究所 田島玲所長

データサイエンス・AI人材の大幅増が必要

DS・AI分野はこれまで当社のようなIT業界が中心となって研究開発と利活用を進めてきました。しかし、現在はあらゆる分野において不可欠なものとなっています。それに伴い、DS・AIを専門とする人材の活躍の場も大きく広がっています。Yahoo! JAPANとしては、今後より多くの若者が目指したいと思えるような職業になるよう、尽力していきたいと思っています。

一方で、DS・AI関連の国際的な学会などに行くと、最近は米国に加え、中国の勢いが目立ちます。人口の差、女性の理系学科への進学率を考えると、母集団で20倍くらいの開きがあります。今後、日本がDS・AI分野において人材不足を解消するには、裾野を広げることと、優秀な人材に1人でも多く入ってきてもらうことが重要です。そのため、東工大の「データサイエンス・AI特別専門学修プログラム」には大変期待しています。

膨大なデータを処理するYahoo! JAPANのリアルな経験

授業を受ける学生

2019年10月から、Yahoo! JAPANの講師が毎週、東工大で授業を行ってきましたouter。具体的には、プラットフォームにおけるデータ処理や、音声認識などの自然言語処理、認証技術、データベース関連など、DS・AIに不可欠な要素技術を幅広く扱っています。また、ニュースにおけるレコメンド機能など広告やメディア配信においてDS・AIをどう活用しているかを、具体例を交えて紹介しています。特に、プラットフォームとして、日々数千万人規模という膨大な数のユーザーを扱い、WEBへのアクセス数も一日あたり数十億という回数に上るYahoo! JAPANだからこその実践的な技術を紹介するようにしています。

同プログラムはITに限らず、理工系のさまざまな専門分野をもった大学院生を対象としていますよね。一方、当社が提供できる講義内容は、IT業界の事例に限られます。しかし、当社のDS・AIに関する技術は、幅広い分野に「連想」が可能です。たとえば、材料分野や生命科学分野において、大量の候補の中から最適なものを選び出すという技術は、広告、検索、レコメンデーションにおける技術と共通しています。したがって、IT業界で使っている技術をそれぞれの専門分野に置き換え、適用することができます。逆に、受講生の皆さんには、自分の専門分野に、習った技術をいかに適用するかについて、独自の考えを深めていって欲しいと思っています。

専門分野とDS・AIの両方を分かる人材に

Yahoo! JAPAN研究所 田島玲所長
Yahoo! JAPAN研究所 田島玲所長

また、自分の専門分野とDS・AI分野の両方を深く勉強することは、今後、より重要になっていくと考えられます。よく、データ・サイエンティストは、サイエンスとエンジニアリングとビジネスの3つの分野を扱う人材だと言われますが、複数領域をカバーしておくことで、他分野の方々との連携や共同研究開発も進むと思います。

このプログラムの位置付けは、英会話教室のようなもので、講義をきっかけに、日常的にどれだけ経験を積み重ねることができるかが重要です。ですから、同プログラムの受講生には、履修後も経験を重ねていって欲しいと思っています。また、このプログラムがそのモチベーションになればと期待します。

基礎となる数学と英語の重要性

実は、受講生の方々には、最先端のDS・AIを学ぶだけでなく、基礎となる数学をしっかりと身につけておいていただきたいです。加えて、この分野における最先端の研究のほとんどは現在、英語で公開されますので、英語力も不可欠です。こうした数学や英語という基礎も、このプログラムをきっかけに、しっかりと継続して学ぶよう願っています。

東工大での講義は、将来のDS・AI分野を担う優秀な人材の育成と確保という点で、非常に有意義な取り組みであると考えています。

情報理工学院

情報理工学院 ―情報化社会の未来を創造する―
2016年4月に発足した情報理工学院について紹介します。

情報理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

SPECIAL TOPICS

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2020年1月掲載

お問い合わせ先

東京工業大学 総務部 広報課

Email pr@jim.titech.ac.jp