教育
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東工大は国内屈指の理工系大学であると同時に、これまでも継続的に、教養教育の充実に取り組んできました。その伝統を活かしつつ、2016年4月より「リベラルアーツ研究教育院」が新たに設置され、学士課程から博士後期課程に至るまで連動する教養教育をスタートしました。
その第一歩を踏み出すための授業として、「東工大立志プロジェクト」があります。
東工大立志プロジェクトとは、学士課程入学直後に全学生が取り組む教養必修科目であり、第1クォーター(4月~6月初め)に開講されます。
ここで行われるのは、従来の授業風景のような、教員が学生に専門知識の伝達をし、テストで必要な答えを記述する…という一方的に教え込むものではありません。むしろ、正解のない問いに対する答えを探し、また考え続けることにより、自身を世界で活かすために必要な「人間性」「社会性」「創造性」という三本柱を育み、この授業を通じて学生一人一人の「志」を導くということに、狙いを定めています。
ここでの「志」とは、進路や就職先といった「自分の人生プランを明確にする」という意味ではありません。さらにその奥深くにある部分、つまり「この生において自分は何をしたいのか」という根本的な問いについて、「志」という形で現段階の答えを出すことです。
この授業は、「講堂講義」と「少人数クラス」という2つのスタイルから構成されています。2つは交互に行われ、また有機的な結びつきを持っています。
「講堂講義」では受講生達が一同に集い、大人数で聴講を行います。
ここでは毎回異なるゲストスピーカーが登壇し、自身の活動や半生など、それぞれのテーマで学生へメッセージを送ります。2016年度は池上彰東工大特命教授、哲学者の永井均氏、劇作家の平田オリザ氏など、計7名を招き講義が行われました。受講生は午前の部と午後の部に分かれ、全員が同じ講義を聴きます。
5回目の講堂講義を担当した平田オリザ氏のテーマは、「わかりあえないことから—コミュニケーションとは何か—」。大阪大学の石黒浩氏が開発しているアンドロイド、「イシグロイド」を使った芝居の話を口切りに、コンピュータが未だ解析に苦労しているコミュニケーションやコンテクスト(文脈)に関わる講義が行われました。
「医療コミュニケーションなど、これからは科学の場にもコミュニケーションの考え方を取り入れることが必要になる」と、平田氏は将来を予想します。人間が他者とコミュニケーションを取る際に受信しているものを見極めることや、その空間に流れるコンテクストの違いを理解することの重要性を、学生達は講義を通じてまずインプットしました。
講堂講義の翌週は、「少人数クラス」でグループワークをします。ここでは30名規模のクラスに分かれ、講堂講義の内容を「自分ごと」として捉え直す作業をします。
クラス内ではさらに4~5名ずつの小グループが編成され、グループの中で講義内容に関連するエピソードを話し合ったり、そこから新たな問いを発見して深めたり、時には課題図書の書評を行ったりもしながら、今度は自身をアウトプットするスキルを身につけ、創造することの歓びを味わいます。
中野民夫教授が担当したクラスでも、平田氏の講義を踏まえたグループワークを行いました。学生はまず「今の気分」を一言ずつ発表して気分をほぐし、次に「ホームグループ」と呼ばれる小グループに分かれていきます。ホームグループのメンバーは、立志プロジェクト全体を通じて一緒に活動します。「えんたくん」と呼ばれる段ボールでできた円形のボードを囲み、グループ内の討論で出たキーワードを書き出していきます。
ディスカッションでは、人とコンピュータの違いについて興味を持って話し合いをしているグループがいくつかありました。そこからさらに、「人間的」とは何か、コミュニケーションを考える上で必要なことは何か等々について、議論が発展していきます。
また、立志プロジェクトにおいて教員は「先生」ではなく、全体を見守りながら進行役をつとめる「ファシリテーター」として授業に臨みます。ファシリテーターとは、学習者主体の参加型の学び合いの場を創り、プロセスを大事にしながら進行する役割を担う人のことで、創造的な学びが起こっていくことを促しながらグループワークを進行させていきます。
講堂講義を聴き、少人数クラスでそれを学び合い、次回新たな講堂講義に臨む。このようにインプットとアウトプットを繰り返しながら、立志プロジェクトの授業は進んでいきます。そしてプロジェクト最後の授業でそれらを総括し、自身の「志」を一人ずつ発表します。
授業風景で印象的なのは、学生達がとても楽しそうにディスカッションを行っていることです。グループワークを重ねていく中で、段々と打ち解けて話ができるようになるのでしょうか。中野教授は、東工大生は世間で言われるほどコミュニケーション能力が低いわけではなく、経験を積んでいけば相当できることを確信したと言います。ホームグループや今の気分の発表を通じて、“自分が場をつくる”という意識を一人一人持つことが大切なのだと、同教授は語ります。
また担当する教員陣は、本授業の実施にあたり、実際に自分達でもグループワークを行って準備を進めました。ファシリテーターとして授業を進めることの難しさを感じながらも、毎週教員間でミーティングを重ねて、教員ごとに個性的で魅力あるクラスを作り上げているのです。
実は、今回の東工大立志プロジェクトで一緒になったホームグループは、この授業限りで終わりにはなりません。
立志プロジェクトが終わると、学生はそれぞれ、自分の目的にあった「学びのストーリー」を描きます。そして3年目に、これまでの教養教育で何を学んだのか、またそれは今後の自分のビジョンにとってどう活きてくるのかを振り返る「教養卒論」を執筆する際に、グループは再結集します。立志プロジェクトという入口と、教養卒論という出口をもってして、学士課程のリベラルアーツは完成するのです。
さらに修士課程に進むと、今度は自分達が、学士課程にいる後輩の教養卒論を指導する役割を担います。育てることで育つ――2016年度より刷新されたリベラルアーツ教育、そしてこの東工大立志プロジェクトが数年後にどのような発展を遂げているのか、期待が高まります。
リベラルアーツ研究教育院 ―理工系の知識を社会へつなぐ―
2016年4月に発足したリベラルアーツ研究教育院について紹介します。
スペシャルトピックスでは本学の教育研究の取組や人物、ニュース、イベントなど旬な話題を定期的な読み物としてピックアップしています。SPECIAL TOPICS GALLERY から過去のすべての記事をご覧いただけます。
2016年10月掲載