教育
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デザイン感性をもったエンジニアを育てる
これらが東工大の授業で制作された作品と知ったら、驚くのではないでしょうか?東工大は伝統的に理工系の高い専門性を身に付けさせる教育を行っています。 しかし、今、社会が求めるのは、専門性を活かすコミュニケーション能力を備えた人材です。そのニーズに応えるのがこの授業「コンセプト・デザイニング」です。
大学院広域科目に指定されている、ワークショップ形式の授業です。5日間で
を行います。
最大の特徴は、武蔵野美術大学の学生とともにグループワークで課題に取り組むことです。
この授業を通して東工大が目指しているのは、デザイン感性をもったエンジニア、つまり、ものの機能性とデザインをバランスよく表現する商品やサービスを、 多様な視点を取り入れてつくりあげることができる人材の育成です。商品開発などのクリエイティブな現場では、デザイナーやエンジニアがチームを組んで仕事をします。 両者のギャップを客観的に掌握し、調整する能力、いわばメンバー間のディスコミュニケーションを解消し、個々の能力を引き出し、事業を円滑に進めていく能力が求められています。
さらに、東工大生が東工大の中だけにいると、理工系特有の言語で会話が成立します。美大生も恐らくそうでしょう。 東工大生が持つサイエンスのコンテンツと、美大生の持つデザインの発想やスキルとを融合させるためには、異文化・異分野コミュニケーションが必要となってきます。 理工系と美術系では「何が違うのか」もしくは「違わないのか」を知る、一種のグローバル人材教育です。
東工大と武蔵野美術大学は、美術(アート&デザイン)と科学技術の連携をコンセプトに、実践的なプロジェクトを積み重ねてきました。
合同ワークショップ「コンセプト・デザイニング」は、フィルムアート社編集長の津田広志氏の協力のもと、2011年にスタートし、以降毎年実施しています。
さらにこの取組を発展させるため、両大学は2013年6月28日には、教育研究交流に係る連携協定を締結しました。
まず、東工大の受講生を対象に、ものつくり教育研究支援センターでガイダンスが行われました。 東工大の野原佳代子教授から、授業の背景やコンセプトの説明を受けた後、受講生は自己紹介を行いました。 「自己紹介」も重要なコミュニケーションであり、表現の場です。相手に伝えるべき情報は何か、伝えるためにはどう表現すべきか、 印象付けるためにはどうしたらよいか、といったアドバイスが学生に与えられました。
その後、今年のテーマが「くりかえす」であり、モックアップの素材が「ダンボール」であることが発表されました。
■1日目 講義・ブレインストーミング
東京ミッドタウン・タワー(六本木)のデザイン・ハブにある武蔵野美術大学デザイン・ラウンジに、東工大生10人と武蔵美生11人が集まり、 さっそく混成のチームごとにテーブルにつきました。5~6人ずつの4チームです。
最初に、武蔵野美術大学研究支援センターの千羽一郎室長から、この授業の趣旨と、今後重要となるブレインストーミングの方法について、 同視覚伝達デザイン学科の中野豪雄非常勤講師からは、デザインする際に意識すべき点や、実際にデザインした作品とそのコンセプトについて説明がありました。 現役のグラフィックデザイナーでもある中野非常勤講師からの実例を交えての講義は、学生たちに刺激になったはずです。
引き続き、野原教授から、コミュニケーションの難しさと面白さについての講義があった後、いよいよチームごとにブレインストーミングを開始しました。 配布された資料を黙々と読み始めるチーム。思いついたキーワードをポンポンと挙げていくチーム。付箋紙の使い方も一色だったり、色とりどりだったりと様々です。 テーブルで議論がおさまりきらず、壁面ホワイトボードに移動したり、絨毯の上に座ったりしながら、「くりかえす」を追及する白熱した議論が繰り広げられました。
■2~4日目 ブレインストーミング・制作・中間発表
東工大ものつくり教育研究支援センターに会場を移し、実際にダンボールを使った作品制作がはじまります。 これに先立ち、武蔵野美術大学彫刻学科の上村卓大講師から、素材としてのダンボールの特性や、 ダンボール専用カッターなどの様々な工具の使用法についてのプレゼンテーションがありました。ダンボールは、剥がしたり、水に溶いたりすることもできる、 可能性が広い素材であるとの説明に、学生のイマジネーションは広がり、早くも手元で段ボールを丸めたりちぎったりして、素材を確かめる姿が見られました。
その後、早速作業を開始した各チームですが、ここでも進め方は様々。ブレインストーミングの続きにとりかかり、再び付箋とにらみ合うチーム。 まずはダンボールを手にとって、切ったり貼ったりするチーム。
しばらくして、各チームの進捗状況を油絵学科の袴田京太朗教授らを中心に講師陣が順番に見てまわります。「一般的な回答すぎる」「おもしろさに食いついたほうがいい」 「こだわりすぎて考えが飛躍していない」と温かくも厳しい指摘の数々。考えがまとまりはじめた学生たちに対し、「"くりかえす"から離れてみては?」と、 さらなる飛躍を促すアドバイスも飛び出します。学生たちは混乱しながらも、「くりかえす」というテーマを別のコンセプトに昇華させようと、思考と作業が夜遅くまで続きました。
3日目のオフをはさんで、4日目は中間プレゼンテーション。最終プレゼンテーション前の進捗確認という意味もありますが、 それぞれ作業の手を止めて他のチームの発表を聞き、参考にし合うことも目的です。2日目の説明時と比べて、同じテーマを深化したチーム、 全く別方向に進んだチームとそれぞれでしたが、各チームともだいぶ形になってきていました。この日から視覚伝達デザイン学科の古堅真彦教授も講師陣に加わりました。
再び武蔵野美術大学デザイン・ラウンジに会場を移し、一般公開で最終プレゼンテーションが行われました。 各チームの個性が表現された作品やプレゼンテーションに、会場が一体となりました。
チーム:13cm
客席の間を電車のおもちゃ箱が通り抜ける。おもちゃを取り出し遊び始め、そして片付ける。 意味のある行動をくりかえしていると思いがちな日常も、「かたづけ」のような無意識の行為が入っている。くりかえすには間(ま)が必要。
くりかえしとくりかえしの間(あいだ)の間(ま)を表現。
チーム:燃やし隊
「くりかえせない」を「くりかえす」。くりかえせない行為を考えていたら、「燃やす」という結論にたどりついた。
東工大生40名強に小さなダンボール片を渡し、「燃えた!」と自分で思うところまで燃やしてもらった。 そのダンボール片を並べた作品。焦げた匂いまでリアル。
チーム:a kiss
母親は日常的に家事や小言をくりかえす存在であり、その「母の愛」をお弁当箱で表現。
風呂敷を開けるとお弁当箱が出てくる。それを開けるとひとまわり小さなお弁当箱が。それをくりかえす。
生まれた時の母の存在は大きいが、成長すると絶対的ではなくなっていくから。
チーム:石川台壱号館
くりかえすものを色々と挙げていたら、全てのくりかえしには軸と単位があることに気づいた。
そして多くの場合、軸は時間。そのため、時間、分、秒を視覚的に表現する作品を制作。
作品名は「時間空間」。この作品は、これで完成ではなく、今後も展開していくものであると考えた。
【 東工大生 】
【 武蔵美生 】
関係者全員で記念撮影
最後に、東工大の野原教授に話を伺いました。
今回の授業はいかがでしたか?
今年は武蔵美から、彫刻、油絵、メディアアート、グラフィックデザインと様々な専門分野の担当教員が集まりました。 また東工大側からは、コミュニケーション論や環境心理学のスタッフがつきました。学生たちは混乱したかもしれませんね。 教員によって視点や尺度がいろいろで、言うことが違うのですから。開始当初は、井口博美教授を中心としたデザイン情報学科がパートナー的存在でした。でも、デザインってそういうものだと思います。見る人によって評価の切り口は違っていても、いいものは誰がみてもやはりいい。 そこには尺度や分野を超えた何か感性的なものがあるのです。逆にダメなものはダメ。この授業を通して、そのような「目利き」の視点を学生たちにわかってもらえたら嬉しいです。
今後の展開を教えてください。
「コンセプトをデザインすること」が主眼であるこの授業は、基本的に来年も行う予定です。 しかし5日間の集中講義では、ものを完成度高く仕上げるところまでは、時間的にも技術的にも無理があります。 将来的には、この授業とは別に「プロダクトデザイン」の授業を立てることを考えています。 あたらしい発想から製品のプロトタイプまで作るには時間が必要ですので、集中講義形式では難しいかもしれません。 半期かけてじっくり取り組んでみたいですね。東工大と武蔵野美大で共同したらおもしろいものができそうです。
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2014年10月掲載