国際交流
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ナット・リーラワット
チュラロンコン大学(タイ)災害危機管理経営情報システム研究グループ長
2011年3月11日、マグニチュード9.0の地震と津波が日本を直撃した。そしてその同じ年に、今度は母国タイで大洪水が発生。日本と母国が復旧への道を急ぐなか、リーラワット氏は東工大で修士課程へと進むが、この2011年という年が、彼の人生における大きなターニングポイントになった。
「東工大で学んだことや日本での経験を通して、自分のすべきことが見えてきました。それが、災害リスク軽減についての研究、そして、新しい世代の研究者や技術者に自分で得た知識を繋げていくという取り組みでした。」と語るリーラワット氏。
この記事は、英文メールニュース「Tokyo Tech Bulletin」に寄せられたご本人の投稿をもとにしています。
私が東工大 大学院社会理工学研究科 経営工学専攻に進学したのは、東日本大震災から1ヵ月もたたない2011年4月のことでした。
日本がどうなっているのか、その詳しい情報も得られないまま、私の安否を気づかう母国の家族にとっては、つらい時期だったようです。私自身ですら、震災後の数か月は、正確な情報がなかなか入手できない、理解できないということがあり、もっぱら大学や研究室、友人からの情報を頼りにしていました。
同年10月、今度は、東京で勉強している私がタイの家族の安否を気づかうことになりました。半世紀で最悪といわれる洪水が起こり、国土の3分の2以上が浸水したのです。バンコクにあった実家も水没し、家族はタイ王国陸軍のボートに救助されました。その後、電話は通じましたが、遠く離れた日本からは何もしてあげることができませんでした。
そもそも私は情報システムを勉強するために東工大に留学しましたが、家族が被災した洪水がきっかけとなり、災害関係の研究に進みたいと強く思うようになりました。そして、指導教員のアドバイスのもと、東工大 大学院社会理工学研究科が提供する工学システムにおけるリスクソリューション研究助成金制度に応募しました。それが、私の災害リスク管理に関する研究の出発点でした。
こうして、日本の経営工学のパイオニアであり、システム理論と情報システム学を専門とする東工大 飯島淳一教授(現工学院所属)のもと、さまざまな分野における情報システムの応用例や研究方法論、情報システムツールについて学び、DEMO(Design and Engineering Methodology for Organizations)モデリング方法論の知識を深めることができました。さらには、飯島教授をはじめ、パク・ジュフン助教、リーギョク・ピー助教(当時)、ホー・ショウ助教(当時)の指導のもと、多様な研究モデルや応用例を習得しました。
また、環境エネルギー協創教育院(ACEEES)※1という修士課程の学生を対象としたリーダーシッププログラムへの参加、そして、在日タイ留学生協会(TSAJ)の副会長を務めた経験を通じて、将来に向けての長期的なビジョンや高度な経営スキルを身につけることができました。
東工大での学修と研究、日本での体験を経て、2017年タイに帰国しました。それ以来、母国の災害管理に貢献すべく研究活動を続けています。タイは日本にくらべて自然災害の少ない国ですが、それでも、2004年のスマトラ島沖地震と2011年の洪水は、国全体に大きな社会的、経済的影響をもたらしました。
そのような状況のなか、今私が取り組んでいるのは、タイの災害管理の専門家たちと協力して、日本をはじめ海外で学んだ教訓や知識を共有し、より多くの充実した情報を、さらに簡便にアクセスできるようにすることです。そして、災害に備えることの大切さを人々に知ってもらうことです。
最近では、2018年のタムルアン洞窟の遭難事故や2019年の南シナ海で発生した台風1号(パブーク)の際の救助活動など、災害リスク管理における優れた取り組みの成果が現れ始めています。
現在私は、チュラロンコン大学の災害危機管理経営情報システム(DRMIS)研究グループの長を務めています。
この研究グループは2018年末に設立されたもので、産業工学、水資源工学、土木工学の専門家によって構成されており、災害リスク管理における持続可能な情報システムの分析、設計、開発が主な目標です。
災害管理は、さまざまな研究分野を超えた複合的な側面が強く、東工大で学んだ学際的な研究アプローチが多いに役立っています。
最近取り組んだ研究テーマは、水災害による建物損傷の分析、大学内の緊急・災害対応計画策定、緊急避難のためのシミュレーションモデルの開発です。
チュラロンコン大学をはじめ名古屋工業大学、その他日本やタイを拠点とする組織との大規模な共同プロジェクト※2にも取り組んでおり、工業団地などの地域における事業継続のためのオンラインシステムモデルを開発しています。
さらに、次世代の育成にも力を注いでいます。チュラロンコン大学の講師として、修士課程の災害管理とその技術に関する選択コースを開設しました。このコースでも、日本で学んだ先進的な科学技術に基づく事例研究が役立つことは言うまでもありません。
このコースでは、自然災害のメカニズムや災害リスク管理のサイクル、災害リスク軽減の技術的解決策に関する基本的な考え方を学ぶことができます。
私の目標は、災害リスク軽減と持続可能な開発のために、新しい科学技術を駆使した解決策を見つけ、社会に貢献することです。
「タイ蔵前工業会」こと東工大同窓会(タイ支部)の委員を務めている私にとって、100人を超える同窓生の活発なネットワークが広がっていることはとても喜ばしいことです。
さまざまな技術分野や産業分野で活躍している同窓生ネットワークを通じて、最新の科学技術について情報交換をすることができ、研究に関して意見を求めることもできます。東工大コミュニティーは、学術、産業、公的分野で活躍する日本とタイの東工大同窓生を、科学技術を通してつなぐブリッジのような役割を果たしています。オンラインでの交流や、地域の活動を通して、その結びつきはますます強くなっています。タイ以外の国や地域で活躍するタイ出身の東工大同窓生のネットワークも構築中です。
飯島教授の研究室は、「転がる石には苔は生えぬ」をモットーにしています。私はこれを「アクティブに学ぶ姿勢が大事だ」という意味に捉えています。東工大で学びたいと考えている未来の東工大生に、私からもこの言葉を送ります。
東工大の素晴らしい学術環境を満喫し、学べるだけ学び、それを心ゆくまで実行しながら修練し、そして多くの友人を作ってほしいと思います。さまざまなチャンスを捕らえて最大限に活かしてください。
東工大キャンパスはとても国際的でグローバルな環境にあります。私の場合も、研究室や授業、その他さまざまな活動やイベントを通じていろいろな国の友人と出会い、現在でも交流が続いています。東工大に留学したことを誇りに感じています。
環境エネルギー協創教育院(ACEEES)とは、エネルギーおよび環境分野革新における将来のリーダーを育成する全大学横断型の学際的教育プログラムであり、2018年4月に「環境エネルギー協創教育課程」として引き継がれた。
「タイの産業集積地におけるArea-BCMの構築を通じた地域レジリエンスの強化」プロジェクトは、科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)の共同プログラムであるSATREPSプロジェクトの1つである。
ナット・リーラワット
プロフィール
リーラワット氏は、泰日経済技術振興協会のタイ語出版物TPA Newsのコラムニストでもあり、災害リスク軽減のための戦略についてのコラムを寄稿。2018年には、シンガポールで開催された世界若手科学者サミット(GYSS)にタイ代表として出席。
スペシャルトピックスでは本学の教育研究の取組や人物、ニュース、イベントなど旬な話題を定期的な読み物としてピックアップしています。SPECIAL TOPICS GALLERY から過去のすべての記事をご覧いただけます。
2019年3月掲載