大学院で学びたい方
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ウエスタンデジタル合同会社
博士(工学)
とことん研究に向き合った学生時代を糧にメモリ小型化技術の限界突破に挑む
私たちの生活に欠かせないSDカードやUSBメモリなどの「メモリ」。その小型化と大容量化の限界を突破すべく、学生時代、次世代デバイスの開発に没頭した工藤聡也さん。
現在はウエスタンデジタル合同会社に勤務し、世界最大規模の半導体工場でデバイス生産に携わっている。大学時代から現在に至るまでを振り返り、今の仕事の基盤になった研究プロセスや思考方法を語ってもらった。
修士課程入学時から所属していた大見俊一郎研究室では、次世代メモリの研究に没頭していました。メモリの代表格といえば、USBメモリやSDカード。現在の産業界では、メモリの小型化・大容量化が進んでいますが、進展にはいつか限界がくるといわれています。この限界を打破するために、今の生産技術とは異なる材料・手法で、新しいメモリを開発できないだろうか、という研究です。
私が取り組んでいたのは、「MONOS型」という既存のメモリの構造を応用し、新しい材料「ハフニウム」を取り入れてメモリを小型化するというもの。MONOSとは、シリコンの上に酸化膜・窒化膜・酸化膜の3つの層を薄く付けていき、その上に電極を配置する構造をいいます。層ごとの接着を密にするために、土台となるシリコンの凹凸を1nm(ナノメートル)の単位までなくし、原子レベルで平坦にした表面を作る必要がありますが、これが実験における一番の課題でした。修士課程の期間は、ほぼこの取り組みに費やしたといっても過言ではありません。朝早く装置を立ち上げて1,000度ほどの高温で処理をし、夕方に温度を下げて帰るという流れを、少しずつ条件を変えながら2年近く繰り返しました。顕微鏡でシリコンの表面を測定すると、普段は波立ったような表面が映りますが、限界まで凹凸をなくすと「結晶表面上の原子ステップ」に達し、階段状の表面が現れます。原子ステップとは、結晶表面上に存在する原子層の段差のことです。ある日1人で測定をしていたら、画面に階段状の表面が出ていて……思わず声が出ました。この時の達成感は、生涯忘れることができません。幾度もの試行を経て必要な条件をつかんだ、最高の瞬間でした。
ここまで打ち込んだ研究活動ですが、どこかのタイミングで一度アカデミアの世界を離れ、産業界に出ようと決めていました。自身の専門分野にとどまらず幅広い分野の知見を得ることで、取り組んだ研究への理解がさらに深まると考えていたからです。
産業界へ出るタイミングが悩んだポイントでした。博士後期課程修了時での就職も考えましたが、「やり残した研究はないだろうか」と自問自答したとき、どうしても否定しきれない自分がいました。そこであと1年、特別研究員として研究室に残ることを決めました。
論文発表のタイミング等にとらわれることなく、興味関心に忠実に、思う存分研究に打ち込んだ貴重な1年間だったと思います。
研究員時代を含め10年の在籍期間を振り返り、改めて感じる東工大の魅力は、「人材」と「制度」です。非常に優秀で学習意欲の高い学生が集まる環境に身を置くと、精度の高いものをアウトプットしなければ、という良いプレッシャーのもと、確実にスキルが身に付いていきます。私が特に刺激を受けていたのは、研究室にいた後輩です。ある程度の理解で済ませずに細部まで突き詰め、納得するまで立ち止まって考える姿勢には目を見張るものがありました。妥協しないことの重要性を教えてくれた、かけがえのない同志です。そして何より大見先生のもとで学べた経験が、今の私の血肉となっています。先生は学生の研究内容・進捗を詳細に把握し、その都度、的確な助言をくださいました。研究者として、また指導者として、どのような状況でも細やかな対応を貫く姿勢を尊敬しています。同時に、学生との距離も非常に近く、気さくに接してくださいました。
「制度」の面では、博士後期課程在籍時に利用した「TiROP※日英ワークショップ2015」が私にとって特に価値ある経験でした。インペリアル・カレッジ・ロンドンやオックスフォード大学で、研究分野の異なる同年代のドクターたちと英語で行った意見交換は、自身の視野と選択肢を大きく広げるきっかけとなりました。多くの国際的な視点に刺激を受けたのはもちろんのこと、国境を越えた先に、自分と同様に研究に打ち込む学生がいること、また、その熱意と比類なき努力に感銘を受けました。後輩たちには、ぜひ学士課程のうちに留学にチャレンジすることをお奨めします。国際社会を経験することで培われる、柔軟で幅広い視点が、その先の研究人生にきっと役立つはずです。
TiROP(タイロップ):Tokyo Tech International Research Opportunities Program
私の人生において、ずっと変わらずに根幹にあり続けるのは「ものづくりの楽しさ」です。父が国立工業高等専門学校(国立高専)で教師をしており、電気系の科目を教えていた関係で、幼い頃から電気やものづくりが身近にありました。自然とそれらに興味を持つようになり、小学生の時には地域の発明工作クラブの活動に熱心に取り組んでいたのを覚えています。何かを作ることを経験するたびにその楽しさ・奥深さに魅せられ、念願の東工大に進学。就職活動の軸となったのも、ハードのものづくりでした。
現在は、ウエスタンデジタル合同会社のエンジニアとして、四日市の半導体工場でフラッシュメモリの生産に携わっています。注力しているのは、データ分析の仕事。生産しているデバイスを電気的に測定し、得られる膨大な量のデータを統計的に処理して、生産過程との因果関係を導くものです。この際の、過去データの蓄積を基に仮説を立てたり今後の方針を決めたりするプロセスは、在学中に試行したのと全く同じです。研究に明け暮れた10年間で培われた、諦めずに粘り強く試行錯誤を繰り返す姿勢や、さまざまな事象をヒントに仮説を構築する思考がキャリアに通じ、今の自分を形作っています。
もう1点、研究と仕事において共通しているのは、やはり「楽しい」ということ。大見研究室では、それまで感じていたものづくりの楽しさから一歩深く踏み込み、先人の知恵を自分なりに応用して次世代につながる新技術を開発することのやりがいと達成感を知りました。現在勤務するウエスタンデジタルは、スピード感を持って次々と新しいデバイスや技術を生み出す会社で、特許も多く取得しています。じっくり腰を据えた研究スタイルとは違いますが、マスデータを分析し、製造における改善策を見いだす仕事には、最先端の生産活動を牽引する面白さがあります。子どもの頃からずっと自身の基軸となっている、ものづくりへの純粋な興味と探求心。この強みを武器に、今後も積極的に次世代技術の開発に携わり、社会に貢献したいと考えています。
工藤 聡也
くどう そうや
Profile
2009年、東京工業大学 学士課程入学。2013年に同大学大学院 総合理工学研究科 物理電子システム創造専攻 大見研究室へ。2018年の博士後期課程修了後、日本学術振興会特別研究員(PD)として、同研究室にて1年間研究を継続。2019年よりサンディスク株式会社(現ウエスタンデジタル合同会社)でエンジニアとして勤務。
本インタビューは東京工業大学のリアルを伝える情報誌「Tech Tech ~テクテク~ 41号(2022年9月)」に掲載されています。広報誌ページから過去に発行されたTech Techをご覧いただけます。
取材日:2022年6月8日(オンラインにて)