大学院で学びたい方
大学院で学びたい方
ソニーグループ株式会社/ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社/北海道大学招へい教員/博士(工学)
持続可能な農業を目指して挑む、北海道における小麦の生育センシング
猛暑、干ばつ、大洪水などの異常気象のニュースが後を絶たない。気候変動が進み、地球とそこに住む私たちの生活に危機が迫る中、ソニーグループ株式会社に勤める松浦さんは、AI・センシング技術を活用して地球上の課題解決に取り組んでいる。その一環として、北海道で小麦の生育センシングの研究を推進中だ。デバイス研究に没頭した学生時代から現在までを振り返り、日々の業務に生かされている学びや経験について語ってもらった。
高校時代、理系科目を積極的に学んでいました。その知識を生かすべく東工大の電気電子系(2011年当時の第5類)に入学しました。情報系や制御系などの幅広いトピックを学ぶ中で、最も興味を持ったのがデバイス系の授業。スマートフォンやPCなど、今やデバイスは私たちの生活に欠かせないものとなっています。そうした社会的影響力に魅力を感じ、デバイス研究を専門とする若林整研究室の門をたたきました。その後、博士後期課程修了まで同研究室に所属。若林先生には研究はもちろん、学生生活のさまざまな局面で大変お世話になりました。今でも連絡を欠かさない人生の恩師です。
当時研究していたのは、新素材を使ったトランジスタの開発。トランジスタは電流を流す「スイッチ」と電流の大きさを調整する「アンプ」の2つの役割を果たす、電子デバイスの重要な部品です。小型化したトランジスタを多数搭載すれば、電子デバイスはより高度な機能を実装できます。そこで、さらなる小型化に貢献すべく、二硫化モリブデンという新材料を用いたトランジスタの研究に着手しました。
トランジスタの製作工程では、基盤となるウェーハの上に二硫化モリブデンの薄膜を均一に生成し、その上に金属や絶縁物質をのせていきます。製作には2日ほどかかるのですが、完成したトランジスタが思うように動かず、悪戦苦闘する日々が続きました。何度も試作を重ね、ついにトランジスタとしての動作を確認したあの瞬間は忘れられません。二硫化モリブデンを用いたトランジスタ製作に成功したのは若林研究室で初ということもあり、喜びはひとしおでした。こうした成功体験を通じて育まれた「ものづくり」への想いが、今の自身の軸となっています。
自身の可能性を広げていける環境に進むべく、就職活動では学生時代の研究内容にとらわれずに複数の業界を見ていました。そんな中で出会ったのが、ものづくりと技術を軸に多様な事業を展開するソニーグループ株式会社です。「つくる」ことに没頭した学生時代を経て、就職後はその技術を「生かす」ことにも貢献したいと考え、幅広い業務に携わっています。
主に担当しているのは「地球みまもりプラットフォーム」というプロジェクト。温暖化の進行により自然災害が多発する中、センシング技術を駆使して地球を守るべく始動したものです。AI処理機能を搭載したセンサーを世界中に配置し、観測したデータをAIに分析させることで、地球環境の変化を可視化します。この取り組みによって、災害の防止や人々の行動変容の促進といった社会的価値と共に、企業としての経済合理性の追求を目指しています。入社後2年間は、当社のIoT用ボードコンピュータ「SPRESENSETM」を活用し、センシングデバイスに搭載するAIの開発に取り組みました。小型のIoTボードでも動作するAIを開発すべく、検証を重ねました。加えて、それらの技術を海外のハッカソンイベントなどで社外に広める活動にも注力しました。
3年目からは北海道に赴任し、地球みまもりプラットフォームのプロジェクトの一環として北海道大学との共同研究を行っています。その一つが、同大学大学院農学研究院の野口伸教授と共に進めている小麦の生育センシングの実証実験です。小麦といえば、我々にとって欠かせないカロリー源。その栽培には、穂の生育状態を見定めてタイミングよく農薬散布を行うことがとても重要なのですが、広大な麦畑を人が見て回るのはかなりの手間がかかります。そこで、AIとセンシング技術を使って課題を解決できないかと考えました。まず、AI処理機能を搭載したイメージセンサー「IMX500TM」を農地に設置し、小麦の穂の数と土の中に含まれる水分量、気温を観測。次に、収集したデータを「ELTRESTM」という無線通信規格で衛星に送ります。すると、農業従事者は衛星からデータを受け取り、畑に行かずとも農薬散布のタイミングを判断できるのです。ELTRESは少量の電力でデータを遠方まで飛ばせるため、圏外に近い農地にも適しています。こうした小麦の生育センシング技術を実用化できれば、生産量と質を保ちながら農業従事者の負担を軽減でき、サスティナブルな社会に一歩近づくはずです。
地球みまもりプラットフォームは、私たちの生活を持続可能にするためのグローバルな取り組みです。チームには海外出身のメンバーもおり、東工大で培った国際感覚やリーダーシップが役立っています。学生時代には国際学会での発表に加え、複数回にわたって海外での活動機会を頂きました。修士課程1年次にはスイス連邦工科大学ローザンヌ校に留学し、博士後期課程3年次にはニューヨークのIBMトーマス・J・ワトソン研究所でインターンシップに参加。加えて、博士後期課程で所属していたグローバルリーダー教育院(AGL)では、ワークショップを通じて自身の内面と深く向き合いました。この経験は、共同研究を主導する現在のポジションにおいて存分に生かされています。
さらに、キャリアを切り開く糧になっているのが、大学時代に育まれた挑戦心です。東工大は多彩な教育プログラムやサポートが充実しており、私はそれらを活用して留学やAGLに挑戦しました。慣れ親しんだ環境に居続けるのではなく、新しい世界に飛び込んで視野を広げることの素晴らしさを学生時代に知ったからこそ、実社会でも前のめりに挑戦し、キャリアアップを図ることができています。実は、北海道への赴任を打診された時も二つ返事で引き受けました。環境の変化を成長のチャンスとして捉える点は、自身の強みだと感じています。
そして、東工大で得たものとして何よりも大きいのは「ものづくりに携わる」という確固たる軸です。新しいもの・より良いものを社会に届けたいという想いが、デバイス開発に没頭した学生時代も、技術の社会実装に携わる現在においても変わらぬ原動力になっています。新たな技術を「つくる」「生かす」両方の視点を強みに、ものづくりの力で地球上の課題を一つでも多く解決し、後世につないでいきたいと思います。
松浦 賢太朗
まつうら けんたろう
Profile
2011年、東京工業大学工学部 学士課程入学。2015年に同大学大学院総合理工学研究科 物理電子システム創造専攻 若林研究室へ。2020年に博士後期課程修了後、ソニーグループ株式会社に入社。2022年より北海道大学との共同研究のため北海道へ赴任。小麦の生育センシングをはじめとする複数の研究プロジェクトに取り組んでいる。
本インタビューは東京工業大学のリアルを伝える情報誌「TechTech ~テクテク~ 44号(2024年3月)」に掲載されています。広報誌ページから過去に発行されたTechTechをご覧いただけます。
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取材日:2023年11月/ソニーグループ株式会社にて