大学院で学びたい方
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「感性工学」の研究者として、ユーザーの気持ちを考えた
未来志向の機器デザインを提案するセリーヌ・ムージュノ准教授。
「主人は客の心になれ…」という、茶の湯の心を体現されている小堀宗実氏。(以下、敬称略)
異なるアプローチで「人の心」に迫る2人が、分野を超えてそれぞれの考えを交わしました。
「感性工学」とは?
感性工学は日本で生まれ世界中に広まった研究分野。感情的反応をいかに測定するか、またその測定結果をいかにデザインのプロセスに適用するかを研究する学問である。工学分野に立脚しながらも、心理学や社会学、美学や記号論、マーケティングなどからの多面的なアプローチで人の「感性」に迫る。
「遠州茶道宗家」とは?
江戸時代初期の大名茶人で総合芸術家として有名な小堀遠州(1579~1647)を流祖とする日本を代表する大名茶道。その真髄は、「綺麗さび」と称され、千利休の「わび・さび」の精神に、美しさ、明るさ、豊かさを加え、誰からも美しいと云われる客観性の美、調和の美を創り上げたことにある。
ムージュノ今日はお招きいただき、ありがとうございます。駅からこちら(東京・神楽坂の遠州茶道宗家)まで歩いてくる道のりは、とても伝統的な美しい日本の街並みで、思わぬ散策を楽しめました。
小堀それはよかったです。実は神楽坂はアンスティテュ・フランセ日本などがあるので、ムージュノさんの母国フランスの方が多い町なのですよ。
ムージュノそのようですね。家元はフランスにお出かけになったことはありますか?
小堀フランスは大好きな国です。昨年久しぶりにパリを訪れ、私のドキュメンタリー映画『父は家元』の上映会や講演を行いました。また、ユネスコ本部やクレマンソー美術館では茶会を催し、多くの方にご参加いただきました。
ムージュノフランス人は日本文化が大好きです。私はテクノロジーを扱う人の心にアプローチする感性工学という研究分野に取り組んでいますが、伝統的な日本の精神性を体験できる今日のお茶席をとても楽しみにしていました。
小堀ムージュノさんは茶道にどのようなイメージをお持ちですか?
ムージュノ作法や動作のスキのなさや完璧さ…伝統的な日本の武道や舞踊などに通じるものを感じています。
小堀なるほど。私たちの流祖・小堀遠州は千利休らが完成したわび茶を発展させ、武家茶道を確立しました。わび・さびの精神に美しさ・明るさ・豊かさの要素を加え、品格と客観的な美を表現したそのスタイルを「綺麗さび」と称しています。武家茶道のお点前は、確かに武道と同じく精神から肉体を通して出てくるものを重視しています。また、茶道はその歴史において能や狂言といった古典芸能も取り込んでおり、「間」や呼吸といったものを大切にしています。
ムージュノ…「間」ですか?
小堀欧米の方々には少々わかりにくい概念かもしれませんが、日本人はコミュニケーションを取るときにお互いのスペース=間をつくるのです。それは単に相手と距離を置くことではなく、相手の存在を尊重する謙虚さの現れです。
ムージュノ欧米にはない考え方です。
小堀茶道では、主人とお客様が対面するとまず初めに扇子を自分の前に置き「結界」を作って一礼します。それもまた、相手を尊重する気持ちの現れで、頭を下げたあと結界を取り去って、お互いが和やかに言葉を交わせるようになります。
ムージュノ私たち西欧人は、人と出会うといきなり握手したり、ハグしたりします(笑)。
小堀そうですよね。でも、ムージュノさんと私がこうして言葉のやりとりをしていても、言葉と言葉が間断なく連なるときもあるし、ちょっと考えて「間」ができることもあります。お茶席ではそうした一つ一つの言葉の行き来の「間」を大切にし、お互い気遣うことで豊かな時間を生んでいるのです。先ほど茶道に通じると感じられた武道、たとえば剣道の「間合い」や相撲の「仕切り」も同じくこの「間」であり、敵対心ではなく、対戦相手を敬う気持ちがそこに現れています。
ムージュノとても素敵な考え方ですね!
ムージュノところで家元が1回1回の茶会で心がけていらっしゃることはどういうことでしょう?
小堀私は、常にお客様の幸せに気持ちを向けています。そのお客様にふさわしい茶席をしつらえること、美味しいお茶を点てること、和やかに言葉を交わすこと…すべてがお客様に楽しい時間を過ごしていただき、幸せな気分を味わっていただくためのものです。
ムージュノそれは私が研究で目指していることと同じです。私が手がけている「感性工学」「インタラクションデザイン」という研究分野では、例えばスマートフォンなどの通信機器を使う人々の気持ちについて、科学的なアプローチで研究しています。ともすれば機械製品は「機能」を優先させてしまうケースが多いのですが、私の研究は使う人の楽しさ、面白さといった「感性」の部分に注目していることが大きな特色で、工学分野を越えてアートや心理学、社会学、マーケティングなどにまで視野を広げています。
小堀「機能」と「感性」ですか…それは茶道にとっても重要なテーマですよ。例えば私は自分でお茶碗のデザインを手がけています。もちろん道具として完璧を目指してデザインしているのですが、最終的には使う人に「託す」という考え方をしています。
ムージュノ「託す」?
小堀ええ。使う方の手に渡って、その心に適ったとき、初めてそのお茶碗が完成するという考え方です。実際、「こういう風に使っていただけるのか!」と作り手の予想以上の価値が見いだされて嬉しい驚きを感じることもありました。ところでムージュノさんがおっしゃっていた人々の気持ちを研究する「科学的なアプローチ」とは具体的にどういうものなのですか?
ムージュノ科学ですから、まず客観的なデータをたくさん集めます。たとえば、表情、血圧、発汗などの測定データですね。そうしたデータをコンピュータを使って解析し、人が製品と接する時に脳や身体、感覚をどのように使っているかを明らかにしていくのです。
小堀その研究の成果は、私たちの社会にどのように活かされるのでしょう?
ムージュノ現代社会はあらゆるものがバーチャル化しています。たとえばずっと手書き文字でコミュニケーションしてきたのに、今やすっかりメールやワード文書などの電子文書に置き換わっていますよね。そうした電子化が進むと次第に身体や感覚を使う機会が少なくなりますし、パソコンのフォントには手書き文字にあった個性が感じられません。私の研究の目指していることは、人の身体や感覚に深く訴える機器を生み出して、人々に機器を「使う喜び」をあらためて実感してもらうことなのです。
小堀なるほど!いわば機械による「おもてなし」。実に興味深い研究ですね。
ムージュノ逆に家元が私たち科学者のようにデータやコンピュータに頼らず、お茶席で相対する人の心や感覚をまるで人間コンピュータのように正確に読み取って「おもてなし」されることが驚きであり、たいへん興味深く感じます。
小堀それはもう経験則というしかありません。相手に寄り添う気持ちを持つことで、ちょっとした表情や仕草に気付きます。お話をしたり、お茶を点てたりする中でその場の「空気」を推し量るのです。私はそうした「感じる力」を茶席で養ってまいりました。先ほどお話しした「間」も、人の気持ちを推し量るための大切なバロメーターといえます。
ムージュノ「間」と「空気」!今日は日本語の新しい意味をいろいろ学ばせていただいている気がします(笑)。
ムージュノ茶道には細かくルール=お作法が定められています。私のようにそうしたお作法に不案内な者は、お茶席を楽しむことは難しいのでしょうか?
小堀もちろんお作法は大切ですが、お茶をいただくこと自体が重要なのです。ムージュノさんはフランスのどちらのご出身ですか?
ムージュノブルゴーニュ地方です。
小堀有名なワインの産地ですね。レストランでワインを楽しむ時、ソムリエにどんなワインがあるのか、お勧めは何かを訊くところからはじまり、テイスティングをし、テーブルを囲んだ仲間とともにお料理と会話を楽しみますよね。基本的にお茶席もそれと同じなのです。
ムージュノなんだか私にも茶道が楽しめそうな気がしてきました(笑)。
小堀大丈夫。大切なのは一緒に楽しんでいる仲間への気遣いで、お作法とはあくまでもそのための手段です。また、茶道では人だけでなく、使う道具にも敬意を表します。茶碗などの器を直接手で持ち、唇にあて、陶器、漆器、ガラス製、木製など素材によって異なる感触を日常的に楽しんでいる日本人ならではのモノへの気持ちの向け方かもしれません。欠落した部分があったり、傷が付いていたりする茶道具をあえてお茶席で使うことがあります。主人とお客様の言葉と気持ちの行き来の中で、そうしたマイナスの部分を楽しみつつ、プラスに変えていくという喜びもあるのです。
ムージュノ面白い!機器のデザインを考えるに当たっても、感触はとても重要な要素です。従来のエンジニアは高度な技術を実現することに集中し、人が製品をどのように使うかということにそれほど注意を払いませんでした。でも、今は違います。スマートフォンやタブレットが急速に普及したのも、画面に指で触れて滑らせる感触や動作が直感的で楽しいからということが大きな理由です。製品内部の機能と同じぐらい、「使う喜び」をデザインすることが重視される時代になっていると思います。
小堀「喜び」をデザインする…私たちも同じことを言っています。人、道具、掛け軸、お花、交わされる言葉、お湯が沸く音、お茶を点てる音…それらのものが渾然一体となった場をデザインしていくことが茶道の醍醐味といえるでしょう。時間と情報に追われる現代人にとって、こうした「ちょっと背筋が伸びるような空気感」に身を置くことは、自分の心を見つめ直すかけがえのない時間となると思っています。
ムージュノいいですね!主人と客の交感の中で、心地よい場が生まれてくる。その発想はエンジニアリング分野の感性工学という考え方そのものです。今日、家元のお話をうかがって、長い歴史を持つ茶道の心が、2016年の今、私が手がけている最新の研究に通じ、大いに共感できることばかりなのに驚きました。ユーザーの気持ちを中心にデザインを考えていく最新のエンジニアリング・デザインの発想と、お茶席でお客様をもてなす心は同じなのですね。
小堀うれしいお言葉です。ぜひ、ムージュノさんが教えられている学生の方々にも、一度お茶席を体験されるようにお伝えください。
ムージュノはい、もちろんです。今日は私自身、家元のお話やお茶席を通して多くのインスピレーションを得ることができました。感性工学を学ぶ学生たちにも、ぜひこの素晴らしい体験から学ぶように伝えたいと思います。
セリーヌ・ムージュノ【Mougenot, Céline】
東京工業大学 工学院 准教授
2001年、フランス国立応用科学院リヨン校 機械工学科 修士課程修了後、ダッソー・システムズ株式会社でエンジニアとして活躍(~2005年)。
2005年、フランス コンピエンヌ工科大学 産業・製品デザイン学 修士課程修了、2008年、アール・ゼ・メティエ パリ・テック(国立工芸学校) デザイン工学 博士課程修了。
日本学術振興会海外特別研究員(東京大学)を経て、2011年より本学大学院理工学研究科 准教授。
2016年の組織改正により現職。
工学院 機械系 エンジニアリングデザインコース・機械コース/環境・社会理工学院 融合理工学系 エンジニアリングデザインコースを担当。
小堀宗実【こぼり・そうじつ】
遠州茶道宗家十三世家元
1956年、東京都生まれ。学習院大学 法学部卒業後、禅寺で1年間修行。
2001年に遠州茶道宗家十三世家元を継承。
2011年より公益財団法人小堀遠州顕彰会理事長に就任。
青少年育成のための「遠州流茶道こども塾」を世界各地で開催。
2014年、自身が題材のドキュメンタリー映画『父は家元』が上映される。
著書は『父、小堀宗慶の背中』『茶の湯の宇宙』など。
新刊『日本の五感』では日本人が古来大切にしてきた「五感」に基づく美意識を茶道の視点からひもといている。
本インタビューは東京工業大学のリアルを伝える情報誌「Tech Tech ~テクテク~ 30号(2016年9月)」広報誌ページから過去に発行されたTech Techをご覧いただけます。
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2018年2月掲載