大学院で学びたい方

「いつかやりたい」という想いが、すべてを叶える原点 — 小泉直也

小泉直也

小泉直也さん
Naoya Koizumi

株式会社ティーフル 代表取締役社長
博士(工学)

東工大大学院で博士号を取得した後、研究開発の道へ進むもカフェを開くために一念発起。

Natural cafe & patisserie Teafulを東工大がある大岡山の地にオープンし、学生時代からの夢を実現した小泉直也さん。

「いつか」と考えていた想いを「いま」に引き寄せたのは、幅広い分野への探究心と研究で培われた考える力でした。

博士号取得、最初の就職、そしてカフェへの道を決心

高校生のときに化学と物理の面白さを教わった2人の先生がいました。1人は修士号、1人は博士号をお持ちで、自分も将来は大学院に進んで博士号を取り、物理の研究開発をしたいと考えていました。でも大学2年生のとき、タンパク質の機能や構造に関する授業に興味を引かれ、物理学科にいながら4年生の卒業研究では生物科学科の研究室を選択。かなり特殊で前例のないことでしたね。それを転機に大学院進学も生物の分野で考え、東工大大学院生命理工学研究科の中村聡教授(当時)の研究室を訪問し進学を決めました。

東工大で博士号を取得し、研究開発をしたいという想いから味の素株式会社に就職。発酵技術研究所(当時の名称)でグルタミン酸の次世代の製造方法を生み出す研究に取り組みました。その後、研究開発や技術への理解があるという点から特許を扱う知的財産部に異動となりました。法律に関しては無知だったので一から勉強しました。

仕事は面白く不満は何もありませんでした。ただ、5年後、10年後の自分のキャリアを考えさせられる機会が何度もあって、あまりポジティブになれませんでした。博士号を取って就職した人材は、管理職に進むことが求められます。キャリアパスとしてはもちろんそれが王道なのですが、私は実験の現場から離れた未来の自分を思い描けなかった。でも、ひたすら研究開発の道を進むというのも違う。そのとき入社前の気持ちに立ち返りました。

実は、就職する直前に「いつかカフェをやりたい」という想いが私の中に芽生えていました。私はもともとカフェでお茶したり勉強したりするのが好きだったので、自然な流れだったのかもしれません。この想いをいつかどこかのタイミングで実現するために、入社する前から必要な勉強を始め、入社後も仕事のスキルアップと並行して、コーヒーや紅茶の淹れ方、経営の仕方、宣伝広報のやり方、物件の選び方に、内装やデザインの勉強もしていました。残るはお菓子やパンのメニューです。それが開発できたらカフェを開こうと決心。その勉強をするため5年勤めた味の素を退職し、専門学校に進みました。

渕上シェフと出会い、いよいよ「ティーフル」スタート

小泉直也

専門学校を卒業後、ご縁があり帝国ホテル調理部ペストリー課に再就職が決まりました。新入社員扱いの新卒採用(二度目!)で、同期の干支はちょうど一回りして同じでしたね。そこで、後に一緒にお店を開くことになる渕上一明シェフと出会ったのです。

帝国ホテルには3年勤めたのですが、私は2年目の夏頃に退職する意向を伝えていました。それ以上続けても、ホテルで求められるものとカフェに必要なものがズレていくと感じたからです。その頃は、既にここまでに培った能力でメニューを作ろうと決めていて、自治体の創業支援の窓口で相談をしたり事例を調べたりしながら、お店を出すことが具体的になりつつありました。

同じ頃、渕上シェフも自分のお店を構えることを考えていました。私はカフェのメニューにまだ不安があって、彼もお菓子は作れるけどお店を出すことに不安があった。そんな中、私から提案して共同出資・共同経営でやろうと意見が一致。メニューは彼に任せられる、それ以外は私が引き受けるというスタイルで、彼のお菓子を活かすためイートインができるケーキ屋さんとして「ティーフル」をスタートさせました。

シュークリーム

この大岡山の立地も考えがあってのこと。近年コンビニのスイーツが台頭してきていますが、同じ土俵に上がるのではなく、クオリティを上げて付加価値の高い状態で売れるような客単価が望める土地を絞っていきました。そして決め手は東工大が近くにあること。開店直後にあいさつに行ったことをきっかけに大きな注文をいただいて、東工大シンボルマークの焼き印入りのフィナンシェをつくりました。先生や学生の方も来てくれてとてもお世話になっています。

培われた思考プロセスを強みに、次の夢へと突き進む

ケーキ

ケーキ

お店を始めて、人とのコミュニケーションが思ったより多いことが新鮮だと感じます。営業や宣伝で動いたり、異業種のコミュニティに顔を出したり、色々な場所で様々な人と知り合うきっかけが増え、お客様以外の人にもつながって助けられているということは想像していなかったですね。

大学や企業で研究していたときは主語が「自分」で、純粋に自分の世界を楽しんでいました。専門学校でパティシエの道へ進んだときは「家庭」を考え、仕事と夢のバランスを意識しました。今は「周りの人」を主体に考えるようになったでしょうか。お客様の様子をよく見ながらコミュニケーションを取ったり、銀行にはよく足を運んで良い関係を築いたり、シェフやスタッフの希望を叶えられるような対応も心がけています。

よく計画性があると人に言われますが、それは長年の研究開発や実験を通して考える力が培われたからだと感じます。論文を読み、仮説を立て、道具を用意し、実験結果を得て何が言えるかを考える。その思考プロセスは確実に役に立っていると思います。修士課程で満足して博士号を取っていなかったら今の自分はなかったと言い切れますね。私は特殊なケースだと思いますが、博士号は生かすも殺すも本人次第。カフェの店長の名刺に「博士」と書いてあるのも興味をもってもらう一つの使い方です。

今後はカフェや喫茶店の業界で、まだ世の中にないサービスを出したいと模索しています。頭の中ですでにいくつか思い描いているものをいつか形にしたい。「いつかやりたい」の想いから始まったお店だからこそ、次の夢もきっと実現したいですね。

小泉さんのキャリアパス

  • 2005

    東工大大学院生時代
    大学院時代は中村研究室で、多糖の分解酵素の応用に関する研究に没頭

    北里大学 理学部物理学科 卒業
    東京工業大学 大学院生命理工学研究科 生物プロセス専攻 修士課程 入学

    「大学院では博士一貫教育プログラムの第1期生に。4年間で学位取得するのは大変でしたが、リーダーシップ論などの授業は面白くてためになりました」
  • 2009
    博士後期課程 修了
    味の素株式会社 入社

    「より効率よくグルタミン酸をつくるための研究は基礎研究のようで、大学院で取り組んでいたことに近い内容でした」
  • 2014

    製菓専門学校入学
    一列目右から 3番目が小泉さん

    製菓専門学校 入学
  • 2015
    株式会社帝国ホテル 調理部ペストリー課 入社
    「実践的な知識や技術を身につけるために街中のカフェや喫茶店も考えましたが、家庭との両立や経済的なバランスも鑑みて決めました」
  • 2018

    株式会社ティーフル 設立
    帝国ホテル時代の先輩である 渕上一明さん(左)と

    株式会社ティーフル 設立
    Natural cafe & patisserie Teaful 開店

    「厨房の配置や動線を考えて私が簡単な図面を描き、インテリアや色彩やアロマテラピーなども勉強して、自分から店づくりに関わりました。」

小泉直也

小泉直也
こいずみ なおや

Profile

2005年、北里大学理学部物理学科卒業。2007年、東京工業大学大学院生命理工学研究科 生物プロセス専攻 修士課程修了。2009年、同博士後期課程修了。卒業後、味の素株式会社に5年間勤務。退職後、製菓の専門学校を卒業し、株式会社帝国ホテル調理部ペストリー課に3年間勤務。2018年5月に株式会社ティーフル設立、8月にNatural cafe & patisserie Teafulを開店。店長を担当し、現在に至る。

Tech Tech ~テクテク~

本インタビューは東京工業大学のリアルを伝える情報誌「Tech Tech ~テクテク~ 37号(2020年3月)」に掲載されています。広報誌outerページから過去に発行されたTech Techをご覧いただけます。

(2019年取材)

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東京工業大学 総務部 広報課

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