大学院で学びたい方
大学院で学びたい方
株式会社みんなのそだちLab 代表取締役
博士(理学)・保育士
株式会社みんなのそだちLab 取締役
博士(理学)・保育士
ご夫婦揃って博士号を取得した地球惑星科学の研究者。
その後、保育士の資格を取り、教育の現場へ進んだお二人は秩父郡横瀬町に認可外保育施設「森のようちえん・タテノイト」を開園。
異色に見えるキャリアの中で、研究者としての信念は変わることなく、情熱を胸に、教養と当事者意識を育む研究活動を続けていました。
繁彦高校1年生のとき、科学雑誌に掲載されていた丸山茂徳教授(当時。現東工大名誉教授)の記事を読み地球惑星科学に興味を持ちました。修士課程から東工大に入学して丸山研究室を選び、博士後期課程へ進んだんです。
丸山研究室は廣瀬敬助教授(当時。現東工大教授・地球生命研究所所長)の研究室と合同でした。廣瀬教授は2004年にポストペロフスカイトというマントル最下部層の新鉱物を発見し、米の科学誌サイエンスに論文が掲載された方。そこから派生する研究テーマは膨大で、何をやっても世界初の成果が自分の手で出せる。そんな世紀の大発見に立ち会えたのは幸せで強烈な体験でした。
春香私が丸山・廣瀬研究室に入った年に、国内外の一流の研究者が集うワークショップが東工大で開催されました。第一線の研究者がいる環境で過ごしたことは貴重な経験でしたし、その系譜を継いで今も活躍している同級生は多いです。
繁彦当時、僕たちは地球内部の高温かつ高圧の環境を再現し、その状況下の物質の物性や化学的ふるまいを調べる研究をしていました。地球惑星科学は空間的な広がりと時間的な広がりを学際的に研究します。惑星や生命の起源を俯瞰する視点の重要性を教わりました。また、2010年にサイエンスに論文を書いたことは、一つの業績を残せたという自信になりました。成功体験として今の事業に踏み出す精神的な支えになっています。
春香私が2011年にサイエンスに掲載されることとなる論文を書いていたときは、論文博士学位を取得するタイミングでもあり、論文のリバイズが重なり心身ともに消耗していましたね。掲載されたときは正直ホッとしたという心境で。苦しい時期でしたが、論文が発表されるまで世界で自分しか知らないことがある、ということは研究の喜びでした。そして論文が認められたことはやはり嬉しかったです。
繁彦娘が生まれた頃、それまで大学にしかいなかった僕たちは社会に対してあまり関心がなかった。それが転勤を重ね、娘の保育園を転々とする中で将来の教育を懸念し、ならば自分たちで手がけようと決めました。地球内部の研究から次の研究テーマへ移るくらいの気持ちで、この事業に進みました。ジョブチェンジという意識はなく、研究対象を変えたというスタンスでしょうか。
春香私はその前に、地球惑星科学から原子力関係の研究へ軸を移しています。娘の誕生と福島第一原発事故を経て、負の遺産を残してしまう次世代になにか貢献したい。原発事故にもともと関心がなかったり、事故が起きても忘れてしまったりする人も多く、記憶の風化は教育にあるのではと感じたのです。正解を導くための訓練である学校教育では、思考停止状態の大人を育てるという危機感を覚え、幼児期からの教育に興味を持ったのは自然な流れでした。
繁彦僕たちが出会ってきた研究者は皆、自分の中に幸せを評価する絶対的な軸がある。その情熱から知識や教養が広がり、社会の構造や課題を俯瞰的視点で見ることができる。そこに当事者意識が加われば社会をより良くしようと思える。そういう教育を目指しています。
この施設は、実は東工大時代の友人の設計によるもの。建築学系の塚本由晴研究室出身で、理念を汲み取って形にしてくれ、訪れた人に感動を与えてくれる建物になりました。
春香その友人を含め3人が建築設計に携わってくれたのですが、全員東工大出身者でした。チーム東工大の力を発揮してくれましたね。
繁彦野外という舞台も大切にしています。子どもの「何だろう?」のきっかけがたくさんあり、情熱や好奇心の種まきができる。そんな自然が豊かに存在する町ですが、保育施設の数が少なく教育の選択肢が限られてしまう。地方に注目や関心が集まる時代に、僕らの事業は教育の魅力化に貢献できると考えています。
春香ウィズコロナの時勢で、今年の夏休みは小中学生の過ごし方も変化しましたが、それに向けた学びのイベントは大きな反響がありました。
繁彦官民連携で小中学生対象の学びツアーを開催したんです。秩父の地質を通してシステムとしての地球を学ぶ内容で、とても手応えがありました。また、カフェをハブにした保護者向けの絵本のセミナーも開催しています。
春香自身の子育てで絵本に助けられていることもあり、絵本を通して子どもと接することは大人も楽しみながらできます。子どもと向き合うための媒介として捉えてほしいと考えていますね。
繁彦「タテノイト」という事業名は、僕たち舘野のタテの糸と、横瀬町のヨコの糸で未来を紡ぐという意味を込めています。
春香秩父地域は養蚕産業の地でもあって馴染むねと話していました。
繁彦先行研究がない新しい試みを考える思考回路は、研究者として培われたもの。新規性の幅の大きさがその研究のインパクトで、僕らがいた研究室はそれを追求してきました。そのマインドが染みついていて、地球から教育に対象が変わっても、研究を続けているという意識と姿勢は変わらないですね。
研究室で鍛えられた思考の訓練は、大学院という場所でないと経験できません。それが今の自分を形づくっていることを、僕たちは身をもって実感できていますから。
春香大学院は研究だけに没頭できる恵まれた環境だと思います。それに一つの分野にとらわれる必要もありません。違う視点から新しいことを発見するケースは多く、異分野の協働は広がっていくと思いますし、俯瞰的に社会を見ることにもつながります。
繁彦今まさに教育の現場で求められている「自分で課題を発見して解決する」という手法は研究者の思考そのもの。博士号を取得した人が教育やその他さまざまなフィールドへ進むというのは、これからの社会にとって必要なこと。そのステップとして博士の道を考えてもらえたらいいなと思います。
舘野繁彦
たての しげひこ
Profile
2002年、東京理科大学理学部物理学科卒業。2007年、東京工業大学大学院理工学研究科地球惑星科学専攻 博士課程修了。2010年、世界で初めて地球中心の圧力温度条件を達成し米サイエンス誌に掲載。日本学術振興会研究員(海洋研究開発機構)、東京工業大学地球惑星科学専攻特任助教、東京工業大学地球生命研究所研究員などを経て保育士。
舘野春香
たての はるか
Profile
2006年、東京工業大学理学部地球惑星科学科卒業。2010年、東京工業大学大学院理工学研究科地球惑星科学専攻博士課程中退。2011年、地球外核の二層対流の可能性を提案し、成果が米サイエンス誌に掲載。2012年、博士(理学)取得、東京工業大学(論文博士)。海洋研究開発機構研究員、日本原子力研究開発機構研究員などを経て保育士。
本インタビューは東京工業大学のリアルを伝える情報誌「Tech Tech ~テクテク~ 38号(2020年12月)」に掲載されています。広報誌ページから過去に発行されたTech Techをご覧いただけます。
(2020年取材)