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つなぐ食堂

情報理工学院 村田剛志教授 × 未来食堂 経営者 小林せかい

つなぐ食堂

人と情報のネットワークはこれからどんな広がりを見せるのか。

カウンター12席の「未来食堂」を神保町で営む小林せかいさん。

お店を手伝うと1食が無料になる「まかない」、「まかない」をした誰かの代わりに1食もらえる「ただめし」など、ユニークな仕組みで注目を浴びるお店で一人一人と向き合っている。

社会ネットワーク分析やWebマイニングなどの研究を行い、ネットワーク構造から人間関係の広がりなどを見出す村田剛志教授。

インターネット上でコミュニティがつながるこれからの時代に、情報の広がりとともにネットワークはどう変化していくのか。

お二人それぞれの視点から考えを交わしていただきました。

(対談日:2020年9月15日/未来食堂にて)

お店を中心とした緩やかなつながり

小林私が東工大の理学部数学科(当時)出身ということもあり、本日は先生にお会いできるのを楽しみにしていました。お店の印象はいかがですか?

村田実は昔、神保町にある研究所で働いていたので土地勘はあるんです。ですから、この神保町に、数学というピュアな理論を突き詰めるタイプの方が食堂をつくるということがまず興味深かったです。ランチメニューが日替わり1種類というのも悩みたくない私にはよいと感じますが、不満などは出ないのですか?

小林お昼を手早く済ませたい人には1種類だから悩まず決められると好評です。日替わりのためメニューは毎日違い、提供するものは決まっていません。それは、たとえば他店より何円安いと数字で表せるものではなく差別化につながる強みです。でも、看板メニューをつくれずリピートが期待できないのはデメリットでもあります。

村田とても理論的に考えられていますし、ユニークなルールやシステムも多いですよね。たとえば「ただめし券」は、SNSなどにはない、ある種の置き手紙や伝言のような非同期型のコミュニケーションです。タイムラグや匿名性を持った情報の伝播で、この食堂を中心に人がつながっている。通常、コミュニティは網目状に広がりますが、この場を通じて人がつながる構造は面白いですし、小林さんがあえてそういう場をつくろうとしている風にも見えます。

小林お店とお客様との関係は開店時からとても意識して今の形になりました。全12席の未来食堂ほどの規模で、お店が好きという方のコミュニティが1つできてしまうと、そこに含まれていないという疎外感が生まれてしまいます。

村田一見さんお断り、ということですね。

小林そうです。そんな一見さんが入りづらさを感じるようなお店ではなく、未来食堂が目指しているのは「誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所」です。誰でもご飯が食べられて、役に立っていると感じられる場所を考えたとき、ファンを母体としたコミュニティを運営の中心に据えるのは危ういと思ったんです。「まかない」をした誰かが1食を譲る「ただめし券」は誰でも使えますが、譲った人と使う人は顔を合わせないことの方が多い。そのくらいの関わりがこのお店の特長です。

客席12席の小さな未来食堂 「まかない」「ただめし」のほか、定食の小鉢を好みに合わせてオーダーメイドできる「あつらえ」など独自のシステムが話題を呼ぶ未来食堂。根底には小林さんが1人で切り盛りしながらでも、どんな方が来てもご飯が食べられる場所にしたいという思いがある。

客席12席の小さな未来食堂

「まかない」「ただめし」のほか、定食の小鉢を好みに合わせてオーダーメイドできる「あつらえ」など独自のシステムが話題を呼ぶ未来食堂。根底には小林さんが1人で切り盛りしながらでも、どんな方が来てもご飯が食べられる場所にしたいという思いがある。

「ただめし券」は、50分の手伝いで1食もらえる「まかない」をした人が置いていったもの。店の入口壁に貼られていて、1人であれば誰でも使うことができ1食無料になる。貼る人と使う人が顔を合わせる機会は少ないが、このすれ違い的な交流が未来食堂のスタイル。使われた券は店内のファイルで閲覧できる。

「ただめし券」は、50分の手伝いで1食もらえる「まかない」をした人が置いていったもの。店の入口壁に貼られていて、1人であれば誰でも使うことができ1食無料になる。貼る人と使う人が顔を合わせる機会は少ないが、このすれ違い的な交流が未来食堂のスタイル。使われた券は店内のファイルで閲覧できる。

メディアを介して情報はどう広がるか

村田図式にすると未来食堂が中心にあり、周りにどういうグループがあるかを考えるのが一般的なモデルになります。その中で影響がどう広まっていくかについて思考したとき、近しい間柄の人が集まっているとローカルな範囲で止まってしまうこともあります。

小林情報を届ける人が重要ということでしょうか。

村田剛志教授 小林せかい

村田そうです。属性などがそれぞれ異なる人が、違う位置から情報をばらまいていく方が広まることがあります。なるべく情報を広めるための影響最大化問題というのは非常に難しく、規模が大きくなるほど指数的に手に負えなくなります。小林さんは著書で、未来食堂が多様なメディアに取り上げられた後の影響の違いも書かれていましたね。

小林ビジネス方面でメディアに取り上げられたとき、テレビ番組だったんですけども、その番組を見た人からも取材させてほしいと後から問い合わせが増えました。最初の震源はテレビで、そこから余震みたいな波がくるというのは独特でしたね。また、ラジオの宣伝を聞いて多くの人が来店してくれたんですが、誰も番組名を覚えていないんですよ。テレビの番組名や新聞名は覚えているのに、人間の脳って不思議だなと思いました。

村田情報の伝わり方が面白いですね。そういった情報を聞いてくる方は遠方からも多いですか?

小林ニューズウィークに取り上げられたこともあり、成田空港から直接いらっしゃる外国の方も多いです。そうした情報の伝播はお店側がコントロールしたいことだと私自身は思うのですが、たとえばSNSを利用したキャンペーンなどの方法論や、その広まり方について先生はどうお考えですか?

村田綿密な計算による仕掛けでも成功するときとそうではないときがあります。人間は作為的なムーブメントには反感を覚えるもので、消費者自身が操作されているとわかったときには正反対の結果に終わってしまうことも多い。また、単純に数を集めるだけで時流が起こせるかと言えば必ずしもそうではありません。少数の集団が多くの噂話をつくっているという研究を専門に分析している先生も多くいらっしゃいます。未来食堂はあるメディアで取り上げられると、ライバルの他のメディアに伝播しているという広がり方が独特で、それが途切れないというのは凄いですね。

小林昨今のコロナ禍でも取材を受けましたが、店内で密な状況をつくらないようにしながらの撮影は大変でした。こういった感染症が大きな影響を及ぼす時世に、ネットワークの研究は大きな役割を担っていますよね。

村田たとえば新型コロナウイルス感染症を罹患している人、治った人、健康な人がどのネットワークにどの割合でいて、どうつながって症状の時間変化があるかという感染モデルは、今現在最も研究されていることの一つです。ある感染モデルにデータを当てはめて、イタリアの初期の凄惨な感染状況を説明した論文が学術雑誌に掲載されるなど、感染の広がりを研究対象としている方はそれこそ世界中に広がっています。実際にウイルスに対して効果的な化合物の構造や、今ある薬の転用などをコンピュータ上でシミュレートして創薬に生かす取り組みが行われています。感染の伝播自体を示すモデルにおいても、薬を考える上でもネットワークの重要性は増していますね。

人と人との近すぎないネットワーク

村田剛志教授 小林せかい

小林リアルな場所で会えないという何か閉塞感が漂う現代に、SNSなどネット上でのつながりはどう変化していくと先生はお考えですか?

村田まず、データをいかに取るかを考えないといけません。たとえば現時点で言うと、感染症の接触を感知するアプリを利用するなどの方法は考えられますが、プライバシーの問題もあり国によっても違うため、データをもとにした予測というのはなかなか難しいものがありますね。

小林確かにそうですね。この未来食堂は実際に会える場所として機能していて、今後のつながりの中でどうなっていくのか私としても考えるべき問題です。先ほどお話しした「ただめし」のつながりとはまた別に、「まかない」というシステムでいろんな方がお店を手伝ってくれています。そういうお店をやりたいと思っている人が既に12~13店舗ほどお店をはじめていてネットワークがあるんです。今週のメニューを決める会議をネット上でしたり、旬の食材の情報を送り合ったり。そんな緩やかなつながりができているんです。

村田それは懐の広さを感じますね。厨房にまで入れてライバルになる同業者を育てて、いろんな分野の方がいるネットワークというのは面白いですね。

小林チェーン店のように同種のことをするのではなく、ここで学んだことを使って自由に変化しながら広がっていけるところが面白いと私は思っています。まかないをした人には世代があって、同窓生同士は仲が良く、まかないでお互いが手伝いに行ったり来たりして色んな経験を積む。そんな自由度の高いネットワークができているんです。

村田まかないというシステムを思いつかれたときに、そこまで予見されていたのですか?

小林まかないでお店を回すというのは開店前から自分の中で決めていたことで、腕を磨く場所を探している人はいるし来るだろうと考えていました。私自身、修業時代そう思っていたので。でも、まかないの人たちが開いたお店から輪が複雑化して網目ができていくという未来までは頭になかったですね。その人たちは、まかないを通していろんなものを吸収して、自分のお店に生かしています。私はこれまでオープンマインドな人との関係や環境の中で、スキルや知識を培ってきたという原体験があるので、この広がりあるネットワークがとてもいいことだと捉えています。

村田未来食堂の厨房を手伝ってもらうとき、小林さんが適した役割を与えることでまかないさんは働きやすくスキルアップ面でも有効に作用しますよね。私は教員として学生によく指導するのは、勉強や論文を書くための英語は必要だけども、まずは言葉としてきちんと伝えるための日本語も勉強しなさいということ。自分が突き止めた研究内容が誰にでもわかるよう説明できるようにしなさいと教えています。

小林相手に向けたコミュニケーションには大事なことですよね。未来食堂では、まかないで手伝ってくれた人に、自分のお店の告知をしてもらっているんです。料理スキルの高い方が多いのですが、たとえば自分の料理を紹介するチラシをつくっても、一般人にはわからない専門的なコメントを書いてしまって全く理解されない。それでようやく自分が伝えたいことと相手が求めるレベルが違うことに気づくんです。

村田コミュニケーション能力の重要性が過度に説かれている時勢というのは否めませんが、人とのつながりをつくる上では不可欠なものですね。

非同期的につながる場があること

村田剛志教授 小林せかい

村田小林さんは事業計画書をネット上で公開されています。このオープンソース化はなかなか新しい試みだと思いますが、発想の起点はどこにあったのでしょうか?

小林理工系のロジックで事業計画書を書いていると私自身は思っているんです。飲食店は単価をはじめとした数値が現実的な範囲におさまります。そこからさらにプラス300円多くお金を出してもらうためには何をすればいいかを考えて、数学科の延長で今のシステムにつながっています。

村田飲食という業界でそこまでシステマチックに考えるのは難しい部分もあると思いますが、こうして数学的素養を持った方が飲食店で独自のコミュニティを築いている。これまで日本では文系と理工系で物事を分ける発想が強く根ざしていましたが、これからはさまざまなフィールドで文理が入り交じったネットワークが主流になると思います。また、アフターコロナの時代は人の流れが物理的な距離に制約され、直接顔を合わせる機会が貴重になっていきます。人と会うことに高いコストがかかるようになるため、冒頭で話したような、リアルタイムではなく少し時差がある非同期型のつながりが増えていくと考えています。

小林反対に即時的なネット上ではSNSのフォロワー数やページビュー数などが可視化されて広がっていきますよね。そういったまさに先生の研究領域において知見を求められる機会が増えているのではないですか?

村田先ほども言いましたが、作為を感じると人は引き込まれないということは数理モデルとして研究するには難しい問題です。ですが学問として突き詰める面白さはもちろんあります。

小林世俗への関心ではなく、研究としての興味を追求するのが東工大の先生らしいですね(笑)。

村田そうですか(笑)。情報ネットワークの構造は多様で、たとえばどんなハッシュタグを使うか、それがどう遷移していくかの分析も重要で、リンク予測と呼ばれる人間関係の変遷の研究にもつながります。

小林SNS上で「知り合いかも?」と表示される機能ですね。

村田そうです。AさんとBさんがある日つながるだろうと予測する。その候補をなぜ推薦できるかは、共通の友人が多い、物理的な距離が近い、属性が似ているなど、多々ある定義一つひとつが研究のテーマです。社会学と情報学が交わった分野でもありますね。また、東日本大震災後のツイッターの動向を分析し、フォロワー数の多い有名人が情報を取り上げると、その人が放送局として機能して広まるというデータが得られました。それが人命救助など有用につながったかの研究はこれからです。この未来食堂はSNSなどで積極的に発信をしていなくても認知が広がっていますよね。

小林SNSでの発信はあえてしていません。小さなお店や若い起業家は個人のSNSをつくりがちなんです。自分という個性を売り物にするといつか枯渇してしまう。ビジネスは作品を売るべきであると考えているので、私が発信するのは基本的に著書だけで、それも未来食堂として発言するというスタンスです。本人が目立つことなく、周りがつながって回っているのが未来食堂の特長であり、これからのネットワークのひとつのあり方なのかなと感じています。曖昧だけど心地よいつながりというのがこのお店のいちばんの魅力だと思っていますから。

村田未来食堂で緩やかな関係が広がり、多くの人から注目を集めているように、場を介した人のつながりはこれからの時代にも求められます。そのときに誰と会ったかはもちろん、どんな場所で会ったかということもネットワークの一つの価値になっていくと思いますね。

村田剛志

村田剛志

東京工業大学 情報理工学院 教授

1992年、東京大学理学系研究科情報科学専攻修士修了、東京工業大学工学部情報工学科助手。1998年、群馬大学工学部情報工学科助手、2000年より講師。2001年、国立情報学研究所情報学基礎研究系助教授。2005年、東京工業大学大学院情報理工学研究科助教授、2007年より准教授を経て、2020年より現職。研究分野は人工知能、機械学習、社会ネットワーク分析。情報理工学院 情報工学系 知能情報コース担当。

村田研究室

人工知能、特にネットワーク科学や機械学習、Webマイニングの研究を行う。構造データを対象とした深層学習、ネットワークにおける分類や関係予測、ネットワークの影響最大化など研究対象は多岐に渡る。コミュニティ抽出の高速化や可視化などによる人間関係の予測をはじめ、ネットワーク構造の知的処理に取り組む。

対談 Tsuyoshi Murata、Sekai Kobayashi

小林せかい

小林せかい

未来食堂 経営者

1984年大阪府生まれ。東京工業大学理学部数学科卒業。日本IBM、クックパッドにて6年半エンジニアとして勤務後、多様な飲食店での修業を経て2015年に「未来食堂」をオープン。「まかない」「ただめし」「あつらえ」などのユニークな仕組み、月次決算の公開など独自の運営に取り組む。著書に『未来食堂ができるまで』(小学館)、『ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由』(太田出版)など。

Tech Tech ~テクテク~

本インタビューは東京工業大学のリアルを伝える情報誌「Tech Tech ~テクテク~ 38号(2020年12月)」に掲載されています。広報誌ページから過去に発行されたTech Techをご覧いただけます。

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(2020年取材)