大学院で学びたい方
大学院で学びたい方
株式会社レゾニック・ジャパン
代表取締役
株式会社ラプソドス 代表取締役
博士(工学)
「東工大発ベンチャー」※1であり、剛体特性計測機器を扱う企業「レゾニック・ジャパン」で代表取締役を務める川口卓志さん。
2016年より“研究者カフェ”の運営会社「ラプソドス」を新しく立ち上げ、カフェを拠点とする研究者支援をスタートさせ注目を浴びました。
そして、このユニークな試みには紆余曲折があった自らの研究者人生への省察と“研究”に対する強い思いが込められていました。
2015年12月に株式会社ラプソドス(古代ギリシア語で「吟遊詩人」の意)を32名の仲間たちと創業し、東工大大岡山キャンパスの近くに「Toi Toi Toi (トイトイトイ)」というカフェをオープンしました。大学や研究機関に所属していない人であっても、知的探求という行為は誰にでも開かれているものであってほしいという思いのもと、このカフェは、在野の研究拠点として、名乗り出ようとしています。
今後、飲食事業だけでなくコーヒー器具の開発販売にも事業を拡大し、収益から研究費支援やポスドクの雇用、学術誌の発行などをも視野に入れています。この事業に対する思いは、研究が好きでありながらアカデミアに残ることができなかった心残りのようなものから発しているのかもしれません。
少し私の過去のことをお話します。高校時代は数学と物理がとても好きでした。どちらの科目も答えに到達するまで決められたプロセスを経るのではなく、論理的思考に基づいていれば、その過程は個人の自由だったことがその理由です。
大学に入学してからは、身の内に鬱憤する情熱を昇華させるため、何か一生懸命になれる対象をむやみに探していたように思います。工学部機械科学科に所属をし、学部2年の時には、学科の仲間とホバークラフトを製作して大学祭で披露しました。未熟ではありましたが、仲間と一緒にゼロからものをつくり、形にしていく過程は、何にも代えがたい充実感がありました。学部時代の成績はお世辞にもよいと言えるものではありませんでしたが、新しい知識を得たり、公理系※2から導き出される体系を学んだりすることはとても好きで、自然科学系、人文系を問わず、友人たちといくつも自主ゼミを行っていました。
いつも一生懸命な私ですが、やることに一貫性がないため、結局自分が何をしたいのか分かりませんでした。進路に悩むことが増え、講義にも身が入らなくなり、学部3年のころ一度大学から離れてみたくなりました。結局1年間の休学を申請し、半分は日立製作所の研究所で、もう半分は語学留学という名目で上海交通大学に留学。留学中は、昼間は量子力学の勉強、日が暮れると上海のクラブやディスコに通う毎日を過ごしていました。おかげで結果的に日常会話であれば支障がない程度にはなりましたので、目的は全うしたかと思います。当時、先の見えない不安の中、ドイツ人の友人が贈ってくれたゲーテの詩が自分を支えていたものでした。
「何ゆえ、私は移ろいやすいのです?
おお、ジュピタアよ」と、美がたずねた。
「移ろいやすいものだけを
美しくしたのだ」と、神は答えた。
(新潮文庫『ゲーテ詩集』高橋健二訳 より)
帰国後、物理の範疇から存在の解釈問題に取り組みたいと思い、理論物理系の大学院を受験しました。筆記試験は合格したのですが、志望する指導教官との面接で「哲学がやりたい」と口走り、結果不合格。あわててその時期からでも申請できる海外研修プログラムに片っ端から応募し、たまたま日欧産業協力センターの「ヴルカヌスプログラム」に採用されました。研修先のドイツに1年間滞在し、帰国直前にその次の年の居場所がないことに気付き、研修中の会社の日本支社でどうか働かせてくれと、当時の上司に頼み込んだところ、帰国後はセールスエンジニアとして同社の日本法人に就職することになりました。
会社員となり、日々の業務だけではどうも物足りないので、当時通勤途中にななめ読みをしていた宮沢賢治について調べ始めました。賢治の独特の世界観がどこからくるのか興味があったからです。そうすると、業務の効率も上がり、毎日が充実していきました。いろいろ調べて分かってくると、今度は人に話したくなります。「話を聞いてくれ」と、友人たちに声を掛け、食事やお酒を提供しながら、自分が調べたことを話しました。この集まりは発表者を替え、テーマを替え、場所を替えて連綿と今日まで続き、それが発展したのがこのカフェなのです。
さて、そんな中、リーマンショックが会社を直撃します。よい機会だと思い、会社に辞表を提出し、東工大の博士後期課程に入学しました。在学時は風力発電の研究に従事し、自由で自適で本当に楽しい日々でした。また様々な人との出会いもありました。共同で研究を行っていたロバート・クレッパーは、画期的な剛体特性(重心位置・慣性テンソル)測定装置を発明、この技術をもとに彼はドイツで起業し、私は学位取得後、日本で起業することになりました。
今、私がビジネスをする上で博士号取得が資することはあまりありません。ただ、私は博士後期課程に所属するくらいの心の余裕が人生にありました、というメッセージにはなるかもしれません。これからの時代、損得勘定以外の基準を自分の中にもつことは、とても大事なことだと思います。次の時代を創り出す主体は、まさにこの時代に生きる私たち自身だという意識のもと、私たちの行動が、この時代が進み得る選択肢の1つになるように、自由な発想を何よりも大切にしながら切磋琢磨していきます。既成の価値観を鵜呑みにせず、行動の原理はいつも人間性を根拠にし、感性を羅針盤に、ユーモアを交えながら、世の中にあらゆる可能性を提供していきたいと思っています。
東日本大震災
震災直後から東工大ボランティアグループを組織し、約3年間にわたって海水や泥をかぶった写真の洗浄や被災した学校への中古PCの寄付などを行いました。
東工大における研究成果もしくは人的資源を活用して起業されたベンチャー企業に対し、「東工大発ベンチャー」の称号を授与しています。
1つの形式体系における議論の前提として置かれる一連の公理(その他の命題を導きだすための前提として導入される最も基本的な仮定)の集まりのことです。
全国8大学(北海道、東北、東京、東京工業、名古屋、京都、大阪、九州)の工学系9研究科で学業に励む博士後期課程学生間の交流・情報交換を行うフォーラム。
川口卓志
かわぐち たかゆき
Profile
2013年3月、東京工業大学大学院総合理工学研究科創造エネルギー専攻博士後期課程修了。学位論文は「洋上風力発電群の構成と制御に関する研究」
本インタビューは東京工業大学のリアルを伝える情報誌「Tech Tech ~テクテク~ 31号(2017年3月)」に掲載されています。広報誌ページから過去に発行されたTech Techをご覧いただけます。
(2016年取材)