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腸内環境をデザインし「病気ゼロ社会」を目指す — 水口佳紀

腸内環境をデザインし「病気ゼロ社会」を目指す―水口佳紀

水口佳紀さん
Yoshinori Mizuguchi

株式会社メタジェン 取締役CFO
博士(工学)

学生時代の起業・研究・留学経験を軸に次世代型ヘルスケアに挑む

「腸内環境を整える」という言葉は日々広告等で耳にするものの、実は、個人に合わせた腸内環境のヘルスケアが、皆が健康でいられる「病気ゼロ社会」実現の一助となることはまだまだ知られていない。「ものづくりで人を救う」という信念のもと、東工大で研究を重ね、現在株式会社メタジェンのCFOを務める水口佳紀さんは、同社にて腸内環境研究の最先端を走っている。7年間精力的に研究に励み、時には起業との二刀流に挑んだ学生時代の歩みを振り返るとともに、今の自分を作り上げたかけがえのない経験について語ってもらった。

新しいものを創り出し、取り残された難病患者を救いたいと思った、自分の原点

「生命科学研究で世の中の役に立ちたい」私がそう決意したのは、高等専門学校在学中に『医薬品クライシス—78兆円市場の激震—』(佐藤健太郎著)を読んだことがきっかけです。その本で取り上げられていた「2010年問題」とは、2010年前後に大型医薬品の特許が一斉に切れ、各医薬メーカーの収益に重大な影響が出ると懸念されていた社会問題のこと。収益が下がると、ただでさえ技術的に難しい難病用の治療薬開発が資金面でもさらに困難になり、今後難病患者が取り残されてしまうという課題を、その時初めて知りました。「病気の人を治療する」観点から医療の道への進学も考えなかったわけではないですが、昔からものづくりが好きだったこともあり、新しいものを自ら生み出して人助けをしようと思い立ちました。当時、新しい創薬技術の手段として徐々に注目を集めていた核酸医薬品の研究に高等専門学校の段階で早々に挑戦したのも、「2010年問題」が念頭にあったからです。

高等専門学校卒業後は研究をさらに深めるべく、数ある理系の大学の中でも生命分野に工学的なアプローチができる東京工業大学の生命理工学部生命科学科へ編入。学士課程では、ゲノムをはじめとする生体分子が持つ情報をコンピューターで分析し、関連する生活や医療の改善に役立てていくバイオインフォマティクスを主に学びました。学士課程4年次からは小畠英理研究室に所属し、再生医療につながるような技術開発研究に没頭していきます。世に流通している薬は病気の症状を抑える対症療法の側面が強く、根治につながる可能性を秘めた再生医療に心を惹かれたのです。

理想の社会の実現を目指しひた走った、修士課程・博士後期課程

水口佳紀さん 株式会社メタジェン 取締役CFO 博士(工学)

学士課程卒業後は、同大学院生命理工学研究科修士課程に進学し、同時に、情報生命博士教育院(ACLS)にも参加しました。これは文部科学省の「博士課程教育リーディングプログラム」に採択された取り組みです。専門の生命科学に加え情報科学も学びながら、同学年の学生たちや産業界の方々との交流ができ、さらに奨励金が支給されることもあって自分の夢の実現に役立つと感じ、所属を決めました。

人生の大きなターニングポイントとなったのは、ACLSのプログラムの一環として行われた産業界インターンシップです。2013年、当時修士課程1年だった私は、インターンシップの主催会社が応募を募っていたビジネスコンテストにACLSの仲間と参加しました。そこで私たちは便に含まれる腸内細菌から個人の健康情報を解析する「スマートトイレ」を発案しましたが、結果は落選でした。翌年の再出場でもまた落選してしまいましたが、主催者の方の紹介で腸内環境の研究者である福田真嗣先生と出会います。同時に同研究科の教員でバイオインフォマティクスの専門家である山田拓司先生とも議論を開始します。先生方と意気投合した私は、今度はヘルスケアに特化した「バイオサイエンスグランプリ」への出場を決意。そしてついに、2015年開催の同グランプリにて優勝を果たすことができました。その翌月には、文部科学省主催のアイデアコンペである「エッジイノベーションチャレンジコンペティション2015」でもACLSやリーディングプログラムの全国会議を通して出会った仲間と最優秀賞を獲得します。これらの経験を通し、同じ志を有する仲間とわくわくするような議論を交わしたことがきっかけで、同年3月、福田先生、山田先生、同級生とともに、私は株式会社メタジェンを起こしたのです。

修士課程2年で、学業と両立しながらの起業でしたがあまり迷いはありませんでした。研究者が研究者自身で研究成果を社会に実装しなければ、最短距離で社会を変えることはできないという想いを抱いていたため、遅かれ早かれ起業を決断していたのではないかと、今振り返って感じます。また、さまざまな出会いを経て、「今すぐアイデアを試していきたい」とはやる心をきっと抑えきれなかったでしょう。もちろん両立は一筋縄でいくものではなく、特に、博士後期課程の研究、会社経営、必修だった留学の3つを同時並行していた際にはさすがに骨が折れましたが、時間をうまく活用して乗り越えました。留学先は日本との時差が比較的小さいシンガポール国立大学(NUS)のがん科学研究所(CSI)を選択、ラボで電気泳動等のバイオ実験をしている隙間時間には仕事のメールを確認して、ミーティングに向かう移動時間中には博士論文を進めて、といった具合です。会社経営に関しては、右も左もわからない状態でしたが、「走りながら武器を拾う」ように勉強しつつ、一つ一つ地道に知識を蓄えていきました。

水口佳紀さん 株式会社メタジェン 取締役CFO 博士(工学)

私は会社設立当初はCOO(最高執行責任者)として営業活動の統括を、博士後期課程修了後にはCSO(最高戦略責任者)として経営戦略を、2020年からはCFO(最高財務責任者)として財務を担い、会社の成長に応じて自分の役割を変化させてきました。この他にも、2020年には経済産業省による産業構造審議会にベンチャー企業の経営者として参加し、若手人材が活躍を推進するための政策の提言を行うなど、社外でも活動しています。現在では文部科学省の人材委員会の委員として、博士人材がより活躍できる社会を目指して議論に参加しています。

健康社会実現のカギである腸内環境を制御し研究成果の社会実装につなげてゆく

株式会社メタジェングループでは、腸内環境からのヘルスケアを行うメタジェンと医療創薬事業を行うメタジェンセラピューティクスの2軸からのアプローチにより最終的なゴールとして「病気ゼロ社会」の実現を掲げ、その目標に向かって前進するべく、腸に関する研究成果の社会実装を推進しています。腸内細菌の塊である腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)は腸内フローラとも呼ばれ、人々の健康を大きく左右する「もう1つの臓器®」。腸内環境の改善は喫緊の課題ですが、腸内環境は食習慣や生活習慣に依存する固有のものであり、個々人に合わせたアプローチが必要です。そのため私たちは、便に含まれる腸内細菌や代謝物質の情報を適切に応用することが未来の健康社会を築いていく上で重要なピースになると考えています。

加えて、研究成果を社会に還元するには、食品系の企業や素材のメーカーなど多様なステークホルダーとの協力が不可欠です。「腸内デザイン共創プロジェクト」という企業連携コミュニティを運営し、腸内デザイン®の理念に共感してくださっている企業が一丸となり新たな市場を創ることを目指しています。実際に今年の4月には、カルビー株式会社と協同で、個人が自分の腸内環境に合わせて素材選択ができるグラノーラ定期購買サービス、「Body Granola」を世に出すことができました。「病気ゼロ社会」を目指していく上で、「100人いれば100人が健康になれる社会」を実現したいと思っているので、個人が腸内環境に合わせて選択できるプロダクトを出すことができたのは大きな一歩です。100年後の未来を見据えながら、飽くなき探求心で知見を見出し、次世代にバトンをつないでいきたいと思います。

水口さんのキャリアパス

  • 2010
    高等専門学校在学中、難病患者が取り残される危険性を提唱する「2010年問題」を知り、ものづくりで人助けをすることを決意
  • 2011
    東京工業大学生命理工学部生命科学科学士課程に編入。小畠研究室で再生医療につながるような技術開発研究に努める
  • 2013
    東京工業大学大学院生命理工学研究科修士課程入学。同時に情報生命博士教育院(ACLS)にも参加し、博士後期課程修了まで生命科学に加え情報科学を学ぶ
  • 2015
    バイオサイエンスグランプリにて優勝。コンペティションで出会った人々とともに株式会社メタジェンを起業し、取締役COOに就任
  • 2018
    同大学院生命理工学研究科生命情報専攻博士後期課程修了。株式会社メタジェン取締役CSOに就任。2020年にはCFOに就任
  • 2023
    カルビー株式会社と共同開発した商品「Body Granola」を発売。個人の腸内環境に合ったヘルスケア商品の普及を目指す

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水口佳紀
みずぐち よしのり

Profile

2013年、東京工業大学生命理工学部 生命科学科 生命情報コースを卒業後、同大学大学院生命理工学研究科に入学。同年より5年間東京工業大学情報生命博士教育院に所属し、2015年、株式会社メタジェンを設立。2018年博士後期課程修了後、現在は同社のCFOを務め、自らが掲げる「病気ゼロ社会」の実現に向けて会社を牽引している。

生命理工学院

生命理工学院 ―複雑で多様な生命現象を解明―
2016年4月に発足した生命理工学院について紹介します。

生命理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

TechTech ~テクテク~

本インタビューは東京工業大学のリアルを伝える情報誌「TechTech ~テクテク~ 43号(2023年9月)」に掲載されています。広報誌ページから過去に発行されたTechTechをご覧いただけます。

SPECIAL TOPICS

スペシャルトピックスでは本学の教育研究の取組や人物、ニュース、イベントなど旬な話題を定期的な読み物としてピックアップしています。SPECIAL TOPICS GALLERY から過去のすべての記事をご覧いただけます。

取材日:2023年5月16日/株式会社メタジェン 川崎オフィス 研究所にて

お問い合わせ先

東京工業大学 総務部 広報課

Email pr@jim.titech.ac.jp