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お菓子から宇宙まで、世界を結ぶ「科学」の力

坂本啓 准教授 工学院×竹下真由 竹下製菓株式会社 代表取締役社長

お菓子から宇宙まで、世界を結ぶ「科学」の力 - 工学院 坂本啓×竹下製菓株式会社 竹下真由

九州のご当地アイス「ブラックモンブラン」を製造販売する竹下製菓の5代目社長・竹下真由さん(東工大卒)と、超小型人工衛星を開発して宇宙での実証実験に取り組む坂本啓准教授。異分野で活躍する2人の対談から浮かび上がったのは、宇宙進出という意外な共通項だ。さらに、両者がたどってきた軌跡を追いながら「科学」の根源的な価値をひもとく。

大きな夢を追い求めるために他者を巻き込む力が鍵になる

折り紙技術を活用した超小型人工衛星「OrigamiSat-1」イメージ図
折り紙技術を活用した超小型人工衛星「OrigamiSat-1」イメージ図

坂本私は大規模な宇宙構造物を作る方法について研究してきています。実現するために重要なのが、太陽電池やアンテナなどのデバイスが載った薄膜を小さく畳む「折り紙技術」です。この技術を活用すれば、容積が限られたロケット内に薄膜を収納し、宇宙空間で大きく展開することが可能になります。現在は宇宙での実証実験に向けて、研究室の学生と共に超小型人工衛星の開発に取り組んでいる最中です。竹下さんは現在「ブラックモンブラン」※1を製造販売する竹下製菓の社長を務められていますが、東工大に入学された理由は何だったのでしょうか。

竹下きっかけは、幼少期にテレビで見た「IDC(International Design Contest)ロボコン」です。世界中から集まった学生が国籍や言語の壁を越えて協力し、ロボット製作に取り組む様子に心を動かされました。「私も出場したい!」と思い立って調べたところ、当時日本から参加していたのは東工大だけだと判明。小学5年生の時に親に頼んで願書を取り寄せてもらい、東工大への進学を意識するようになりました。念願かなって東工大に入学してからは、家業を継ぐことを見据えて経営システム工学科の学びに打ち込んでいましたね。一方で、代々IDCロボコン出場者を輩出してきた学科の授業も履修し、担当教員に参加の意思を伝えていました。そのかいあって、2002年にマサチューセッツ工科大学で開催された第13回IDCロボコンに出場。大学時代の体験を通して、やりたいことは全て諦めず挑戦すべきだと実感しました。

※1 九州の銘菓「ブラックモンブラン」

竹下製菓の看板商品が、バニラアイスをチョコレートとクランチでコーティングしたバーアイス。発売から54年を迎え、九州の人々からはソウルフードとして愛されています。最近では関東地方の店舗やネット通販などでも販売されています。

※1 九州の銘菓「ブラックモンブラン」

坂本夢を実現しようとする前向きな姿勢には強く共感します。私自身、子どもの頃にSFに夢中になった経験からスペースコロニーの建築を目指すようになりました。ところが、進路選択を控えた高校2年生の時、日本には宇宙建築を研究する大学がないと知ったのです。悩んだ末に目を付けたのが、当時宇宙建築を特集していた科学雑誌『Newton』。編集部に手紙を送ったところ、著者のご厚意で宇宙構造物を扱う国内の研究者一覧を提供していただけることになりました。その資料を手掛かりに東京大学へ入学し、JAXA宇宙科学研究所で活躍する教授に師事しました。さらに、もう1つの目標だったマサチューセッツ工科大学への入学を目指し、修士課程では英語論文を執筆。結局、コロラド大学ボルダー校の博士課程を修了後、ポストドクターとしてマサチューセッツ工科大学で研究に取り組むことができました。

竹下素晴らしい行動力ですね。ハイレベルな環境に身を置くことは、人間的な成長にもつながります。私は東工大で優秀な学生に出会って力不足を痛感した半面、自分の個性を発揮できるポジションを模索するようになりました。一人では難しいことも仲間と力を合わせれば成し遂げられるという気付きは、卒業後もあらゆる場面で生きています。

坂本目標に向かって突き進むとき、周囲を巻き込むのは大切ですよね。もちろん、協力を仰ぐためには自分だけでなく周囲の人々にとっても価値があることを提案しなくてはなりません。関わる人全員が幸せになれるよう工夫を凝らすことで、自分も夢を追い続けられるのだと思います。

人々が幸せになる未来を信じて広大な宇宙への挑戦を続ける

工学院 坂本啓×竹下製菓株式会社 竹下真由

竹下大学入学直後、サークル活動※2の一環として都内にある「日本科学未来館」の開館記念イベントに参加しました。そこで行われたのが、宇宙飛行士の毛利衛さんと東工大生のパネルディスカッションです。実際に宇宙へ足を踏み入れた方の言葉はとても印象的で、それ以来「私もいつか宇宙を見たい」と思い続けています。坂本先生のお話も大変興味深いのですが、これまで研究内容にはどんな変遷があったのでしょうか。

坂本大学時代に「折り紙技術」の重要性を知り、修士課程はその研究に没頭していました。転機となったのは、JAXAが主導する「小型ソーラー電力セイルプロジェクト」です。ソーラーセイルとは、超薄膜の帆で太陽光圧を受けて進む宇宙船を指します。私はその実証機IKAROS(イカロス)の開発に関わり、14メートル四方の膜構造物の展開シミュレーションなどを担当しました。IKAROSを搭載したロケットは2010年に打ち上げられ、無事ミッションを達成しています。結果は大成功でしたが、宇宙空間での膜の挙動がシミュレーション通りでなかったことは私にとって衝撃でした。この件を通して、企画から宇宙での運用まで全ての工程を見ないとシステムが成立するかは分からないと痛感。それからは研究室の学生と共に、超小型人工衛星の企画・開発から宇宙での実証実験まで、一気通貫で取り組んでいます。2019年には1メートル四方の薄膜を宇宙で展開することをメインミッションとして、超小型人工衛星「OrigamiSat-1」を打ち上げました。現在はアンテナが載った薄膜を格納した「OrigamiSat-2」を開発し、宇宙空間から地上と通信することを目指しています。

※2 熱中した「サークル活動」

公認サークル「東工大Science Techno」の立ち上げメンバーとして在籍。人々に科学や技術の楽しさを伝えるため、科学工作教室やサイエンスショーを実施しました。当時の仲間と共に「スペースモンブランプロジェクト」を進めるなど、交流は現在も続いています。

熱中した「サークル活動」竹下真由 竹下製菓株式会社 代表取締役社長

竹下とても夢のあるミッションですね。実は竹下製菓でも「スペースモンブランプロジェクト」と題した企画を進めています。目標は、成層圏まで飛翔するスペースバルーンでブラックモンブランを打ち上げ、宇宙と地球を背景にした映像を撮影すること。さらに、宇宙へ打ち上げたアイスを地上で美味しく食べるため、冷凍状態を維持する方法も検討しています。今はコロナ禍を受けて一時中断していますが、再始動した暁には、アイスが科学の力で宇宙を目指すというワクワクを皆様にお伝えしたいと考えています。

坂本宇宙でアイスを食べる時代がもうすぐ訪れるかもしれないという期待も膨らみますね。

竹下宇宙食としてのアイスを開発することは中期的な目標です。私は、お菓子には人を「プチハッピー」にする力があると信じています。疲れたり思い悩んだりした時も、甘いものを食べればほっと癒されて元気が湧いてくる。人を喜ばせるスイーツを、日本や世界、さらには宇宙にまで届けることが私の夢です。

坂本研究成果の社会実装には時間がかかりますが、私も膜面展開構造によって人が幸せになる未来を見届けたいと思っています。そうした貢献を積み重ねて、いつか自分の研究が地球を救ったのだと実感できればうれしいですね。

帆だけでの宇宙空間の航行および薄膜太陽電池による発電が可能であることを世界で初めて実証するため、2010年5月21日にH-IIAロケット17号機によって金星探査機「あかつき」と相乗りで打ち上げられた。

社会に貢献する研究活動を通して科学の意義と楽しさを世間に伝える

竹下代表取締役に就任してから、「東工大卒の女性社長」として取り上げられることが多々ありました。関心の高さに喜ぶ一方で、気になったのが理系分野に進む女子学生の少なさ。実際、国内の大学・大学院で理系分野を専攻する学生のうち、女子は20パーセント程度にすぎません。一方で、海外には理系分野に進む学生の男女比がほぼ等しい国もあります。こうした状況を鑑みると、日本で理系女子を増やすためには、大学・大学院以前の教育や啓発活動の見直しが必要だと考えざるを得ません。子どもたちに理系の楽しさを伝えるため、近年は地元を中心とした講演活動などを行っています。

坂本とても有意義な取り組みだと思います。科学は自然に対するアプローチの一つであり、さまざまな課題解決に役立つ学問です。こうした応用を可能にするのは、科学が持つ情報蓄積の機能に他なりません。ニュートンが「巨人の肩の上に乗る」と表現したように、論文として蓄積された先人の知見は、我々に新たな解決策を与えてくれます。加えて重要なのが、科学者同士のコミュニティ※3です。専門家が論理的な思考に基づいて議論を交わすことで、科学は発展を遂げてきました。東工大の学生には、研究室やサークル、ロボコンなどの活動を通して、科学的な知識とコミュニケーションの両輪を扱えるようになってほしいと思っています。

※3 「コミュニティ」で協働する

「コミュニティ」で協働する

宇宙に大型構造物をつくる研究に取り組む坂本研究室。膜面展開構造物や宇宙アンテナの開発、大型構造物を作るためのシステムの検討など、その内容は多岐にわたります。特に重視するのが、学生自身の手で製作する超小型人工衛星による宇宙実証実験。学生の自主性を尊重し、さまざまな活動を展開しています。

竹下豊かな見識を持つ科学者の方々には、強い尊敬の念があります。だからこそ、研究に専念するあまり社会との連携や資金調達が滞ってしまうケースには歯がゆさを感じます。科学者と社会に双方向のコミュニケーションが生まれれば、大きな相乗効果が得られるはずです。大学時代の経験を通して、私はその橋渡しの役目を担うべきだと自覚しました。日々の業務でも、機械メーカーの方との打ち合わせなどでは、科学的な知識を基盤に対話することを心がけています。

坂本おっしゃる通り、科学者が興味関心を追求するためだけに研究に打ち込むと、得てして近視眼的になってしまいます。それでは周囲の評価や資金の投入が期待できず、持続可能ではありません。そのため、私の研究室では研究に取り組む学生に対して、研究成果を社会にどう役立てるか考えるよう促しています。

竹下その視点に立つと、ほとんどの研究が社会に接続することに気付かされます。アイスを含め、身の周りのあらゆるものは科学の結晶です。理系はハードルが高いという印象を持つ方が大半かもしれませんが、本来はとても身近で親しみやすい学問のはず。我々の活動を通じて多くの人々に科学の魅力を知ってもらい、ワクワクする気持ちを味わってほしいですね。

まだまだ深める知的好奇心

人工衛星

人工衛星

東工大は学生が人工衛星開発に取り組む機会を数多く設けている。そのうちの1つが、350ミリリットル缶サイズの模擬人工衛星「CanSat」の設計・製作・運用を行う授業だ。毎年9月には、アメリカのネバダ州でCanSatを高度4kmまで打ち上げる競技会に参加。飛行中または着陸後に宇宙を想定したミッションを達成することを目指す。こうした実証実験で得た知見が、実際の人工衛星開発にも生かされている。

商品開発

商品開発

ブラックモンブランが生まれたのは、アルプス山脈の最高峰モンブランを目の当たりにした竹下製菓前会長の思い付きがきっかけ。「真っ白い山にチョコレートをかけて食べたらさぞ美味しいだろう」という発想を形にした結果、人々から愛されるロングセラー商品が誕生した。「スペースモンブランプロジェクト」で宇宙や地球の姿を捉えれば、商品開発につながる新たなインスピレーションが生まれるかもしれない。

坂本啓 Hiraku Sakamoto 准教授 工学院 機械系

「SFに憧れて始めた宇宙構造物の研究。社会との接続を意識し、多くの人と連携しながら夢を追い続けています」

坂本 啓
Hiraku Sakamoto

准教授 工学院 機械系

東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修士課程修了。米国コロラド大学ボルダー校博士課程修了。博士(Ph.D.)。宇宙空間で広がる膜面展開構造物や宇宙アンテナの開発、大規模宇宙システム構築のためのモデリング、超小型人工衛星を用いた宇宙での実証実験など、幅広い研究活動に取り組む。

竹下真由 Mayu Takeshita 竹下製菓株式会社 代表取締役社長

「人を笑顔にするお菓子のパワーを信じて日本全国から世界、宇宙まで商品を届けることが将来の目標です」

竹下 真由
Mayu Takeshita

竹下製菓株式会社 代表取締役社長

東京工業大学大学院社会理工学研究科経営工学専攻修士課程修了。外資系コンサルティング会社での勤務を経て、2011年に竹下製菓に入社。経営企画室で製造ラインの改善などに取り組み、2014年からは商品開発室長を務める。2015年に発売した「朝食アイス」をはじめ新商品の開発にも力を注ぎ、2016年に代表取締役社長に就任。

Tech Tech ~テクテク~

本インタビューは東京工業大学のリアルを伝える情報誌「TechTech ~テクテク~ 43号(2023年9月)」に掲載されています。広報誌ページから過去に発行されたTechTechをご覧いただけます。

SPECIAL TOPICS

スペシャルトピックスでは本学の教育研究の取組や人物、ニュース、イベントなど旬な話題を定期的な読み物としてピックアップしています。SPECIAL TOPICS GALLERY から過去のすべての記事をご覧いただけます。

(対談日:2023年5月19日/大岡山キャンパスにて)

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東京工業大学 総務部 広報課

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