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光の情報を集積し、空間に立体像を映し出す―ホログラフィー研究の最前線

工学院 山口雅浩 教授

光の情報を集積し、空間に立体像を映し出す―ホログラフィー研究の最前線:工学院 山口雅浩 教授

世界を創るテクノロジー

光の3次元的な情報を捉え、物体を立体像として再生する技術「ホログラフィー」。既に偽造防止や装飾、アートなどの分野で幅広く応用され社会に浸透しているが、等身大の人間が動く立体像を目の前に映し出すホログラフィーは、未だ映画の中だけのフィクションだ。物体から反射される光の情報のデジタル化と、それを人間に再提示するインターフェースの研究に長年取り組んでいる山口雅浩教授。目に見えない軌跡を追い求める、その心躍るテクノロジーの世界へようこそ。

デジタルで、アナログ撮影を越える精巧なホログラムを制作する

物体が人間の目に見えるのは、その物体が反射した光源からの光を目が受け止めているからです。その光を記録する際、一般的なカメラで撮影すれば光の強さや波長(色)を記録することが可能ですが、平面での像しか得られません。光の強さに加え、光の波としての伝わり方の情報(位相)もすべて記録し、物体を立体像として再現可能にする撮影と再生の技術がホログラフィーです。また、ホログラフィーによって撮影した、“立体的写真”をホログラムと言います。ホログラフィーの発明者であるデニス・ガボールは、1971年にノーベル物理学賞を受賞しています。

私が学士課程4年次だった1980年代当時、ホログラムはアナログで撮影し作成するのが一般的で、研究テーマに選んだデジタルデータからの作成はまだ始まったばかりでした。アナログの場合、物体に暗室でレーザーを当てて撮影するため、大きな物体や柔らかい物体は記録できず、もちろん架空の物体のホログラムも作成できませんが、コンピュータで作った映像からホログラムを起こせれば、頭の中のイメージを立体的な映像で具現化する手段として素晴らしいと考えたのです。現在研究しているデジタルのホログラムは、現実世界で光が物体からどのように反射して伝わっていくかを計算で求める必要があるため、コンピュータ上で光の伝わり方のシミュレーションを行います。このように作成するホログラムを計算機合成ホログラム(CGH)といいますが、さまざまな物体に光が当たったときの複雑な光のふるまいを全てホログラムとして模擬計算をする方法は確立していません。そこで、CG技術を組み合わせて、処理する光の情報を光線と波動[用語1]で使い分け、精巧なホログラムを再生する方法を目下研究しています。実際にこの方法で近年作成したダイヤモンドのCGHでは、光沢感や輝き、複雑な光の屈折が美しく再現されています。

ホログラムの最終到達点の一つ、究極の「リアル」を求めて

「人間が実世界から受け取る情報のうち 光の情報が一番容量としては大きい。実世界の光をいかにデジタル化し人間に再び提示するか。成果がまさしく『目に見える』状態で現れる、やりがいのある研究分野です」

山口 雅浩

山口 雅浩

Masahiro Yamaguchi

工学院 情報通信系
教授

研究室ウェブサイト(External site)

研究者情報(External site)

1989年、東京工業大学総合理工学研究科物理情報工学専攻修士修了。2011年、同大学学術国際情報センター教授、2016年より現職。工学博士(1994年11月、東京工業大学)。1999年から約10年間、(独)情報通信研究機構赤坂ナチュラルビジョンリサーチセンターサブリーダーなどとして分光技術を用いた高色再現映像システムの研究に携わる。現在は、国際照明委員会(CIE)リサーチフォーラムRF-1コンビナーとして分光画像に関する国際連携活動を推進中。

私たちの作るホログラムは主にガラス板やフィルムに静止画として記録されています。電子ディスプレイでホログラムを表示するには、現在の4Kや8Kを優に超える100Kレベル以上の画素が必要になるためまだ社会実装されてはいませんが、実現すれば裸眼の状態で今のテレビとは全く異なる映像体験が楽しめるでしょう。

私は当面の目標として、デジタルのホログラムによる等身大の人間や部屋の空間全体の再現を掲げています。他の研究機関とも共同研究を行っていますが、やっと実サイズの人間の頭の部分ができたところです。今、AR・VRのような仮想世界も発展している中、ホログラム最大の特長は肉眼で違和感のない三次元の空間を感じられること。真に「リアル」な三次元空間映像表現を求め、これからも光の情報を追い続けていきます。

本来の意味での「ホログラム」とは?

「ホログラム」と聞くと、空中に浮かぶ立体映像を漠然と想像するだろう。間違いではないが、CGキャラクターなどの空中映像によるコンサートで立体のように見える映像は、ホログラフィー技術によって作られたものではなく、透明なスクリーンを利用した2Dの映像である。一番身近なホログラムはお札の虹色に光って見える部分で、2024年流通予定の新一万円札と五千円札では肖像が立体的に見えるホログラムが導入される予定だ。

実はARグラスにも応用されるホログラフィー技術

現実世界の映像に新たな画像やテキスト情報を加えるAR(拡張現実)グラスにもホログラフィー技術が活用されている。現状のARグラスでの立体的映像表示自体はホログラフィーではないが、実世界の光とプロジェクターの映像を合成する光学素子としてホログラムが使われている。また、この従来の立体映像は通常のピント調節と違う動きを目に課してしまうため、目に疲労が起こりやすい。ここに「物体からの光を完全に再現できる」ホログラフィーの技術を応用すれば、将来にはより自然な映像体験が可能になるのだ。

3Dの空中映像に「触って」操作する未来

ホログラフィーで作られた立体像に「触って」操作する3Dユーザインタフェースの開発も進んでいる。空中に表示された3D映像に指を伸ばすと、指が像に当たった位置をセンサーが感知し、操作を進める仕組みだ。空中の像を直接操作するため直感的でわかりやすく、かつディスプレイに指が触れず汚損や感染対策にも有効であり、これからのインターフェースとして実用化が待たれる。

人間は左右の目の見え方のズレだけで「立体」と感じているのではない。ホログラムの真骨頂は実物と同じ光の情報を人間に提示することだ。

ダイヤモンドのCGH
ダイヤモンドのCGH

ホログラフィーは光の強さに加えて位相情報も記録・再生する撮影と表示の技術で、その撮影には物体から反射した光(物体光)と物体に当てずに記録材料に対して直接照射する光(参照光)の2つの異なる光が必要である。参照光と物体光の波の重ね合わせにより、光の強弱が変化する「干渉」という現象が起きる。光の記録媒体には、光波の干渉が非常に細かい縞となって模様を作る。できた干渉縞が記録された媒体が、ホログラムである。ホログラムに対し、撮影時の参照光と同じ位置に置いた光源から光を照射した際、ホログラムの干渉縞によって光の回折[用語2]が起こり、別方向に進む光が生じる。このときの回折光は記録した物体光と同じ形になっており、観察者には実際に物体が存在せずともホログラムの奥に元の物体があるかのように立体的に見えるというのがホログラフィーの原理だ。

ホログラフィーは、1948年、ハンガリー生まれの物理学者デニス・ガボールによって発明されたが、鮮明な像を映し出すものではなかったため、長らく注目を浴びていなかった。しかし1960年、レーザーが発明されたことによって再生する像の質が向上し、ホログラフィーは今や社会を支える技術へと発展を遂げた。

「レーザー光の軌跡」で見るホログラム撮影・像の再生方法

「レーザー光の軌跡」で見るホログラム撮影・像の再生方法

ホログラム撮影には一つの波長だけの光を出力するレーザーを光源として用いる。光源の光をハーフミラーによって物体を照射する光と記録材料に対して照射する光(参照光)とに分離し、物体からの反射光(物体光)と参照光を重ね合わせて記録媒体にあてることで撮影を行う。これらの光の干渉縞がホログラムに記録される。再生の際には撮影した時の参照光と同じ位置からレーザー光をホログラムに照射することで、ホログラムの干渉縞で回折した光が元の物体から発する光と同じように進むので、あたかも元の物体が3D映像として浮かんでいるように見えるのだ。

広がる応用研究

山口教授は、コンピュータを用いたデジタルでのホログラム制作研究の最前線に立っている。

「私が研究を始めた当時は、コンピュータで計算した画像を何百枚もブラウン管に表示し、映画のフィルムで記録して、さらにレーザーの光を当ててホログラムに、というとてつもなく手間のかかる作業が行われていたのです。フィルムの代わりに画像を液晶テレビで表示させ、ホログラムを作成することが最初の研究テーマでした。光の情報をデジタル化するという原点は今も変わっていませんが、研究過程で生まれたさまざまな応用研究にも力を入れています」

肉眼で見たままの色を表現

基本のホログラムは光の回折を利用するため、再生光として、参照光の波長・光線の方向と異なる太陽光や白色光を用いた場合には立体像がぼやけてしまう。これを、光の「分光」を用いて再現可能にした代表例が「レインボーホログラム」だ。分光は光を波長で分けるため、目の位置によって再生される像が虹色に変わる。クレジットカードや紙幣に印刷され、第三者による複製が困難なため偽造防止に役立っている。

山口教授は応用研究の一つとして、分光を駆使し、カラーカメラやディスプレイを従来のRGBの三原色ではなく、「分光」「多原色」で撮影・表示させる映像技術の開発を進めている。カメラで光のスペクトル[用語3]自体を情報として取り込み表示できれば、まさに肉眼で見たままの色をディスプレイでも捉えられるのだ。

「物体の色や質感・光沢感などを正確に取得した色再現が特に貢献を期待される分野が、医療関係です。一例を挙げると、皮膚科では病変部のわずかな色の違いを見分けなければなりませんが、通常のカメラでは顔色に補正がかかり、きれいな色で出力されてしまう。それをスペクトル情報で表現すれば微妙な色合いが正しく判別できます。ここに特定の波長の光を目立たせる画像処理を適用すれば病変部の強調も可能です。また、分光カメラを持ち運べば過疎地や離島での遠隔医療の質が格段に向上するかもしれません。医療分野以外でも、美術品・文化遺産のデジタルアーカイブ作成や、商品の試作品の共有など活用できる範囲は多方面に広がっています」(山口教授)

次世代技術、「レンズレスカメラ」

デニス・ガボールが発案したホログラフィーは、もともとレンズが使えないX線や電子線の像を見る顕微鏡をつくるために、波動の性質をレンズ無しで撮影・再生するものだった。そのため、ホログラムは「レンズレス写真」とも呼ばれることがある。小型かつ軽量、加えて物体の三次元情報を記録でき、次世代のAI向け画像センサーなどとして近年需要が高まっている「レンズレスカメラ」も、実はこの技術の延長線上に存在している。

2022年3月、山口教授を含めた山口研究室のメンバーらはVision Transformer(ViT)と呼ばれる最先端の機械学習技術を用いた、レンズレスカメラにおける新たな画像再構成手法を発表した。これは、レンズレスカメラの画像処理を高速化し、高品質な画像を取得できる画期的な手法だ。

「レンズレスカメラは記録した光学情報をもとに、撮影後でもピントを自在に変えられるなどの可能性を有しています。この実現のためには撮影した像からの再構成の技術が鍵になります。近年著しく発展しているディープラーニングを応用する試みは既にありましたが、レンズレスカメラの光学系の特殊な特性に合っておらず十分な性能が得られていませんでした。今回開発した手法では、ViTがレンズレスカメラの特性をうまく表現できることに着目して、その課題をクリアしました」(山口教授)

山口研究室では光と画像処理技術を基礎として、多原色の映像やレンズレスカメラの他にも多彩な研究が行われている。それらは全て時代のニーズに応じたものであり、技術として日の目を見るようにしたいと山口教授は語る。目に見えない情報を「目で見える」形で表現し、一目で技術のすばらしさを実感できる画像工学。その魅力に取りつかれた研究者たちによって、究極の映像はいつか夢ではなくなり、私たちの前に映し出されるであろう。

「革新的」社会実装が待たれるレンズレスカメラ

レンズレスカメラは、被写体から発せられた光をレンズの代わりにシート状の特殊なマスクを通して符号化し、センサーにパターンとして記録する。カメラの小型化・低コスト化・高機能化を実現し得る技術だが、計算処理に課題があった。山口研究室の提唱する新しい画像処理はレンズレスカメラを一気に実用化まで引き上げる力を秘めており、近い将来、超小型のデバイスで今までにないアプリケーションが社会に普及するかもしれない。

「革新的」社会実装が待たれるレンズレスカメラ
実際のレンズレスカメラ

レンズレスカメラの実験風景
レンズレスカメラの実験風景

ホログラムの撮影風景
ホログラムの撮影風景

用語説明

[用語1] 光線と波動 : 「光線」は幾何光学における概念で、光の進む道筋を線として表したものである。実際の光は波として振動しながら進む「波動」の性質も持っている。

[用語2] 光の回折 : 光の波が障害物に当たった際、まっすぐに進むだけでなく障害物背後の領域にも回り込んでいく波特有の現象。

[用語3] スペクトル : 光や信号などの波を波長ごとの成分に分解して表現したもの。

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工学院 ―新たな産業と文明を拓く学問―
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Tech Tech ~テクテク~

本インタビューは東京工業大学のリアルを伝える情報誌「Tech Tech ~テクテク~ 42号(2023年3月)」に掲載されています。広報誌ページから過去に発行されたTech Techをご覧いただけます。

(2022年取材)

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