大学院で学びたい方

人とは違うユニークな道で、新しい半導体材料をつくりたい ― 野村研二

野村研二

野村研二さん
Kenji Nomura

カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)
Assistant Professor(助教授)(電気・コンピュータ工学)
博士(工学)

研究職に就きたい、海外に行きたいと志し、東工大大学院で博士号を取得した野村研二さん。

スカウトを受けてアメリカの会社へ、そして現在はUCSDのアカデミックポストへ。

大学と企業を行き来しキャリアを重ねながら、世界を舞台に半導体材料の研究に取り組んでいる。

立ち位置は変わっても、材料研究への思いは変わらない

もともと研究職に就きたいと思っていました。言ってしまえば博士号はライセンスみたいなものでどこで取得しても同じ。でも、どういった博士になるかを考えたときに、先端研究をしている東工大で研究したいと思った。国際力という点でも地方の大学よりチャンスがあるのではと考えたことも理由の一つです。

研究の原点は、高校生の頃から太陽電池などの半導体に興味を持っていたことです。

有名なシリコンなどの化合物半導体は電気科学、私が扱う酸化物半導体などは材料科学が専門分野。化合物半導体には既に産業に参入しているガリウム砒素などもありますが、透明な電子回路やフレキシブルなデバイスには化合物半導体より酸化物半導体の方が有用なんです。その材料の分野で当時から世界有数の研究室だった細野秀雄教授(現・特命教授)のもとで学びたいと思い、東工大大学院への入学を決めました。

当時から細野研究室は厳しく学内でも有名でしたね。博士後期課程は一番研究に励む時期で、今の自分があるのもあの頃に頑張ったおかげです。海外に行って研究を発表することも経験でき、MRS(米国材料学会)で学生アワードも受賞しました。米国材料学会で賞をとれる研究室なんて中々ないですから、細野研究室はそういうチャンスを与えてくれた場所だと思っています。

その後、アメリカのクアルコム社に勤めることになったのは、細野教授たちと開発したIGZOの技術コンサルタントをしていたつながりから。一つのプロジェクトはIGZOを使った、バックライトを使わない反射型の超低消費電力ディスプレイでした。用途は主にモバイルディスプレイで、3日以上充電しなくてもよく、晴れた日の屋外でもキレイに見えるものを開発していました。他にも、私がリーダーとなって、数名で新しい半導体材料を開発するプロジェクトを任されました。

当時はモバイルデバイスはクアルコム社にとって重要な事業でしたが、市場飽和などの事情もあり、他の半導体事業へシフトしました。そのため、私の所属していた部門自体が新しいスタートアップ会社にスピンアウトしたんです。そこでは商品を作ることがメインで新材料の開発のような基礎の研究はできません。どうしても研究を続けたいという思いから大学教員へ転職することを決めました。学歴社会のアメリカでも人間関係はとても重要です。クアルコム社創業者の一人はもともとUCSD(カリフォルニア大学サンディエゴ校)の教授で、クアルコム社と良い関係を築いていたこともあり、UCSDへ移ろうと決めました。

現在は基礎的な半導体材料の研究に取り組んでいます。重要なのは、性能を落とさず安価な手法でつくれること。自分が携わったIGZOの開発があれほどのセンセーションを起こしたという衝撃を一度経験してしまったので、また新しい材料の提案をしたい。だからこそ私はこの研究から離れることはないですね。

IGZO(イグゾー)はインジウム(In)、ガリウム(Ga)、亜鉛(Zn)、酸素(O)から構成され、高解像度の大型液晶ディスプレイや有機ELディスプレイをはじめ多様な分野への応用が期待される物質。

企業と大学の考え方の違い、アメリカと日本の学生の違い

野村研二

アメリカの企業は一度目標を定めたら投資は惜しみません。途中経過は重要ではなく、ゴールに達したかが評価基準。だから必要な装置はすぐに購入するし、自分の研究にフォーカスできるので環境は悪くありません。ただし経営判断で方向転換もすぐにします。極端ですが半年先はわからないので、長期の研究計画を立てるのは難しいかもしれないですね。

大学は完全に個人主義で、費用さえ確保できれば何の研究をしようが自由ですが、お金に関してはシビア。UCSDはクォーター制ですから給料は9か月分で、夏休みは支払われません。後は自分で稼いだ研究費をプラスするので教員の間で差が出ます。

大学にいる今は会社の環境が良いと思いますし、会社にいたときは大学の方が良いと思っていましたね。もちろんそれぞれにやりがいはあります。ただクアルコム社時代はお金の心配は全くしたことがなかったんです。今はそれが一番頭を悩ませることでしょうか(笑)。

というのも、アメリカの大学の研究室は教員が私一人で、後は全員学生が基本スタイル。私の研究室には学生が8人いますが、留学生には年間400万円以上、地元学生には年間600万円以上の学費を教員が払います。さらに研究に携わるのは博士課程の学生ですから、人数×5年間の学費サポートを維持する研究費を稼がないといけないわけです。

特に大学院生は「雇われている」意識があるためシビアかつアグレッシブ。自分を売り込む気概があって、研究室選びから既に一つの就職活動になっています。日本人の学生はかなり優秀だと思いますが、自分を表現するプレゼンテーション力などはアメリカの学生の方が上手いと思いますし、授業に対する姿勢も違いますね。授業では学生も教員を評価しますし、研究室でも教員が自分の期待に応えられなかったら別の研究室へ移ります。教員も授業の評価はテニュア(終身雇用資格)の試験で重要視され、学生の満足度が低ければ大学の評価につながります。アメリカの大学は常に大学ランキングに対して敏感ですね。

確かな英語力と心のゆとりが海外への道を開く

研究環境で最新の装置が揃うのは日本です。アメリカは人件費に消えますからね。私はMIT(マサチューセッツ工科大学)やスタンフォード大学の研究室にも行きましたが置いてある装置を見て愕然としました(笑)。一度海外に出ると自分がいかに恵まれた環境にいるかがわかります。ただ論文に関してはアメリカの研究者の方が良いものを書く。理由の一つは英語ですが、もう一つは研究に対する考え方です。実験結果に重きを置く日本に対してアメリカはアイデアがすべて。特許取得も研究費の獲得もアイデアが重視されるんです。

そもそもアメリカは移民でできた国。国籍や出身大学といったバックグラウンドの違う人間が集まって議論し、異なる意見や視点がミックスされることで新しい考え方や技術が生まれます。日本にはない国際性や多様性を学ぶことができ、アメリカに留学することは人生の良い経験になると思いますよ。現にUCのアメリカ人学生の大学院進学率は日本のように高くなく、中国や台湾など理工系に強いアジア圏の学生が大半です。

ただし英語力は重要です。入試のTOEFLの得点はもちろん、授業がわからず中間や期末のテストで成績が悪いと除籍になりますから。私も海外に出て英語力が全然足りていなかったと実感しました。国際学会で発表はできても、後の質疑応答で日本人はほとんど上手く答えられず落胆するんですよ。それが次のモチベーションにつながっていきます。

自分の進む道で悩んだときは、後悔しないようやりたい方向を選ぶべきだと思います。私が海外企業に行くことを決めたときは、不安な気持ちより絶対に自分のためになる、アメリカで経験を積めばその後どこだろうと仕事はできると考えていましたから。人が選ばない道を選ぶというのは大切です。研究生活は決してハッピーなことばかりではありません。周りと自分を比べることはやめ、「どうにかなる」という気持ちで多少は楽観的に構えていた方が良い。常に私もそういう心構えで研究に取り組んでいます。

野村さんのキャリアパス

  • 2001
    名古屋工業大学 大学院 工学研究科物質工学専攻(修士課程)修了
    東京工業大学 大学院理工学研究科 材料工学専攻(博士後期課程)入学

    「最先端の研究をしている日本トップの理工系の大学で、 地方大学より海外を経験するチャンスも多い 東工大を選びました」
  • 2004

    2001

    MRS Spring MeetingでGraduate Student Gold Awardを受賞
    細野教授たちとIGZO-TFT(薄膜トランジスタ)を開発し『Nature』に発表
    東京工業大学 大学院理工学研究科 材料工学専攻(博士後期課程)修了
    東京工業大学 博士研究員(ポスドク)
    「国際学会に参加するたびに、次はもっと準備や勉強しようと刺激を感じていました」
  • 2010
    東京工業大学 フロンティア研究センター 特任准教授
  • 2012
    アメリカ・クアルコム社 入社
    「全社を挙げた大きなプロジェクトと並行して、大学の延長線のような研究もできました」

    2004年

    2004年

  • 2018

    2018

    カリフォルニア大学サンディエゴ校 Assistant Professor(助教授)
    「新しい材料の開発はとても時間がかかりますが ずっと続けていきたいですね」

野村研二

野村研二
のむら けんじ

Profile

1999年、名古屋工業大学Ⅱ部工学部応用化学科卒業。2001年、名古屋工業大学大学院工学研究科物質工学専攻(修士課程)修了。2004年、東京工業大学大学院理工学研究科材料工学専攻(博士後期課程)修了。博士研究員を経て2010年にフロンティア研究センター特任准教授。2012年、アメリカのクアルコム社にスカウトされ入社。2018年よりカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)Assistant Professor(助教授)、現在に至る。

Tech Tech ~テクテク~

本インタビューは東京工業大学のリアルを伝える情報誌「Tech Tech ~テクテク~ 36号(2019年9月)」に掲載されています。広報誌outerページから過去に発行されたTech Techをご覧いただけます。

(2019年取材)

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東京工業大学 総務部 広報課

Email pr@jim.titech.ac.jp