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新体論 ―見えないスポーツの新しい見え方―

リベラルアーツ研究教育院 伊藤亜紗 准教授 × ゴールボール「チーム附属」所属選手 安室早姫

新体論 ―見えないスポーツの新しい見え方―

視界を遮って音のみを頼りに戦う球技、ゴールボール。

その攻守の中心を担うプレーヤーであり、日本代表候補選手として活躍が期待される安室早姫選手。

小さい頃から昆虫など自分とは違う身体に興味を持ち、さまざまな障害者の方と対話を重ね、身体の違いや障害者スポーツについて探求する伊藤亜紗准教授。

目の見えない選手と、目の見える研究者が向かい合い、お二人にとっての共通言語を見つけながら、身体の新しい可能性について語り合っていただきました。

(練習見学:2019年12月23日/筑波大学附属視覚特別支援学校体育館にて)
(対談日:2019年12月24日/東京都新宿区にて)

アイシェード(目隠し)を装着してシュート練習をする安室選手
アイシェード(目隠し)を装着してシュート練習をする安室選手

ゴールボールとは?

ゴールボールとは?

パラリンピック正式種目の一つ。1チーム3人で対戦する視覚障害者の球技。全員アイシェードを着用し、バレーボールコート大(18m×9m)のコートを使って、鈴の入ったボールを転がし相手のゴール(幅9mx高さ1.3m)に入れて得点を競う。上図は手前が攻撃側。1人の選手がボールを投げ、守備側は3人で守る。守備側はボールに触れてから10秒以内に投げ返してセンターラインを越えなければ反則となり、攻守交代が激しい。1試合は前後半12分ハーフ。選手が音を頼りにプレイするため、観客には静かに見守ることが求められる。

障害者スポーツ「ゴールボール」との出会い

伊藤本日はお時間をいただいてありがとうございます。ゴールボールを見るのは安室さんの練習が初めてで、想像以上に動きや音が激しくて驚きました。安室さんはいつゴールボールと出会ったのですか?

安室競技自体は中学生のときから知っていましたが、始めたのは高校2年生のときです。上京して入学した高校の体育の授業で、ゴールボールの部活の顧問をされていた先生が「やってみないか?」と声をかけてくださいました。

伊藤ご出身は沖縄でしたね。小さい頃はどんな子ども時代を過ごしましたか?

安室田舎だったので近所に年の近い子がいなくて、遊び相手は1歳上の姉でした。庭の花壇で泥遊びしたり、ブロック遊びしたり。鈴の入ったサッカーボールを持って公園に行くことも。私は1歳のときに目が見えなくなったので、沖縄の盲学校に通っていました。盲学校には幼稚部から職業教育を受ける専攻科まであるので、下は3歳から上は70歳の方までいましたね。

伊藤多様な世代がいて学校が一つの街みたいですね。そういえば、筑波大学附属視覚特別支援学校の小学3年生の教室にお邪魔したとき、皆でかくれんぼをしていたんです。見える人の遊びだと思っていたので、ちょっとした衝撃でした。

安室慣れている室内だと何がどこにあるか把握できているので、どこに隠れたらいいかわかるんです。ただ見えない人同士でやると、たとえば壁や隠れる場所があってもなくても関係なくて、少しでも動いて音を立てると見つかります。だからあえて隠れずに部屋の隅に堂々と立っていることもあるんです(笑)。

伊藤なるほど(笑)。ほかにも立体コピーを触っていた女の子たちが「可愛い」と言っていて、触った感覚でどこまで認識しているのか興味をひかれました。私は身体論の研究をしています。視覚を使わないと世界はどう見えるか、どんな感覚なのかに関心があって目が見えない方に話を聞いているのですが、視覚障害を持った方といっても弱視なのか全盲なのか、先天的か後天的か、それぞれで見え方や世界の捉え方はまるで違いますね。

安室そうですね。その女の子たちは丸い形は可愛いというイメージを持っているんだと思います。高校入学後に感じましたが、筑波大学附属視覚特別支援学校は鋭い感覚を持つ人が集まっています。ボールが転がるわずかな音を聞き取って、ボールの場所を正確に把握する人がいたり、野球ボールをビニール袋に入れて空気の抵抗で音が鳴るように工夫して野球をする人がいたり。沖縄にいた頃はそんな発想すらしなかったのに「この人たちは何なんだろう!」と圧倒されました。学力がある人や頭の良い人は何でもできるんです。

伊藤それは大きなカルチャーショックですね。生活環境がそこまで変わると、ご自身の中で変化したこともあったのではないですか?

安室「見えないからできない」という言い訳ができなくなりました。それでゴールボールをやってみるいい機会かなと。ただ、入部したチームは毎年日本選手権に出ていて、その年は選手が足りないからとすぐ大会に出ることになり、デビュー戦は10-0のコールド負け。ボールが全然取れなかった、止められなかった悔しさが今につながっています。

音と触覚を組み合わせて周りを見ている

伊藤ゴールボールで使うボールはとても硬いですね。まるで石のようです。このボールを止めるにはどういうスキルが必要なのでしょう。イメージするのは壁ですか?

ディフェンスの練習ではボールや床に対する姿勢を入念にチェックする
ディフェンスの練習ではボールや床に対する姿勢を入念にチェックする

安室そうです。身体が傾くとボールが弾かれてゴールに入ってしまうので、ボールと床に対して垂直を意識して身体を壁のように硬くします。バウンドするボールには肘を床にあてて身体を起こした姿勢を取り、手は上から抑えて、ボールが身体を越えていかないようにします。

伊藤バウンドとゴロを組み合わせたり、スピンをかけたり、遠心力でスピードが出たり、選手や状況によって攻撃はさまざまですよね。

安室ボールが転がると鈴の音がするので縦回転はわかりますが、横回転はボールの中心から鈴が動かないので音が消えるんです。縦回転はスピード、横回転はコースを変えるほか、音を消すことにも使われます。

伊藤読み合いという意味で、野球のピッチャーとバッターの心理戦に近いですね。それには選手の位置などの把握が重要だと思います。安室さんは音によって何をどこまでイメージしているのでしょう?

安室コート全体を俯瞰して周りの状況まで把握しています。ただプレー中に使っている感覚は音ですが、イメージするのは触覚です。たとえばボールの音がするとボールを触っている感覚が近づいてくるような。こちらへ投げられたボールは、自分が触った大きさで把握しているので、同じ大きさのままボールが近づいてきます。

伊藤目で見るとボールは迫ってくるごとに大きくなりますが、違うんですね。触覚は“自分が手で触れて得た”情報なので、ここにあるものとして位置情報は含まれない。見える人にとって、触覚が自分から切り離されて、さらにそれが近づいてくるという感覚を理解するのは難しいですね。音が触覚に変換されるのでしょうか。たとえばコーヒーを注ぐ音が聞こえるとどんなイメージが浮かびますか? 安室さんにとっては当たり前のことで、言葉にするのは難しいと思いますが…。

安室早姫と伊藤亜紗

安室うーん…。たとえば自分が触ったことのあるコーヒーカップの感触と、カップに指を入れて液体が増えていくときの感触とが組み合わさって形になるイメージでしょうか。

伊藤なるほど、見える人も頭の中で感覚を組み合わせることはできますね。ただ見える人はビジュアル化しますが、安室さんは触覚のイメージが浮かぶわけですね。

安室ボールがバウンドする音を聞いたときは、ツルツルして木目がある床に、ザラザラして硬いボールを自分で叩きつけたときの感覚が立体的に出てくるんです。

伊藤少しわかってきました。私は今回初めてゴールボールのボールを触ったことで、バウンドするときのあの力強い衝撃について理解の解像度が高くなりました。確かにボールを触ったことがないと、そこに力を感じることはありません。音ですべて把握するわけでなく、そこに触覚が組み合わされているという感覚はわかります。触覚についての見方が変わりました。

「人称を超える」というスポーツの見方

安室伊藤先生は初めてゴールボールに触れてどう感じられましたか?

伊藤力と力がぶつかり合うパワフルなスポーツだなと。ボールはどうしてあんなに硬いんですか?

安室鈴の音が聞こえるように穴が空いていて、空気で膨らませていないので殻のようになっています。ゴールボールはもともとスポーツではなく戦傷を負った軍人のリハビリテーションとして考案されたもので、本来的に弾まないようにつくってあるんです。

伊藤コートの各ラインは糸の上にテープが貼られていて凹凸がありますよね。手や足で常に確認されていましたが、靴越しでわかるものですか?

安室わかります。両足で踏めばまっすぐ立っていることもわかります。靴底は薄ければ薄いほどいいのですがゴールボール用のシューズはなく、今はフットサルの室内用を使っています。シューズを変えると最初は感覚がわからなくなりますね。

伊藤チューニングが狂うわけですね。道具というのはとても重要だと思いますが、日常生活で使われる白杖や点字の利便性はどうですか?

安室白杖は混雑していると前の人に引っかかって折れることがあるので、都会では使いづらいですね。点字は一定のペースで聞かないといけない音声より、自分のペースで読んで理解できるので私は好きです。

伊藤東工大の創設に尽力した手島精一という人物が、まだ日本版の点字がなかった頃に海外の点字器を持ち帰り紹介した一人として知られているんです。点字を使う教育的な意義を理解していて、日本の盲学校に取り入れる重要性に気づいていたんですね。

安室視覚障害者にもいろんな方がいますが、研究者の方もさまざまなアプローチをされていると思います。先生は具体的にどのような研究をされているのですか?

伊藤現在はスポーツ観戦についてNTTと共同研究をしています。「観」戦と書くように視覚に頼る度合いが大きいですが、そもそもスポーツを見るということは一面的なもので、選手の感覚までは理解できていないのではないかと。ゴールボールも、ボールを触って私の見え方は変わりました。そのように視覚以外の感覚を使って新しいスポーツ観戦の仕方を探っています。そういう意味で言うと「スポーツ観戦」ではなく「スポーツ汗戦」と表現した方が良いかもしれません。その大きな試みとして「見えないスポーツ図鑑outer」をインターネットで公開しています。

安室それはどういったものなんですか?

伊藤10種目の選手にその種目の本質や感覚を聞いて、100円均一のグッズなど身近な日用品を使って身体で体感できるように「翻訳」する作業をしているんです。突然ですが安室さんはフェンシングをご存じですか?

安室どんなものか全然わからないですね…。

伊藤1対1で向かい合って、柔らかくしなる剣を突き合う競技です。その動きが速くて、剣が相手の身体に触れたかどうかの判定は、人間には見えないのでセンサーで行います。このフェンシングを目の見えない人に感得してもらえるよう、メダリストの方と相談しながら考案したのがアルファベットのCとHの形の札を使って翻訳するやり方です。知恵の輪のように組み合わせて、ひとりがそれを外そうとし、もうひとりが外されまいとするんです。こうすると、剣を突いたりいなしたりする感覚を体感できます。フェンシングでは、ただ力まかせに突くのではなく、手首を使って相手の動きに合わせたり返したり駆け引きをすることが重要だそうです。安室さんはボールを触った経験を通してボールをイメージされていますよね。フェンシングも、ただ見て音を聞くだけだと表面的な理解で終わりますが、別の道具を使って触覚的な経験をすると情報が増えて鮮明に感じられます。要するに、自分でやってみるからスポーツ「汗」戦。これは安室さんの見え方、つまり触覚のイメージに近いことではないかという発見をしました。

アルファベットの形の札を使った「見えないスポーツ図鑑」のフェンシング。安室選手と伊藤准教授の勝負は安室選手が3連勝。「手首が柔らかくてムダな力が入っていない。今までやった人で一番強いかも」(伊藤准教授)

アルファベットの形の札を使った「見えないスポーツ図鑑」のフェンシング。安室選手と伊藤准教授の勝負は安室選手が3連勝。「手首が柔らかくてムダな力が入っていない。今までやった人で一番強いかも」(伊藤准教授)

アルファベットの形の札を使った「見えないスポーツ図鑑outer」のフェンシング。安室選手と伊藤准教授の勝負は安室選手が3連勝。「手首が柔らかくてムダな力が入っていない。今までやった人で一番強いかも」(伊藤准教授)

安室音に触覚を組み合わせるように、選手の感覚も足すことで理解が深まるわけですね。

伊藤そうです。たとえば視覚と触覚を組み合わせたVR(バーチャルリアリティ)など、テクノロジーの面で東工大が寄与できることはたくさんありそうです。安室さんはゴールボールを観戦するときどのような感覚なんですか?

安室自分がやっている感覚です。選手が投げると自分が投げる感覚が出てくるイメージですね。

伊藤視覚は自分から見た一人称の視点、相手が見ている二人称の視点などと分かれています。たとえば、正面にいる相手の立場から自分がどう見えているか知るのは難しい。でも触覚には人称は関係ないですよね。視点を自在に変えられる感覚は面白いです。自分がプレーしている感覚で選手に憑依できる。それは目の見える人にとって未知の領域。人称を超える触覚の面白さをもっと研究したいですね。

障害者スポーツのためにテクノロジーができること

伊藤サンフランシスコのライトハウスという視覚障害者施設には、3Dプリンタや他の電子工作で自分が欲しいものを視覚障害者自身がつくれるラボがあるんです。障害を持った人がテクノロジーを使いこなしていて、そういう環境を整えることは大事だと考えています。

安室障害を持った人が道具を使うときは、自分が抱えている問題を解決できればいいと考えます。だから必ずしもハイテクでなくていいし、ローテクなものが良い場合もきっとありますね。

伊藤超音波が出る白杖をつくってもそれが最適解とは限らないですものね。常に最先端の技術が問題を解決するわけじゃない。私の知り合いに、立食パーティ用の義手をつくった人がいるんです。その人は先天的に片腕がなく、もともと不自由は感じていませんでした。唯一不便だったのが立食パーティだったんです。立食パーティってお皿をずっと持っていて両手を使うことが前提の場ですよね。だから長さが肘までしかなく、その先っぽに紙皿を置けるよう平らな面がある義手にした。つまり健常者の手に近づけるわけではないんです。本人にとってはそれが正解なんですね。答えは常に複数なんだという意識を持つことが、社会にもテクノロジーにも大切で、新しいイノベーションにつながると思います。

安室スポーツ観戦も同じですね。健常者の方のほとんどはゴールボールをやったことがないと思うので、もっと体験する機会が増えてほしいです。ゴールボールは医療から福祉、そしてスポーツへと進化してきましたが、これからテクノロジーと組み合わされてVRやゲームなどになれば面白いと思っています。皆さんがスポーツをしたり、観戦したり、またそれらのスポーツを題材としたゲームをするのと同じように障害者スポーツも楽しんでほしいです。

伊藤読み合いなどの心理戦・頭脳戦も知られると、あのチームはどう点を取ろうとしているかといったことも見えてくるし、もっと感情移入できる。体験すれば選手の感覚も理解できる。そういったスポーツの新しい見え方に対して、テクノロジーにもまだまだできることがありますね。

東工大と点字の意外なつながり

手島精一と点字

東工大と点字の意外なつながり

手島精一は海外の点字器や書籍を日本に持ち帰り、海外教材を模造して日本において作り直すことによって、日本における教育が拓けるという理路を確信し、「感覚に障害があっても、その精神は障害をもたない人と違いはない」と主張した※1。手島は、東工大の前身である東京工業学校および東京高等工業学校の校長として日本の工業教育の進展に多大な貢献を行った。大岡山キャンパスに手島精一像がある。

※1
木下知威 「点字以前 18 -19世紀の日本における盲人の身体と文字表記技術の交差」『一滴』第26号、2019年、85頁。

伊藤亜紗

伊藤亜紗

東京工業大学科学技術創成研究院 未来の人類研究センター センター長
リベラルアーツ研究教育院 准教授

専門は美学、現代アート。生物学者を目指していたが、大学3年次に文転。2010年に東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究美学芸術専門分野を単位取得の上、退学。同年、同大学にて博士号を取得(文学)。日本学術振興会特別研究員を経て、2013年に東京工業大学准教授に着任。2019年の3月から8月まで、マサチューセッツ工科大学客員研究員。2020年2月に発足した未来の人類研究センターのセンター長に就任。主な著書に『ヴァレリーの芸術哲学、あるいは身体の解剖』、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』、『目の見えないアスリートの身体論』、『どもる体』、『記憶する体』など。環境・社会理工学院 社会・人間科学コース 担当。

伊藤研究室

美学を専門として、アート、哲学、身体に関わる横断的な研究を行う。さまざまな障害をもつ方との対話を通して、感覚や身体について共に考える活動に取り組む。2019年6月にはNTTとの共同研究「見えないスポーツ図鑑」のウェブサイトをオープン。選手の身体感覚を身近なもので翻訳していくプロジェクトの成果を公開している。

伊藤研究室outer

対談 Asa Ito、Saki Amuro

安室早姫

安室早姫

ゴールボール「チーム附属」所属選手

1993年、沖縄県八重瀬町生まれ。2015年、明治大学法学部卒業。1歳のときに病気で両目の視力を失う。高校より東京都文京区にある筑波大学附属視覚特別支援学校に通い、2年生からゴールボールを本格的に始める。所属は「チーム附属(筑波大学附属視覚特別支援学校)」。ポジションはセンター、ライト。主な成績は、2015年アジア・パシフィック選手権大会(中国)1位。2016年ジャパンパラゴールボール競技大会3位。2015年、2016年日本ゴールボール選手権大会優勝。2017年ジャパンパラゴールボール競技大会1位。2017年アジア・パシフィック選手権大会(タイ)1位。2017年日本ゴールボール選手権大会準優勝。2019年日本ゴールボール選手権大会3位。

Tech Tech ~テクテク~

本インタビューは東京工業大学のリアルを伝える情報誌「Tech Tech ~テクテク~ 37号(2020年3月)」に掲載されています。広報誌outerページから過去に発行されたTech Techをご覧いただけます。

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(2019年取材)