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スパコンからポケモンGOへ!

スパコンからポケモン GOへ!

『ポケモン GO』の開発で注目される野村達雄さんは、東工大大学院時代に「松岡研究室」に所属し、スーパーコンピュータ(スパコン)の研究に取り組んでいました。7月末、国内最高峰スパコンの一つである「TSUBAME3.0」稼働開始の直前、野村さんと恩師・松岡聡教授が大岡山キャンパスで久しぶりに再会。大学院時代のこと、ゲームとスパコンのこと、海外での挑戦など、コンピュータとゲームを愛する者同士として語り合いました。

(対談日:2017年7月25日/大岡山キャンパスにて)

松岡聡

松岡聡

東京工業大学 学術国際情報センター(GSIC) 先端研究部門 教授

高校生の頃から大学院修士課程まで(1980年代)、草創期のファミリーコンピュータなどのゲームソフト開発に携わった経歴を持つ。1996年に東京工業大学 大学院情報理工学研究科 数理・計算科学専攻 助教授に就任。2001年より同学術国際情報センター(GSIC)教授。2014年スーパーコンピュータの最高峰学術賞「シドニー・ファーンバック記念賞」受賞。本学GSICに設置されているスーパーコンピュータ「TSUBAME3.0」は、松岡教授が中心となって設計・構築されている。情報理工学院 数理・計算科学系 数理・計算科学コースを担当。

対談 Tatsuo  NomuraSatoshi  Matsuoka

野村達雄

野村達雄

Niantic Inc 『ポケモン GO』ゲームディレクター

1986年、中国に生まれる。2009年、信州大学 工学部 情報工学科卒業。2011年、東京工業大学 大学院情報理工学研究科 数理・計算科学専攻 修士課程修了。2011年にGoogle Japanに入社し、エンジニアとしてGoogleマップの開発などを担当。 2013年、米国Google本社に移籍。エイプリルフール企画「ポケモンチャレンジ」を手がけたことをきっかけに『ポケモン GO』の開発を指揮することになり、2015年に社内ベンチャーから独立したNiantic, Inc(ナイアンティック社)に移籍。2017年、自伝本『ど田舎うまれ、ポケモン GOをつくる』を出版。

憧れのスパコン研究をするため、長野から「松岡研究室」へ!

野村東工大のキャンパスに来るのも、松岡先生にお会いするのも久しぶりで、今日は楽しみにしていました。

松岡野村さんと最初に会ったのは、まだあなたが信州大学の学部生の頃でした。

野村はい。子どもの頃から暮らしていた長野を脱して、東京の大学でスパコンの研究をしたいと思い、いろいろな大学や研究室を調べているうちに松岡研究室に興味を持ちました。すぐ先生に電話させていただいて、研究室を訪ねるアポを取ったのです。

松岡第一印象はいかがでしたか?

野村インパクト十分でした。複数のコンピュータを結合したクラスター・コンピュータの数に圧倒されて、「ぜひ、ここで研究したい」と心に決めました。

松岡TSUBAME」の基礎研究のために研究室に構築したクラスター・システムですね。

野村はい、それまでそれほど大規模なシステムを見たことがなかったので“こんなにすごい研究室があったのか!”と感動しました。だから、その時点でもう他大学に見学に行くのはやめました(笑)。

松岡学生時代の野村さんは今より痩せていました。米国にわたってすっかり逞しくなりましたね。初めて会った頃から他大学から来た学生の中でも際立つ存在感があって、真面目なしっかりした学生だという印象がありました。

野村光栄です。大学院進学前に松岡先生から北海道で開催されていたスパコン関連の学会に呼んでいただき、学部生ながら参加させていただいたこともありました。

松岡そうでした。学部生にはかなり難しい発表内容でしたが…。

野村はい、みなさんが何を話しているのかほとんどわかりませんでした(笑)。でもわからないなりに、“これからこういうことを学ぶことができるのか”とワクワクして、入学が待ち遠しくなりました。

松岡研究室の一員となった野村さんは、当時、研究室の助手をしていた丸山直也さん(現・米国リバモア国立研究所研究員)の研究に興味を持って、直接指導を受けていました。丸山さんは当時としてはかなり先駆的だったドメイン固有言語(DSL/Domain Specific Language)、特定の科学技術計算の領域に特化したプログラム言語の研究に取り組んでいました。彼のもとで野村さんもいくつもの新しい提案をして、査読が厳しいことで有名な世界一流の学会の論文審査に通っていましたよね。大したものです。

野村スパコンに関しては大学院に入ってから本格的に学び始めましたので、私が少しでも成果を出せたのは、やはり松岡研究室という超強力なバックグラウンドと丸山さんという優れた研究者のサポートがあったからこそだと思っています。

対談場所 : 地球生命研究所(ELSI、大岡山キャンパス石川台7号館)2階 コミュニケーションスペース「アゴラ」設計者 : 環境・社会理工学院 建築学系 塚本由晴教授

対談場所 : 地球生命研究所(ELSI、大岡山キャンパス石川台7号館)2階 コミュニケーションスペース「アゴラ」
設計者 : 環境・社会理工学院 建築学系 塚本由晴教授

世界中から才能が集まるGoogleで思わぬ展開で
『ポケモン GO』の開発を指揮することに

松岡東工大には野村さんを含めて才能がある若者が多いんです。その人に合った方向性を見つけてあげると、一気に成長して世界トップの研究水準に到達する学生も珍しくありません。野村さんの場合は、そこで世界トップ企業の「Google」でインターンをするという道を選びましたね。

野村はい。尊敬する松岡研の先輩、学部時代の先輩が共にGoogleで働いていまして、“そんなに才能がある人々が集まるGoogleっていったいどんな会社だろう?”と興味を持ちました。

松岡私の研究室では海外企業でインターン生となる修士課程の学生は多いのですが、野村さんはその先駆けだったかもしれません。

野村インターンシップ期間は3ヵ月間もあったので、先生や研究室の方々にはご迷惑もおかけしましたが、自分としては将来の進路を見つけたたいへん有意義な体験でした。

松岡優れた製品を作って、それをマーケットに送り出し結果を出す「事業」と、革新的な成果を求めて長期的に黙々と取り組む「研究」はやはり違う。そんな大学と企業のカルチャーの違いを実感しましたか?

野村はい。ただGoogleは企業ではあるのですが、一方で給料をもらいながら好きなことに取り組める研究室みたいな雰囲気もある面白い職場でした。才能に満ちあふれた多くのエンジニアたちと、新しいことにチャレンジできそうなGoogleという環境に、近い将来、身を投じてみたいと強く思うようになりました。

松岡なるほど。しかし私は野村さんがゲームづくりの世界に足を踏み入れるとはまったく想像していませんでした。

野村実は僕自身にとっても意外でした(笑)。大学院時代の研究は直接ゲームとは関係ありませんでしたし、Googleの事業で興味を持ったのも地図情報で、実際しばらくの間Google マップの仕事をしていました。それがふとしたきっかけで子どもの頃に大好きだったポケモンのゲーム『ポケモン GO』の開発を指揮することになったのです。

松岡いま、日本のメディアでも『ポケモン GO』開発者として野村さんの名前が広く知られるようになりました。私たちのような研究者の世界では個人名がハイライトされることは当たり前ですが、コマーシャルの世界ではとても珍しいことです。私はあなたの名前をメディアで見かけるたびに「あれ?彼はまだ研究者だったっけ?」と首をひねってます(笑)。

野村(笑)

松岡ゲームの世界で野村さんのように個人でクローズアップされた存在といえば、やはり東工大OBであり、後に任天堂社長となる岩田聡さん(故人)でしょう。私は学生時代に彼と一緒にゲームづくりをしていました。その後、私はスパコン研究者の道に進み、岩田さんは経営者となって世界のゲームファンに敬愛される存在になりました。そんな岩田さんや野村さんのようにコマーシャルな世界で個人がハイライトされることは、後進の若い人たちの励みになる、とても良いことだと思っています。…しかしまさか自分の優秀な教え子の一人が、かつての盟友である岩田さんの会社と縁の深いポケモンのゲームで名をあげるとは思ってもいませんでした。なにか不思議な縁を感じています。

POKE'MON GO

©2017 Niantic, Inc. ©2017 Pokémon.
©1995-2017 Nintendo/Creatures Inc. /GAME FREAK inc.

スパコンとクラウドに共通する「スケールアウト」という思想

松岡『ポケモン GO』の成功はやはりゲームのコンセプトもあるけれど、利用者や処理量の規模の拡大に対応できる拡張性、いわゆる「スケーラビリティ」が大きなポイントであったと思います。サービス開始とともに爆発的なブームになりましたが、それほど重大なサーバ障害は起きませんでした。私は大学院時代のスパコンの研究やGoogle マップの仕事で骨の髄まで「スケーラビリティ」への対応力を鍛えた野村さんの能力が発揮された仕事なのではないかとにらんでいるのですが…。

野村さすが松岡先生!「スケーラビリティ」についてはおっしゃる通りです。ただ『ポケモン GO』の開発は私だけではなく、多くの技術者が関わっています。彼らGoogle出身のエンジニアたちは、ふだんから何億~何十億人というユーザに提供するサービスに携わっていましたので、「スケーラビリティ」にはとても敏感で強いこだわりを持っています。一般的なオンラインゲームは、たとえば1万人といった単位でサーバを分けるものなのですが、『ポケモン GO』では何億人というユーザ全員が同じ世界=サーバ上で遊んでいます。もちろん物理的に同じサーバに乗っているわけではありませんが、論理的に「単一のサーバ=世界で遊べるシステム」を構築しているのです。あまり語られませんが、その部分に関して『ポケモン GO』は今までのゲームとは違う技術的な革新性を有しています。バックグラウンドとなるGoogleクラウドプラットフォームの上に『ポケモン GO』をどのようにスケールするかについて、私たちはかなり工夫を重ねました。そこは他社には決して真似できない誇れる技術だと自負しています。

松岡あれほどのブームを起こしながら、それほどサーバがパンクしなかったのはさすがGoogleですね。

野村サービスがスタートしてからまったくトラブルがなかったわけではないのですが、いずれも私たちが設計段階から想定していた「スケーラビリティ」の範囲内のトラブルだったので対処にそれほど時間はかかりませんでした。

松岡そうしたクラウドの「スケーラビリティ」は、実はスパコンの世界にも通じています。昔のスパコンは大規模なメインフレームコンピュータの処理能力をひたすら向上させるというものでしたが、現在は用途や仕事量のスケールにあわせて膨大な数のプロセッサを並行処理させてスピードアップするシステムになっています。たとえば、科学技術計算のシミュレーションでは何十万~何百万ものCPUを同時に動かします。用途は違いますがクラウドシステムも、やはり基本的な考え方は同じで、『ポケモン GO』のようなゲームの裏には、何千万ものCPUが同時に稼働しているクラウド上のスパコンがあると考えることもできるでしょう。

野村まさにそこは松岡研究室に入るまで私がまったく知らなかった分野で、一つのCPUの処理能力を高めていく「スケールアップ」と、多くのCPUを束ねてスピードアップする「スケールアウト」というごく基本的な概念から学ばせていただきました。Googleはまさにこの「スケールアウト」の思想によって成長を遂げた企業なので、大学院での研究は現在の仕事にダイレクトに結びついています。

松岡「TSUBAME」を含む現代のスパコンも、Googleなどのクラウド技術も、あと少なくとも10年は「スケールアウト」の方向で進化していくでしょう。これからも野村さんのようにスパコン研究から、クラウドサービスに転身する人は増えてくるのではないかと思います。

野村僕が就職してからもTSUBAMEはどんどん進化を重ね、今年の8月から「TSUBAME 3.0」が稼働するそうですね。

松岡ええ、「ビッグデータスパコン」として、今トレンドでもあるAI処理に関しては国内トップクラスの計算性能を有しています。さらに「グリーンスパコン」として冷却システムから見直した超省エネ設計を実現し、2017年6月の省エネ性能スパコンランキングで世界1位を獲得することができました。「TSUBAME」はこれで3回目の「世界一」の栄誉に輝いたことになりますが、個人的には今回の「グリーンスパコン」としての栄誉がいちばんうれしく思っています。

野村素晴らしいですね。私も研究室出身者として誇りに思います。

TSUBAME 3.0

才能ある若者の世界的な成功がこれからの日本を元気にする

松岡私の研究室、そして東工大には野村さんのように世界から注目をされる仕事ができるポテンシャルを持つ学生はたくさんいます。今、野村さんから彼らに対してアドバイスしたいことはありますか?

野村そうですね…。一つ言えば東工大の学生は英語に苦手意識を持っている人が多くて、そこがちょっともったいないと思います。実は僕も英語は不得意だったのですが、大学院時代に積極的に留学生と遊ぶようにしました。松岡研究室の留学生だけではなく、他の研究室の留学生、さらに他大学の留学生まで交流が広がり、楽しみながら自然と英語力が身につきました。就職後、英語で困ることはほとんどなかったと思います。

松岡若い頃の人脈は大切です。その繋がりが後になってモノを言ってきます。あと私が思うのは日本の学生は謙虚というか、自分の優秀さに対する自信をあまり表に出さない人が多いということ。私の研究室から海外のIT企業へインターンに出した学生は、その企業から非常に高く評価されることが多いのです。世界中の一流大学から集まってきた学生の中で高い評価を得ているわけですから、もっと自信を持ってほしいなとつねづね思っています。

野村確かに米国の学生は、いつも自信満々で自己アピールしていますからね。ただ僕個人で言えば、学生時代からわりと自信満々だったかも(笑)。

松岡野村さんのように才能ある若者が積極的に世界に打って出て、成功することがこれからの日本を元気にすると思います。『ポケモン GO』の裏にある最先端の情報技術を作り上げた野村さんのように、ものつくりのヒーローがいると、第2の野村さんを目指す環境が生まれます。学生には、気の利いたことを言うから有名になるのではなく本物を持ってる人を見極めろと言いたい。

野村過分のお言葉です。私の成功は自分の実力だけではなく、人との出会いやスマートフォンの普及といった時代環境など「運」の要素も半分あったと思っています。もちろん松岡先生や松岡研究室の人たちとの出会いも、私にとってかけがえのない経験でした。

松岡これからの抱負を聞かせてくれますか?

野村今はゲームディレクターとして『ポケモン GO』の改良に努め、みんなに楽しんでもらえる良いゲームにしていくことに全力を注いでいます。正直言って将来についてはまだ考える余裕はありません(笑)。ただ、根本のところで私は技術者ですから、技術の力での世の中を楽しく、より良くしていくような仕事をしていきたいですね。

松岡私は学会などで米国に行くたびに、シリコンバレーで活躍している野村さんのことが気になっていました。しかし、なかなか会う時間が取れずに残念に思っていたのです。今日はお話しできてうれしかった。今度は機会を作って、私の方からぜひあなたの会社に遊びに行きたいと思っています。

野村先生ならいつでも大歓迎です。ぜひ、いらしてください。

※「TSUBAME」

※「TSUBAME」

2006年より、東工大学術国際情報センター(GSIC)で運用中のスーパーコンピュータ。松岡研究室での基礎研究で得られた様々な知見が活かされている。東工大内はもちろん、学外の研究機関・民間企業に幅広く開放されており、2017年8月より「TSUBAME3.0」が運用開始(本文参照)。

Tech Tech ~テクテク~

本インタビューは東京工業大学のリアルを伝える情報誌「Tech Tech ~テクテク~ 32号(2017年9月)」に掲載されています。広報誌ページから過去に発行されたTech Techをご覧いただけます。

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東京工業大学 総務部 広報課

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