大学院で学びたい方

景 広がりゆく土木と景観のデザイン

環境・社会理工学院 真田純子 准教授 × 株式会社イー・エー・ユー 崎谷浩一郎 代表取締役

景 広がりゆく土木と景観のデザイン

見事な段畑の景観が残る「高開の石積み」
見事な段畑の景観が残る「高開の石積み」

田んぼや畑の斜面の崩壊を防ぎ、土砂を留める「石積み」。

ほとんど整形していない野面石(のづらいし)を使用し、規則性のない乱積みでつくられます。

また、モルタルなどの接着剤を使わない空(から)石積みで積み上げられます。

2009年から徳島県吉野川市の「高開(たかがい)の石積み※1」に通い、石積みの研究や技術継承に取り組む真田純子准教授。

2003年に設計事務所EAUを立ち上げて数々の公共空間を手がける崎谷浩一郎さんとは学生時代からのお知り合いです。

土木の景観という分野において第一線で活躍するお二人に、「景」のデザインについて語り合っていただきました。

※1
高開の石積み:実際の地名は大神だが、場所の名前として「高開の石積み」「高開地区」などと呼ばれている。

(対談日:2018年12月11日/発酵するカフェ 麹中にて)

二人を結びつけた「石積み」

崎谷今日はお声をかけていただきありがとうございます。思い返すと学生時代からお互いのことを自然と知っていましたよね。

真田純子

真田私は東工大の中村良夫教授(当時)の、崎谷さんは東大の篠原修教授(当時)の研究室で、お互いの教授が業界のパイオニア的存在で繋がりもありましたからね。

崎谷きちんと会って話をしたのは2010年発足の土木系ラジオ※2が初めてだったと思います。その頃はもう真田さんは徳島県で石積みに取り組まれていました。

※2
土木系ラジオ:土木、景観、まちづくり、デザインなどに関する様々な話題を配信するネットラジオ。崎谷氏と真田准教授は企画や運営を行うコアメンバーとして参加。

真田「高開の石積み」の現場へ行って、土木系ラジオの収録もしましたね。

崎谷そうでした。色々と話をしましたが、改めて真田さんが石積みを始めたきっかけは何だったのですか?

真田2007年に徳島大学に着任してから運転免許を取ったんです。せっかくだから「車でしか行けない所に行こう」と調べていたら、吉野川市の山の方でそば蒔き体験をやっていて、それが石積みで有名な場所でした。狭い坂道を移動しただけで息が上がったり、畑自体が谷側に少し傾いていて、小型の耕運機を水平に動かそうとするにも力が必要で翌日に全身筋肉痛になったり。「棚田や段畑は狭くて機械が入らないから過疎化が進んだ」と言われますが、作業以前に想像を超えた大変さがあると実感しました。景観を残すためとは言え、そこで生活するのがいかに大変かを知らずに計画をつくることは無責任だと気づき、きちんと考えるには自分もやってみないといけないと感じたんです。そば蒔きをしたのが石工の高開文雄さんの畑だったこともあって。

崎谷自分もやるというのが真田さんらしいですよね。他の人とはちょっと違う(笑)。

真田それが最初で、2009年に土上げと茅(かや)刈りと石積みをセットにした学生向けの「石積み合宿」を始めて、将来的に景観の仕事をするような学生を集めました。茅刈りの茅は腐らせて畑に蒔くのですが、化学肥料だと土がサラサラになって斜面地の畑だと流れてしまう、繊維質の植物性の肥料を入れると土がとまりやすいといった知恵も知っておくべきだと思ったんです。

学士課程1年向けの授業で石積みをする様子

学士課程1年向けの授業で石積みをする様子

崎谷そこがすごく共感できるところです。歴史的な文化財などの公共事業に携わるとよく石積みに出会います。たとえば長崎の五島列島で、小さい石を自分たちで丁寧に積み上げた風景を見てきましたが、非常にプリミティブな石積みの技術に僕は興味を引かれました。

真田土木的には最も古い工法ですね。国内外で広く見られますが力学的な基礎は変わりません。2つの石に力がかかるように次の石を置くこと、後ろ側に荷重がかかるように置くこと、表の積み石の裏に「ぐり石※3」を入れること(図1)。この3点を守れば後は地域ごとに違う石の形に応じてやりやすい方法があるだけで、道具も国内だとほとんど変わらないと思います。

※3
ぐり石:表面の「積み石」の裏に入れる小さな石のこと。積み石の固定の役割のほか、排水層としての機能も担う。

図1 積み石の裏に「ぐり石」を入れる。積み石の奥行きと同じくらいが望ましい。積み石は奥に向かって傾き、一番下の「根石」は半分以上埋まっている。真田准教授作成の冊子には、正しい石積み構造が手描きのイラストで丁寧に記述されている。

図1 積み石の裏に「ぐり石」を入れる。積み石の奥行きと同じくらいが望ましい。積み石は奥に向かって傾き、一番下の「根石」は半分以上埋まっている。真田准教授作成の冊子には、正しい石積み構造が手描きのイラストで丁寧に記述されている。

崎谷石積みの現状や技術継承についても色々と話しましたよね。2011年頃に真田さんがやっていた、徳島県三好市阿波池田で商店街の真ん中に広場をつくるプロジェクトがあって、現場への行き帰りの車の中で。

真田私が三好市の景観審議会の会長で、景観設計で崎谷さんに入ってもらったんですよね。そのときに石積みの展望について話していて、石積みの技術を持つ人、習いたい人、直してほしい人をマッチングする「石積み学校」についてのアドバイスをもらって、事業としての社員研修にも取り組みました。

崎谷浩一郎

崎谷社員研修は2017年の夏に参加しました。石を積んだのはあのときが初めてでしたが、聞くのとやるのとでは全然違いましたね。石の質感や手ざわりが想像以上に感じられて。最近は、やった気になる、行った気になる、食べた気になるようなリアリティが薄れている時代の中で、自分の身体が大地の一部となってリアリティを持って感じられたのが、物質を扱って土木をやっている僕の実感でした。それ以前の2003年頃に、高知県宿毛市の川の護岸の改修に携わったんです。そのときの石工さんがとにかく格好よかった。「石の目を見るんよ」と言って、重機でワイヤーを引っ掛けて重心をとりながら、手品みたいにピタッと置いていくんです。石を見ただけで重さも分かるんですよ。

真田徳島で石工をされている高開さんも本当に上手で、適当に石を置いたように見えてもあるべきところにはまっていて。石積みを始めた当初は言われた通りに置いたつもりなのに置き直されたり、こっちが石の顔だと言われたり。

崎谷そうそう顔とか目とか言われる。学術的に説明するのが難しいんですよね。見慣れていないと見分けがつかない。それが段々、目利きができるようになる。それは大事だと思います。

「自分ごと」として関わることの大切さ

真田農地の石積みは職人の仕事ではなく、生きるためにやるものです。目的は畑で何か作物をつくること。その平らな土地をつくるために擁壁をつくるわけです。当然、得られるメリットとコストのバランスを取って、生活の中でどれだけの労力を石積みに割けるかという分配が行われます。そのため近場の石をなるべく加工しないで使います。地域によって質も割れ方も違い、石の形に合う積み方が発達してそれが地域の特長になるんですね。

崎谷それが石積みの面白いところですね。職人技には、生活とは関係のないところで技術が進化していく面もあります。人為的になっていくというのかな。たとえば城であれば、いかに大きな石をいかに美しく加工して使うかという要素が入ってきます。棚田や段畑にはそんなこと関係がなく、野菜がつくれることが大事。実は高開さんも石積みの美しさは大切にされていて、でも意味は少し違う。人の目に触れるからしつらえる、くらいの意識。権威や見栄えとは違いますよね。

真田百姓の百の仕事の一部ということだと思います。手間をかけるということが決していいことではなくて、そこには効率よく積むための知恵があってすごく面白いですね。崎谷さんは石積みを経験して何が一番印象的でしたか?

崎谷風景と一体化するコツみたいなものは感じました。その風景を見てわかったような気になっても実は理解できていないことに気づきましたし、石積みを経験すると実感を持って風景の一部になれると思います。たとえばこの店の前の道路だって人の手が入っているのに、普段全く意識していません。でも、自分たちを取り巻く風景は様々な思いが集積してできていると思って見ればないがしろにできない。そういう、自分が生きている環境を石積みは教えてくれます。

真田純子、崎谷浩一郎

真田崎谷さんご自身のスタンスにも繋がってきますね。仕事のデザインでもプロセスを大事にされていると感じます。土木へのこだわりや常に大切にしていることは何ですか?

崎谷すごくシンプルですが、ものをつくる人も使う人もそれに対して関心を持ってほしいということです。社会との関わりの中で僕らは生きているわけですから、そこに対して関心を持つ。設計やデザインをするプロセスに、人が地域に関わっていける部分をどれくらい生み出すかを工夫して意図的にやっています。その人が少しでも関わることで、自分のこととして場所や事業に愛着を持つ、記憶として残っていくと思っています。

真田三好市の広場も、最後は住民の方々と一緒に芝生を植えて子どもたちと花壇をつくりましたよね。関わりで思い出しましたが、学士課程1年目の学生向けに大学構内で石積みをする授業をやっているんですよ。

崎谷すごい授業ですね(笑)。

真田週末に2日間かけて積んだ3日後に大雨が降ったのですが、その後の授業で「石がくずれていないか気になった」という感想が出てきたんです。それまでインフラは生まれたときから当たり前のように存在しているもので、誰かがつくっているという意識も全くないはずなのに、自分が積むと雨が降っただけで「大丈夫かな」と管理者みたいな意識になる。関わることの影響力の高さを感じました。たとえば明治時代は橋が架かっただけでも一大事で、天気に左右されず対岸に渡れるようになるなんて、と生活が一変する実感がありました。おおよそ整備された現在ではインフラに対する意識はほとんどないと思います。

崎谷そうですよね。インフラはもちろん衣食住全般も同じで、少しでも自分で 経験することによって全く見方が変わると思います。あまりにも当たり前に安全に安心して暮らせてしまうから「なぜこんなところに段差があるんだ」という声も出てきますけど、バリアフリーの道には様々な人の知恵や工夫や技術が詰まっているわけで、本ばかり読んでわかった気になっても意外と気づかない。自分で何かをやると実感を通して得られるし、石積みはそれを共有できるのが面白いと思いますね。

環境と人とのこれからの関係づくり

真田純子

真田インフラを含む景観の考え方は、やっぱり農村と都市部とでは違いますよね。たとえば緑地は、地図の上から見たような計画論としてではなく、身近に触れ合える温度感のある緑として、同じ地面に立って緑がある生活を捉えた視点で計画されてきました。それが1970年代初頭からは量が優先され、公園の面積や街路樹の本数の数字を合わせることに重きが置かれて、実際には強剪定※4で幹しかない並木道の風景も多く見るようになりました。緑はどんな生活のために必要なのかを考えるべきだと思います。

※4
強剪定:太い枝を短く切りつめたり、多くの枝や芽を切り落とす剪定。樹木をコンパクトにするために行うが、木へのストレスが大きく枝が枯れるリスクもある。

崎谷都市部の緑はどこまでいってもコントロールされた緑だと思います。人間のためのレギュレーションに沿って植えられ、邪魔なら強剪定される植物は、とにかく人間の支配下にあります。これが農村部へ行くと自然環境のウエイトが重く、レギュレーションが少し変わるんですよね。生きていくために必要なルールの主従が違うという感じ。

真田まず自然の営みがあって、その上で人間がどう生活するかという話になると思います。もともと高速道路の建設で景観工学が発展してきた日本ではコントロール対象としての景観が重視されていて、農村景観は比較的新しい分野です。そこでは主従の違いを意識しないと決してうまくいきませんよね。

崎谷都市を扱うレベルで自然を扱おうとすると、だめなんでしょうね。農業で自然から何かを得ている農村では、自然を重視しつつ、搾取しないようにすることが大事です。真田さんの研究にも繋がってきますよね。

真田化学肥料や農薬を使い過ぎると農業は持続しないわけです。しばらくは作物がとれても、土の中の微生物や虫は減っていき、土地が痩せたり汚染されて 同じ収穫が何年続くかわからない。土を豊かにする自然の回復力を考えないといけません。 自然のサイクルをベースに、石積みの上にある農地で営まれていることを同時に農村計画として考えることは地方創生の時代の課題です。全国の約半数の自治体が過疎地域に指定されていて、中山間地域の農地は全農地の4割に上ります。平地では農業の工業化・効率化が進んでいますが、不便でも環境の多様性があるところで農業を営むことも踏まえて、私は自分の研究対象にしています。

崎谷やればやるほど成果として未来に残せる研究内容はモチベーションにもなりますね。

真田将来ますます変わっていく分野ですね。特に農村景観は、2005年に重要文化的景観※5の保護法が施行されて注目が集まっています。ですが、これは伝統的な風景という過去の価値に依存しています。SDGs(持続可能な開発目標)が世界的なスタンダードになっている今は、かつての農村のあり方や伝わっている技術を、持続可能性のようなこれからの社会に向けた新しい価値としてとらえ直していく必要があります。単なる温故知新やノスタルジーではなく、将来にとって必要な価値があると考えています。

※5
重要文化的景観:日本の景観計画区域または景観地区内にある文化的景観で、都道府県や市町村が保存措置を講じているもののうち、特に重要なものとして国が選定した文化財。

崎谷浩一郎

崎谷時代が大きく変わる中で今までとは違うやり方の必要性は僕も感じます。そこに対するトライアル・アンド・エラーが楽しいですね。条件を整理して一つの設計にアウトプットしていく。その土地の最適解を導き出したいときには人間が絶対に介在するので、特定の思惑だけに寄らないようバランスを取ることを今は心がけています。

真田たとえば人口減少が進んで税収が下がり、公共の広場や構造物を自分たちで維持しようという時代になったとき、インフラのあり方そのものが大きく変わらないといけません。そこに崎谷さんは挑戦していますよね。

崎谷さんが手がけた長崎市出島表門橋公園 写真/オリエントアイエヌジー(撮影:小島健一)
崎谷さんが手がけた長崎市出島表門橋公園 
写真/オリエントアイエヌジー(撮影:小島健一)

崎谷そうですね。長崎県長崎市で関わった出島の橋と公園のプロジェクトでは、完成後に市民の方々が2週間に1回、拭き掃除や掃き掃除をしてくれているんです。そうやって関わると橋や公園が自分のもののように愛着がわきます。インフラとの新しい関わり方のひとつです。

真田いかに自分事として考えるかという話ですね。インフラに対して無関心だと掃除なんてしてくれませんから。崎谷さんから見て、そういった時流のようなものは感じますか?

崎谷日本の景観や建築の業界では、モノづくりよりコトおこしに意識が向いている気はします。でもトレンドだけを追いかけてもダメで、やっぱりモノづくりは大事。モノに対して意識を持ち続けないといけないと思いますね。

真田農村景観の分野で言うと、イタリアでは自然に寄り添った循環型の生活を実現したい人が増えてきています。特に、大学を卒業した人が地方に行って新規就農していることがニュースとして取り上げられています。日本より大学の進学率が低く、社会的地位が高い大卒の人たちが農業を始めているのが衝撃的に受けとめられているんです。

崎谷学生時代にも1年間イタリアに留学していましたよね。国際的な繋がりの中で見えてくるものはありますか?

真田学生時代の留学では街の景観に取り組んでいました。当時、イタリアでも農村の景観についてはあまり取り組まれていませんでしたし、私の興味も街の景観でした。イタリアで、2000年代に入ってから農村景観について議論や研究が進み、私も徳島大学に赴任してから農村景観に着目するようになっていました。まったくの偶然なんですが。それで、2015年に3ヵ月イタリアで研究をした際に石積みをやっている方や研究者と親交を深めたり、2016年に段畑の国際会議が開かれたり、2017年に東工大生を中心に石積み合宿をしたり。2018年6月には石積み競争の日本代表として呼んでもらえました。イタリアで知り合った石積みや段畑の専門家の人たちは、環境意識が高い人が多いですね。そういう観点から石積みの研究をしているからなんですが、実際の食生活などでも環境に負荷をかけないことを心掛けていたり、実際の生活と専門が結び付いている人が多い印象です。

真田純子、崎谷浩一郎

人との出会いがデザインを広げていく

真田石積みを含めた農村の景観は、あまり意図的にデザインすることはないんです。デザインの良し悪しには判断する人の価値観が大きく影響しますよね。農村の景観には、持続可能な農業や生活をしている人々の生き方や思いが形になって表れます。それを美しいと思える社会をつくっていかないといけないように感じているんですよ。石工さんが礼儀として見栄えを整えるということは当然あるとして、その上で「美しいものをつくる」というよりは「美しいと思えるようにしていく」という発想です。

崎谷「いいデザイン」を求めることは難しいですよね。たとえばEAUが運営するカフェ麹中は「発酵」をテーマにしています。発酵とは、目に見えないものの働きで人間にとっていいことが起こる、いい食べ物になること。そんな作用で社会がよくなっていくものがいいデザインだと僕は考えています。誤解されやすいのは、「何か物ができればいい社会になる」のではないこと。押しつけ感が強いと行きたいと思えないじゃないですか。人間と一緒で場所や風景にも少し隙や懐があって、行ってみたい、そこで何かやってみたいと誘発するようなモノのあり方が大事だと思います。この店は隙間だらけですから(笑)。

真田そう言えば今まで聞きそびれていましたが、どうしてここ(本郷)に、オフィスに隣接するこのカフェを構えたんですか?

崎谷学生時代からずっと本郷でお世話になってきたので、この街に恩返しをしようと思ったのがきっかけです。農村の畑ではないですけど、環境から恩恵を受けて十数年お世話になっているわけじゃないですか。自分たちがまちに恩返しをする過程の中で、今自分たちが仕事で関わっている地域や街に対して実感を伴った意見やアイデアが出てくるんじゃないかと。それを突き詰めていってカフェという形になったんです。

真田そうだったんですね。やっぱり社会と密接に関係しているので、景観や土木は工学だから計算ができればいいという話では片付けられませんよね。たとえば堤防も単に強くつくればいいわけではなくて、堤防によって守られる街の内情を知らずに設計すると景観や動線などが滅茶苦茶になってしまうこともある。土木を勉強することは空間を大きく変える力を持つわけだから、社会に対して興味を持てないと難しい分野だと思います。

崎谷土木を目指す学生へのメッセージでもありますね。社会的な問題に取り組まざるを得ないように思います。僕は目の前にいる人、仕事で話す人に興味を持つんです。たとえばその人が住んでいる場所は人口が減り、産業も衰退して、でもその人は住み続けて働き続けないといけない。それを何とかしたいと思う。自分が世の中の仕組みを少しアレンジしていいアウトプットをつくれたら、住む人や働く人にとって良くなるかもしれないと思ってやっています。

真田まず目の前の人に興味を持つ、その街や場所に関心を寄せるということがベースになっているんですね。

崎谷そうですね。新潟県佐渡市のプロジェクトでも、地元の人々の意識に寄り添いながら設計した広場では、完成後にコンサートが開催されました。このカフェに来店してくれた人からもコンサートをしたいという声があります。そういう風に、そこを訪れた人がどう感じて、その思いを次のアクションにどう繋げていくかということを大切にしていきたいですね。

真田人に関心を持つことは、土木や建築の世界に足を踏み入れる第一歩と言えるかもしれないですね。大学でも、面白そうだと思ったら飛び込んでみることをお勧めします。私自身、学士課程2年目の夏休みから研究室に通っていたんです。普通は学士課程の4年目から配属されるんですが、講義を受けて興味を引かれた研究室に通いつめたからこそ、そこから色々な道が拓けたという実体験がありますから。崎谷さんは北海道大学と東京大学を経験されていますが、学生時代の印象に残っている体験などはありますか?

崎谷同じ土木系といっても、北大と東大とでは全然カルチャーが違いました。それと、大学というのはこれからの可能性とどれだけ出会えるかという場所でもあると思っているんです。そういう意味で、北大から東大に来たときに、僕は東大の方が明らかに社会との接点を多く感じましたね。

真田同じ首都圏にある東工大でも、それは大いにありますね。土木や建築に限らずいろいろなタイプの人がいて、ちょうど私たちが出会ったように、面白い教授にもめぐり会えるかもしれません。

崎谷自分の可能性を広げてくれる人たちと出会うことを楽しみに、自分が面白いと感じた道を信じて目指してほしいですね。

真田純子、崎谷浩一郎

真田純子

真田純子

東京工業大学 環境・社会理工学院 准教授

1996年、ヴルカヌスプログラム(日欧産業協力センターによる、日本国籍の理工系学生を対象としたEU加盟国における企業研修プログラム)にてイタリア留学。1998年、東京工業大学 工学部 社会工学科卒業。2000年、同大学院社会理工学研究科 社会工学専攻 修士課程修了。2005年、同大学院社会理工学研究科 価値システム専攻 博士後期課程修了、博士(工学)取得。2007年、徳島大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部助教に就任。2015年より東京工業大学准教授。専門は景観工学、緑地計画史、農村景観。著書に『都市の緑はどうあるべきか』、2018年12月には『図解 誰でもできる石積み入門』を発行。環境・社会理工学院 土木・環境工学系担当。

真田研究室

真田研究室

主に戦前期の都市計画や緑地計画を対象とした歴史的アプローチ、農業景観と農村活性化における価値観や制度に関する研究のほか、中山間地域の農村風景をつくる棚田や段畑の石積みをテーマとして研究を進めている。近年、ヨーロッパにおいて再注目されている石積みの現代的価値や技術継承について、様々なアプローチから研究に取り組む。

真田研究室outer

対談 Junko Sanada、Koichiro Sakitani

崎谷浩一郎

崎谷浩一郎

株式会社イー・エー・ユー(EAU) 代表取締役

1999年、北海道大学 工学部 土木工学科卒業。2001年、東京大学 工学系研究科 社会基盤工学専攻 修士課程修了。2001-2002年、日本工営株式会社勤務。2003年、EAU設立、同代表。2008年より国士舘大学非常勤講師。2011年より文京区景観アドバイザー、東北大学非常勤講師。2015年よりEAU代表取締役、東京藝術大学非常勤講師。主な作品に、熱海市渚親水公園、長崎市中央橋(グッドデザイン賞受賞)、新潟県旧佐渡鉱山北沢地区工作工場群跡地広場・同大間地区大間港跡地広場(グッドデザイン賞受賞)、長崎市出島表門橋公園など多数。

Tech Tech ~テクテク~

本インタビューは東京工業大学のリアルを伝える情報誌「Tech Tech ~テクテク~ 35号(2019年3月)」に掲載されています。広報誌ページから過去に発行されたTech Techをご覧いただけます。

(2018年取材)