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防災新論 —ローカルとグローバルの融合

環境・社会理工学院 髙木泰士 准教授

防災新論 ローカルとグローバルの融合

アジア沿岸域防災、その最前線へ。

津波、台風、高潮など、沿岸域を襲うさまざまな災害。

海岸工学・海洋工学を学術的バックグラウンドに持つ髙木准教授は、日本を含むアジア各地の途上国で防災に役立つ研究に取り組んでいる。

防災への関心が世界的に高まる今、その研究の最前線を追った。

今アジアの途上国に必要なハイブリッド型の対策

髙木泰士

髙木泰士

環境・社会理工学院 准教授
融合理工学系 地球環境共創コース

研究室(External site)

研究者情報(External site)

1997年、横浜国立大学 工学部 建設学科卒業。1999年、横浜国立大学 大学院工学研究科 修了。1999年より五洋建設株式会社 技術研究所、国際事業本部ほか。2005年から2011年の間、横浜国立大学工学研究院助手、早稲田大学研究員、国際協力機構など。

2011年より東京工業大学 大学院理工学研究科 国際開発工学専攻 准教授を経て、2016年より現職。2014年より東京海洋大学 非常勤講師。博士(工学)、技術士(建設部門)。

お薦め
『生物学的文明論』(本川達雄・東京工業大学名誉教授著)「丸太杭」の減災効果を研究しはじめました。今更ながらの技術ですが、この本に「初めに円柱形ありき」という生物学的解釈があり、何だか頼もしく思えてきました。堅いタイトルですが頭を柔らかくしてくれる良書です。

防災研究は、地域の災害に対する脆弱性を調べる研究とその対策を考える研究に大きく分けられる。アプローチは多岐にわたり、現場調査やその結果に基づいたコンピュータによる数値シミュレーション、確率・統計的分析、実験水槽を使った模型実験、現地での実証試験などがある。その中で髙木准教授が現在特に力を入れている研究の一つに、「その地域の環境と調和した」防災対策がある。

「ハイブリッド型と私は呼んでいて、近代的な要素とローカルな要素を組み合わせて、全体として防災に役に立つ技術を開発したいと考えています」(髙木准教授)

日本の場合、防災といえばコンクリートで強固な構造をつくるのが基本的な発想となる。一方、予算や環境との調和の問題などさまざまな制約があるアジアの途上国では、別の方法を考える必要がある。たとえば、マングローブなどの生態系の緩衝帯を堤防の前後につくるといった、地域に根差した発想だ。固いものと柔らかいもののどちらか一つで対策をするわけではなく、環境と調和しながら互いの弱さを補完し合えるように、いろいろな要素を組み合わせるという視点が「財政基盤が弱い途上国になればなるほど不可欠」と髙木准教授は話す。

「漁業や養殖が発達しているタイでは、伝統的に竹を使う技術があります。その技術を活用して竹を防波堤にする試みが行われているんです。まだ失敗も多いのですが、そういったローカルな要素をサイエンスやエンジニアリングで検証して現地にフィードバックするプロセスがあると、技術がさらに進んで現地に根づくようになるかもしれないと期待しています」(髙木准教授)

日本以上に激甚な災害が多いバングラデシュでも、その土地特有の防災対策が練られている。財政難や地質的な理由から堅固な堤防を築くことができないため、災害時に命を救う術は“とにかく逃げること”。逃げ遅れた人を出さないよう、ボランティアがお年寄りをサイクロンシェルターという避難施設に誘導したり、学校でも防災教育が非常に充実していたり。ソフトとして確立された逃げる仕組みや社会は日本が学べる部分でもある。それは過去何十年も災害に見舞われてきた経験から培われてきた。

実際、途上国の多いアジアには地震、台風、火山などの災害発生源が集中している。人口も突出して多く、島国や海岸線、さらにはデルタという非常に低くて平らな地形に人口が集まっているため、世界でも特に沿岸災害リスクが高い。21世紀以降の犠牲者ワースト5の沿岸災害はすべてアジアで起こり、これだけで犠牲者は40万人を超えている。

2001年以降の世界の沿岸災害犠牲者ワースト5

2001年以降の世界の沿岸災害犠牲者ワースト5

  • 1インド洋大津波(インドネシア・タイなど、2004年)約25万人
  • 2サイクロン・ナルギス(ミャンマー、2008年)約14万人
  • 3東北地方太平洋沖地震津波(日本、2011年)約1万8,000人
  • 4台風ハイヤン(フィリピン、2013年)約7,000人
  • 5サイクロン・シドル(バングラデシュ、2007年)約4,000人

ジャカルタ(インドネシア)災害調査では人間の弱さとたくましさに同時に直面する
ジャカルタ(インドネシア)
災害調査では人間の弱さとたくましさに同時に直面する

マカオ(中国)スマホの普及でかつてより災害時の状況把握が格段に容易になった
マカオ(中国)
スマホの普及でかつてより災害時の状況把握が格段に容易になった

フィリピン 高潮の中を歩行避難し助かった家族への聞き取り調査
フィリピン
高潮の中を歩行避難し助かった家族への聞き取り調査

メコン(ベトナム)途上国では容易に入手できるデータは何一つなく、自ら調べるしかない
メコン(ベトナム)
途上国では容易に入手できるデータは何一つなく、自ら調べるしかない

メコン(ベトナム)低平なデルタでは正確な地形測量が不可欠。計測器は時間をかけて調整
メコン(ベトナム)
低平なデルタでは正確な地形測量が不可欠。
計測器は時間をかけて調整

ホイアン(ベトナム)世界遺産での洪水被害調査。観光と防災の両立は世界中で重要なテーマ
ホイアン(ベトナム)
世界遺産での洪水被害調査。
観光と防災の両立は世界中で重要なテーマ

ミャンマー サイクロン災害で助かった村の人々。近隣には村ごと消滅してしまった場所もある
ミャンマー
サイクロン災害で助かった村の人々。
近隣には村ごと消滅してしまった場所もある

災害リスクが高い反面、途上国で防災を研究している人の数は非常に少ない。これは発展の段階として、国に余裕がないうちは直接経済的価値を生み出しにくい防災や環境などの分野に公的投資が回らないためだ。

「経済発展の早い段階で防災を考えられる人がいるかどうか。しっかりとした防災基盤の下で、都市が発展していくことが、数十年、数百年単位での持続的な発展につながります。日本で学んだのち自国の大学で研究を続けている人もいます。そういったアジアの研究者と共同研究を進めたり、留学生を受け入れたりしていけば20~30年後には裾野は大きく広がるはずです」(髙木准教授)

防災はそもそも学際的にならざるを得ない

国内外のさまざまな研究者と共同研究を行う髙木准教授の取り組みは非常に学際sup>※的といえる。まず現地で災害リスクを調査するには自然科学的要素、対策の考案には工学的要素、そして災害時の人の振る舞いには社会科学や心理学的な要素が絡み、学問的にどんどん広がっていく。このように防災の分野はそもそも広く、網羅的に扱うとなると必然として学際的な文理融合型にならざるを得ない。

理工学としては、自然災害の検証や力学的な計算を物理方程式にあてはめて解を導く。そしてモデルができれば、不確実性がありつつもコンピュータのシミュレーションで予測をする。「そうして何か一つわかると、またわからないことが何倍にも増えるんです。人が逃げるときには心理、環境、社会、信条、宗教の要素まで入ってきてモデル化がとても難しい。各分野で導き出した結果が混在し、そこから何かしら共通性や真理を見つけるところに防災研究の面白さがあるんです」(髙木准教授)

「たとえば重力がその場を支配しているというのはわかりますが、人間がどう動くかを何が支配しているかはわからない。モデルをつくっても正しいのかが確かめられない。そこで思考停止したり考えること自体が間違いだったりするわけではなく、疑問に思ったり一歩引いて俯瞰的に見ることが学際性の良さです。理系の考えから少し離れて謙虚になれるのは文理融合型の研究ならではの魅力ですね」(髙木准教授)

実際、国や地域によって災害時の人の動きは多様で、宗教上の男女の扱いが避難時にバイアスとして働くこともある。そういった価値観や風習の違いは、アジアの留学生と話していても分かるという。

地域性は災害リスクの研究にもつながる。現在髙木研究室で学ぶベトナムの留学生は、ベトナムの南端に広がるメコンデルタで起こりうる台風の研究をしている。実は20年前すでに台風の被害に遭い、約3,000人の犠牲者が出たが、驚くべきことにその実態はベトナムでもほとんど知られていない。科学的な調査がされず記録が残っていなかったためだ。このままでは対策に活かせず甚大な被害が予想されるが、まさに同様のケースが2008年にミャンマーで約14万人の犠牲者を生んだサイクロン・ナルギスだった。

大きな災害があった地域には人もモノも予算も集まって防災対策が飛躍的に進む。反対に、これまで大きな災害がない地域は防災への意識や関心が高まらず、対策も進まず、それが大きな災害につながるというジレンマが生じる。こういった地域での災害リスクの検証にも髙木准教授は力を入れる。

「ニーズのない事業は世界銀行や国際協力機構(JICA)などの国際機関にはできません。要望や要請があって初めて事業化するわけですから。大学だからこそ着目できるこの研究は、注目を集めてリスクがあることに気づいてもらうための力になると思います」(髙木准教授)

一見ニーズとは無関係でも、大学の基礎研究は途上国だけでなく将来の日本の力にもなる。少子高齢化が進む日本で、これまでの膨大な防災のハードをメンテナンスし次の世代へ維持するための方策をどうするか。そこで先のハイブリッド型の防災対策に焦点をあて、「ローカル材料を緩衝材として構造物本体の延命を図るという発想や技術をまず途上国で培い、大学でも研究開発をしていつか確立されたときに逆輸入したい」と髙木准教授は語る。

学際とは、研究などにおいていくつかの異なる学問分野にまたがって行われる様子を指す。

タクロバン(フィリピン)同じ時間に同じ地区にいて助かった人と助からなかった人が。何が違いを生んだのか
タクロバン(フィリピン)
同じ時間に同じ地区にいて助かった人と助からなかった人が。
何が違いを生んだのか

タイ 竹材を使った安価で低環境負荷の海岸保全。タイの大学との共同研究
タイ
竹材を使った安価で低環境負荷の海岸保全。
タイの大学との共同研究

ホーチミン(ベトナム)ここでの調査はバイクが一番。多くの地元学生は道を熟知している
ホーチミン(ベトナム)
ここでの調査はバイクが一番。
多くの地元学生は道を熟知している

ベトナム ベトナムの実験水槽を使った共同研究。施設は新しく、防災研究の幕開けを実感する
ベトナム
ベトナムの実験水槽を使った共同研究。
施設は新しく、防災研究の幕開けを実感する

現場と世界のつながりが未来を救う

民間企業に勤めていた頃から防災に関する現場業務が多かったことや、大学助手時代に国内外の災害調査を多く経験したことが髙木准教授の今の研究につながっている。港の工事現場で働いていたときには実際に高潮を経験し、海水が打ち付ける事務所の扉を必死に押さえたことも。だからこそ重視するのは現場視点。まずは現場に行って何が問題かを見つけ出し、そこから研究課題を設定する。グローバルな視点から見る研究がトレンドの中で、現場からのボトムアップの研究を常としている。そのモットーは教育にも活かされ、国内外の現地調査でも極力学生を連れて行くという。

「もちろん教育の一環ですから、治安など下調べをして行き先は慎重に考えます。現地では学生もきちんと仕事をしてくれますし、その経験を研究として伝えていけたらと。また、研究室は今留学生の方が多いのですが、アジア諸国から見て多くの災害を経験して乗り越えているこの凄い国に留学したいと思われています。その留学生たちと日本の学生たちの良いネットワークづくりができる場をつくりたいですね。いつか海外に出たときに必ず活きてきますから、お互いをつなげる場を提供し続けることは私の使命かなと思います」(髙木准教授)

そして髙木准教授が、現場視点でリスクを示すほかにもう一つ大切にしているのは、解決策を提案できるような研究をすること。自分はどう助かるのかと自問自答し、研究者として解決の道を具体的に考えないといけないと話す。この学際的で多様性に富んだ考え方は、大学の研究だからこその魅力につながっている。 「防災は広がる学問分野なので、発想として自由かつ多様であるべきです。私が所属する融合理工学系はまさに何でもやってやろうじゃないかという精神の系。私もまだ山ほどやりたいことがありますし、学生も自分なりに考えて色々チャレンジして、自由な発想を持って社会に出て防災の向上につなげてもらいたいですね」(髙木准教授)

アジアを中心として災害が頻発し、防災の研究と開発が世界的なレベルで求められている今、髙木准教授と学生たちの取り組みはこれからもあらゆる分野を巻き込みながら未来を切り拓いていくだろう。

研究室にて

VOICE

イスラム・エムディ・レズワール

イスラム・エムディ・レズワール Rezuanul Islam

環境・社会理工学院 融合理工学系

地球環境共創コース 修士課程2年

お薦め
Cyclone disaster vulnerability and response experiences in
coastal Bangladesh
outer
(Edris Alam & Andrew E. Collins著)
Why relatively fewer people died? The case of Bangladesh's
Cyclone Sidr
outer
(Bimal Kanti Paul著)

まだ誰も発見できていない高潮の新しい発生要因を求めて

バングラデシュでの高校時代にサイクロン・シドルの被害に遭い、大学卒業後2年間は防災の分野で仕事をしていました。実践的な防災先進国の日本でさらに防災を学ぼうと留学を決め、沿岸域防災のテーマに共感してこの研究室にたどり着いたのです。サイクロンによる高潮は、低気圧で押し上げられた波が強い風を受けて発生するというのが一般的な理論でした。しかし、進行速度や大きさ、海岸の地形などを加えるとそこには因果関係があることがわかり、その一つひとつは小さな発見ですが誰も関連づけたことがなかったものでした。これらをすべて合致させることができればまさに新発見! 母国や世界のため、その新しい発生要因を見つける研究をしています。髙木先生はいつも的確なアドバイスやモチベーションをくれる、最も影響を与えられている人。現地調査や論文執筆を通して知識と経験を結びつける大切さを教えられます。今後は大学に残って研究や教育に取り組み、沿岸防災分野に尽力したいと思っています。

黒部笙太

黒部笙太 Shota Kurobe

環境・社会理工学院 融合理工学系

地球環境共創コース 修士課程2年

お薦め
『土木と文明』
(合田良実著)

現場への意識を持って草の根の防災に光をあてたい

私は学部生時代、世界の途上国に対するアプローチに取り組む国際開発工学科にいました。そこで休学をして30ヵ国ほど見てまわっているうちに、開発よりも人の命を守る防災で活躍していきたいと考え、髙木研究室の門をたたきました。現在、2013年にフィリピンで発生した台風ハイヤンを取り上げています。高潮が予想できていたにも関わらず大きな被害が生じた理由のひとつは、高潮を意味する現地の言葉がなく避難が遅れてしまったこと。そこで現地調査を含めた高潮解析の計算結果を避難シミュレーションに入れ、避難所の配置や避難警報発令のタイミングなど、どうすれば人々がより安全に避難できるかを研究しています。大学という学術サイドは草の根的な研究をする必要があると髙木先生はよくおっしゃっていて現地調査もパワフル。私は来年4月から途上国の防災を行政から支援する会社に就職しますが、この研究室で学んだ知識と現場意識を持って世界の防災分野に関わっていきたいです。

2015年度以前の所属です。2016年度以降の入学者は、環境・社会理工学院 融合理工学系になります。

Tech Tech ~テクテク~

本インタビューは東京工業大学のリアルを伝える情報誌「Tech Tech ~テクテク~ 34号(2018年9月)」に掲載されています。広報誌outerページから過去に発行されたTech Techをご覧いただけます。

(2018年取材)

お問い合わせ先

東京工業大学 総務部 広報課

Email pr@jim.titech.ac.jp