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バイオとナノの界面を制す

物質理工学院 早水裕平 准教授

バイオとナノの界面を制す

生物とエレクトロニクスを繋ぎ、新しいデバイスを生み出す。

自由にアミノ酸配列を設計して化学合成できる「ペプチド」。

小さいタンパク質と言われるこの生体分子と、新しいエレクトロニクス材料として期待される2次元ナノシートを繋ぐナノエレクトロニクスを研究する早水准教授。

界面研究を通して見えてくるこれからのデバイスの可能性と、異分野融合の研究にかける思いを追った。

ペプチドの自己組織化を理解し電子的な相互作用を制御する

早水裕平

早水裕平

物質理工学院 材料系
准教授 博士(理学)

研究室

研究者情報

2000年、早稲田大学理工学部電気電子情報工学科卒業。2005年、 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了(理学博士)。2005年、産業技術総合研究所ナノカーボン応用研究センター特別研究員。2008年、東京大学物性研究所特任研究員。2009年、米国ワシントン大学材料工学科研究員。2010年、独立行政法人科学技術振興機構 さきがけ専任研究員(ワシントン大学)を経て、2012年より現職。

お薦め
『方法序説』 (ルネ・デカルト著)
受験勉強で悩み迷っていた高校時代に友人のおかげで出会い、第3部「森の中で迷ったら」にて一つ決めた方向へ歩き抜くという考えに目から鱗が落ちました。人生の選択を迫られたときの指針を与えてくれた一冊です。

私たち生物の体内で働くタンパク質の構造や機能は、自発的に組織や模様を形成する“自己組織化”によって成り立っている。タンパク質の中で、アミノ酸数が50程度以下のものをペプチドと呼び、その自己組織化の研究は古くからなされてきた。

早水准教授は原子間力顕微鏡を用いて、ペプチドが無機固体の表面でどのような構造をしているかナノスケールで観測。また、レーザーを照射し散乱した光を測定することで分子の同定を行うラマン分光法を用いた手法を開発し、自己組織化の様相の理解を深めてきた。

ワシントン大学との共同研究により、ペプチドはその水溶液をグラフェン(1層の黒鉛)に滴下するだけで規則正しい自己組織化構造を形成することを発見した。シリコン基板上の単層グラフェン表面でもナノワイヤ構造に自己組織化することを観測。アミノ酸配列の一部を変更すれば単層の二硫化モリブデン表面でも同様の成果が得られ、電気的な相互作用でナノ材料の構造を変調することがわかった。

生体分子であるペプチドとグラフェンなどの2次元ナノ材料を組み合わせる発想は「これまでの経歴と経験から生まれました」と早水准教授。学部では電気電子情報工学科で学んだが、大学院では物理学を専攻し、博士取得後は産業技術総合研究所でカーボンナノチューブの合成とデバイス開発に従事した。「電気、物理、化学と分野を少しずつ変える中でペプチドを知り、生体分子の作用も材料の一つの仕組みと捉えて利用しようと考えたんです」(早水准教授)

自己組織化したペプチドの原子間力顕微鏡画像
グラフェン表面に自己組織化したペプチドの原子間力顕微鏡画像。下地の炭素原子の並び方に沿って規則正しく並ぶ。ペプチドはチロシンという芳香族のアミノ酸を含み、グラフェンのπ電子と特異的に相互作用することも示唆された。

2次元ナノ材料上に規則正しい構造を形成
2次元ナノ材料上に規則正しい構造を形成し、バイオセンシング環境下で自己組織化構造を保持できるペプチドを確立。電圧をかけた場合や、水または電解質溶液の下でも高い構造安定性を有する。

日本が世界をリードしている分野の一つの界面研究において「実は僕は門外漢なんです」と言う早水准教授の原点は、大学院時代に遡る。

この研究に必要なスキルはプロデューサー兼ディレクター

「東大大学院では指導教員の秋山英文教授のもと、半導体のナノ構造を使って新しいレーザーをつくるという研究テーマに取り組みました。精緻なレーザーの肝は、ナノ構造の凸凹をいかに減らせるか。構造が均一なほどデバイスの性能が高まるのです。この考え方を界面にも応用し、いかに安定したペプチドの構造をつくるかを最初の課題としました」

従来の研究ではあまり重視されなかった界面の安定性や規則正しい構造を追求し、その上でどんな物理現象が起きているか観測することに着目した。そうすることで、ペプチドと溶液中の水やイオンとの関係、電圧をかけたときの働きなど、いまは未知となっている固体表面上の反応を観測し、分子レベルでの理解が進むことが期待される。その緻密な界面設計の先に、これまでとは違う機構で動くバイオセンサーの実現が見えてくる。

「研究室では『ペプチドの気持ちになりなさい』というキーワードがよく出ます。キレイな界面というステージでペプチドがどう振る舞うかを観るには、登場人物も舞台もきちんと設定しないといけないんです」
界面では分子が互いに折り合いをつけて全体として自己組織化し、安定している。その舞台を俯瞰して、どんなシーンが繰り広げられるか想像しながら設計と実験を繰り返す。「この研究では、言わば群像劇のプロデューサーとディレクターを両方やらないといけないんです」と早水准教授は笑う。

大学院時代から培われてきた研究スタイル

そもそもの理工系への興味、そして研究全体を見渡す視点や素養は「小学校2年生のとき、父親に連れられて行った天体観望会が原体験」と早水准教授。ワシントン大学での研究時代は、あらゆる分野の研究者がいる中で、分野間の考え方の違いを感じたと言う。「当時は、物事をシンプルに考える物理の発想を鍛え、それが現在につながっています。ただ、21世紀の物理は生物などの複雑な知識と絡む中から新しいサイエンスが生まれるとも言われていて、今は自分なりに試行錯誤しています」
我々生物は知識と仕組みの宝庫であり、それをうまく利用できれば新たなデバイスができるということが生物とエレクトロニクスの融合の魅力。その躍動する研究分野をひた走る早水准教授は「今の自分が固定観念を持っていないか常に疑いながら、新しい発想を受け入れる体制をつくること」をモットーとしている。
「人と人との関係は大事だし、異分野融合の醍醐味です。ワシントン大学で研究できることが決まったのも、産総研時代に飯島澄男先生(現産業技術総合研究所名誉フェロー)に仲介いただいたおかげ。そのご縁で今も共同研究が続いています」
他にもマンチェスター大学、アーヘン工科大学やマックス・プランク研究所などとの共同研究が広がっていったのは、大学院時代の秋山教授の教えと、産総研時代の出会いがあったからこそ。共同研究は現在、企業ともプロジェクトを進行中で、内閣府による戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)により超高感度匂いバイオセンサーの開発を行っている。
「オリンピック時期にインバウンドの増加を踏まえ、空港の検疫犬に代わる社会インフラの整備が、企業側から提案いただいて立ち上がりました。お声掛けいただいたご期待に応えたいと奮闘しています」

東工大でテニュア取得、日本への恩返しを胸に

現在、東工大で研究に打ち込む早水准教授 は、ワシントン大学時代に東工大のテニュアトラック制度の公募に参加し、東工大の教員となった。「ワシントン大学で1年経った頃に、さきがけ専任研究員として研究費をいただけることになり、成果発表会で年に2回、日本に帰ってくることができました。その際にテニュアトラック制度の情報を得ていたのですが、その帰国しているタイミングで東日本大震災が起こったんです」
翌日アメリカに戻れたが、「日本から逃げてきたみたいな意識になった」と振り返る。「アメリカでは毎日のようにニュースが流れるのに自分は普通の生活をしている。それに負い目を感じ、日本に恩返しをしたいという気持ちが芽生え、テニュアトラック制度に応募しました」
その思いを今も胸に、まだ見ぬデバイスの開発に邁進する。「コロナウイルスなどの感染症が大きな影響を及ぼすこれからの時代、バイオセンサーのような研究分野の広さと深さ、そして責任感は計り知れません。身が引き締まる思いで、固体と液体のサイエンスを深掘りし、分子レベルで理解するための新しい研究スタイルを追求する今の取り組みをさらに進めていきたいですね」

早水研究室のメンバー

VOICE

本間千柊

本間千柊 Chishu Honma

物質理工学院 材料系

材料コース 修士課程2年

お薦め
『武士道シックスティーン』
誉田哲也著

これからも知識と経験を深め、海外の企業や研究室に挑戦したい

ペプチドがナノ材料の表面と生体分子を繋げる足場として作用するという早水先生の研究成果を用いて、人間が匂いを感じるメカニズムを模倣した匂いセンサー開発に取り組んでいます。再現性確認のため測定条件を変えるなどの試行錯誤は大変ですが成果が出たときは嬉しいですね。企業との共同研究でもあり、進捗会議で発表する機会は貴重な経験です。この研究室を選んだのは心から研究を楽しむ先生に惹かれたから。博士後期課程に進み、より基礎的な界面の研究を深めて、将来は海外の企業や大学の研究職に挑戦したいと考えています。

月岩未来乃

月岩未来乃 Mirano Tsukiiwa

物質理工学院 材料系

材料コース 修士課程2年

お薦め
『銃・病原菌・鉄』(上下)
ジャレド・ダイアモンド著

感性と技術を融合させて、人の心を動かす製品を世に出していきたい

バイオセンサー表面では目的分子以外の吸着も起こります。他の分子が間違って吸着しない界面を自己組織化ペプチドで設計する研究をしています。私は化学出身で外部から来ましたが、物理の研究も雑談も好きな早水先生が心を解してくれて、学生同士議論しやすい環境の良さを感じています。夢は、人に喜ばれる便利なものを開発すること。今後は内定が決まった自動車メーカーでものづくりに携わります。構造色で美しい青を見せる車の塗装に目を奪われたことがあり、そんな感性に訴えかける製品を技術を突き詰めてつくっていきたいです。
※ CDやシャボン玉のように光の波長や微細構造で発色する現象のこと。

物質理工学院

物質理工学院 ―理学系と工学系、2つの分野を包括―
2016年4月に発足した物質理工学院について紹介します。

物質理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

Tech Tech ~テクテク~

本インタビューは東京工業大学のリアルを伝える情報誌「Tech Tech ~テクテク~ 38号(2020年12月)」に掲載されています。広報誌ページから過去に発行されたTech Techをご覧いただけます。

(2020年取材)