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原子に触る ―アトムエンジニアリング―

原子に触る —アトムエンジニアリング— 原子に触る アトムエンジニアリング

全固体電池から室温超伝導へ

情報端末やエコカーなどに使われているリチウムイオン電池。

一杉太郎教授はその安全性向上と大幅な充電時間短縮を実現する次世代電池「全固体電池」の研究開発で注目を浴びている。

最先端の計測技術を駆使して原子一つひとつの“感触”を確かめながら、「世界でこの研究室でなければできない」研究を志向する一杉研究室の“今”を、教授と学生2名にうかがった。

世界でこの研究室でしかできない研究を!

一杉太郎

一杉太郎

物質理工学院 教授
応用化学系 応用化学コース/材料系材料コース

研究室

研究者情報

1994年、東京大学 工学部 工業化学科 卒業。

1999年、同大学 大学院工学系研究科 超伝導工学専攻 博士課程修了。

1999年よりソニー株式会社勤務。

2003年、東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 助教。

2007年に東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 准教授を経て、2015年より東京工業大学 大学院理工学研究科 応用化学専攻 教授。2016年より現職。

一杉研究室のドアを開けると、突き当たりの窓まで見渡せるオープンな空間が広がる。多くの研究室は専門書がたくさん詰まった書棚や大きな机、パーテーションなどで埋め尽くされているものだが、ここは窓際のカウンター席、座卓とビーズクッション、薄型大画面モニターとミーティングテーブルの3つのエリアに分かれ、シンプルながらリラックスできる空気が流れている。

「ここでは学生たちにのびのびと自由に過ごしてほしい」とにこやかに話す一杉教授。高台から遠景が見渡せる窓際のカウンター席がお気に入りのポジションだとか。

「立派な机の前で唸っていても、なかなか良い考えは浮かびません。新しい発想やアイデアは、きれいな景色を眺めたり、リラックスしておしゃべりをしたりしている中で生まれてくるものですよね」(一杉教授)

一杉教授が学生に対して口癖のように言う問いかけがある。「世界であなたにしかできないことはなんですか?」

一杉研究室は現在、次世代電池として期待されている「全固体電池」の研究で脚光を浴びているが、まさに世界中を探してもこの研究室でしかできないアプローチで最先端の研究を進めている。

見えてきた「全固体電池」の実用化

リチウムイオン(Li)電池は、実用化されている二次電池(蓄電池)の中でもっともエネルギー密度が高く、高速充電や長寿命の点などでも優れており、バランスの良い蓄電池として携帯端末から自動車まで幅広く使われている。

しかし今後、電気自動車(EV)の実用化にあたっては、さらに長い持続時間(=走行距離)や数分レベルの高速充電が求められている。オンラインゲームや動画再生で電力消費が激しくなっているタブレットやスマートフォンでも、内蔵電池自体の持続時間が長くなり、数秒レベルの高速充電が実現できれば、モバイルバッテリーを別に持ち歩く必要もなくなることだろう。

Li電池の需要はますます拡大を続けている。しかし、自動車製造や電子機器、化学工業関連の企業などは、次世代蓄電池の開発をすでに加速している。その中で、Li電池の巨大市場を受け継ぐものとして大きな期待を担っているのが「全固体電池」だ。東工大でも一杉教授と菅野了次教授が、それぞれ異なる研究方法で自動車メーカーと共同で実用化に向けた研究を進めている。今回お話をうかがった一杉教授の研究のキーワードは“界面”だ。

現在のLi電池は「正極」と「負極」の間に液体の「電解質」をはさんだ構造で、Liが両極間の電解質の中を移動することにより放電と充電が繰り返される仕組みだ。有機溶剤である電解質の液漏れや発火などのリスクがあり、実際にパソコンバッテリーや航空機での発火事故も起きている。製品化されたLi電池に必ず安全回路が組み込まれているのはそのためだ。

「液体電解質を発火のリスクが少ない固体材料に置き換えてしまおうというのが全固体電池です。安全性はもちろん、充電時間が短縮(容量によっては数秒~数分!)できるうえに長時間の使用が可能と良いことづくめ…。しかし、電気抵抗が低い材料を使っても、固体同士が接する“界面”での抵抗値(界面抵抗)が高くなってしまう現象がネックでした。固体電解質で液体電解質より小さい界面抵抗が実現できるのかという基本的な知見すら解明されておらず、いわば私たちは未踏の地に踏み出したのです」(一杉教授)

リチウムイオン電池
リチウムイオン電池

全固体電池
全固体電池

一杉教授は、従来の全固体電池研究で使われていた粒状(バルクタイプ)の材料を、最先端の原子レベルの物質製造技術を駆使して薄膜化。不純物を完全にシャットアウトし、接合面積や結晶構造をきれいに規定する材料を用いることにより、これまで不可能だった界面でのLiの動きを定量的に計測・評価することができるようにした。この研究のために使用した実験装置の多くは、市販されている汎用機器ではなく、研究室で独自開発したもので、こうしたオリジナル実験装置も一杉研究室の大きな特色の一つだ。

「実験装置を自作するのは、経費削減のためではありませんよ(笑)。汎用実験装置を使っていたら、他の研究者と同じことしかできません。私たちは世界で、この研究室でしかできないことをやろうとしていますので、他にはない実験装置を自分たちで開発するのは当たり前なのです」(一杉教授)

こうした研究の結果、一杉研究室から生まれた薄膜全固体電池は液体電解質に比べておよそ1/5~1/10という界面抵抗を実現することができた。半導体メーカーや自動車メーカーとの共同研究によって近い将来、超高性能全固体電池の実用化を目指していく。

試作した薄膜全固体電池(4個)
試作した薄膜全固体電池(4個)

薄膜全固体電池の構造(横から見た断面図)
薄膜全固体電池の構造(横から見た断面図)

固体電気化学と固体物理をハイブリッド

一杉研究室は全固体電池以外にも、超低消費電力メモリーの研究開発などに取り組んでいるが、応用研究に特化した研究室ではない。研究の軸は原子レベルでの物質設計・評価を行う「アトムエンジニアリング」。そのベースとなるのは、原子そのものの振る舞いや原子が結合した凝集体の物性、相互作用などについての基礎研究だ。一杉教授は、走査型トンネル顕微鏡で観察したシリコンの表面に、まるでデザインされた図案のように美しく原子が並んでいるのを見て、“自然の力はなんてすごいんだ!”と学生時代に感動した。

「その感動は現在まで続いていて、私たちの研究はいわば自然の声に耳を傾け、まだ知られていない物質の特性を見出し、新物質・新材料を創り出すことなのです。今や最先端の計測技術を駆使すれば、原子一つひとつの感触を確かめながらの〝ものづくり〟が可能です。先ほどお話した薄膜全固体電池の研究開発もその延長なのです。固体電気化学をバックグラウンドにしつつ、物性評価などの点では固体物理の知見も活用していく。それが一杉研究室の強みであり、個性です」(一杉教授)

一杉教授が全固体電池や超低消費電力メモリーの先に見据えているのは、大学院生時代に取り組んでいた超伝導。電気抵抗が完全にゼロとなる超伝導現象は、人類の未来を左右する可能性を秘めた研究テーマだ。世界中の研究者たちが必死になって追い求めている室温超伝導物質を、「世界でこの研究室でしかできない」アプローチで実現することを目指している。

薄膜をつくるスパッタリング・システム。スパッタリングとは広い意味でのメッキの一種で、不活性ガスを高電圧で放電させることにより、目的の物質を基板上に成膜する。観察窓から見えるのは不活性ガス(アルゴンガス)の放電現象。

薄膜をつくるスパッタリング・システム。スパッタリングとは広い意味でのメッキの一種で、不活性ガスを高電圧で放電させることにより、目的の物質を基板上に成膜する。観察窓から見えるのは不活性ガス(アルゴンガス)の放電現象。

目指すは日本の「ものづくり」の変革

基礎研究と応用研究、そして固体電気化学と固体物理がハイブリッドされた一杉研究室の研究環境は、一杉教授がこれまで歩んできた人生の経路に由来している。

大学学部時代はラグビーに熱中。大学院では、超伝導の研究に取り組んだが、卒業後は多くの人に使ってもらえる製品を開発したいとソニー株式会社に入社した。

「学生時代はまったく研究者になる気はありませんでした。ソニーでは当初光ディスクの開発を担当しましたが、その後マーケティングやセールスにも携わることができました。新しい技術が生まれ、製品として結実し、お客様の手に渡る…その一連のプロセスをトップ企業の第一線ですべて経験できたことは、今振り返っても、『技術の先を見通す目』を養うことができた有意義な経験だったと思います」(一杉教授)

ソニーでの仕事を通して、あらためて研究の価値を見出した一杉青年は、大学に戻って研究者を目指すことを31歳にして決意した。

「その時にいちばんやりたいことをやる!それが私のモットーです。新しい分野に飛び込むのは大変で途方に暮れることもありますが、やらずに後悔するぐらいならやってみたほうが絶対にいい。そして色々な分野を渡り歩いてきたことで土台が出来、その人にしか出来ない分野の組み合わせ、つまり研究者としての個性が生まれます」(一杉教授)

そして、「いまやりたいことの一つは“実験室の産業革命”」だという一杉教授。たとえば、全固体電池の電極や電解質に最適な材料を探索するにあたって、薄膜をつくる成膜とその評価を自動化する、人工知能を組み込んだロボット科学者システムを研究室内に作っている。複数の原料をセットしておけば、超高真空中において空気に触れることなく全ての成膜と物性評価がロボットアームの手を借りて自動的に行われ、人間はその結果を確かめるだけですむ。(下図)

“実験室の産業革命”への第一歩! 各種成膜・評価装置を複合化したロボット科学者システム。内部のロボットアームが超高真空中で自動作業を行っている。

“実験室の産業革命”への第一歩! 各種成膜・評価装置を複合化したロボット科学者システム。内部のロボットアームが超高真空中で自動作業を行っている。

一杉太郎

「少子化が急激に進む日本では理工系研究者の数も減っています。そうすると人力だけに頼る研究方法では、科学技術分野の激しい国際競争の中で、たとえば中国のような人口が多い国には勝ち目はありません」(一杉教授)

もちろん日本の科学技術の未来を担う優秀な研究者を育てる教育面にも力を注いでいる。

「学生たちには『やりたいことをやろう!』とハッパをかけています。新しいことをするのは怖いし、勇気が必要ですが、それを乗り越える経験が一人ひとりの個性をつくりあげます。そのうえで若者たちには自分だけの殻に閉じこもらずオープンなマインドを持ってほしいと思います。無限の可能性が広がる若い時代に自分で自分に制約を設けるなんてもったいない。“世界で自分にしかできないこと”は、そうした制約をとっぱらった先にあるのですから」(一杉教授)

研究者として、そして教育者として。一杉教授の眼差しの先には、学生たちの未来と彼らが担う「ものづくり」日本の未来が投影されている。

VOICE

中村直人 研究者として学ぶことが多い「一杉さん」

研究者として学ぶことが多い「一杉さん」

中村直人

中村直人(物質理工学院 応用化学系 応用化学コース 修士1年)

今年度は、全固体電池の研究に取り組んでいます。 現在使われているコバルト酸リチウム以外の有望な正極材料を用いて界面抵抗の起源を探っているところです。

一杉研究室を希望したのは、極小の原子が集まって物性を発現することに魅了され、この分野で自分が世の中を変える大きな発見を目指せる点に興味を感じたからです。ものづくりが好きなので、実験装置を開発できることも魅力でした。一杉さんはとにかく研究者として熱い方… 今、「一杉さん」と呼んだのが気になりましたか? 実はこの研究室では、学生も教授も「さん」付けで呼び合っています。これは「学生も研究者の1人として対等に接する」という先生のポリシーによるもので、素晴らしいことだと思います。

授業や講義で何事も楽しそうに語る独特の話術も一杉さんの魅力の一つ。楽しそうな語り口につい誘われて、思い描く理想のシナリオ通りに実験に取り組むと、そのあまりのハードさにうろたえてしまうことも…そうしたことも含めて、研究者として学ぶことが多い研究室だと感じています。

グ・イクソン 自由さと厳格さのバランスが研究室の魅力

自由さと厳格さのバランスが研究室の魅力

グ・イクソン

グ・イクソン(工学部 化学工学科 4年)

3年次の研究室紹介の時間に一杉さんの研究者人生についてのお話をうかがって、ぜひこういう先生から学んでみたいと思いました。 研究室見学では、他の研究室とひと味違ったオープンな個性を感じました。実際に入ってみると期待通り自由な雰囲気の研究室である一方、研究そのものに関してはとても厳格で、ここでなら自分が成長できるという確信を深めています。

研究室で取り組んでいる全固体電池やメモリーなどの応用研究にも興味はありますが、学部生である私はまずアトムエンジニアリングの基礎からしっかり習得したいので、今年度は水素化物に関する基礎研究に取り組んでいます。

一杉さんが私たち学生に向けてされるお話はとても共感できることが多く、長い目で見ても私たちの将来につながるアドバイスをいただけることがありがたいです。

不満と言えば…現在、なぜか研究室に女子学生が私一人だけということ(笑)。もっと女子もこの分野に興味を持ってほしい!

2015年度以前の所属です。2016年度以降の入学者は学院・系で学びます。詳細は学院・類・系・コースの関係をご覧ください。

Tech Tech ~テクテク~

本インタビューは東京工業大学のリアルを伝える情報誌「Tech Tech ~テクテク~ 32号(2017年9月)」に掲載されています。広報誌ページから過去に発行されたTech Techをご覧いただけます。

(2017年取材)