大学院で学びたい方

やさしいあたらしい合成化学

生命理工学院 松田知子 准教授

やさしいあたらしい合成化学

新しい発見が待つ、有機合成の世界へ。

人と環境への負荷を低減するというコンセプトのもと、有害物質をなるべく使わない、出さない化学を意味するグリーンケミストリー。

未来の地球環境を守りつつ、持続的に化学工業を発展させるために、医薬品や農薬などの生活に欠かせない物質の合成を、どう効率よく行うか。

松田知子准教授は、酵素を触媒に二酸化炭素や空気中の酸素を反応物として用いる研究に取り組む。

これからの時代に求められる合成反応の開発を目指して、まだ見たことのない新しい発見を目指す研究を追った。

なぜ有機合成触媒に「酵素」を用いるのか

松田知子

松田知子

生命理工学院 准教授
生命理工学系 生命理工学コース

研究室(External site)

研究者情報(External site)

1994年、Trenton State College Chemistry Department (現The College of New Jersey(米国))卒業。1995年-1999年、京都大学 大学院理学研究科 修士課程/博士後期課程。1998年-1999年、日本学術振興会 特別研究員。1999年-2004年、龍谷大学 理工学部 助手。2000年、京都大学 理学研究科 化学専攻 博士(理学)を取得 。2004年より東京工業大学 大学院 生命理工学研究科 講師を経て、2016年、東京工業大学 生命理工学院 准教授。2006年、守田科学研究奨励賞。2007年、東工大挑戦的研究賞受賞。2011年、資生堂女性研究者サイエンスグラント受賞。2018年、竹田国際貢献賞。

お薦め
『日本で、ヒュッゲに暮らす』 (イェンス・イェンセン著)
最近プライベートで読んだ本ですが、いろいろな考え方ができる工夫やヒントが詰まっています。思考を広げてくれる一冊です。

触媒とは、反応に必要な活性化エネルギーを下げる物質を指す

酵素はアミノ酸がつながったタンパク質であり、生体内の化学反応の触媒として働く。触媒とは、反応に必要な活性化エネルギーを下げる物質を指す。たとえば反応の進行をx軸、エネルギーをy軸としてグラフに表すと、触媒がない場合は高い山を描くが、触媒があれば山が低くなる。

松田准教授は、有機合成の触媒に酵素を用いるメリットを4つ挙げる。「まず、(1)自然界で長い間進化してきたため精巧で、目的の反応物を見分けられる選択性が高いこと。酵素による反応では副反応が生じないため、ほしいものだけがつくられます。そのため、たとえば4ステップ必要だった化学反応を1ステップに省略でき、その分エネルギーが少なく済むという点で環境に優しいんです。次に、(2)目的の酵素を生産する微生物を取得し、それを培養すればいくらでもつくれるため、枯渇する恐れがないこと。そして、(3)反応を進めるために必要となる試薬や反応条件が安全ということ。化学反応は爆発性の試薬を使う場合もありますが、酵素を用いた酸化反応であれば安全な空気そのものが使えます。副反応が起こりにくいので、想定外の危険を未然に防ぐことにつながります。最後は、(4)基本的に酵素は人間の体内と同じ37℃の条件下で働くため、常温で反応が進みエネルギー効率がいいことです」(松田准教授)

よい触媒とは、選択性が高く副反応が起こりにくいものと言える。その触媒を反応に使うことは、グリーンケミストリーが掲げる条件のひとつとなっている。

二酸化炭素や空気中の酸素を有効利用

酵素を触媒として、松田准教授は二酸化炭素や酸素を有効利用する反応の開発に取り組む。超臨界(気体と液体の両方の性質を持つ)状態の二酸化炭素を溶媒に用いると、それまで反応しなかったリパーゼ(酵素)が働くことがわかった。二酸化炭素を溶媒に溶かし込んで酵素反応の触媒にすることにより反応を進行させることができたのは世界で初めて。

「再生可能な原料を用いた溶媒が研究されている中で、溶媒として拡散性が高い二酸化炭素を貴重な資源として活用したいと考えていました。二酸化炭素の圧力を上げて体積を膨張させることで必要とする溶媒の量を減らせます」と松田准教授は言う。その深意には環境への配慮がある。

枯渇するおそれがある化石資源由来の有機溶媒ではなく、安全で多量に存在している二酸化炭素を使うことが松田准教授の研究の起点。その二酸化炭素を反応物として用いる酵素反応でも、高圧にすることで反応がより進行することがわかっている。また、空気中の酸素を反応物とする酸化反応も研究している。酸化反応はエネルギーを持った爆発性のある物質を使うため、安全に設計されていても事故が起こる可能性はゼロとは言えない。「空気中の酸素を反応物とすれば爆発しないし、酵素を使えばエネルギーも低くていい。たとえば家の隣が化学工場で絶対に爆発は起きないと言われても不安ですよね。その心配をしなくてもいいように爆発性のある物質を使わない酸化反応を開発しています」(松田准教授)

酵素はまだまだポテンシャルを秘めている。松田研究室では、Geotrichum candidumという種類のカビが生産する酵素がとても高い立体選択性を持つことを見出した。

X線結晶構造解析およびシミュレーション(高エネルギー加速器研究機構および大阪大学との共同研究)
線結晶構造解析およびシミュレーション
(高エネルギー加速器研究機構および大阪大学との共同研究)
酵素の構造を調べることで、反応物がどこに入るのか、
なぜ入るのか、どこまで入れば反応しやすくなるのかといった
検証・考察や他の酵素との比較などを行う。

たとえば酵素を手袋だとすると、材料を中に入れて(結合させて)生成物をつくる。その材料の向き(右手か左手か)によってどちらかしか入らないが、遺伝子操作で酵素のアミノ酸配列を変えることによって、「右手を鏡に映したら左手に見えるように、材料が逆向きに結合して逆の立体構造を持つ生成物ができたんです。1つのアミノ酸だけの変異でつくれたことは今後の研究の大きなヒントになりました」(松田准教授)

さらに、酵素の立体構造を解析する研究を高エネルギー加速器研究機構および大阪大学と共同で行う。酵素の立体構造をもとに酵素が反応物とどこで結合するのかシミュレーションしている。

「他の酵素と比較してより良くするにはどうすればいいかの判断など、次のステップへのヒントを得ています」と松田准教授は語る。

学生時代にアメリカで学んだ、自由を大切にする考え方

松田知子

大学院のとき、選んだ研究室の恩師である京都大学の中村薫准教授(当時)が酵素を用いる有機合成をしていたことが今の研究のきっかけと言う松田准教授。助手時代の研究室の教授で、今でも相談に乗ってもらう龍谷大学の原田忠夫教授(当時)が用いていた超臨界状態のアルコールではなく、酵素反応のために二酸化炭素を使いはじめたことが原点となっている。

「何でも自由にやらせてくれる先生方でした。それもあって私も学生には自由にさせたいなと」(松田准教授)

自由を大切にする考え方は高校・大学時代にアメリカで培われた。松田准教授は「アメリカは自分が得意なことを伸ばす教育。周りの目を気にせずやりたいことをやる癖がつきました。今も大学で好きな研究ができているのはそのおかげ。人種も個性も認め合える社会だったので、研究室でも分け隔てなく学生と一緒に考えながら研究ができています」と言う。

松田知子

その人柄は研究室の雰囲気にも表れている。生命理工学院の中では留学生比率が飛び抜けて高く、学生室の中では学生同士が意見交換する場が常にあり、人と協力し合うことの大切さを学ぶ。松田准教授自身も、学生の意見を聞くことやチームワークを大事にしている。

「研究は一人ではできないし、予期していない考え方を聞くと刺激になる。学生との共同研究で、私も教えてもらっています。みんな個性豊かで楽しそう。実験が失敗してもすぐに立ち直っています。いろんなことに取り組んで、人間として成長してほしいですね」(松田准教授)

発見することを、これからも楽しみにしたい

競争するのは嫌だから、他の人がやっていない新しいことをする。いつも自然体でいる、自然にふれる、趣味も大切にする。「そんな一つひとつの心がけが大発見につながるんじゃないかな」と松田准教授ははにかむ。

「研究室でサイエンスを楽しみ、些細なことでも新しいことを発見して、少しでも環境問題の解決に役立つように日々研究を続けることは、非常に魅力的な活動です。二酸化炭素や酸素を使う研究を深めて、有用性を広めたい。酵素は触媒として、役立つことを示したいですね」(松田准教授)

自身の研究を見渡して、ともに携わる学生たちを見つめて、松田准教授はこう続ける。「些細なんですね、一人でできることは。でも新しいことだったら嬉しいと思うし、環境問題に役立つなら充実感につながります。今も、これからも、発見することを楽しみたいですね」

学生が一人一冊持っている研究ノート。細かく記された理論や研究成果をもとに松田准教授とコミュニケーションを取りながら、日々研究に取り組んでいる。

学生が一人一冊持っている研究ノート。細かく記された理論や研究成果をもとに松田准教授とコミュニケーションを取りながら、日々研究に取り組んでいる。

学生が一人一冊持っている研究ノート。
細かく記された理論や研究成果をもとに松田准教授とコミュニケーションを取りながら、日々研究に取り組んでいる。

松田研究室の強みをうかがうと「メンバーが良いんです」と即答した松田准教授と松田研究室の学生たち

松田研究室の強みをうかがうと「メンバーが良いんです」と即答した松田准教授と松田研究室の学生たち

VOICE

大島秀祐

大島秀祐 Shusuke Oshima

生命理工学院 生命理工学系

学士課程4年

お薦め
『FUTURE DIRECTIONS IN BIOCATALYSIS』
(松田知子編集)

目に見えない酵素が働いて実用的な物ができる面白さ

研究テーマは二酸化炭素を反応物としたカルボキシル化反応で、メインの酵素の反応を進める役割を担う補酵素再生の研究に取り組んでいます。考えた通りに反応したり、自分の技術が上達している実感が得られることは楽しいです。目に見えないものを理論的に考えて組み立てると実用的な物が生まれる、そんな有機化学や酵素工学に興味を引かれて松田研究室を志望しました。修士課程に進む予定で、卒業までの目標は学会発表を成功させることと、魅力的な発表をすること。松田先生はやさしくて面倒見がよく自主性を重んじてくれます。上下関係なく仲よく切磋琢磨できる研究室だと実感しています。

アフィファ・アユ・クスマ

アフィファ・アユ・クスマ Afifa Ayu Koesoema

生命理工学院 生命理工学系

生命理工学コース 博士後期課程3年

お薦め
『The Diary of a Young Girl』
(Anne Frank著)

大好きな酵素工学の研究者になって世界を舞台に活躍したい

私は学部4年生のときにインドネシアから交換留学で松田研究室に来ました。教科書でしか知らなかった酵素工学の実験が実際にできることはとても楽しいです。研究室では、酵素の構造を調べて有益な反応に利用できるか考えたり、酵素を工業利用するために固定化法を開発しています。多様な考え方や発表が聞ける学会にはよく参加しますし、異分野の人と議論できる共同研究も好きです。松田先生は考え方が柔軟で、留学生としても話しやすいです。研究だけじゃなく生活のことまで相談に乗ってくれて、まるで日本のお母さんみたい。今後は大学などのアカデミアに就職して母国や日本だけではなく、各国で研究を続けたいと思っています。

Tech Tech ~テクテク~

本インタビューは東京工業大学のリアルを伝える情報誌「Tech Tech ~テクテク~ 36号(2019年9月)」に掲載されています。広報誌outerページから過去に発行されたTech Techをご覧いただけます。

(2019年取材)

お問い合わせ先

東京工業大学 総務部 広報課

Email pr@jim.titech.ac.jp