研究

イノベーションをいかにして起こすか~データ分析と知識工学を駆使する~ ― 梶川裕矢

顔 東工大の研究者たち vol.34

イノベーションをいかにして起こすか~データ分析と知識工学を駆使する~ ― 梶川裕矢

vol. 34

環境・社会理工学院 イノベーション科学系 教授

梶川裕矢(Yuya Kajikawa)

イノベーションを起こすための方法論の構築に取り組み、個人個人が能力を最大限に発揮できる社会の実現を目指すのが、環境・社会理工学院の梶川裕矢だ。

学問分野を超えた学際的な取り組みが不可欠な時代

梶川裕矢教授

「私の専門はイノベーションマネジメントです。イノベーションとは、何か新しいことを用いて、新たな価値を創造することです。新しい何かには技術だけではなく、ビジネスモデルや制度など様々なものがあります。価値にも、経済的価値だけではなく、社会的価値、文化的価値など多様な価値があります。マネジメントは、一般的には経営や管理と訳されますが、私は『なんとかしてやり遂げること』と考えています。すなわちイノベーションマネジメントとは価値の創造をなんとかしてやり遂げることです」

こう語るのは、大学院生に加え、社会人学生が多く在籍するイノベーション科学系・技術経営専門職学位課程の梶川裕矢だ。

梶川はさらにこう続ける。「イノベーション研究の分野で、イノベーションの過程を描いたトランジション・マネジメントというフレームワークがあります。その中で、イノベーションの要因として3つが考えられています。1つ目はテクノロジー(技術や製品・サービス)、2つ目はレジーム(社会や技術の構造)、3つ目はランドスケープ(社会に対する展望)です。

イノベーションの初期段階では、様々な技術・製品・サービスが競い合っていますが、どれが社会に普及するかはそれら技術などだけでは決まりません。何が市場で支配的となるかを決めるのは社会・技術的なレジームです。レジームには、その技術のみならず、関連する科学技術、市場やユーザーの選好、社会インフラや産業政策、文化、産業構造や各社の戦略が含まれます。一方、レジームはランドスケープに影響を受けます。ランドスケープとは、少子高齢化社会や低炭素社会、最近であれば持続可能な開発目標(SDGs)といった社会や時代の大きな流れのことです。つまり、イノベーションをやり遂げるためには、技術開発だけではなく、レジームの設計、国際的なイニシアティブの発揮によるランドスケープの提唱・構築を同時に行っていく必要があります。

そのための学問、イノベーション科学には何が必要となるでしょうか?これまで学問はその発展に伴い、細分化され、専門性が高まる方向にありました。そうしなければ、世界的な研究開発競争に打ち勝ち、新たな知見が得られないと考えられてきたからです。その結果、いたる所にサイロやたこ壷が生じるという結果になっています。専門分野は必要です。専門を掘り下げる研究者は必要です。しかし、少子高齢化や地球温暖化といった我々が直面する社会的課題を解決する、より良い社会を作っていくためには、それぞれの学問分野を超えた学際的な取り組みが不可欠です。

イノベーションを起こすための技術や製品といっても、必要な知識は材料科学かもしれないし、プロセス工学かもしれない。電磁気学かもしれないし、情報工学かもしれない。レジームを設計するためには、経営学や経済学、心理学、政策学といった多様な知識が必要です。ランドスケープを形作るにはサステイナビリティ学や未来社会デザイン学といったものが必要となるかもしれません。加えて、何より社会との協同が必要となります。これまでも、学際的(インターディシプリン)な学問分野はありましたが、必要なのは超学際(トランスディシプリン)としての学問分野なのです」と梶川は語る。

学問分野(ディシプリン)の体系は、理学や工学、法学、人文学など各ディシプリンに加え、マルチディシプリン、インターディシプリン、トランスディシプリンの4通りに分けられる。

マルチディシプリンとは、研究拠点などのように1つの傘の下で同じテーマを持つが、各ディシプリンはそれぞれ独立している状態のことをいう。インターディシプリンでは、各ディシプリンが、共通する1つの目標に向かって活動している。さらに、トランスディシプリンでは、目指す目標が、企業や自治体、地域のコミュニティなど、社会と交差するところに設定されており、様々なディシプリンと多様なステークホルダーとの恊働が行われている。(出典:Clarifying integrative research concepts in landscape ecology, Landscape Ecology (2004) 20: 479–493)

マルチディシプリンとは、研究拠点などのように1つの傘の下で同じテーマを持つが、各ディシプリンはそれぞれ独立している状態のことをいう。インターディシプリンでは、各ディシプリンが、共通する1つの目標に向かって活動している。さらに、トランスディシプリンでは、目指す目標が、企業や自治体、地域のコミュニティなど、社会と交差するところに設定されており、様々なディシプリンと多様なステークホルダーとの協働が行われている。(出典:Gunther Tress, Bärbel Tress, and Gary Fry. (2004). Clarifying integrative research concepts in landscape ecology. Landscape Ecology, 20, 479-493.)

「知財マネジメントや組織論・戦略論、政策立案や事業企画など、イノベーションに関してリテラシーとして知っておくべき知識は存在しますが、最も根幹にあるのは、自分の頭で考え抜くこと、他者と対話し、時には対峙するための方法論であると考えています」

考え抜くための2つの方法論

現在、梶川が研究に取り組んでいる考え抜くための方法論は大きく分けて2つだ。1つ目はデータ分析、2つ目は知識工学だ。

1つ目のデータ分析では、統計分析や機械学習、自然言語処理、ネットワーク分析といった情報科学の手法を使って、トランスディシプリンな領域において、個々のディシプリンにおける膨大な論文や特許を分析することで、各領域を俯瞰、情報を組織化し、最先端の知識に分け入っていくためのツールを開発している。

「私は子どもの頃から活字中毒で、本を読むことが大好きでした。大学院に入ってからは実験や理論計算、シミュレーションを行うだけでなく、自分の研究に関連する論文を博士後期課程の間に3,000本以上読みました。加えて、他分野の色々な本や論文を乱読する中、計量書誌学という学問分野があることを知りました。これは、本や雑誌の記事を整理したり、検索したりするための書誌情報を、定量的に分析する分野です。そのための手法として、当時、ネットワーク分析が流行り始めていました。そこで、博士3年のとき、これまで自分が読んできた論文をネットワーク分析してみたところ、面白いことを発見したのです」

梶川は、大学3年から博士後期課程まで、化学システム工学を専攻し、材料の研究を行っていたため、材料に関する論文を大量に読んでいた。それらを、ネットワーク分析してみたのだ。すると、薄膜構造など、同じ対象を研究していても、材料の種類や、実験や理論といったアプローチが異なると、全く異なるネットワークが提示されるのだ。また、そのような異なるネットワークでは、異なるメカニズムやモデルが採用されていることが分かった。データ分析を活用することで、一見、関係性がなさそうな材料同士の間に、材料の研究者でも気付いていない隠れた関係性を抽出できる可能性があることをこの分析結果は示唆している。

「このとき、分析ツールを駆使することで、思いもかけないような新たな可能性を見出したり、材料同士の斬新な組み合わせを思いついたりできるのではないかと思いました。また同僚から、研究者のためだけではなく、企業の研究開発戦略や省庁での科学技術政策の立案にも有用ではないかと指摘を受け、初めは、自分自身の研究のために開発していたツールですが、現在では、学術俯瞰システムとしてWebツール化し、様々な研究者の方や企業等で活用頂いています」

また、2つ目の知識工学とは、知識とは何かを理解し、知識を産み出す方法論を構築することだ。

「情報科学の分野では、ピラミッド構造の一番下にデータがあり、その上に情報、さらにその上に知識、そして、知性、一番上に知恵があるとしています。データを集約、分析し、文脈を付与することで初めて、人にとって意味のある情報になります。データを情報にするためのツールが、統計分析や機械学習などの手法です。しかし、情報と知識は異なります。知識は人の頭の中にあるものですが、情報は人の外にあるものです。形式的な情報と暗黙的な知識との循環を促す手法が、知識マネジメントです。

知のピラミッド構造

知のピラミッド構造

現在、機械学習を用いたデータ分析手法が飛躍的に発展し、人間の仕事の幾つかを置き換えるのではないかと言われています。データをルーティーンで分析する仕事は仕事としては価値がなくなり情報システムに置き換わる。その時、人の行うべき仕事は、より高次なものとなるでしょう。卓越した知性をもとに新たな知識を産み出す、答えのないことに対し新たな選択肢を提示する、望ましい姿を描くなど、データ分析を駆使しながら、そのような仕事を行っていくことの比重が高まっていくことでしょう」

梶川は現在、データ分析や知識工学をコアとしながら、太陽光や蓄電池・水素エネルギー等のエネルギーシステム、IoTや物質情報、健康医療情報、資源循環等の様々なプロジェクトにイノベーションマネジメントの専門家としての立場で関わっている。

梶川が技術経営やイノベーションに関心を持ったきっかけは、大学3年と4年の間の春に実施された工場実習があった。梶川が製造業の現場を訪問すると、約30歳上の研究開発に従事する非常に優秀なはずのOBの表情が暗いのが深く印象に残った。1998年当時、日本は、「技術で勝って、経営で負ける」と言われていて、梶川は、経営についても学ぶべきであると感じた。

結局のところ、「日本でイノベーションが起きないのは、材料科学よりも経営学や技術経営がボトルネックではないか。色々な経営書を読み、教養を身につけたとしても、自分で使うことができなければ意味がない。実際に使えるようになるには、自分の頭で考え抜くしかない」ということであり、梶川は、そのためにはイノベーション科学や知識工学を実践的な学問分野として構築する必要があると考えている。

個人の能力を最大限に生かせる社会を目指す

梶川裕矢教授

「そもそも我々はどのような未来社会を志向すべきなのでしょうか?また、その社会の中で日本の立ち位置や企業の競争力をどのように保つことができるでしょうか?そのような議論は様々に行われていると思いますが、しばしばその社会で生きる私たちという視点が抜けているように感じます。重要なのは、私たち自身が、個々に備わっている能力を、社会の中で最大限に発揮する社会、そのような社会だと思います。大学についても同様で、人生の貴重な一時期をそこで過ごす学生及び教職員が自分の能力を最大限に発揮できるような環境を整えることが、大学の果たすべき役割であると考えます。大学は大学人の持ち物ではなく、社会的機能であることを認識し、社会として大学という機能をどのように活用していくべきかという視点が必要だと思います。

何か新しいことにチャレンジし、自分にとっても社会にとっても価値あることを体現・実現していく、そのための学問を作っていきたいですし、大学をより良いものにしていきたいと考えています」と強調する。

そんな梶川が最後に、高校生や大学生、若手研究者にメッセージを贈ってくれた。「イノベーションとは、新たな価値の創造ですが、価値は結果として創造されるものです。まずは新しい何かに取り組みましょう。誰もやったことがない、見たことがない、新たなことに取り組む一番簡単な方法は、ボーダーを超えること。自分はここまでしかできないとか、自分はこれが専門分野だから他にやりたいことがあってもやるべきではないとか、自分を枠にはめることは、ハンディキャップにしかなりません。当たり前や常識を疑い、枠を取り払い、考え抜くことで、自分の可能性をどんどん広げていってほしい。また、自分は社会を変え得る存在であるということを常に忘れずに、日々を大切に過ごしてほしいですね」

梶川裕矢教授

梶川裕矢(Yuya Kajikawa)

環境・社会理工学院 教授

  • 1995年私立智辯学園和歌山高等学校 卒業
  • 1999年東京大学 工学部 化学システム工学科 卒業
  • 2001年東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 修士課程 修了
  • 2003年日本学術振興会 特別研究員(DC2)
  • 2004年東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 博士後期課程 修了(博士(工学)号取得)
  • 2005年東京大学 大学院工学系研究科 助手
  • 2007年東京大学 大学院工学系研究科 助教
  • 2009年東京大学 大学院工学系研究科 特任講師
  • 2012年東京工業大学 大学院イノベーションマネジメント研究科 准教授
  • 2016年東京工業大学 環境・社会理工学院 准教授
  • 2017年 -東京工業大学 環境・社会理工学院 教授

環境・社会理工学院

環境・社会理工学院 ―地域から国土に至る環境を構築―
2016年4月に発足した環境・社会理工学院について紹介します。

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2018年12月掲載