研究

生命の起源に対する答えは地球深部にある ― ジョン・ハーンルンド

顔 東工大の研究者たち vol.36

生命の起源に対する答えは地球深部にある ― ジョン・ハーンルンド

vol. 36

地球生命研究所 副所長・教授

ジョン・ハーンルンド(John Hernlund)

東京工業大学地球生命研究所(以下、ELSI)が成果を生み出すためには、核となる分野をリードする主任研究者、組織を運営するマネージャー、有望な研究者や学生を世界中から集めてくるリクルーター、時には海外からのビジターを自宅に招く友人のような存在が必要であり、これらをすべて担当してきたのがジョン・ハーンルンド(John Hernlund)だ。ハーンルンドは東京工業大学(以下、東工大)の教授として献身的にELSIを支えるとともに、地球深部の研究における第一人者である。

地球と生命をシステムで考える

地球物理学者として、地球内部の物質の運動や状態変化をモデルを使って理解する研究をしていますが、それが、ELSIの生命の起源の研究にどうつながっているのですか?

ジョン・ハーンルンド教授

ELSIは地球と生命の起源に関する謎を解き明かす研究を行っています。現在の理論や証拠によると地球に生命が誕生したのは38億年以上前だとされています。しかしながら、そこまで昔の古代岩石を研究できるチャンスはめったにありません。初期の地球がどんな状態だったか、どのようにして形成されたのか、生命を創造する環境がどうやってできたのか、といった答えは地球の深部に埋もれているのです。グランドキャニオンに行くと、地球のあらゆる地層が重なり合っているのが見られますが、深くなればなるほど古い時代に戻るわけですね。

生命の起源はとても古く、プレートテクトニクス、大気の組成、磁場を作る地球のコアなど、互いに関連しあった多くのシステムの一部として進化してきました。生命とは、オープンなシステムです。私たちは、食物として物質を取り入れ、身体の一部に組み込んだり、排出したりします。つまり、生物は「もの」ではなく「プロセス」なのです。地球全体の、様々なシステムが協力し合って、生命の存在を可能にしています。さらに、地球が変化し、それぞれのシステムが相互作用し合うなかで、生命が進化していきます。その仕組みを理解する必要があるわけです。これは、自然科学全体への大きな問いです。その課題に取り組むには、私たちの立っている地面の下で何が起きているかを知らなければなりません。

そういったシステム思考がELSIではとても重要なんですね。それはなぜですか?

20世紀の科学は、焦点を絞り、深く狭く研究するというアプローチを取ったことで、様々な革新をもたらしました。一方、生命はどこからやってきたのか、地球外の宇宙でも生命は存在しうるのか、もしそうであれば、それはどうやって可能になるのか、どこを探せばいいのか、といった大きな問いへの答えは、深く狭く掘り下げていく方法では見つからないのです。そこでシステム思考でいろいろなものを組み合わせて、大きな視点でみることが重要なのです。

ELSIは地球と生命の起源を探るために4つの問いを研究の目的とする。(A)太陽系において地球はどのようにして形成されたのか?(B)いつ、どこで、どのように地球生命系は誕生したのか?(C)その後、地球生命はどう進化したのか?(D)初期地球生命の研究を通じ、生命を育む地球の姿を明らかにした上で、太陽系外惑星や月などにおける生命の探索条件を新たに提案し、「生命惑星学」という分野を確立する。

ELSIは地球と生命の起源を探るために4つの問いを研究の目的とする。(A)太陽系において地球はどのようにして形成されたのか?(B)いつ、どこで、どのように地球生命系は誕生したのか?(C)その後、地球生命はどう進化したのか?(D)初期地球生命の研究を通じ、生命を育む地球の姿を明らかにした上で、太陽系外惑星や月などにおける生命の探索条件を新たに提案し、「生命惑星学」という分野を確立する。

最近の自身の研究結果で、システム的な関連を示す事例はありますか?

ELSIの研究全体にも大きな影響をもたらしたものとして、地球の磁場の起源に関する研究があります。地表の生命と、地面のはるか深部にある金属コアで起きているプロセスとの間に関連性があるということなんです。つまり、ダイナモ作用※1と言いますが、対流によって磁場が生成されるという考え方です。地球の深部から地表に熱が放出されることによって、地球内部にある岩石マントルと液体金属コアの中で対流が引き起こされ、物質が上下に運動します。味噌汁を温めたときに起こる対流とよく似ていますね。もちろん、岩石の移動するスピードは非常に遅く、1年に数センチしか動きませんが、液体コアは1秒間に約0.1ミリの速さで流動しています。私の研究では、極限状態での物質特性や内部からの熱損失、化学サイクル、そして地球深部の磁性の維持といった関わりを解明するために、定量的モデルを使っています。

これまでの成果として、理論や実験を組み合わせることで1つの問いを提示することができました。それは、「どのような条件のもとに原始地球の磁場が生成されたのか」という問いであり、コアがどうやって冷却されたのか、初期温度はどれくらいだったか、化学組成はどうだったかといったことです。ちなみに生物学の研究によると、原始生物の中には磁気を利用するものが存在することがわかっています。「磁性」細菌がそうですが、体内で磁鉄鉱の結晶を作り出すことで、磁力線に沿った移動が可能になり、そうすることで、一定の日光や酸素、いろいろな栄養素を得られる環境を維持するわけです。つまり、コアによって生じた磁場を検知して行動に利用する、原始的な知覚の形態だと言えるでしょう。

ハーンルンドと共同研究者は、ケイ素に富み、高い粘性を持った巨大な領域が、下部マントルにおける対流のパターンを安定化、組織化するプロセスを記述するモデルを提唱した。このモデルは「ブリッジマナイトを豊富に含んだ古代のマントル構造(BEAMS)」と呼ばれる。 ("Persistence of strong silica-enriched domains in the Earth's lower mantle." Nature Geoscience 10, no. 3 (2017): 236.)

ハーンルンドと共同研究者は、ケイ素に富み、高い粘性を持った巨大な領域が、下部マントルにおける対流のパターンを安定化、組織化するプロセスを記述するモデルを提唱した。このモデルは「ブリッジマナイトを豊富に含んだ古代のマントル構造(BEAMS)」と呼ばれる。 ("Persistence of strong silica-enriched domains in the Earth's lower mantle." Nature Geoscience 10, no. 3 (2017): 236.)

ELSIの先達として

ELSIの初期のメンバーですが、設立して間もないELSIの一員となり、日本に来ると決めた理由について聞かせてください。

ELSIに来る前から多くのELSI研究者と一緒に仕事をしてきました。特に廣瀬敬所長とは、研究分野がとても近いことから共同で優れた研究成果を生み出してきました。2009年頃に、廣瀬所長らに東工大に来ないかと誘われたのですが、その時はタイミングが合わず、その後東工大が文部科学省のWPI(世界トップレベル研究拠点プログラム)※2に応募するにあたって、その提案書に主任研究員として名を連ね、WPI採択に伴いELSIに来ることになりました。

2013年のELSI開所式での文部科学省の幹部や三島前学長(2012年10月から2018年3月までの東工大学長)のスピーチに感銘を受けました。

東工大が将来にわたって持続し、よりグローバル化し、世界で認知されるためにELSIは貢献するというビジョンを掲げていました。そのパートナーとして働きたいという思いが私を動かし、東工大へとやってきたのです。今でもそのビジョンに強い思いを抱いていますし、ここにいることが素晴らしいチャンスなのだと思っています。

研究者の交流の場として、ELSI内に設けられた畳と掘りごたつのある日本らしいミーティングルーム

研究者の交流の場として、ELSI内に設けられた畳と掘りごたつのある日本らしいミーティングルーム

日本政府がELSIを含むWPIプログラムに大きな投資をする理由はなぜでしょうか?

日本の国立大学は、人口減による大学院生の減少という問題に直面しており、これに対する施策の1つだと思っています。アメリカでも同様の問題を抱えていて、トップレベルの理工系大学でも、アメリカ人以外の学生のほうが多くなっています。グローバル化はトップレベルの大学が生き残るためのモデルなのです。

東工大の執行部もこの問題をかなり前から認識していました。ELSIでの成功も失敗も含めて、東工大が国際的な大学へと変化するための参考になると思っています。そのためには、教育への参加がカギであり、もっとこれを強化したいです。また、ELSIでは英語だけを使うとしたことも、東工大にとっては大きな一歩です。

WPIの目標の1つは、各機関を学際的にすることです。ELSIでは、その考え方を活かし、異なる分野の人々からなる特別な環境を生みだしています。いろいろな分野の研究者たちが集まって、自由に話し合うことができるのは、他にはない特長だと言えるでしょう。訪ねてきた仲間がよくそう言っています。例えば、微生物学者が天体物理学者と話をする。そしてそこからは、非常にユニークな考え方が生まれてくるわけです。

様々な分野のELSI研究者たちがアイデアの交換や議論をし、専門分野にとどまらない交流を図る

様々な分野のELSI研究者たちがアイデアの交換や議論をし、専門分野にとどまらない交流を図る

様々な分野のELSI研究者たちがアイデアの交換や議論をし、専門分野にとどまらない交流を図る

地球物理学という研究分野に入ろうと思ったきっかけは何ですか?

もともと自然に興味があって、子供の頃はよく山にハイキングに出かけました。父はアメリカにある鉱業の学校に通っていて、化学を専攻して石油精製技術の専門家になったのですが、そこに地質学の博物館があったのです。そういうわけで、私は、子どもの頃から化石などの地質学的なことにとても興味を持つようになりました。高校で素晴らしい先生に出会い、その先生のおかげで、大学で地質学を勉強することになったのです。

最初は、野外調査を行う地質学者になって世界を駆け巡りたいと思っていました。しかし、現地に出かけて地質図を作成するたびに、この下は一体どうなっているのかを知りたくなったのです。なぜここの岩石の層は傾いているのか? なぜここに断層があるのか? マグマはどこから来るのか? こういった問いへの答えを探すには常に、地球の内部深く、地層を剥がしていきながら原因に迫るしかないのです。そこで、地球物理学と地震学を学びました。さらにその後、高圧実験室で、高温高圧での岩石を使った地球深部のシミュレーション実験を行いました。

将来的に有望な分野

これからの学生にとって、地球物理学には可能性があると言えますか?

ジョン・ハーンルンド教授

もちろんです。今すでに見えている可能性の1つが太陽系外惑星ですが、ますます重要な分野になってきています。私たちの太陽系の外には、数千もの惑星があることがわかっています。これまで、系外惑星観測をどう解釈するかはもっぱら天文学者に委ねられてきましたが、惑星モデルやそれに関する考え方はまだ充実していません。しかし、今後、惑星の特徴を明らかにする必要性はますます高まってくるでしょう。特に系外惑星に生命を探す場合は、有望視される特定の惑星に望遠鏡を向けて一定期間観測する必要が出てくるからです。

つまり、どの惑星についての研究を行うかを決めるには、惑星の一般的な振る舞いをしっかりと理解しておかなければなりません。地球物理学では、惑星のダイナミクスと進化の関係や物理特性、高圧力や高温度について、プレートテクトニクスの有無、火山活動や大気生成についての研究を進めますが、こういったあらゆる要素が、重要になってくるのです。

地球上にどのようにして生命が誕生したのか、この確かな答えを見つけることができるのでしょうか?

地球の生命はこうして誕生したという確かな答えは得られないかもしれません。でも、こういうことが起こったかもしれないという様々な可能性を知ることができるはずです。これはとても重要です。なぜなら、地球に生命が誕生することになったいろいろな原因を理解することで、地球以外の惑星にも当てはめることができるからです。地球での生命誕生に何が必要だったかを知れば知るほど、他の惑星にも応用できる汎用的な理解を得ることができます。

とはいえ、地球の辿ってきた歩みについて、今わかっている断片をつなぎ合わせて全体像をつかむのは極めて難しいのです。初期の地球の活動があまりにも激しかったため、証拠も破壊されているかもしれませんし、ともかく、当時地球の表面や地殻にあったものは、今では奥深く埋もれてしまっています。

まるで完全犯罪ですね。

東工大で学びたいと考えている学生に向けて、一言お願いします。

東工大はとても野心的な大学です。ハングリー精神があり、研究熱心です。そういう点では東工大はダントツです。学生にとって最高の環境になると思います。なんといっても、新しい東工大の歴史を創るうえで、学生の果たす役割は大きいです。

日本でこれほどわくわくする学びの場所はないと思います。

科学者を目指している若い人たちに向けて、メッセージをお願いします。

科学者は稀有な職業です。いろいろな意味で理想を追求し、ひたすら真理を探求するのです。それが何よりも大事です。富を得ることよりも大事です。私たち人類のすべてがこの惑星で直面している困難に対し、解決につながる何かをやりたいというのが科学者です。人類にとって持続可能な未来を創るためのカギが科学にあることは、今さら言うまでもありません。今後ますます重要になってきます。なぜなら、地球温暖化や食糧危機問題など、今の地球の状態は健全だとは言えないからです。だからこそ、システムレベルでの視点が必要であり、惑星がいかにして誕生し、末永く存続できるかをもっと理解しなければならないのです。

こういった将来的な問題に対して、いろいろな新しい手段や知恵を与えてくれるのが科学だと思います。同時に、私たちが直面している困難や、何に関心を持つべきかを教えてくれるのも科学です。私は、もっと若い人たちに科学に興味を持ってほしいと思います。世界は皆さんを必要としているのです。

ELSI廣瀬所長(中央)をはじめとする世界トップレベルの研究者たち

ELSI廣瀬所長(中央)をはじめとする世界トップレベルの研究者たち

※1 ダイナモ作用

地球や太陽などの天体が内部の流体運動によって大規模な磁場を生成・維持する働きを記述する理論。(Wikipedia「ダイナモ理論」より引用)

※2 WPI(世界トップレベル研究拠点プログラム)

世界から第一線の研究者が集まる「目に見える研究拠点」の形成をミッションに、文部科学省の事業として2007年に開始された。WPI拠点には要件として「世界トップレベルの研究水準」「融合領域の創出」「国際的な研究環境の実現」「研究組織の改革」が求められている。ELSIは2012年に本プログラムに採択された。

ジョン・ハーンルンド教授

ジョン・ハーンルンド(John Hernlund)

地球生命研究所 副所長・教授

  • 1997年アリゾナ州立大学 学部研究員
  • 2001年カリフォルニア大学 ロサンゼルス校 大学院研究員
  • 2006年パリ地球物理研究所 博士研究員
  • 2007年ブリティッシュコロンビア大学 地球システム進化学プログラム カナダ先端研究所 博士研究員
  • 2009年カリフォルニア大学バークレー校 博士研究員
  • 2012年カリフォルニア大学バークレー校 プロジェクトスペシャリスト
  • 2013年 -東京工業大学 地球生命研究所(ELSI) 主任研究員
  • 2014年 -東京工業大学 地球生命研究所(ELSI) 副所長
  • 2017年 -東京工業大学 地球生命研究所(ELSI) 教授

SPECIAL TOPICS

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2019年5月掲載

お問い合わせ先

東京工業大学 総務部 広報課

Email pr@jim.titech.ac.jp