研究

風土や暮らしに根差した先人の知恵を建築設計に生かしたい — 塚本由晴

風土や暮らしに根差した先人の知恵を建築設計に生かしたい 環境・社会理工学院 建築学系 教授 塚本由晴

vol. 25

環境・社会理工学院 建築学系 教授

塚本由晴(Yoshiharu Tsukamoto)

「ふるまい」で既存のデザイン論を統合

「建築のふるまい」とは何か――。

建築デザインが相手にする自然や人間の「ふるまい」に根差した建築デザイン論であると塚本は言う。自然の「ふるまい」とは、光、熱、風、湿気など、自然の要素が物理法則に従って起こす現象である。例えば、室内の空気は暖められると自然と上昇し、窓ガラスは室外の冷たさが伝わると結露を引き起こす場合がある。人間の「ふるまい」とは、年齢とともに社会的に身に付けていくべき行動だ。気候や風土、宗教など、地域に固有の条件の中で築き上げられてきた文化とも言える。これらが、「建築のふるまい」につながる。

「ふるまい」とは一般に動きを示すが、ここではそうではない。例えば日差しが強く暑い地域では、窓の小さな建物が反復するかのように道路沿いに並ぶ。この反復こそが、「ふるまい」。時間の経過とともに建物が変化していくことも、「ふるまい」の一つという。

塚本由晴教授

「建築デザインでは、さまざまな配慮を重ねつつ、洗練され、卓越した状態を生み出すことが求められます。ところが、既存の建築デザイン論はフォーカスする領域がバラバラ。建築物全体を包括的に捉えきれません。しかし、それらが論じているものを『ふるまい』という切り口で整理すると、全て統合できる。そこで、建築デザインを包括的に論じられるセオリーを『建築のふるまい』という観点から打ち出しました」

建築デザインは決して感性だけの営みではない。設計段階で関係する多くの人の共感を得るためにもロジックが欠かせないと塚本は主張する。

「建築は社会の支持を受けなければいけません。社会にとって良いものという感覚を、多くの人に持ってもらう必要があります。ただそれには、美しい空間をつくり感動してもらうだけではなく、ロジックが必要です。そのロジックによって、自分たちがどこにいて、どこへ行こうとしているのか、建築が向かう先を社会との間で共有するわけです」

「建築のふるまい」は、そのロジックの役目を果たす。

「建築のふるまい」を大学施設にも

具体例として塚本が挙げるのは、自身の研究室がデザインアーキテクトとして設計に携わった東工大の「地球生命研究所(ELSI)」新棟である。この施設は生命惑星学の国際研究拠点であり、大岡山キャンパスに2015年10月に完成した。コンクリート打ち放しながら、建具には障子。海外から第一線の研究者を迎え入れる施設のため、和風のイメージを醸し出す狙いにも思える。しかし塚本は、これも自然や人間の「ふるまい」から導き出される「建築のふるまい」なのだという。

「障子は窓ガラスとの間に空気層をつくり、そこを室内外の熱環境のバッファーゾーン※1として働かせます。さらに、その開け閉めによってガラス面から輻射熱が伝わるのを抑え、通風をもたらします。利用者が主体的に熱環境を制御できるわけです。障子が開いていたり閉まっていたりする光景は建物の中に人の生活を感じさせます。障子越しに外に漏れ出る明かりは行灯のように優しく、周囲の住宅地にもなじみます」

「窓」は、10年近く前から「ふるまい」研究の対象に据えるテーマでもある。そこには、自然、人間、建築、3つの「ふるまい」が集約されているという。

「窓は、光、熱、風、湿気など、自然の要素が出入りし、それらがさまざまな『ふるまい』を見せる部位です。一方、窓辺での人間の『ふるまい』には独特なものがみられます。気候、風土、宗教も、反映されています。道路沿いに並ぶ建物に目を向けると、異なる建物でも窓の造りは共通という場合があります。窓の共通性が建物の違いを超えて風景をつくる。それはまさに、建築の『ふるまい』です」

国内外さまざまな窓の「ふるまい」を研究室で実地踏査した成果は、『WindowScape 窓のふるまい学』『WindowScape2 窓と街並の系譜学』『WindowScape3 窓の仕事学』という3冊の書籍にまとめ出版している。研究室ではこうした研究活動と並行して建築デザインも手掛ける。ELSI新棟は、その1つなのだ。

「キャンパス内の建物はそのまわりの外部空間をより良くするのに役立つべきと考えています。図書館や記念館のようなモニュメント※2とは異なるベーシックな建物を心掛けました。また海外の研究者が数年間を過ごす施設です。日本的な配慮を発揮できる場として和室を設けるとともに、コンクリ—トの骨組みから、人が触れることのできる内装に近づくに従って木材が増えていくような空間構成をとっています」

ELSI棟外観、1階ホールと、入口付近に敷かれた「石」

コミュニケーションスペース「ELSI AGORA」
1. ELSI棟外観。鉄骨鉄筋コンクリート造、地上3階地下1階建。
2. 1階ホール。研究セミナーやワークショップのほか、一般向け講演会でも使用する。
3. 入口付近に敷かれた「石」は、もともとELSI棟が建つ前にあった研究室所有の鉱石をそのままスライスして再利用している。
4. 2階のコミュニケーションスペース「ELSI AGORA」。建具に障子を採用し「和のふるまい」が見られる。

4,570枚の太陽電池パネルを装着

大岡山キャンパスに2012年2月に完成した「環境エネルギーイノベーション(EEI)棟」の設計段階でも、塚本の研究室はデザインアーキテクトとして携わった。ここは文字通り、環境エネルギー技術の研究棟。二酸化炭素の排出量を60%以上削減することを目標に各種の省エネ・創エネの工夫が組み込まれている。

「一番のアイデアは、4,570枚の太陽電池パネルを装着したエンベロープ※3を建物とは切り分け、構築物と位置付けた点です。それによって、太陽電池パネルを敷地境界の近くまでせり出させることが可能になり、太陽光を受け止めるのに適した角度までパネルを傾けられるようになりました。それが、発電効率を高めています。サービスキャットウォークにより全てのパネルにアクセスすることができ、将来のパネル交換に対応しています。またエンベロープと建物の間には、太陽電池裏面からの放熱により上昇気流が発生し、パネルの冷却に一役買っています。それが、太陽電池に熱が溜まるのを防ぎ、発電効率の低下を抑えています」

EEI棟。外皮部分が建物と分離され、独立した構造物となっている。鉄道沿線でもひときわ目立つ建物だ。

EEI棟。外皮部分が建物と分離され、独立した構造物となっている。鉄道沿線でもひときわ目立つ建物だ。

“EEI棟” filmed and edited by Diego Grass P. Copyright © 2017 OnArchitecture

建築は現実社会に存在するものだ。それだけに、新しい研究テーマは研究室ではなく社会の中にある。それは、復興支援活動の中からも立ち上がってくる。

東日本大震災の1ヵ月後、建築家らが組織した復興支援ネットワーク「一般社団法人アーキエイド」。塚本はその賛同者の一人だ。復興支援の現場は教育の機会にもなる、との思いから、研究室に所属する大学院生らとともに宮城県石巻市の牡鹿半島で復興計画づくりを支援する活動を展開してきた。半島に28ある浜の一つ、大谷川浜では地元の心の支えでもある神社の保存修理工事にも携わった。

産業革命以前の試行錯誤に学びたい

この経験で得たのは、建築設計への新しい方法論だ。塚本は民族誌※4研究のアプローチを取り入れることを着想する。

塚本由晴教授

「例えば東京で建築主から設計を依頼される場合、敷地も、予算も、工期も、プログラムも決まっていますし、建築や都市計画の法規による制限もあって、建築の与条件はすでにいろいろと決まっています。そういう見取り図の中で建築の設計を進めていくことができます。ところが被災地はそういう見取り図も失っているので、それを作るところから組み立てなければならない。それには、地元の人に対する聞き取りから始めるしかない。民族誌研究のフィールドサーベイそのものです。『窓のふるまい』でも世界各地でフィールドサーベイを経験しています。それとも近い。建築が立ち上がるのは、こういうところからだと感じました。以来、建築設計に民族誌研究のアプローチを取り入れる方法も考えられると思い始めています」

これは、「建築のふるまい」を民族誌の視点からもみていこうという構えに通じる。地域の風土や暮らしに根差した建築の造りを学び、それらを現代の建築にも生かしていく取り組みへの挑戦だ。

学ぶべき対象は、例えば京都の町屋。京都は、夏暑く、冬寒い。しかも、湿気が多い土地柄。そういう気候・風土の中、間口が狭く奥行きが深い敷地に、「イエ」と呼ぶ住宅部分と「ミセ」と呼ぶ店舗部分を併せ持つ。

その町屋には、こうした環境下でも快適に過ごせるような建築上の知恵がみられる。通りに面した格子は、風を取り込みながらも、室内の薄暗さを確保しプライバシーを守る。町屋の中ほどにある坪庭は、室外の光を取り込む一方で、夏は室内の暖かい空気を外に送り出し涼しさをもたらす。

「格子や坪庭を用いた環境制御はエアコンで室温を設定するような産業化した環境制御に比べ、面白いし納得感があります。産業側が提供する設備機器を前提に設計を考えるようになってしまわないように、産業革命以前の人が試行錯誤の中で根付かせてきたことを学んでいくことが大事です。コンピューターはそういう歴史を持ちませんが、建築にはそれがたっぷりあります。先人の知恵を、現代の建築にうまく取り入れていきたいですね」

研究室に所属する学生・院生にはやはり、建築設計に携わりたいという志向が強い。ただそこには、先ほどの話のように社会の支持を得るためのロジックが求められるだけに、設計と表裏一体の関係とも言える研究への関心も高い。「建築のふるまい」という大テーマの下、具体的にどういうテーマに取り組むかは、学生・院生の自由な問題意識に任せているという。
「建築設計では、自分の頭で考えるということが最も大事です。だから、その人らしい論文を書ければそれでいいし、そこに大きな意味があります」

塚本は自らが歩んできた建築家としての行動原理を教育者としても変わることなく貫いている。

院生ゼミの様子1

院生ゼミの様子2

院生ゼミの様子。顔ぶれは国際色にあふれ会話は当然英語。建築の世界に国境は無い。

用語説明

[用語1] バッファーゾーン : 騒音、振動、熱などの影響を緩和するために配置されたスペースや工作物のこと。緩衝帯。

[用語2] モニュメント : 象徴的な意味合いを持つ建造物。記念碑や記念像など。

[用語3] エンベロープ : 建造物を包む覆い、外皮。

[用語4] 民族誌 : 人間の営みの中で伝承されてきた有形、無形の現象の歴史的変遷。

塚本由晴教授

塚本由晴(Yoshiharu Tsukamoto)

環境・社会理工学院 建築学系 教授

  • 1987年東京工業大学 工学部 建築学科卒業
  • 1987~88年パリ建築大学 ベルビル校(U.P.8)
  • 1992年貝島桃代とアトリエ・ワン設立
  • 1994年東京工業大学 大学院博士課程 修了、博士(工学)
  • 2000年~東京工業大学 大学院理工学研究科 建築学専攻 准教授
  • 2015年~東京工業大学 大学院理工学研究科 建築学専攻 教授
  • 2016年4月東京工業大学 環境・社会理工学院 建築学系 教授(改組)

ハーバード大学、UCLA、コーネル大学、ライス大学、コロンビア大学、TUデルフト、デンマーク王立美術アカデミーなどで客員教授を歴任

環境・社会理工学院

環境・社会理工学院 ―個々の建物から地球全体まで持続的環境を構築―
2016年4月に発足した環境・社会理工学院について紹介します。

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2017年7月掲載

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東京工業大学 総務部 広報課

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