研究

夢中になって研究していたら、面白い分子ができていた。~分子の自己組織化から見えてきた、化学の新しい可能性~ — 吉沢道人

夢中になって研究していたら、面白い分子ができていた。~分子の自己組織化から見えてきた、化学の新しい可能性~ ― 吉沢道人

vol. 5

資源化学研究所 スマート物質化学部門 准教授

吉沢道人(Michito Yoshizawa)

ナノサイズの「スマートな分子」を追い求めて

分子模型を手にしながら、その優しいまなざしが一瞬きらっと輝いた。すずかけ台キャンパスにある資源化学研究所の研究室で、外部刺激や環境変化に応答する、かしこい分子や材料の開発に力を注いでいる吉沢は、楽しそうに説明を始めた。

「スマートな分子」を追い求めて

「私たちが使っている石けんの成分は主に、ひも状の有機分子で、その片側は水を嫌う疎水性、油と同じ性質で、反対側は水を好む、親水性です。これを両親媒性分子と呼んでいますが、この分子たちは水中で集まり、疎水部が内側、親水部が外側となった球状の構造体、つまりミセルになるんです。それで体や食器を洗うと、油の性質を持った汚れはミセルの内側に入ってくれる。ゆえに、水を流せば体や食器がきれいになる。こういう仕組みなんです。」

1つ1つの状態では何もできない分子でも、ひとたび集合して秩序ある数ナノメートルの構造体になると、優れた機能を発揮する。このような、複数の分子が相互作用によってひとりでに集まり、特定の構造を形成する仕組みは「自己組織化」と呼ばれ、以前よりDNAの二重らせん構造やタンパク質の三次構造など、生体内のいたるところで見られていた。その一方で、人工的に生み出すことは不可能とされてきた。その定説を覆したのが、吉沢が大学院博士課程で指導を受けた、東京大学教授の藤田誠であった。

面白さにつられて、研究室をわたり歩く

吉沢の経歴は、一見すると変わっている。大学、大学院の修士課程と博士課程は、すべて違う研究室に所属しているのだ。海外の学生では普通だが、日本では珍しい。
東京農工大学で触媒化学について卒業研究を行った後、大学院修士課程は東工大に進学して錯体化学の研究を始めた。そこで吉沢は、酵素を模倣した金属錯体に関する研究を行い、研究に面白さを感じるとともに、研究に対する自信を少しずつ持ち始めていた。その後、現在の研究につながる、運命的な出会いに遭遇する。

「錯体化学の夏の学校に参加したのですが、そこに講師としていらしていた藤田先生の講演を聴いて「すごい!」と感動したんです。実は、先生がご自身の研究室をスタートした頃で、メンバー募集の意味合いもあったようですね。その誘いに釣られてしまいました(笑)」

吉沢は修士課程修了後、藤田のいる名古屋大学に移動して、博士課程の学生として超分子化学の研究を行った。工学博士を取得後、藤田とともに東大に移って、博士研究員および助手として研究を続けた。その後再び、東工大に准教授として帰って来た。

吉沢 道人准教授

あちこち移動しているが、「別に指導教員とけんか別れしたわけではないですよ」と笑みを浮かべる吉沢。「確かに、慣れたところから、研究の場所も内容も変えたことで大変だったこともありますが、移動先で頑張っていると、前の先生や仲間が良く声をかけてくれました。場所を変えると縁が切れるのではなく、研究という世界でつながっていますので、絶えず気にかけ、応援してくれるんです。それが大きな心の支えになりました。」

今でも、農工大での卒業研究で指導を受けた先生とは、学会や討論会などで話をする。また、修士課程で指導を受けた東工大教授の穐田(あきた)宗隆とは、現在、「穐田・吉沢研究室」としてともに研究活動を行っている。ちなみに、穐田は現在70年以上の歴史を誇る資源化学研究所※1の所長を務めている。

それぞれの場所で決められた期間、指導教員と一緒に全力で研究を行い、ねらいの成果をあげることで、吉沢は周囲からの信頼と研究者としての自信をつけていった。

キーワードは「簡単につくれる」と「水」

(a) 従来のミセルと (b) 吉沢らが開発したナノカプセルの模式図
図1 (a) 従来のミセルと (b) 吉沢らが開発したナノカプセルの模式図

目下、吉沢が力を注いでいるのは、アントラセンを使った研究だ。アントラセンは3つのベンゼン環が縮合したパネル状の有機分子で、紫外光を照射すると青く光る性質を持つ。この形と性質をうまく利用して、カプセルやチューブなどの様々なナノ構造体を作製しようというのが主要テーマである。

「パネル状のアントラセンを、フラーレンやカーボンナノチューブのような立体構造になるように、自己組織化の手法で張り合わせていく。こうすることで、これまでにない機能を持ったナノ構造体が、簡単につくれるのではないかという発想です。」

独自に設計した分子パーツを作製し、それらが分子間相互作用によって自発的に集まり、ある機能を持ったひとつのナノ構造体が形成する。今年1月、吉沢はグループの大学院生とともに、こうした一連の研究成果を海外の学術雑誌で発表した※2。ベンゼン環を軸に、2つのアントラセンを120度の角度で連結した湾曲型の両親媒性分子を合成し、これらが水中でミセルのように球状に集まり、蛍光発光するナノカプセルを開発したのである。

(a) 湾曲型の両親媒性分子の構造 (b) ナノカプセルの立体構造 (c) ナノカプセルと色素を内包したナノカプセルの水溶液の写真(上)と紫外光照射下での写真(下)
図2 (a) 湾曲型の両親媒性分子の構造 (b) ナノカプセルの立体構造
(c) ナノカプセルと色素を内包したナノカプセルの水溶液の写真(上)と
紫外光照射下での写真(下)

特徴的なのは、湾曲型のアントラセン部位により、従来のミセルと同じ疎水性相互作用だけではなく、パイ-スタッキング相互作用※3が自己組織化の駆動力として働く点にある。そのため、これまでのミセルより、サイズ制御された、安定なナノ構造体を与える。もう一つ、吉沢らが作製したナノカプセルは、光照射によりアントラセンに由来して発光し、さらに、種々の色素分子を内包して特異な蛍光を発する。

ナノカプセルはこうした既存のミセルと同様に簡単につくれるが、それにはないさまざまな性能を有することから、新しい光機能性材料への応用も大いに期待される。

「私たちが今行っている研究では、“水”がひとつのキーワードになっています。だれでもどこでも使えることを考えると、有機溶媒中ではなく、水中がベストですし、環境問題を考えてもしかりです。将来的には、医療の分野で薬をナノカプセルで包んでねらいの患部に送達するなど、使える範囲を広げていきたいと考えています。」

※1

資源化学研究所は化学・生物系の14部門から構成され、大学院総合理工学研究科(化学環境学専攻・物質電子化学専攻など)と協力して、修士および博士課程の学生の教育研究を行っている。

※2

この研究成果は、ドイツ化学会の学術雑誌Angewandte Chemie International Editionに掲載され、米国化学会のC&ENでハイライトされた。成果の詳細は、こちら。

※3

ベンゼン環などを含むパネル状の有機分子の間に働く相互作用。分子がコインを重ねたような配置をとる。


吉沢道人准教授

吉沢道人 (Michito Yoshizawa)

  • 1974 年埼玉県生まれ
  • 1997 年東京農工大学(工学部)卒業
  • 1999 年東京工業大学大学院(総合理工学研究科)修士課程修了
  • 2002 年名古屋大学大学院(工学研究科)博士課程修了(工学博士)
  • 2002 年日本学術振興会 特別研究員 PD
  • 2003 年東京大学大学院(工学系研究科)助手(助教)
  • 2008 年東京工業大学 資源化学研究所(化学環境学専攻 兼任)

(2007年 第56回 進歩賞(日本化学会)、

2010年 文部科学大臣表彰 若手科学者賞(文部科学省)、

2012年 第3回 リサーチフロントアワード(トムソン・ロイター)など受賞)

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2013年10月掲載

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東京工業大学 総務部 広報課

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