Summer Exchange Research Program(SERP) アーヘン工科大学 2022年6月~12月

Summer Exchange Research Program(SERP)  アーヘン工科大学 2022年6月~12月

留学時の学年:
博士後期課程2年
東工大での所属:
物質理工学院 材料系
留学先国:
ドイツ連邦共和国
留学先大学:
アーヘン工科大学
留学期間:
2022年6月1日 ~2022年12月27日
プログラム名:

留学先(参加プログラム/受入れ機関)の概略

RWTH Aachen Universityは、ヨーロッパの中でトップクラスのTechnical Universityの1つで、特に工学、自然科学、ITの分野において非常に優れている. 国内外の主要な産業や研究センターと密接に連携しており, 現在、100以上の学術プログラムに45,000人以上の学生が在籍している. 留学生の数も多く, 130カ国から約8,000人の留学生が在籍している.

留学のきっかけおよび準備

留学のきっかけになったのは, 2020年1月, ドイツへ2週間弱の超短期派遣に行ったことである. 当時は修士課程1年の後半で, ちょうど就職活動の最中であった. 私は以前から留学をしてみたいという思いがあったが, 英語力に自信がなく, 募集要項の時点で諦めていた. そんな時, 指導教員である早水先生からドイツへの超短期留学を勧められ, 思い切って行ってみることにした. 海外の研究室を見るのは初めてで, 何もかもが刺激的であった. 特に, マックスプランク研究所を訪問した際, 研究室のOBの方が当時在籍していたのをみたのが決定的であった. 海外で研究をして活躍している姿を見て, 自分も将来は海外で研究者として活躍したいと思った. 就職活動を切り上げて博士課程に進学し, 超短期派遣の際に知り合いになったアーヘン工科大学のVivek氏とコンタクトを取り, 留学計画を立てた. 1度目は新型コロナウイルスの影響で中止になったが, 2022年の1月, 再び留学を試みてSERPに応募し, 無事渡航が決定した.
留学が決定してから, Vivek氏と定期的にオンラインでミーティングをし, 留学先での研究計画について話し合った. 7ヶ月という短い期間の留学であったので, その期間で何をどこまで終わらせたいのかをなるべく具体化する必要があった. 留学といえば住居探しやビザの取得等の準備が大変なイメージがあるが, 研究留学の場合は研究計画の立案やプランの具体化もしなければならないので, 時間に余裕を持って準備をする必要があった.

所属研究室での研究概要とその経過や成果、課題

<実施したこと>
主に以下の2つのテーマを軸に研究を進めた.
(1)電気測定のためのグラフェン電界効果トランジスタの作製
(2)イメージングSPRによる生体分子自己組織化ダイナミクスの解明
(3)バイオ・ナノ界面を実現する還元型酸化グラフェンISFETの理論的モデリング
それぞれのテーマについて, 次項で詳細に説明する.

<どのような成果が得られたか>
(1)電気測定のためのグラフェン電界効果トランジスタの作製
アーヘン工科大学が所有するクリーンルームにて, グラフェン電界効果トランジスタの作製を試みた. 結論から述べると, 最終的にはトランジスタの完成までには至らなかった. その主な理由が2つある.
1つ目は, リソグラフィに用いるマスクのデザインに不備があったことである. 基盤にグラフェンのチャネルを作製する際, グラフェンのチャネルの両端の電極の距離やチャネル幅を適切に制御する必要がある. 既存のマスクであると, グラフェンのチャネル部が非常に小さくなってしまい, デバイスの性能が低下してしまう恐れがあったため, チャネル部の拡張を行う必要があった. また, 接触抵抗の寄与を調査するためには4端子法を用いる必要があり, それには追加の電極を新たにデザインする必要があったため, マスクのデザインを改良する作業を進めていた.
2つ目は, 転写に用いるCVDグラフェンの質が低い, ということである. トランジスタを作製するためにはCVDグラフェンの基盤上への転写が必要であるが, 元のCVDグラフェンにヒビが入っていたり, 皺が寄っていたり, または表面が汚染されていたりすると, うまく転写を行うことができない. 当時研究室が所有していたCVDグラフェンは何度が使用されていたこともあり. 表面が十分に綺麗な状態ではなかった. そのため, 新たなCVDグラフェンを外注する必要があり, その精査に時間を要した. 以上の理由から, アーヘン工科大学でのトランジスタの作製は断念した. ただ, 他の学生によってすでに作製済みのトランジスタ(ただし, チャネル部はグラフェンではなく還元型酸化グラフェン)をいただいたので, そちらを用いた電気測定は引き続き東工大にて進めていく予定である.

(2)イメージングSPRによる生体分子自己組織化ダイナミクスの解明(事務局注:報告原文には複数の図への言及があったが、図の添付がなかったため当該部分の記載を割愛した。また計算式の記載があったが、HP上特殊文字の掲載ができないため、計算式を含む一部の記載を割愛した)
2つ目のテーマは, グラフェンを用いたイメージングSPR(iSPR)である. iSPR測定を行う前に, 金が蒸着されたガラス基板上にグラフェンを転写する必要がある. 今回は, ポリメタクリレート樹脂(PMMA)を用いた転写法を試みた. 転写後のグラフェンを, 光学顕微鏡および原子間力顕微鏡(AFM)にて観察した. グラフェン上に目立ったヒビや皺はなく, 綺麗に転写されたことがわかる. グラフェンを転写したSPRチップが正しく測定できるかを確認するために, 入射角を掃引した場合の反射率の変化を測定した(Angular scan SPR). 転写前後で, スペクトルのシフトは見られなかった. また, 反射率の最大値と最小値(共鳴角における値)の比も十分に大きく, 界面環境の変化を十分に検出しうると期待できる.次に, iSPRによる反射率のイメージング測定を行った. 本実験は, 中性条件で電荷状態が異なる3種類のペプチドを用いて, それぞれのペプチドが吸着およびグラフェン表面で自己組織化構造を形成した際の反射率の変化を比較することを目的としている. 基本骨格であるグリシン(G)とアラニン(A)の5回繰り返し構造およびその両端のチロシン(Y)は共通しており, 両末端のアミノ酸がそれぞれ異なるpKa値を有している. 中性条件下での電荷状態の違いによって, ペプチドが吸着した際の誘電率の変化, すなわち屈折率の変化がペプチド間で異なることを期待している. iSPR測定では, ピクセルごとに反射率の変化を取得することができるため, 通常のSPRスペクトルと比較して得られる情報量が多いことが利点として挙げられる. iSPRの解析では, ペプチドの吸着前後における屈折率の変化を計算した.
図8に, 解析の結果を示す. まず, ペプチドの吸着由来の変化を可視化するために, 図8aのような散布図を作成した.散布図から明らかに, ペプチド間で有意な差が見られた. より視覚的にその差がわかるようにするために, 図8bのようなヒストグラムを作成した. ①がペプチド吸着による反射率変化, ②が元々の未修飾な状態のグラフェンの反射率のヒストグラムである.
①のヒストグラムはいずれのペプチドの場合においても分布の中心が0付近に存在し, ペプチドの吸着による屈折率の変化が非常に小さい, あるいはほとんどないということがわかる. しかしながら, 分布の幅はペプチドによって違いが視覚的にわかるので, 今後より詳細な解析を行う必要がある, また, ペプチド溶液の濃度が小さいため, 十分な自己組織化膜が形成されなかったこと, あるいは, 逆に濃度が大きすぎるために溶液中で凝集してしまったこと, もしくは, グラフェン表面の汚れや粗さ等により, 自己組織化機能が抑制されてしまったことも原因として考えられるので, 今後は測定後のSPRチップ表面のAFM観察, ペプチド溶液の最適濃度の探索などを行う予定である. 次に, ②のヒストグラムに着目すると, サンプルによって分布の形状がかなり異なることがわかる. このヒストグラムはいずれも未修飾の状態なので理想的には同じような形状の分布になっていることが望ましい. 分布の形状がサンプルによって異なる原因については, 蒸着された金の厚みや表面荒さが場所によって異なっていること, また, グラフェンの転写の際に金基板とグラフェンの間にナノバブルが残留し, それがサブピークとして発生してしまっていることなどが考えられる.
今後の追加実験計画として, iSPRの時間変化測定によるペプチド吸着のキネティクス解析, グラフェンに電圧を印加した状態での電気化学iSPR測定によるペプチド-グラフェン間のクーロン相互作用の制御などを想定している.

図8. iSPRの解析結果. (a) 初期反射率とペプチド吸着後の反射率の変化の散布図. (b) それぞれの結果をヒストグラムでプロットしたもの. それぞれの色は異なるペプチドを用いた場合の結果を示している.

図8. iSPRの解析結果. (a) 初期反射率とペプチド吸着後の反射率の変化の散布図. (b) それぞれの結果をヒストグラムでプロットしたもの. それぞれの色は異なるペプチドを用いた場合の結果を示している.

(3)バイオ・ナノ界面を実現する還元型酸化グラフェンISFET(rGO-FET)の理論モデリング
こちらのテーマは、アーヘン工科大学に在籍していた学生のテーマを引き継ぐ形で進めた. 既存のMATLABコードを修正し, 正しく動作するようにした. また, 完成したコードを過去文献の数値計算の結果と比較し, コードの内容が正しく反映されていることを確認した. 現在, こちらの数値計算の結果を元に論文を執筆中である.

所属研究室内外の活動・体験(日常生活・余暇に行った事)

平日は早朝から遅晩まで可能な限り研究室にいたので, 家で過ごすことやどこかに出かけたりすることはなかった. 2週間に一回, 週末は貯めていた貯金を利用して弾丸で国外へ旅行していた. アーヘンはドイツ・ベルギー・オランダの3国境付近に位置するので、旅行をするには最適な場所であった. 一人で旅行をすることは日本でもあまりないので, 飛行機や路線を調べてプランを組むのによく苦戦していた. 日本にいるとほとんど巡り会えないような建築や文化や歴史を肌で感じることができたのは, 自分にとって非常に良い休暇の過ごし方であった. 年末は研究室のメンバーとクリスマスパーティをしたり, アーヘンのクリスマスマーケットに参加したりと, イベントづくしであった. 日本のクリスマスとは違い, 11月から1ヶ月ほどクリスマスの雰囲気が続いていて, 日照時間が短くなるヨーロッパではクリスマスというイベントがいかに重要な役割であるかを実感した.

留学先での住居(寮、ホームステイ等)、探し方、申し込み方法、ルームメイトなど

アーヘン工科大学は学生寮を有していないので、自分で探す必要があった. 大学側が住居人募集サイトを教えてくれたので, そのサイトから研究室に近いアパートメントをいくつか選び, メールを送った. 返事が来たのは1件だけであった. 私は渡航1ヶ月前から探し始めて渡航直前で家がきまったのだが, 時期によってはもっと長い時間を要する可能性があるので, なるべく早く着手したほうが良いと思われる. ルームメイトは2人で, キッチン・風呂・トイレを共有していた.

留学費用(渡航費、生活費、住居費、保険料)

●渡航費: 往復30万円程度 (コロナ禍であることやエネルギー不足による価格高騰)
●生活費: 月5万円 (食費・光熱費・住民税等)
●住居費: 約5.6万円
●保険料: 半年で約4万円
その他学費や旅行費などもかかっている.

今回の留学から得られたもの、感想、意見、要望

英語を使わざるを得ない状況というのは精神的にもかなり辛い時があったが, ここで諦めたくないという思いが本当に成長につながったと思う. また, 留学する前に比べて, わからないことを素直にわからないと認め, 人に聞くスキルが身についた. 海外の場合は特に,行動しなければ誰も助けてくれないことが多いので(人によっては助けてくれる), 手遅れになる前に自分から行動することの大切さを学んだ.

後輩へのメッセージ

私にとって留学は非常に過酷で辛いものでしたが、その経験は本当に価値があります. 異国の地が肌に合うか, 英語が喋れるかどうか, 不安要素はたくさんあると思いますが, そういったことは考え出したらキリがありません. まずは本能に従って行動してみたらどうでしょう? そういった不安は, 心の中で留学に行きたいという思いが少しでもあるから募るものだと思います. 思い立ったが吉日, ぜひ自分を信じて積極的に行動していきましょう! そうすれば, きっと楽しい留学生活が待っているはずです. 頑張ってください!

その他:ドイツは鉄道がよく遅れてきます(あるいは, 電車が来なくなることもあります). 日本のようにプラン通りに行動ができなくて大変なこともあると思いますが, 頑張ってください

この体験談の留学・国際経験プログラム情報

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